第124話・悪魔に憎しみを持つもう一人
今回、短編『断片の記憶』(サイドストーリー)と似ています。
宜しければ、そちらと合わせて読んで頂ければ、読みやすいかと思います。
小野不動産。
県内では有名、テレビコマーシャルも放映される程の力がある。
そのバックボーンは代々の資産家である、小野家。
不動産王となった小野順一郎の豪邸。
彼には一人娘がいた。__千尋だ。
彼女は幼い頃から宝石類が大好きだった。
だからこそ、宝石類を扱う場所に居たかった千尋は、ジュエリー界の玉座であり、温室とも言われた『JYUERU MORIMOTO』に入社した。
___だが。
それともう一つ、事情があった。
JYUERU MORIMOTOに入社を希望したのは__その『ジュエリー界の女王』と呼ばれる社長・森本繭子に近付きたかったからだ。
それは単に憧れ等ではない。千尋にあるのは別の理由。
何故ならば、森本繭子は、
____父親の不倫相手だから。
知りたくは無かった。知るつもりも無かった。
けれど、中学生の頃、偶然、その秘密を知ってしまったのだ。
広い小野家の豪邸。
進学の事を考え、毎日、夜遅く塾通いをしていた。
女の子が夜道を歩くのは危ないと車の送迎を経て、
その日も夜遅くの帰宅だった。
千尋の自室に辿り着く前の廊下では、必ず父親の書斎の部屋を通る。何時もなら勤勉の疲れから、順一郎の書斎を素通りしていて__この日も当たり前に素通りする筈だった。
“あの事”を知るまでは。
順一郎は、ドアをちゃんと閉めない癖がある。
大概、半開きか、少し隙間がある程に開いている。__この日は後者の方だった。
ドアが開いた僅かな隙間。
其処から、見えたのは、整理整頓された落ち着いたシックな書斎、そして、何かを探している様子の順一郎の姿。
折角だから。たまには父と会い入ろうとした。が、止まる。
何故ならば、父親は苦悩するかの如く、発した言葉。
「___何故、連絡が付かないんだ。……繭子!」
繭子?
それは、母親の名前ではない。では誰だ?
だが。知らぬ女の名を悩まし気に呼ぶ父親が理解出来ない。
“繭子”とは誰だろう。何故、父親が連絡が付かないんだと苦悩するのだろう。その相手は誰だ?
千尋は疑問を抱いた次の日、
父親の書斎にひっそり隠れる様にして入り調べた。
順一郎が苦悩する理由を、そして何より繭子という人間の正体を知りたかったからだ。
モノトーンの整理整頓された部屋は、きっちりとしている。
父親の書斎の物を悪い予感がして胸騒ぎに揺らいだ。
きっと心の何処かで止めろと警告していたのだろう。
だが、一度抱いてしまった謎と好奇心は止められなかった。
バレない様に物を漁る。
____そして、知ってしまった。
父親の机に、大切に入れられていたのは色褪せた写真。
その写真に写るのは、順一郎と、その隣に居るのは_母親ではなくウェーブがかかったミディアムヘアの見知らぬ女。
その顔に張り付くのは、にっこりと笑う淀みのない頬笑み。
一瞬、千尋は知らない女に思えた。
けれど不意に記憶を辿ると、この女は、見た事がある。
___今年の中学の入学式、この確かに繭子という女を見た。
在校生代表として、千尋は入学式に居たのだ。
その時に、この女を見た気がする。
パソコンを漁ると、
その中には“愛しの繭子”というフォルダを見つけた。
只事の知り合い程度ではないだろう。
そして千尋は驚愕した。
メールフォルダを漁ると、父親が繭子という女に送った言葉は、
___会いたい。
___あの頃に戻りたい。
___繭子、何処にいるんだ?
ただならぬ、言葉の数々。
他人にこんな愛情剥き出しの言葉は送らない。
これは恋人同士の会話、思いの丈でしかないだろう。
写真の下に押された日付けの烙印を見ると自分が生まれた時期と重なり、メールは最近のものが集中している。
___父親は、順一郎は愛人を囲っていた?
(____パパは、裏切っていたの?)
信じたくない。
千尋は驚愕すると共に呆気に取られた。
途端に生まれるのは、未だにこの女に未練を抱き、父親に裏切られたという怒り。
偶然、知ってしまった事実に呆気と衝撃に取られていた頃、もう一つ事実を知った。
相手は森本心菜。そう、森本繭子_父親の不倫相手だったの女の娘。
それが、自分の同級生だったということ。
森本心菜と自分自身のとの年の差は、一年程しか空いていなかった。
彼女は、
成績はいつも学年トップ、品行方正の才女。
愛らしい顔立ちをしており容姿端麗さも伏せ持っていたが、
その表情はいつも何処か弱々しく時に疲れている様にも見えた。
何故?
母親が、あの宝石業界で最高峰の存在で、その会社の令嬢なのに。
苦労とは無縁の悠々自適な暮らしをしているだろうに、
何故、そんな気苦労を背負った顔をしているのだ?
まるで悲劇のヒロインの様に。
(_____許せない)
森本繭子も、森本心菜も。
千尋は拳を握りながら、奥歯を噛み締める。
生徒会が同じグループになった際
千尋は心菜に対し行動に出た。__いじめ、というものに。
いじめは犯罪だ。
けれどその概念は千尋には無く、寧ろ当然の権利だと思っていたのだ。
“あの事実”を知ってから、森本心菜を見る度に憎しみが湧く。
あんたの母親が、自分の父親をたぶらかしていた事、
不倫していた事、自分と母親に裏切りの行為を働き騙してきたこと。
(____この制裁は当然よ。あんたはあの女の娘なんだから。あんたの母親が誘惑したんだから)
あんたの母親が、悪いんだから。
この制裁は受け続けるべきだ。
心菜をいじめる度に、少し気が精々とした。止められない。
憎い奴。森本心菜へ言葉の刃を向ける度に、彼女が作ったものを壊し、優等生の地位を揺るがす度に。
一度覚えてしまった精々とした気分は止められなくなった。
相手側が悪いのだから、自分には当然の権利だ。
だが。心菜は耐えに耐えて何も言わず、平然としている。そんな態度にも腹が立った。
結局、自分が生徒会を引退するまで、いじめ続けたのは言うまでもない。
全盛期のJYUERU MORIMOTOに入社し
きらびやかな宝石類を見て、密かにそれに浸りながらの仕事は良かった。
幸福とさえ思えた、順調そのものの日常だったのに。
だが。何時からドミノは、崩れたのか。
今のJYUERU MORIMOTOは窮地に立たされている。
地位的にも危ういが、この現実を何処かで千尋は嘲笑っていた。
父親を誘惑したぶらかした女が、痛い目に遭うのは、気分が良いい。
だが。
(_____心菜は、どこにいるのかしら?)
母親が、会社が危機だというのに、
依然として森本心菜は行方不明のままだ。
所在さえ掴めないままらしい。何処で何をしているのだか。
繭子自身も必死に娘を捜しているにも関わらず、彼女は出てこない。
まるで存在そのものが、無かったかのように。
一つ補足です。
(物語に入れられなかった事情)
実際 千尋と理香は、一つ年が空いています。
ですが理香(心菜)が早生まれの為に、同学年となっています。
またサイドストーリーで、心菜が千尋を先輩と言っている面がありますが、心菜は多忙だった為、千尋の年齢を知らないまま
先輩と言っている(言ってしまっている)事になります。
(理香は今もそう思い込んでいる)
この場に訂正とお詫びをさせて頂きます。
申し訳ございません。




