第113話・実娘の纏う影
___数日前。
社長室で見つけた白い布地。
社長室の奥底に隠されていた代物に、理香は手に取り布地を広げた。
ふわりと広がった布地は丈が長く、襟や鈕等が見えてやや拍子抜けする。
「___ワンピース?」
ぐいと両手で肩辺りをつまみ、
全体的に見詰めるとやはりワンピースのようだ。
淡い青色が混ざった白い生地、かなり着込まれた様だが
服は染みも汚れもなく綺麗に整えられている。
何故、ワンピースが?とも思ったが、その理由は後に気付いた。
____これも佳代子の遺品だと。
意外にも日記の他にも証拠があったとは。
一見、見れば変鉄もない代物だけれど、
悪魔が隠していた辺りを思うとこの服も重要な物なのだろうか。
年数も経っているが、それらを感じさせない丈夫な証拠の洋服。
このワンピースは、大事な証拠だ。
自分自身が、下手に無くしてしまう訳にはいかない。
洗面脱衣室にて理香はワンピースを手洗いで丁寧に洗い、陽の光りに当て乾かす。
すると
鈍色になっていたワンピースは鮮明な元の青白さを取り戻した。
乾かした後で自分に着れる代物かそれを試しに着てみる。
そして。
(____どうして)
理香はワンピースを着た瞬間、驚いた。
少しだけ裾が長めと感じる事を除けば、それはまるで自分自身に合わせたかの様にぴったりと合っていたからだ。
けれど。
同時に、何処かで思った。
(___私は、“貴女”と何から何までそっくりなのね)
森本佳代子の生き写しである自分自身。
彼女に関するものは、殆ど自分自身に合わせても違和感一つ感じさせない。
佳代子の遺服を着た事で、理香は佳代子と一緒であることを実感させられ、悟りを開いた。
_____森本邸。
ごちゃごちゃに荒らされたリビング。
日が落ち始めて暗く光りの差さない部屋には、ただ重い静寂が佇み落ちるだけである。
唯一、轟音とも呼べる雨音が窓に叩き付けるのみ。
そんな中に、家主の悪魔は項垂れ座り込み、
それを復讐者の天使がただ見下ろしていた。
その瞳は、哀れむ様に。軽蔑する様に。
その面持ちはまるで、悪魔を嘲笑っているかのように。
(___椎野理香が、心菜だったの……?)
繭子は、驚きを隠せない。
衝撃の地雷のショックで、繭子は項垂れ座り込んだままだった。
あれだけ自分自身が可愛がり信頼を寄せていた女が、
自分自身を奈落に突き落とした首謀者で、何よりも
(___あたしの、娘だったなんて……)
抱いていた疑心暗鬼は本物だった。
どんな時も親身に付き添ってくれた彼女が、
心菜だったなんて。
気付かなかった。
娘が、心菜が、目の前にいる。
静寂が佇む中で、繭子は恐る恐る顔を見上げた。
ただ何故だろうか。心菜な筈なのに、何処か背筋が凍る様な恐怖心が募る。
目の前にいるのは、
自分の知ってる様で、違う女。
背丈や顔付きが大人になり、大分と成長しただろう。
普通の親なら喜べる事を、繭子は喜べない。
目の前にいるのは
心菜である事には代わりないが、心菜を越えて
佳代子に見分けが付かない程にそっくりな容姿に成った椎野理香。
心菜は、やはり佳代子にそっくりだった。
生き写しの様に、顔立ちも容姿も少しの間違いすらなく彼女に似ていて。
ただ、たった一つ違うのは。
彼女の雰囲気が纏う、何か。
それは異彩、与えられるのは地味に植え付けられていく恐怖心。
触れば呆気なく壊れてしまう様な、冷たい凍りの花の、鉄錆の逆鱗。
これは、
佳代子にも、心菜にもなかったものだ。
彼女達に無い“何かを”椎野理香と偽っている、彼女は持ち合わせていた。
本当に心菜なのだろうかと疑う程だった。
謎の理由の付かない恐怖心からか、まともに顔を見られやしないが、再び繭子は恐る恐る顔を上げた。
相手の表情はひとつも変わらない。
「__あ、あんたが、全てやったの?
優しいふりを近付いたのも。会社の情報を開示したのも?
あたしの素性を世の中に広めたのも貴女だったの…………!?」
刹那に憎悪と共に怒りが込み上げる。
感情を剥き出しに感情の赴くまま、言葉をぶちまけた。
だが、そんな中でも謎の椎野理香への恐怖心は消えない。
恐怖心を消したい威勢を張っているのに、消えないのだ。
寧ろ威勢を張る度に、恐怖心は増していく。
何よりその証拠に声は震えている。
こんな感情に苛まれるなんて初めてだ。
そんな怯えながら威勢を張る事で
精一杯の繭子に、理香はその表情を一つ変えない。
無言を貫いていた天使は少し首を傾け、微笑を浮かべながら言った。
______背筋が凍る様な、
恐怖心を掻き立てる様な微笑みを浮かべたまま。
「そうだと言った筈よ?
JYUERU MORIMOTOが破綻する裏の情報を、
貴女の虚偽の素性を世の中に広めたのも、全部私がやったの」
「____どうして、そんな事を!!」
繭子は叫ぶ。
物静かな大人しいふりをして
椎野理香の仮面を被った娘が、何もかも全てやっていた。
何故、此処まで高貴な自分自身が、惨めな奈落に突き落されればならないのだ。
どうしてこんな惨めな仕打ちを、心菜はしたのだろう?
(__そうよ。ずっとその表情が見たかった)
自分自身に向かって怯えた表情をする、母親という悪魔。
その表情をずっと見たかった。自分自身に怯える女の表情を。
今、自分自身を見ているのは、悪魔の威圧的な視線ではない。
弱々しい伺う様な弱りきった、虚偽の威勢を張り続けた女の視線。
嗚呼、心菜に戻っても変わらないのか。
そんな寒さに怯える子犬の様に震える悪魔、自分自身を伺うのか。
そうだ。
昔から本当は、
威圧的な悪魔の表情以外のモノを自分は何処かで望んでいた。
沈黙寡言の後に。
感情を剥き出しにしている繭子に対して、理香は冷静なまま。
理香は微笑を深め、ゆっくりと悪魔の母親へと歩み寄った。
一歩、一歩確実に。
途中
床に散らばったゴミが足に当たったが、そんなのは気にしない。理香にとってはどうでもいい。
(来ないで)
内心、心がそう叫んでいた気がする。
繭子は後退ったが、背がソファーに当たり逃げ場が無くなる。
理香が纏い、他者に与える謎の恐怖心のせいで、
繭子は腰を抜かしたまま、動けなかった。後退くのが精一杯だ。
後ろを見、
前に視線を戻した時、もう遅かった。
目の前には__屈んだ椎野理香が、獲物を狙う様な眼差しで見据えていた。
一瞬だけ、その顔立ちは佳代子を連想した。
細部まで一つの間違いもなく、整えられ微塵も変わらない佳代子の顔。
紛れもなく自分自身がずっと憎しみ続けた女。
だが、歯軋りを覚える様な憎しみが沸き上がったが、
今はそれすら考える余裕すら無くなってしまう。
そして気付いた。
佳代子ではないと。
佳代子は穏和な顔立ちと雰囲気をしていたからこそ、
こんな悪が交じったドスの利いた表情はしない。
佳代子は何時だっておっとりとした優しい表情をしていた。
理香はじっくり、繭子を見据える。
「どうしてかって?
自分自身の自由を取り戻す為に、そして__貴女を貶める為に」
理香が見せるのは、不気味な微笑み。
日が落ち始めた薄い光りが、不気味な表情を淡く照らし、
彼女の面持ちが伺え、心には恐怖心を上書きされる。
何かを見下している貫かれる様な、冷たい眼差しは刃の様だ。
大体、心菜はこんな表情はしない。繭子の記憶にあるのは、
弱々しい少女の顔と姿しかないのだから。
だから余計に恐怖心と違和感が募った。
いつも何かに怯えていた弱々しい心菜なのかと疑う程に。
「____12年前、私が消えて清々した?
憎んでいた異父姉そっくりな私をずっと操って蔑ろにして、ぞんざいな扱いをしてきたものね」
「……………」
冷たく冷えきった声音。
その声音に、以前の椎野理香の暖かみ声音は一つもない。
目の前に居るのは、椎野理香なのだろうか。本当に自分自身の娘である森本心菜なのだろうか。
理香は手を伸ばし、悪魔の頬に触れた。
熱のない凍りついた冷たい手は、ますます背筋を凍らせ恐怖心を掻き立てた。
理香は変わらず微笑を浮かべながら、まるで謳う様に告げる。
「けれどね。貴女が私を憎んで扱ってきた様に
あの日、全てを知ってからの12年間、私は貴女を憎しんできたのよ?」
「…………………………」
「“会いたかったわ”。
やっと会えて、見れる事が出来た。
………そんな、惨めで高貴の後欠片もない、貴女に………」
冷たい声音に最後に向かうに連れ、初めて熱が籠る。
繭子は無言。否、言葉を失ったというべきか。
否、恐怖心と変わり果てた彼女の威圧に絶句しているというべきか。
「___どう? 初めて味わう惨めな仕打ちは?
高貴な気分に浸っていた貴女には耐えられないでしょうね。
けれど現実よ。貴女にはもう残されてはいないの」
「_____…………」
目の前にいるのは。
目の前にいるのは、自分自身の娘ではない。
自分自身の記憶の中にあるあの、娘の姿はもういない。
目の前に居るのは、椎野理香と名乗った彼女は、紛れもなく、
彼女は___復讐者だった。
いよいよ、って感じがします。
いろんな事を書き留めていたら、長くなりました。
しばらくお休みしてしまいましたが
これからぼちぼちペースで、やっていきます。




