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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第8章・追う度に深まる謎
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第112話・復讐者が仮面を剥がす時




灰色の空は今にも泣き出しそうだったと思っていた刹那。

ぽつりと冷たい雫が、頬に触れた。

無論、涙ではない。ふと己のてのひらを出してみるとぽつりぽつりと冷たい雫が触れた。

___雨だ。


(____良くない知らせかしらね)


そう思いながら

空を見上げた後で、森本邸を見詰める。

悪魔の館。其処に自分自身は爆弾を落とす事になるだろう。


最新の話題性のあるニュースに視線が向かってくれたからなのか家に張り付いていたマスコミはいない。

心が騒ぐのを感じつつ堂々と歩み寄って、インターホンを押した。



インターホンが鳴り、繭子は飛び付いた。

心菜だ。心菜が来たのだ。まるで獲物に飛び付く様に獣の様にインターホンを見る。

____しかし。



(___あら?)



インターホンに、自分自身の求めている人物はいなかった。

その代わりに。見慣れた誰かがいた。

静観な住宅街の町並みの風景に映ったのは長い髪の、凛と端正な顔立ちをした女。

インターホンに映っていたのは、椎野理香だった。



繭子は怪訝な顔をする。

心菜ではなかったのか?


「___はい」

「椎野です」

「良いわ。入ってきて頂戴」



椎野理香には、合鍵を渡した筈。

勝手に入ってくるにしてもアポなしで訪問はしない。

彼女の目的は何だろうか?と思いつつ、繭子は理香に対して

穏やかでは居られず、複雑な心情だった。


自分自身を惨めな奈落へ突き落とした、疑惑の首謀者。

それでも自分自身が最も目をかけてきた人間。

複雑化した思いが交差した。


(あたしは、貴女を信じたままで、いいの?)



益々、散らかったリビング。

洋服やら書類、日用品が散らばり、床が全く見えない。

几帳面な精神のせいか、それとも散らかった物をみれば落ち着かない精神のせいか。

かつて、自分自身が暮らしていていた頃とは大違いで、此処に来ると落ち着かない。


「お邪魔します」



優美でふわりとしつつも、凛とした雰囲気。

羽の様に軽やかながらも、優雅な身のこなし。

彼女のスタンスもペースは何も変わらない。



「社長、お久しぶりです。体調の方はどうですか?」

「ええ。相変わらずよ。それよりまだ家の周りにまだマスコミはいるの?」

「いいえ。最近の話題性のあるニュースの方へ移ったみたいで今日はマスコミの方はいませんでした」

「そうなの」


ぎこちない会話が続く。

だが、椎野理香への怒りが収まっている訳ではない。

彼女の顔を見たら、心の中に佇む怒りが募り始めた。


だが。

丸ごと、信頼を寄せている彼女との信頼を壊す勇気もないが、

繭子の自己中心的な怒りは押さえられる筈もない。



理香は防寒着を脱いだ。

彼女が着ていたのは、淡い青が入れられたほぼ白に近い質素なシンプルなワンピース。

清楚な彼女には十分似合う代物だか、

そのワンピースにも、彼女の姿にも違和感を覚えた。


(_____なんだか、変だわ)



理香の姿にもだが、

その着ていた淡青の白いワンピースに、違和感を繭子は覚えた。

襟と少しのぼたんがあしらわれているだけの、飾り気のないもの。


だが。

理香が着ている物は、初めて見る洋服ではない。

前に何処かで、自分自身はこの服を見ていた。

そんな気がしてならない。


なんなのだろうか?

__それが解らない。


「そうそう、娘から連絡があってね。

今日、やっとうちに帰ってくるって言ってたわ」


刹那。ぴたり、と理香の手が止まる。

そうか。自分がかけた、罠の電話を信じているのか。悪魔は。

ちらりと盗み見た表情では、娘が帰ってくる事には乗り気のようだった。

…………それが自分とも知らずに。




「__そうですか」



理香は、淡々と答える。

“このワンピースを着ていても”、まだ悪魔は気付いていないらしい。

自分自身の事には鋭い癖に、他人には何処までも鈍い人間だ。


(………これが罠とも知らずに、素直に信じて)


くすり、と理香は心内で微笑した。



「___娘さん、見つかって良かったですね」

「そうよ。勝手に行方を眩まして、本当に親の心子知らずよね、育てて貰った恩も知らないで」


(__親の心子知らずじゃなくて、子の心親知らずじゃない)


何も解っていない。

繭子の言葉に頭に来たが、

それを奥底に隠して何時も通りの表情を浮かべて見せた。

一端、今日は引き下がるふりをする事にしよう。


「___じゃあ、

娘様が来られるのなら、部外者の私は帰らないと。

社長の様子が心配で様子を伺いに来ただけですから。


娘様との再会に、時間を埋めて下さいね」


理香は、優雅に微笑って告げた。



(…………………逃がさない)



「____待って頂戴!!」



身を乗り出すなら、今だと思った。

理香は踵を返して帰る気になっていたが、繭子に呼び止められる。

込み上げてきた怒りという疑問を、すっきりさせておきたい。

そして知りたい。


椎野理香が、何者なのか。


自分自身を奈落に突き落とした首謀者か。



(___いよいよかも、しれない)



腹を、括りつつある理香。



「なんですか?」


首を傾ける理香。

理香の目の前に立つと、繭子は問いかけた。



「JYUERU MORIMOTOの情報をリークした人間が解ったかも知れないのよ」

「…………それが?」



やはり、悪魔は気付き始めたみたいだ。

理香はそう思いながら、平然とした面持ちを浮かべて視線を向ける。

震える心を押さえながら繭子は身を乗り出した。




「それが、貴女じゃないかって。風の噂で耳にしたの。

貴女はJYUERU MORIMOTOに一番近い立場に居たし、

社長室も出入りしていた唯一の人間よね?


貴女を疑ったけど、まさか貴女じゃないわよね?

優しい貴女はそんなずるい卑怯な真似はしないわよね?

あたしを突き落としたりしない………」



(___違うと言って)


爆発した感情が止まらない。

自分自身を奈落に突き落とした首謀者椎野理香じゃないと信じたい。

服の裾を掴みながら、感情を剥き出しにして叫ぶ繭子。

そんな繭子に対して理香はただ、ただ聞いていたが____。





(____もう仮面を取るしかないわね)



そう悟った。

もう、仮面を外して終おう。





「_____だったら、なんと言うの?」




酷く凍った、冷たい声音。

ふと彼女の表情をみれば、酷く冷めた切った無情な表情。

笑わなくなった人形の如く薄気味悪いと感じ、背筋に悪寒が走った。


椎野理香じゃない。

椎野理香の、こんな冷たい顔や声を初めて、見聞きした。


理香は、繭子に目線を合わせた。

影を落とした冷たい表情と凍った蜂蜜色の瞳が伺える。

そしてすらりとした細腕が、細く華奢な手がそれぞれ繭子の肩を掴んだ。


ふと目の前にいる理香を見る。

目の前にあるのは、嘲笑にも似た微笑。



「___ねえ、“私”よ?」


ぽつり、と呟かれた言葉。

繭子の震える肩を押さえる様に、更に冷たい手が掴んだ。

理香は嘲笑いを浮かべて、それでも尚、言葉を発する。


「思い出して? 貴女の憎い人間の顔を、容姿を。

この服も、何もかも、“貴女には”見覚えがある筈よ」

「_____っ」


無理矢理でも思い出させる。

悪魔の記憶から、忘れていた自分自身と佳代子の存在を引摺り出してやる。





その刹那。

繭子の脳裏に衝撃が落ちた。



目の前で、残酷に微笑する顔。

そうだ。この顔立ちは、容姿は、あの女だ。

自分自身が勝手に妬み続けて、そして生まれ変わりに似た者を恨み憎しみ、虐め続けてきた。


(…………あたしだけに、解る?)


最初は漠然とした感情が、曖昧な点と線が繋がる。

それを理解した瞬間に、繭子は青ざめていった。

思わず手を振り解き理香を突き飛ばすと、繭子は後退りする。


そうだ。

佳代子を、佳代子に似た女を__。



目の前に居るのは、憎しみを抱いている女の顔。



そうだ。



椎野理香は_____。





「………………まさか、貴女が、心菜なの………?」



震える声で、尋ねた。



心菜。

心菜、あの異父姉にそっくりな娘。



それが目の前にいる?

嘘だろう、椎野理香は、心菜と何もかも違う筈なのに。



まさか。

お願いだ。違うと言ってくれ。

佳代子を、心菜の顔を思い出した途端に、拒絶する様に

腰が抜けた途端に、心も体も震え出して止まらなくなる。




「____そうよ?」




やっと気付いたか。

遅いと思いながら、理香はゆっくりと立ち上がる。

突き飛ばされた衝撃でぶつけたヵ所に鈍痛が走ったが、

そんなの少しも構わない。


日が暮れて、部屋は急激に暗くなり始める。

欲深き悪魔と天使の復讐者の間には、静寂と沈黙が流れた。


そんな空間に佇むのは

窓に強く叩き付けられていく雨粒と、雨音だけ。

いつしか知らない間に小雨は豪雨へと変化していたらしい。



復讐者は

嘲笑を浮かべ、開き直った面持ちでそう答えた。






いよいよ、理香が正体を明かしましたね。

長いお付き合いありがとうございました。

(………まだ、終わりませんが)



次回からは

どうなるのか、作者の私も分かりません。

そんな次回からは、新章がスタート(予定)です。

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