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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第9章・悪魔が仕組んだもの、天使の秘密
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第119話・悪魔と天使、母と娘



椎野理香が、森本心菜だと世間に明かす。


マスコミにとっても大スクープの筈であり

的とされる当事者は火傷を負う話だ。

繭子にとって、理香がおののき引くであろう用意した火種だった。

けれど自分が刃を向けた筈の当事者である目の前の相手は微動一つしない。

___意外だ。



「___私が、心菜だと明かす?」


ふっと、理香は鼻で微笑する。

かなりの致命傷だろうが、そんな恐れは理香にとっては通じない。

理香は御伽噺おとぎばなしを語る様な口調で、呟く。



「___華やかな、“ジュエリー界の女社長”。

でも今の貴女はその面影すらない、裏切り者の女。

一部ではペテン師とも呼ばれているのよ? 知らない?


現時点での貴女の信頼は全くない。

それに今更、社長の行方不明だった娘が現れたどうこうの話は、世間はどうでもいい筈よ」


誰だって、自分自身が可愛い。

誰もが自分自身の事で手一杯の筈だ。

それに全てが裏切りで成り立っていた女の話に、誰も耳を傾けない。


「そんな事ないわ!! 娘の話を出せば、注目は集まる筈。

それで痛手を遭うのは、あんたよ。なのに何故、

他人事の様に冷静で居られるのかしら?」


繭子の言葉に、覇気と熱が籠り高まる。

そうだ。椎野理香の素性を明かせば、一番の痛手を負い信頼を無くすのは、椎野理香自身。

自分自身を惨めに晒した分、相手も痛手を遭えば良いのだ。

椎野理香が身分を隠して欺いたと言えば、素早い話の筈。

なのに。


(___何故、そんなに冷静沈着で居られるの?)



冷静で微動一つしない理香の態度。

その冷めた態度が、繭子の憤りや怒りを増殖させ逆鱗に触れた。

それでも理香の態度は変わらない。





「____何故、冷静かって?

“私”は、森本心菜ではないからよ。他人だから、冷静で居られるの」


平然の如く、理香は呟く。

彼女が言葉にすれば、偽りも事実になってしまう様に感じた。

そんな冷たい理香の態度が、繭子の怒りに、火を付け、益々、激昂させる。


「あんた、何を言ってるの!? 強かで図々しいわね。

あんたはあたしの娘。なのにまだ、しらばっくれる気なの?」


この女は何を言っているのだろう。

その姿を変えて椎野理香と偽っても、中身は森本心菜。自分の娘でない事には代わりないのだ。

それを世間に暴露すれば、その瞬間に終わりになる。それを分からないのか。




そんな繭子に微動もせず表情を変え、据わった目で理香は告げる。



「___何回、言えば良いのかしら。

森本心菜はもういないの。私が殺した。

____いいえ。心菜の死の要因は貴女が作ったというのに。


そもそも

娘の存在を隠していたのは、誰? 貴女でしょう?

今更、娘が見つかったと騒いでも誰も視線を向けやしないわ。

ましてや世間を欺いた裏切り者の女社長にはね」


「………………」



(___そう、こんな人、如きにおののく必要は何処にもないのだから)


身分や素性を明されたとしても、理香には通じない。

奥さない自信と根拠があるのだから。



「___それに、私を心菜だとバラして、私が窮地に陥ると思っている様だけれど、逆に窮地に陥るのは貴女の方よ?」

「___え?」


知っている。理香は。

繭子が隠し闇に葬った、“もう一つの秘密”を。

誰も知り得ない。スキャンダラスになり得ない、もう一つの重大な事を。


理香が告げた言葉の意味を、最初は解らずに居た繭子だったが

(やが)て、彼女が言っている“その意味”を勘付いた。

勘付いた瞬間に繭子は背中に悪寒が走り、青ざめていく。


まさか。

知らない筈だ。この娘の耳には入れていない筈。

だが、まさか。




その瞬間、何も聞こえなくなった。

外界とは遮断され、繭子は立ち尽くすしかない。




闇が深まる。

ウィンドガラスから一望出来る、夜景の明かり。

僅かに灯された淡いランプだけが部屋を導く。



そんな夜景を一望出来る前に、

固まっている悪魔に、天使は微笑を浮かべた。

その端正な美貌は引けを取らず、まるで夜景の絵の中に留まっている人物と錯覚する程に、美しい。



静寂な部屋に靴音だけが、響く。

微笑した理香は、そっと繭子に近付いて、耳打ちした。


「_______………………」



天使の囁き。

冷たい熱の無い声音は、悪魔の不安な心を、無情に抉る。



(____これを言えば、貴女は動けないでしょう?)




理香の呟かれた言葉に繭子は目を見開き、腰を抜かしてへたり込んだ。



(____どうして、あの事を?)



誰も知らない秘密。

知られてはならない秘密を、彼女は知っている。

表情を暗く落し項垂れ座り込む繭子に、理香は微笑し告げた。


「私を、娘だと明かしたら、“あの事”がバレるもの、ね?」



冷たい声音。

嗚呼、なんという事だろう。

知らず知らずのうちに、相手に弱味を握られていたなんて。


恐る恐る恨めしげな眼差しで、理香を上目で睨む繭子。

しかし、相手は変わらない。



「____自分を守りたいならば、大人しくして置く事ね。

あと、これを渡しておくわ」


繭子の前に、理香は封筒を放る様に置く。

放り渡された封筒にさえ、恐怖と震えを感じた。




固まって座り込んだ繭子を見ながら、

理香は悪魔を放置して社長室を出た。



(_____下手に動けば、貴女はまた奈落へ転落する。

さあ、どう出てくれるのかしら、ね)



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