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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第9章・悪魔が仕組んだもの、天使の秘密
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第122話・思わぬ行動



幼い頃。

母は偉大な存在だった。

家の主、家の家長、世界でたった一人の母親。

ただ一人の肉親。幼い自分にとっては、ある意味にして特別な、遠い存在。


逆らえない。

母は、絶対服従の人間だと思い込んでいた。




威圧的な眼差し。

悪巧みを含んだ頬笑みを浮かべた表情。

昔の自分にとっては当たり前だったのに、今は違和感を覚えて仕方がない。


理香は、唾を飲み込む。


そうだ。思い出すのが遅かった。

彼は森本心菜の婚約者。悪魔のお気に入りの存在だ。



自分を娘だと明かすのは、本気のようだ。

だが。罠には掛かるまい。一度、事を認めてしまえば、悪魔は付け上がるだろう。


けれど良いだろう。



(…………今だけは、騙されたふりをしてあげる)


理香はそう悟ると、部屋に足を踏み入れ、

内心、繭子を軽蔑して冷たい眼差しで見詰めながら、

悪魔の求める、微笑みを浮かべて、静かなお辞儀をした。




「___初めまして」



背に流された髪が、はらりと落ちる。

優雅に舞う蝶の如くお辞儀をしてみせた天使は、西洋の姫君の様に伺えた。

挨拶を終え上げた顔には柔らかな頬笑みが浮かんでいて

博人は、その婚約者の優雅さに思わず息を飲んだ。


(___綺麗だ)


博人は思う。

この人が、婚約者だったのだと。

あれは運命の出会いだと錯覚して、彼女を見て思ってしまう。






(____ようやく戻る気になったわね……)



繭子は、有頂天になり高笑いをする。

ようやく椎野理香が諦めた、食い下がった。……という事は娘として戻ってきたという事を意味する。


(ようや)く娘として、生きる事を決め認めたらしい。

やはり彼女は、自分自身には逆らえない。そう再認識した。

自分自身のお人形が戻ってきた事を喜びながら、繭子は、理香を嘲笑う。


だが____。



「森本社長には“娘の様”に、目をかけて頂いております。

改めまして、私は椎野理香です。よろしくお願い致します」

「_____え?」



博人は呆然と、目を丸くする。

繭子も例外ではなく、理香の行動に唖然として固まった。

繭子は自分自身の耳を疑ってしまう。


娘の様に? 椎野理香?

彼女は、確かにそう宣言した。

繭子は理香をやや睨むが、彼女は相変わらず、

繭子の事には目も暮れず、凛とした面持ちでいる。


娘として、生きるのではなかったのか。

それとも未だに椎野理香として、居たいのか。


「___てっきり、社長の娘さんだと思いました。

椎野さん、お久しぶりですね」

「はい。そうですね。お元気にされていましたか?


はい。誤解させてしまい

すみませんが森本社長の娘ではありません。

なんとも私と森本社長の娘様とは雰囲気が似ているらしくよくお間違われるんです」

「そうだったんですか」

「はい」


彼女の娘だと思ったのに、違った。

それだけで内心はがっくりと来たが、

まさか代理人の彼女が、森本社長の娘の様な存在だったとは。


「どうして………」

「社長。心菜さんは、用事が出来た様なんです。来れないと、私はそれをお伝えに来ました。


………でも、残念ですね。折角、

婚約者の方と会われる機会だったというのに」



嘘八百。咄嗟に、言葉が生まれていた。

椎野理香から紡がれた言葉、声音は、まるで他人事そのもの。

まるで娘だとは微塵も感じさせない、表情や振る舞いだった。


そんな母娘が見えない火花を散らす中、

理香の挨拶を聞いた博人は、浮かんだ疑問を彼女を尋ねた。


「___椎野さんは、心菜さんとも面識が?」

「はい」


(___良いな)


(婚約者の僕は、一度も会った事がないのに)


そう思うと、無性に彼女に羨みが生まれる。

博人は自然と心の声が、表に出てしまった。


「そうなんですか。

……なんだか羨ましいです。僕はまだ会えていないので」

「____………」


その、純粋無垢な頬笑みが、痛い。



(__お願い。このまま、

貴方が傷付かない為にも、騙されたままでいて)


そんな無邪気な頬笑みは、叶いはしない。

何故なら、心菜はもういないのだから。戻りはしない。

そんな婚約者の存在に、自分の言葉や、繭子の言葉を信じ切っている彼も言わば心菜と、悪魔の犠牲者__。


純な青年を見ていると尚更、繭子への憎悪が増した。

関係の無い人間まで、自分のふところに入れ、巻き込もうとするとは。

何処まで、欲深い女なのだろう。


だが。


(___でも、私も貴女と変わらない。

寧ろ似ているのかも知れないわね)



欲望で動くのはきっと一緒なのだろう。

自分自身だけが抱く“森本心菜に戻りたくない“と”いう欲も例外ではない。

けれど、“あの頃”と一つだけ変わった事があるのも事実だ。




なんだか繭子は、赤っ恥を掻いた気分になる。

彼女を娘だと豪語して紹介した筈なのに、椎野理香はまるで“無かった事”の様にすり抜けてみせた。

__言葉に出来ない屈辱を味わった気分だ。


加えて言わば、自分は取り残された感覚になる。

若者二人が空間を造り出して、自分だけが置き去りにされた様なモノだ。

気に入らない。二人は引き立て役で、主役は女王と呼ばれる自分自身であるべきなのに。


(_____どうしてなのよ__)



椎野理香が、壊した。

まるで、奪っていくかの如く。

居ても立っても、見てもいられない。自分が脇役としてくすみ佇むのは。


「尾嶋さん、もう良いわ。

また心菜が来たら、その時に連絡するわね」

「分かりました。では社長、お疲れ様です。………僕はこれで失礼します」

「ええ」


一礼して、博人は社長室から去って行く。

繭子は内心、怒りに震えつつ笑顔を浮かべ、理香は平常心のまま見送る。

青年は素直に去って行った。その刹那に。



___繭子は、理香に視線を向けて、睨む。




「___あんた」



繭子の据わった声音に、理香の心は冷めていく。

悪魔に抱くのは、もう恐怖心ではない。途方もない呆れと哀れみ。


(____それでも貴女はまだ、欲を張るのね)


理香も、視線を向ける。

そして、挑発をかけるかの如く少し微笑んだ。

そうだ。心菜と変わったところ。心菜にはないもの。対して理香にあるもの。



それは___



(___貴女には、もう怯えない)



そうだ。森本心菜と違って

椎野理香は、もう怯えはしないのだから。

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