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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第8章・追う度に深まる謎
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第111話・仮面を剥がす前の取り引き



生まれ落ちた箱庭は、茨の棘ばかりの地獄の道だった。

ずっと悪魔に茨で縛られ、自由を知らずのままに。



___休日。




報道から数日が経つ。

一向に姿を現さない森本繭子にマスコミは痺れを切らし始めている。


今かと今かと本人の姿が現れるのを待っていた記者達だが

新しい芸能ニュースが入った事もあり、森本邸にマスコミの姿は見なくなった。


日中にも関わらず、

森本邸の全てカーテンは締め切られ、光りとは遮断されている。

当然、外からは家の中の様子は見えない。



そんなリビングの一室のソファーベッドに座り尽くしたまま、繭子は居た。





(もしも、)



椎野理香が、全てを突き落とした首謀者ならば__。



繭子に与えられた衝撃は、あまりに大きなものだった。

そんな、未だに不確かな事実に項垂れていた時。



非通知の着信が、携帯端末に届く。

非通知が公衆電話からの着信と気付いた瞬間に、

繭子は眉間に皺を寄せて、怪訝な顔をする。

非通知の電話は、必ず行方知れずの娘からかかってくる。

反対に何故か、心菜は公衆電話からしかかけてこない。


否。こないだは予想外に順一郎から連絡がきた。

順一郎はしつこい体質だから、またかけてきたのかも知れない。

だが。心菜という相手も否めない。


取らない事には、分からない事だ。


繭子は苛立ちを覚えながら、着信を取った。



「はい」

『________お母さん?』


弱々しい声音が耳に届く。

___心菜だ。間違いなく心菜自身だ。

その刹那、繭子の中で込み上げていくのは怒り。



「あんた…。何度も電話をかけてくる癖に電話を切って、

あたしを振り回して弄んで楽しんで居るの!?」


また声を荒げて、怒号が響く。

駄目だ。感情のコントロールが利かないままだ。

高ぶっている気持ちを止められない。




公衆電話の小さなボックスに、繭子の怒号は十分に響いていく。正直言って聞きたくないが。


そんな小さな空間で電話をかけていた理香は

繭子の音量制限の利かない悪魔の怒号に、

冷めた眼差しと表情で、受話器を耳から少し話した。

繭子の声、怒号を聞く度に理香の冷めた心情はどんどん冷めていく。


(___やっぱり、相変わらずね。貴女は)


視線を横にながしながら

理香は冷静なまま、弱々しい声音の少女を装った。


『………ごめんなさい………。本当は心配していたの』



心にもない事を。

ただ怒号の何処かで繭子は何かに苛立ちを募らせている事は解った。悪魔はもう気付き始めている。

椎野理香が、森本心菜で、娘だという事に。


もう逃げられないだろう。__それに抗うつもりもない。

逆にそれを利用する手もある。



「あんた、今何処に居るのよ‼

勝手に消えて、今更惑わせて。どういうつもりなの‼」


繭子の怒りは納まらない。

苛立ちと焦り。繭子の今は、混乱の渦に巻き込まれ失意の最中にいるのに。

なのにこの憎い娘は、まだ自分自身を惑わせて困らせるのだろう。

どうしてこんなに上手くいかないのだろうか。


(__何処まであたしを、惑わせるつもりなの……!?)


頭に血が昇り、己の感情がどうにも出来ない。

怒りに任せ怒号を吐いたせいか、呼吸が荒くなり繭子は肩で呼吸していた。

けれど娘に対する憎悪は消えない。

弱々しい声を聞く度に、それは止めを知らず増していく。



理香は冷静な面持ちのまま、微笑する。



___そして。



『………あの、それで。やっとお母さんの元へ行く事が出来るから、今から家に向かってもいい?』



心菜を装った理香は、言う。

繭子は突然の言葉に拍子抜けして、呆然する。

この娘は何を言っている? 突然電話をかけてきて、こんな事を言うとは。


(___何を考えているの?)


途端に流れる沈黙を、理香は静かに待っている。

悪魔がどう尻尾を出すのか。それを静かに待っていた。

“帰ってこい”とは母親の口からは一度も言っていないが、

悪魔は自分自身の発言にどう出るのか。




(___どうして、今更?)



そんな疑問だけが浮かぶ。

12年も音信不通で、行方知れずだった娘が。


___けれど。

『帰る』という言葉を、何処かで待っていた気がする。

それに彼女から戻ってくるというのなら、好都合だ。また自分自身の好きな様に彼女を利用すればいい。

繭子は唇を一瞬、噛み締めつつ、答えを出した。


「良いわよ。帰って来なさい」

『………じゃあ、これから行きます。時間がかかるので、遅くなってしまうけれど……』


そう言い残して、理香は受話器を置いた。


いよいよだ。

そう思えば心臓が騒ぐが、胸を押さえて視線を落とす。

けれど選択はこれしかもう残されていない。後悔はしていない。これから、悪魔を混乱の最中に落としやる。


電話ボックスから出ると、

複雑な面持ちで待っていた青年がいた。

芳久は理香へと歩み寄ると視線を落とし尋ねた。


「…………本当にこれで、良いんだな?」

「………ええ。もう退いて他人のふりでは居られないわ」


理香は言う。

もう他人のふりでは居られない。

理香の決意に芳久は納得すると、悟った表情で告げる。


「理香なら大丈夫だろうけど、何かあったら言ってよ」

「…………ありがとう。何かあったら、ね」


何か騒ぎがあればと、

森本邸に隠れて芳久は待ってくれるらしい。

優しくも力強い協力者も、自分自身の為にも、もう後は退けない。

森本繭子という悪魔を混乱させて、突き落とすしかないのだ。


晴れていた筈の空は、いつしか雲行きが怪しくなり

影を落した灰色は染まったの空は今にも泣き出しそうだった。






理香の声は心菜より、やや低めです。

(落ち着いた凛として澄んだ声音でしょう)

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