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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第8章・追う度に深まる謎
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第109話・復讐者の涙、協力者の温かみ



何故かは分からない。

けれど、無性に目の奥が熱くなった。

頬を撫でる冷たい風が余計にそれを自覚させて、__痛い程に。



「……理香?」


芳久の呟きにも反応しない。

反面、芳久は驚きを隠せない。初めて見た。椎野理香の涙を。

彼女が『儚い』と思ったのはこのせいだったのだろうか。


儚げに__端正に整った横顔。

夜空の下で涙を流した彼女は、あまりにも美しかった。

それは触れてしまえば壊れてしまうのでは、という感覚を覚える程に。


気のせいではない。本当に何かがあった。

何時も凛とした彼女が涙を流すくらいに。



(___何があったんだ)



「__理香?」

「…………」


その一言で、ようやく我に返った。

我に返るとぼんやりとしていた視界が、はっきりとする。

ふと声の方へ視線を向けると、芳久は心配そうな面持ちでハンカチを差し出していた。


「………どうしたの?」

「………………?」


何故、そんな心配そうな面持ちでハンカチを差し出している?


「__それは此方の台詞だ。ずは涙を拭きなよ」

「…………え…? 泣いてなんかいないわ………」

「嘘を付け」


芳久はそのまま、理香の涙をそっとハンカチで涙を拭う。

ハンカチに触れた冷たい感触に、ようやく自分自身が泣いていた事を理香は自覚した。



椎野理香になってから涙なんて流した事は、無かったのに。


「__涙を流す程に何かあったんだろう?」

「…………………」


青年の優しい言葉が、刃物の様に突き刺さった。

その優しさが突き刺さる度に、心が苦しくなり拒絶する。

止めてと叫ぶ度に、ますます目の奥が熱くなり、理香は自然と小さく俯いて項垂れる。


(___お願い、優しくしないで_)



その優しさが、痛くなるから。



一瞬、躊躇い迷ったが

青年は、彼女の華奢な肩に手を置くそのままと自分自身の身に寄せた。



椎野理香は変わってしまった。そう思っていた。

けれどそれは勝手な思い込みと誤解でしかなかったと気付く。

強気に復讐者に成り変わったとしても、本来は弱い面がある孤独な少女のままだ。


理香は、静かにして俯き項垂れていた。



「____理由は言わなくていいよ。

もう辛い時はその思いを泣いて叫んでくれたら、それで良いんだ」


自分自身の殻に籠りつつある、理香に降り注いだ言葉。

それは痛い程に心に響いた。






「一人で抱え込まないで。

たまには俺にも協力者らしい事をさせて」


「……………」



ふわりとした温もり。

スーツのジャケットをかけて、そのまま肩を引き寄せていた。

とん、とん、と芳久は理香の肩側面を叩く。

まるでそれは子守唄を歌うかの様に。


理香には知らないもの。

自分自身には縁がないものだと知らずに生きてきた。

母親にも誰にも甘える事も無く、大人になってからはそれを拒絶して生きてきたのに。



脳裏が混乱して、

何をしているのか、何を考えても分からない。

考えてもどれも答えのない物ばかりで、どうしたらの良いのか分からないのだ。



けれど不思議だ。

心は何処かで拒絶するのに、この温かさは安心出来て温かい。

その頼りがいのある優しさに触れたせいか、余計に涙は止まない。


(負けた)


この協力者の前で、強がりなんて、出来なさそうだ。


夜空の下。

初めて、復讐者は、自分自身の弱さを見せた。





娘には、自分自身のモノには_自分自身しか覚えさせない。

誰かが入り込んでしまえば、誰かの考えや思いを取り込んでしまうだろう。

繭子にとって、娘は自分自身の好きな様に利用する道具に過ぎない。

だからこそ、自分自身の玩具おもちゃが母親以外を覚える事は許さない。

自分自身の玩具(おもちゃ)は、自分自身だけを覚えてくれれば良いのだ。


(心菜は、あたしだけのものよ)


(心菜が、何かを覚えるなんて、絶対に許さない)



そんな思考から

全てを断ち切った。娘に関連するモノを。

娘の父親も、血縁も。



夜中。

服やら物が散乱した道をかき分けて歩き

キッチンに置かれた浄水器から水を汲むとそのまま、繭子は一気に飲み干す。

冷たい水を飲み干した影響なのか、脳が冷えていく感覚を覚えた。


口許を拭いながらも

心を占拠する憎悪の炎は荒ぶり、止まる事を知らない。

繭子が、理香に不信感を、自分自身を惨めな奈落へと

突き落としたと決め付けから、怒りの感情が占めていた。



「___ちゃんと育てて面倒を見たじゃない。

なのに、貴女は、どうして言うことを聞いてくれなかったのよ………!」


(全てを断ち切って、自分自身だけの操り人形にした筈なのに)


それなのに、自分を裏切って

まるで、最初から居なかった様にすり抜けた娘。

椎野理香の今の有り様を見ると、憎しみの塊である娘を、繭子は思い出していた。




椎野理香。


自分自身を奈落へと突き落とした女を、許さない。


繭子は、飲んでいた陶器のコップを、腹立ち紛れに投げた。

流し台に投げた陶器は脆くもバリンと音を立てて割れ、不規則に破片が飛び散る。


自然と繭子の口角が上がり、けせらせらと微笑を浮かべる。



「今に見ていなさい。後で後悔させてやるから。

あたしを裏切った裏切り者にはただでは済まさないわ。

いざとなれば、息の根だって止めてやる___」



繭子は、見境が付かなくなっていた。

だが。この怒りと憎悪さえあれば、無敵だ。

自分自身は何だって出来る。









「………父親が、(わか)ったの」

「父親?」


だいぶ泣いたか。

涙が枯れて感情が治まった後で、理香は呟く。


「沢山のマスコミの人達がいるのに、

その輪をかき分けてあの人に接触しようとした男の人が居たの」

「…………………」

「小野順一郎という人よ。

私はマスコミの影で隠れて、あの人と男の人の会話を聞いていた。

会話を聞いているとどうやその人が、私の父親らしいの」


芳久は驚いて、絶句する。

理香の父親が判明したのも驚いていたが、

小野順一郎と言えば、名前は聞いた事がある。

小野不動産を経営している不動産王にして、小野家と言えば知る者が知る資産家で有名だ。

彼女が、不動産オーナーの娘だとは。


理香は全て話した。

あの日の経緯も、彼が父親かも知れないと。

そして______彼の娘、小野千尋とは同級生でいじめを受けていた事も。

だが。確信が取れず、悩んでいた事も。



「___つまりは、千尋という人と理香は異母姉妹だと」

「……………考えるだけでゾッとする。私をいじめていた相手が

異母姉で、その人が父親が、私の父親でもあるだなんて」

「それで、ずっと悩んで落ち込んでたって事か」

「…………」


泣いていたせいか、少し目が赤い。

理香の表情は相変わらず、影を落していて曇っている。

芳久は少し頭を抱えていたが、ふと案が余儀よぎった。


「要は確信が欲しいって事だろう?」

「………ええ」

「それなら、良い考えがあるんだけど」


青年の微笑みに、理香は首を傾けた。






理香の住むマンションまで、芳久は見送ってくれた。

理香は少し気不味いながらに



「___今日はごめんなさい」


と呟く。

人生で初めて誰かにすがり泣いて甘えた。

付き合ってくれた青年には申し訳なく思いながら、視線を落とす。


「___良いんだよ。そんなの。俺こそ、ごめん。

けれど言っただろう?辛い時は泣いて良いんだよ。頼って欲しい。

辛い感情を溜め込んでいたままでいたら自分自身は壊れてしまう。

そうしたら、復讐すら出来なくなるだろう?


俺は協力者だから、微塵も迷惑だなんて少しも思っていない」

「…………ありがとう」


「少しは落ち着いた?」

「ええ。貴方のお陰で。本当にありがとう」

「良いってば、それよりちゃんと気力付けなよ?」

「分かった。もう大丈夫よ」


何時も通りの彼女らしさに戻って安堵した。

マンションの部屋へ入ろうとした刹那、理香は兼ねてより抱いた疑問を口にする。



「あ__そう言えば、芳久。今日はどうして欠勤を?」


そう聞かれて、ぎくりとした。

“あの事”は誰にも言ってはいない。自分自身だけの秘密だ。

彼女にも、誰にも告げる事はない、告げるつもりもない。



(___それに言うべき事ではない)



「少し、用事があってさ。それで有給を取っていたんだ」

「そうなの……?」


青年はなんとか、

話を反らして誤魔化した。


少し色恋沙汰を書かせて頂きました。

芳久と理香の仲も、少し変化していると良いなと思ったりします。

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