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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第8章・追う度に深まる謎
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第107話・自分自身との駆け引き



気付いたら、真っ暗な場所にいた。

何処か分からない。ただ淡い琥珀色の照明が照らされ

目の前には、何故かチェスが置かれている。


そして、誰かがいた。

理香は冷静な面持ちなまま、対面式に座っている相手を見る。

___相手を悟ったその刹那、理香は、驚かずには居られない。



肩辺りの黒髪。

整った顔立ちのあどけない表情を残した弱々しい少女。

薄い微笑を浮かべながら、蜂蜜色の瞳は何処か敵意のある眼差しで見ていた。


“自分自身”だ。

否、自分自身が殺した、森本心菜。

森本繭子の一人娘で、弱々しい操り人形。


理香は相手を理解した瞬間に、冷めた眼差しに変わる。

思わず自分自身でさえも軽蔑してしまった。

対して、心菜は理香を見詰め、微笑する。



「___良かったわね」

「何が?」



そう言って心菜は、チェスを動かした。

心菜は白で、理香は黒。



心菜が言っている言葉に、

理香は首を傾けて怪訝な面持ちを浮かべた。

“良かったわね”って、どういう意味なのだろう。

聞き返せば、途端にあからさまに心菜の目が据わり、理香を睨んでいた。


「とぼけるのね。貴女は楽しそうじゃない。

他人のふりをして母さんの傍に居て、母さんから愛情を注がれて。

私が欲しがっているモノを、貴女は持ってるじゃない。手に入れたじゃない」


敵意を宿しながらも、心菜は冷静に言う。

自分自身が盲目的に必死に追い求めていたものを、この女はいとも簡単に手にしている。

心菜には目の前に居る自分自身だと言えど、疎ましく羨ましくて仕方ない。



嗚呼、そうか。


(___“わたし”は、悪魔の愛情を欲していたっけ)


理香には、もう忘れ切っていた。

悪魔からの愛情なんて反吐が出る程に気分悪くて、今は要らないのに。

冷たい心で理香はそう思い出して、睨み付けている自分自身を見た。


あの頃は、必死だったからか。

なんと言えども母親だから。彼女から振り向いて欲しくて何でもしていた。

そうして、気付いた。彼女は純粋に愛情を求めていたかつての自分自身だと。

ならば。



「__そうだった。母さんからの愛情を欲していたわ。

でもね、“貴女”と“私”ではもう違うの。


貴女は純粋な森本繭子の娘。

私は_森本繭子を憎んでいるだけの穢れた娘よ。

もう愛なんて要らないわ」


黒の駒を動かして、淡々と冷静に答える理香。

何だか気持ち悪い。殺した自分自身と、チェスで勝負しているなんて。

此処で会っているのも不思議だ。


自分自身のチェスの闘いは続く。

誰もいない。何もない闇の空間での静寂なチェス。

チェスの闘いは理香が、勝利に有利になっていた。


心菜は、相変わらずの態度と姿勢だ。

しかし憂鬱ながら冷めた表情と言葉を投げる“彼女”は、意外で変化した自分自身なのだと。

ただ思うのは__椎野理香は、自分自身の欲しいモノ、

母親からの愛情の全てを手に入れて持っているのだと。

それが、無性に腹が立つ。



(___貴女は、何もしていないのに)



良い。掻き乱してやろう。

まだ、“あの事”を彼女は知らない。


「お母さんにも、再会したのね」

「ええ」


「でも。貴女は、まだ知らないよね。__“あの事”を」

「____“あの事”?」


頬杖を着いて、理香は物憂げに聞き返す。

心菜は悪戯混じりに微笑した後で呟いた。



「___父さんに会えたでしょう?、“貴女の父親”」




“父親”というワードに、理香の指先が止まった。


知らない父親。

心菜が言っているのは小野順一郎の事か?

(にわか)に浮かんだ理香の動揺。

理香の表情を読み取った心菜は微笑って、駒を動かした。



「__やっぱり知らないのね。本当の事実を。

ならせいぜい足掻いて、知って頂戴」



ふと見たチェスは、

何時しか自分自身が不利に追い込まれていた。



「事実を知ってね。“椎野理香さん”」




「……………っ」




息が苦しい。

ふと、目が覚めると見慣れた天井が視界に映った。

カーテンの隙間から差し込むのは、暖かな太陽の光り。

朝になっていた様だ。


ただ異常なくらい、心に違和感を感じて、冷や汗をかいていた。

頭を押さえる。あれは夢だ。幻想だ。


けれど、

そう思おうとする思考とは裏腹に、現実味を帯びていて。

眠りに着き、目覚めた筈なのにどっとした疲れと共に倦怠感に襲われた。

ふとてのひらを見詰めて、理香は視線を伏せる。



(___なんだか、嫌な予感がする)



窓から見えるのは夜明けが訪れ、光りに包まれた町並みの景色。

町並みを見詰めながら、理香はそう思った。





____プランシャホテル。



何時も通勤している道。

家に暫し籠っていたせいか、外の冷え込みは激しく

雪がちらつき、町をは銀世界へと染めて造られていく。


雪を見詰めながら、プランシャホテルまで歩く。


プランシャホテルの社内が、懐かしいと思う程に

自分自身の殻に籠っていたのだと痛感する。

仕事も随分と休んでしまった事を、少し悔やんだ。

エールウェディング課に着くと、最初に上司に会った。



理香は今日から、仕事に復帰する。

衝撃的な事実に塞ぎ込み、終盤は記者と会っていた事に休暇と言えども安堵感はあまりなかった。

休暇と言えども随分と甘えてしまった事は代わりない。


「長期間、休んでしまいすみませんでした」

「いいんだ。それより体調は大丈夫かね、椎野君」

「はい、もう大丈夫です」


深く頭を下げる。

上司は暖かな言葉をかけた後で、


「復帰早々、仕事が立て込んでいるが、頑張っておくれ。

今日は相良企業の令嬢様の披露宴だ」

「はい。しっかり務めを果たします」

「期待してるよ。……まあ、君なら大丈夫だろうが」


少し嘘をついた。

まだ、心の整理は着いていない。

けれど何時までも休んでは居られない上に、大切な披露宴に担当者が欠席するのは、あまりよく思われないだろう。



「それと毎度の事だが。

私ではなく、高城くんに謝りと礼を言いなさい。

君が休んでいる間、君の代理は全て高城君がこなしていたんだからな」

「………分かりました」

「………そんな高城君は生憎にも休みだがな………」



相良企業の令嬢、その披露宴。

盛大に行われたパーティ式のウェディング。

白いホールには、照明や飾り付けがちらほら。招待客も多く大規模な披露宴だった。



周りは幸福と祝福のムードに包まれている。

淡いスポットライト。嬉しそうに微笑みを浮かべる新郎新婦。

和やかなかつ暖かな雰囲気。


理香は、会場の片隅に立ちながら、静かに拍手を送る。

ただ、何処か心は上の空。



夢は幻想だと、気にしない主義だが

寒気がする程にあの夢は現実味があった。


あの少女は、自分自身。

あの頃を、必死に生き、愛情に枯れていた森本心菜。



(__そうね。私は、求めていたものを手に入れたのよね)



繭子の傍に居て目をかけられ、彼女を操って。

心菜の言う通り、心菜が努力しても握れなかったものを、

理香は手に入れている。


気にはしなかった。

けれど、ある点に気がかりになっていた。



(__父親、ね)


先日、初めて知った事実。

衝撃を受けて、久しく落ち込んだ。小野順一郎には会ってはいるけれど、それは他人として事実を知らないまま筈だ。

けれど心菜は別の何かを知っている様だった。


(貴女は、何を知っているの?)


当の昔に殺した自分自身に、問いかけてみる。

答えなんて当然、ないけれど。



(___もしも)



小野順一郎が、父親ならば。

彼に、千尋に娘だと、異母妹だと気付かれたら?



(大丈夫…………)



大丈夫な筈だ。

椎野理香が、森本心菜だなんて誰も知らないのだから。

けれど、何故、殺し捨てた自分自身の言葉が、

無性に引っ掛かり不安に思うのだろう。



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