第110話・復讐者が下す決断
家に入り、一通り支度を済ます。
眠りに着く前に不意に、パソコンへと向かい起動させた。
理香が睨んだのは、森本邸に仕込んだスモールサイズの監視カメラのファイル。
悪魔はどんな状況に居るのか、
どんな状態なのか見張る為に、悪魔が目を離した隙に、
あらゆる視点から悪魔を観察出来る様に、数個程、小型カメラを仕込みカメラを増やした。
録画記録機能性もある。暫く観ていなかったが、
この悪魔はどう過ごしていたのか。
部屋の明かりを全て消し、カーテンも締め切っている。
明かりと言えば、夜の光りだけがカーテンの隙間から差し込むのみ。
質素な部屋で、理香はパソコン画面に全神経を集中して、視線を向ける。
(……………?)
理香は疑問に思う。
夜になっても、部屋の明かりはないからだ。
元々、繭子は暗闇が嫌いで
明かりを煌々と付けるタイプの人間なのだが、
今回ばかりは、やはり外界の視線を気にしているのだろうか。
夜明かりの光を頼りに部屋を凝視する。
前よりも物が散乱して、酷くぐちゃぐちゃになった部屋。
そんなゴミ屋敷の部屋にあるソファーベッドに横たわったまま、繭子は動かない。
しかし。
(___おかしいわね)
“異変”を、理香は見抜いた。
別視点から見えるカメラ映像に切り替えた。
場所はキッチン角に仕込んだカメラ。そのカメラは鮮明に繭子の表情を捉えていた。
正気がなかった表情に覇気が戻ってきている。
明らかに自分自身の記憶にある“あの女の顔”だ。
否、夜のせいか。
窶れた表情に中で目がギラギラと光り、目力が強い。
その浮かべる表情は、弱々しい
絶望という名の奈落へと落とした後の森本繭子ではない。
(___どうなっているの?)
理香はそう思ってから、繭子の溢した発言に目を見開く。
『____椎野理香が、首謀者なの?」
ぽつり、と溢れた呟き。
驚かなかったと言えば、嘘になる。
ただ何処かで悟っていた自分自身が居た。
……嘘は、偽りは、いつか剥がれてしまうものだから。
そして、気付いた。
繭子に、悪魔の表情に覇気が戻り
悪魔の形相に戻りつつあるのは、自分自身を疑い始めたからだと。
自分自身が首謀者ではないかと、いよいよ繭子は疑い始めたのだ。
軽く息を飲みながら、理香は繭子の行動を見据えた。
『___あたしはちゃんと育てて面倒を見たじゃない。
なのに、貴女は、どうして言うことを聞いてくれなかったのよ…!』
怒りを露にする悪魔に、復讐者は嘲笑う。
娘を育てた? 娘の面倒を見た? ふざけるな。
それは娘の台詞だ。自分自身の方が悪魔を支えて、衣食住の面倒を見ていたじゃないか。
繭子の発言を聞く度に、理香の心は凍り嘲笑う。
そして___。
『今に見ていなさい。後で後悔させてやるから。
あたしを裏切った裏切り者には只ただでは済まさないわ。いざとなれば、息の根だって止めてやる___』
繭子の言葉に、理香は鼻で笑った。
(___身の程知らずの哀れな女ね、貴女は)
やれるものなら、やって見ろ。
(私が黙って見詰めているとでも?)
そして理香は確信した。
繭子は絶望に“落ちていたふり”をしていただけだと。
やはり悪女の本性も性根も何も変わっては居なかった。
悪魔が壊れたと一瞬でも思った自分自身が、馬鹿みたいだ。
自分自身の操り人形に成りかけていたと思っていたが、やはり違ったみたいだ。
悪魔が自分自身を疑い始めたのなら、仕方がない。
それに___。
(何時までも、
答えの出ない茶番劇を繰り返しても、答えは出ないわ)
今のままでは、知りたくて追っている謎達にも堂々巡りで、真相には近付けやしない。
あまりやりたくない方法だったが、繭子がまた欲望を剥き出しにしてきたのなら、理香にも考えがあった。
(___“私”の正体を明かすしかないわね)
森本繭子に、自分自身が娘だと明かす。
だが理香には、この復讐劇の舞台を降りるつもりはない。
ただ身元がバレつつある以上、これしかもう手段はないのだ。
“椎野理香は森本心菜”だと明かしても、理香にはこれからも悪魔を攻撃する術はある。
偽りがいつかバレてしまう時が来るのであれば。
悪魔があれだけ言うのなら、此方も腹を括ろうじゃないか。
拳を握り締めて、理香は決意した。
暗い部屋の中。
ソファーベッドに膝を抱えて座りながら、
繭子は悔しい思いで唇をきつく噛み締める。
あの頬笑みが、今ではおぞましいとさえ思う。
考えて見れば、自分自身はこんなに落ちぶれて惨めな様なのに、椎野理香は高みへ昇り詰めていくばかりだ。
彼女のありふれた才能も存在も、繭子にとって妬ましい。
最初に出会った頃の嫉妬と怒りが、繭子の心を占拠し、理香への憎悪が増してゆく。
(____でも、どうして)
繭子の中で、疑問が残る。
何故、椎野理香は自分自身に近付いて、
惨めな奈落の底へと突き落としたのだろうか。
彼女とは、何も接点がない筈なのに。
ただ、その疑問だけが佇んだ。
夜、遅くに電話するのも迷惑かと思ったが
青年から丁度、メールが来ていたので理香は電話をかけた。
協力者で味方、と言ってくれた彼にも知らせておかなければならないだろう。
___“この事”を。
『______娘だと正体を明かすの? 自ら?』
「ええ。あの人はもう私の仕業だと気付いたみたい。現に怒りに狂っているわ」
芳久は驚きを隠せなかった。
なんせ復讐者自ら、相手に正体を明かすというのだから。
それは大した根性と勇気の要る事だ。
「それに、今では堂々巡りのままよ。何も変わらない。
それに、まだあの人は自分自身の欲望を捨てていなかった」
『そうか。理香の決意は堅いんだね』
「………うん。向こうが身を乗り出す前に
もう反撃に備えられる様にして行こうと思う」
『何かあったら言ってよ。力になるからさ』
「………ありがとう。おやすみなさい」
『おやすみ』
そう言ってから、通話を切った。
理香は携帯端末に視線を落としながら、考える。
もう計画は練ってある。___後は、実行に移すのみだ。
(___負けはしない。
とことん追い詰めてあげる。貴女が私の息の根を止めるというのならば、私は、貴女を、息苦しさの底の無い沼に突き落とすわ)
もし、
自分自身が目をかけていた女が、自分自身の娘だと知れば
混乱の最中にいる悪魔は、どんな顔をするだろうか。




