第125話・確かめと抗い
JYUERU MORIMOTOの営業再開。
それは突然でもあり、何処か強行的にも感じられた。マスコミは『嵐の女』が起こした行動に騒然としながらも、
度々、問題を起こす故に、あまり話題を重ねる事に熱は冷めて行った。
JYUERU MORIMOTO 新プラン企画部。
理香は、視線を流した。
理香が移した視線の先には、小野千尋がいる。
休憩時間。他のチームメンバーは席を外しており、
企画部に居るのは理香と千尋のみ。
彼女は髪型を気にしているのか、肩辺りのミディアムヘアの
己の髪を持ち上げたり、毛先の向きを変えようと手櫛で整えている。
手鏡と見詰め合い髪を整えて続けているが、満足は行かないらしい。
今日は、雨で湿気も多い故に、髪は纏りにくいだろう。
見るからに苦戦中の様だった。
椎野理香の、物憂さが交ざったアンニュイな表情は、
その心菜の生い立ちを反映し、理香となった今でも残響を残している。
そんな千尋の様子を理香は視線を殺しながら
一秒も逃す事をじっくり伺う様に観察していた。
彼女の様子を然り気無く(さりげなく)気付かれない様に伺っている。
__“ある事を、実行へ移す為に”。
あの日、青年に打ち明けた日。
父親が誰で、その娘__自分をいじめていた相手と
実の姉妹かも知れないという理香に芳久はある提案を差し出した。
『いいか。その千尋という人の髪の毛を採取するんだ。
その人は君の父親という人の娘なんだろう? 髪の毛を採取してDNA鑑定に出せば、姉妹関係の有無の結果が出る筈だよ。
もしも
姉妹関係の無の結果が出れば、親子関係は否定出来る』
芳久の発想は適格な上に、驚くものだ。
父親の存在知り、自分の父親なのかも知れない存在を知り
混乱もあったが、理香には其処までの発想が浮かびやしなかった。
芳久が言うには
自分がもし小野順一郎の娘だと言うのならば、彼の一人娘である小野千尋と接点を見つけろ、と。
それぞれの毛髪をDNA鑑定に出し、千尋と理香に接点や関係があるならば、一発で偽りの無い証明がされるであろう。
そうだ。
もしも自分自身が
小野順一郎の娘だとしたら小野千尋とも関係性がある。
芳久の提案した意見に理香は賛同し実際に行動に移す事にした。
DNA鑑定に出せば、姉妹関係の有無が見つけられる。
__異母とは言え、父親は同じなのだから。
何かしら、結果は出るだろう。
そうすれば、心に引っ掛かった霧の様な
このもやもやとした気持ちも、片付き整理が着く。
JYERU MORIMOTOが営業再開し、千尋と接点する機会がある度に、理香は隙を狙い伺っていた。
(____無事、採取、出来ればいいのだけれど)
出来れば、事を荒立てず穏便に。
「___チームリーダー、昼食取って来ますね」
「お疲れ様。ごゆっくり」
千尋が席を立った。
理香は冷静な頬笑みを浮かべ、彼女を見送る。
髪も満足が行く様に整ったらしい。理香に向けて浮かべられたのは、満面の頬笑み。
理香を上司として慕っている彼女は夢にも思わないだろう。
直属の上司に、昔、虐めていた相手に狙われているとは。
千尋が部屋から消えて、誰も居なくなった。
カタン、と理香は立ち上がる。
キョロキョロと冷静な眼差しで周りを見回し誰も居ない事を確認すると
小野千尋の専用デスクに足を向け、目の前に立つ。
抜け落ちた一つの毛髪。
それを丁寧に拝借すると、素早くジプロック式の袋に入れた。
社長室。
書類等に署名をしていた繭子だが、その心中は穏やかではない。
理香の否定よって受けた恥や屈辱_それは憎悪という怒りとなって、繭子の心に佇む。
(____どうして、上手く行かないのよ)
あれだけの自分自身に、
屈辱を味わわせた相手なのだから、絶対に自由になんてさせない。
自分を奈落に突き落とした、突き落として行く女を。
あの女の生き写しとして生まれ、自分自身を苦しめる奴を。
娘は、自分自身の操り人形。
自分自身の経歴を華やかに飾るモノだと思っていた。
しかし娘を見た瞬間にその思いは派手に打ち砕かれた。
成長していくにつれ異父姉に似ていく女を、異父姉に似た娘を。
娘という存在は、
憎しみを抱き、自分の機嫌を逆鱗に触れるものだと知った。
“自分自身の飾り”の人形として置くのも憎たらしく、憎悪が走る。
視界に入る度に、憎悪が増す。
だが。
自分自身の評価を下げず良い娘だったから、傍に置いてやったのに。
それを有難くも思わず、それを真っ向から否定したのは、
壊したのは__佳代子に似た理香という女。
森本佳代子に、森本心菜。
何故、二人は自分を苦しめたがるのだろう?
恐る恐る、封筒に手を伸ばす。
無記名のA4の茶封筒から出てきたのは、死亡届。
【身元不明の女性遺体についての報告】
年齢:10代後半から20代前後
性別:女性
死因:全身強打による脳挫傷、溺死
参考:20XX年 3月13日、
港に釣りに来ていた男性の通報により発覚。
建物から誤って転落し全身を強打、体はその先にある海に転げ落ちたと推測致します。
自殺の有無は、不明。
【調査結果】
_____身元不明の遺体の
当事者は当時、行方不明となっていた森本心菜 (15歳)と看做す。
あの日、理香に渡された茶封筒に入っていた紙切れ。
内容は刻名に記入されている。
もう一つ入っていたのは
この遺体と森本心菜のDNA鑑定書。
それには本人と99%以上一致と記載された紙切れだった。
この紙切れが示したいのは身元不明の遺体は、森本心菜だと。
繭子は、憎悪の感情のまま
紙切れを引き裂く様に滅茶苦茶に破り、捨てた。
そして為す術の無い、自分の思い通りに行かない現状に
「あああああ___!!!!」
頭を掻きむしり押さえながら、絶叫する。
目は血走り、白目は充血し、表情に張り巡らされた皺。
あの娘は、何処まで抗うのだろう。
何処まで嘘を重ねそれを突き通すのだろうか、自分自身を苦しめるのだろうか。
何処まで自分自身を惨めにさせる気だ。
こんな報告書何ぞ、絶対に在りうる事の筈の無いものだ。
何故なら、森本心菜は、娘は生きているのだから。
社長室に近い非常階段。
繭子の腹の底から出ていた絶する叫びは、青年に丸聞こえしていた。
芳久は悪魔の叫びに視線を向けて、物憂げな表情と共に視線を俯かせる。
(___哀れだ)
懐刀の欲を埋める為に、娘に抗い元に戻しそうとする母親も、
皮肉な事にそんな女の異父姉の容姿を持ち生まれ落ち、
悪魔に抗いながら、破滅させ様とする悲運な運命に翻弄される娘も。




