第116話・足掻く悪魔が下すもの
もしも。
あの女に似た娘を見なければ、良かったのかも知れない。
空は__雨は変わらず、泣き降り続いていた。
酷く荒れ果てた部屋。
昂った感情に任せて、無我夢中で辺りの物をばら撒いた。
……椎野理香への、娘への、ショックと憎悪の感情が湧き上がり止まらず収まらない。
その感情を吐き出した果てにあるのが今だ。
何が何だか分からない有様で、足の踏み場すらなくなっている。
一心不乱に乱れた部屋は、まるで繭子の心の内を表しているようだった。
(___どうして、どうして、貴女はあたしを壊すの…………。
惨めな思いを、佳代子と同じ事をするのよ…………)
肩で息をしながら、繭子は項垂れ叫ぶ。
佳代子にそっくりな、人間。
佳代子の仮面を被って生まれた娘。
だが、佳代子はこんな仕打ちを実現化させ、実際に奈落に落としたりはしなかった。
心菜は、娘は、
何もかも佳代子に似ていたと思っていた。
その容貌も、性格や才能_全ては佳代子に似たと思っていただけなのに。
椎野理香は、心菜は、
単に佳代子に似ただけの、復讐の首謀者だった。
憎しみが募る中で、繭子は思い気付いた。
(___許さない)
こんな奈落に落とした、あの女を。
自分自身を惨めに晒して、自分自身の隠していたものを暴いた事も。
優しいふりをしながら付け込んで、自分自身を騙して利用した事も。
だが。
椎野理香と身分を詐称しても、所詮は自分自身の娘だ。
彼女が自分自身の娘_森本心菜である事は代わりない。
娘は見つかったのだから、連れ戻して、自分自身の計画通りの人形にすれば良い。
そう。心菜を使えば__。
自分自身を着飾る為の道具として、心菜を産んだのだから。
逃がすなんて真似はしない。連れ戻して娘としての役割りを果して貰う。
否。そうでなければ、駄目なのだ。
「良いわよ。貴女を利用してあげる。
まだ貴女には、あたしの娘として利用価値があるんだから……」
椎野理香も生憎、器量だけは良い。
(__利用価値があるだけ、感謝しなさいよ)
(あたしから全てを奪って奈落に突き落とした奴を、拾って上げるんだから………ね?)
椎野理香を、森本心菜に戻し利用する。
自分自身から全てを奪い、惨めに落とした罰を償って貰わねば。
繭子は、微笑した。
__プランシャホテル、 エールウェディング課。
昼下がり。
エールウェディング課はしん、と静まり返っている。
ふと彼女はペンを置いて、一息つく。
我に返り腕時計を見詰めると休憩の時間になっていた。
ふと辺りを見回すと、デスクには同僚や上司の姿はない。
ふと手のひらを見詰め、理香は目を伏せた。
(___何故かしら)
自棄に、胸騒ぎがする。
あれから
自分自身が心菜だと明かしてから、繭子はぱたりと音沙汰を無くした。
現に復讐の刃を向け続けてから、繭子はその度に打ちのめされ壊れていた様だし
今は喪失感で埋め尽くされているのだろうか。
(____でも、変だわ)
あの気性の荒い女が、静かにしている訳もない筈だ。
理香は、繭子の本性や性格を一番、身近に見続けて知っている。
知っているからこそこのまるで、嵐が去った後の静けさが異様にすら思えてしまう。
森本邸の監視カメラもチェックしているが、
いつも通りに項垂れ果てた悪魔の姿しか理香は観られていない。
繭子は、世間的にも、家でも借りてきた猫の様に静かにしているのだ。
それは、理香にとっては異様に映る。
だからなのだろうか。
気のせいかも知れないのに、こんな胸騒ぎがするのは。
最近では
JYUERU MORIMOTOの関連ニュースも、本人が出てこないせいか
JYUERU MORIMOTOに関しての世間には情報も一切流れてはこず、沈静化している。
自棄に静かになったのは良いが
あの欲望の塊である悪魔が、大人しくしているのはなんだか不気味だ。
では
この無性に湧いてくる胸騒ぎはなんなのだろうか。
___森本邸、リビングルーム。
相変わらず、カーテンで光りと遮断された、
物の分別も付かないリビングルーム。
家の主が一心不乱に暴れ回ったせいで、床は更に物で埋め尽くされ見えない有り様になっている。
だが。繭子は気にしない。
繭子はノートパソコンと向かい合い、
慣れた手付きでキーボードを打ち込み続けていた。
いつぶりだろう。パソコンに向かい合うのも、仕事らしい仕事をするのも久しぶりだ。
あの事があってから、失意のどん底に沈み
暫く仕事らしい事も、自分自身の業務も果していなかったが、
___繭子が、大人しくノートパソコンに向かい合い、
書類を作っているのは、仕事外での理由があった。
『___弊社の兼任社員でありプランシャホテル
エールウェディング課にいる、椎野理香は____』
椎野 理香は。
__長らく行方不明になっていた、私の実の娘です。
白紙の頁に浮かび、打たれた文字。
(___このままでは
許さないわ。あんたの首を締めてやるから…………)
所詮、女王の小娘の分際で。
自分自身を惨めな奈落に突き落とし、屈辱に晒した女。
繭子にあるのは、理香への、心菜への憎悪が湧き上がり心を満たす。
女王である自分自身を惨めな思いをさせた。
繭プライドを傷付けた、それが腹の虫が収まらず、繭子は許せなかった。
本当は自分自身は高貴な夫人でいるべきなのに。
女王を惨めにさせたのなら、
その見返りも、屈辱も味わわせないと。
そうでないと許さない。
__彼女は、母親の情報を、週刊紙に売った無慈悲な帳本人。
そう書いた。
これが明らかになれば、彼女は窮地に追いやられるだろう。
今までの華やかなキャリアも、人望も一瞬で崩れ去る。
(___見返りは、貰わないとね。
娘という下の立場なのに、あたしを惨めに晒すなんて_)
娘への、憎悪が止まらない。
きっとこれを情報開示し、
世間に撒いたら、世間はざわめくだろう。
書き上げられた自分自身の文章を見ながら、繭子は嘲笑った。
(___見てなさい。心菜…………)




