第9話・消え去った行方
「そう。じゃあよろしく頼むわ」
「分かりました。必ず社長のご希望を、持って帰って参ります」
そう言い終わると、通話を切った。
携帯を傍らに置いて繭子は、ちらりと部屋に視線を移す。
仕事の資料の束や郵便物、果てにはゴミまでが散乱している。
着替えた服も、洗う洗濯物や要るや要らない物も散らかり放題で沢山ある。
嘗ては、綺麗に咲き誇っていた庭の花は枯れ果てて、見るに耐えない。
このリビングルームを言葉にして例えるならば、『ゴミ屋敷』という言葉が似合うだろう。
繭子は、家庭面で何も出来ない。
それが現に、今のこの家の有り様として現れている。
この根本をどうしたら良いのか、繭子には全く感じずに分からない。
あの少女がいた頃は、
モデルルームのように家は整えられていた。
部屋は何時も清潔さを保ち、庭には、鮮やかで柔らかい色合いの花が咲いていており
全てが全て、綺麗に整理整頓されていて汚れた処は、見た事さえ無かった。
家に帰れば、
料理も掃除も何もかもが出来上がっていて、自分自身のする事は何もない。
何処から習ったのか料理もシェフ並みに作り、
洗濯もアイロンがけも綺麗に整えられ、服にも皺一つない。
否、自分自身の忙しさに追われ、
彼女を___娘を、奴隷の様に扱ってきた。
それが憎たらしいと思うが、身の周りの事を完璧にやってのける彼女は無償の家政婦。
何も言わずに、ただ淡々と家を綺麗にしてくれる人間。
使えるモノは、例え憎たらしい奴でも利用すれば良い。
自分の為に色々とやってのけてくれるのなら、都合のいい人形。
あの器用な少女が
大人の器量を超越する様な事を、此処までやってのけていたのは
不思議でませているとも思ったが、今となれば、その事だけが良かった。
この豪邸に似合う。セレブの様な暮らしに浸っていたのだから。
全てを娘に押し付けて任せてきたせいか、自分自身は女王様の気分だった。
このまま良い様に操って利用していけば、これからも安泰だと思っていたのに。
けれど、それは、あの日無残に打ち砕かれた。
娘を利用して、虐める事で
優越感に浸ってきたけれど、もう彼女は此処にはいない。
あの日、忽然と最初から無かったように消えていた。
何も残さずに。
高校を卒業した次の日に、彼女は消えていて
あれから、行方も何も無いまま気付けば、12年が過ぎていた。
あれから、暫くは邪魔で目障りな人間が消えたんだと
清々した気でいたけれど、今はその気持ちが揺らいでいる。
このまま、このゴミ屋敷の家で生活するのか。
一人寂しく、最期は孤独死したまま発見されるのか。
それは、あまりにも不様だ。有名な社長としては似合ない末路。
世間に顔向け出来ないまま、成仏出来なくなる。
それだけは、避けたかった。
世間体と自分の地位と評価が落ちることを
繭子は何より恐れて、嫌っている。
じゃあ、どうすれば良い。
そう思って考え込んだ繭子に、一つの思惑が浮かんだ。
________娘を、心菜を、連れ戻せば良い。
娘を連れ戻して、また昔みたいに利用すれば良い。
あの少女は、また母親の顔色を伺いながらなんでもやるだろう。
産んで養育してやったんだから、その恩返しをするのが当然だし、世間体にも良い。
このゴミ屋敷もあの小娘の手に寄れば、すぐに元通りの清潔さを保つだろう。
そんな歪んだ思惑が、繭子を動かし始めていた。
このままでは、気高きプライドが許さない。
まずは、消えた娘を捜さないと始まらない。
だからこそ、繭子はまた、娘の行方を捜し始めている。