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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第2章・12年後の思い
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第8話・見えない束縛



空は、群青色__夜明け前の空。

綺麗な色合いの空の下で、彼女は立ち止まっていた。


周りには何も無い。

代わりに、自分自身の姿は違う。

椎野理香ではなく、“森本心菜”となっていた。





_____どうして?



少女は、そう思った。

空の色と同じ群青色の、淡い霧の世界だけ。

だが。ふと、目の前に誰かが現れた事に気付いた。


軽いウェーブのかかった、ミディアムヘア。

誰にも見抜けない、或いは“自分自身”だけが解る魔性の毒味のある雰囲気を纏った顔立ち。

思わず目を見開いた。だが、確かに居た。


忘れる筈がない。____この女を。




「心菜、おいで?」


己の両手を広げ、微笑む表情。

自分が求めていた優しい母が、其処にいた。

その言葉に甘えて、思わずこの手を伸ばそうとした時。



「…………っ」



頭に激痛が走った。



違う。

これは、呪いだ。

愛されたいという自分自身への思いを餌で釣り、娘の自由を奪う。

それを思い知った時のことを思い出せ。


これは悪魔の誘惑という名の呪いなのだ。


心臓が止まりそうな衝動が、全身を襲った。

あの姿。あの、自分を哀れむ様な表情と眼差し。

悪魔だ。束縛という毒で自分自身を束縛する母親の姿をした悪魔。



「……嫌」


そう呟いた瞬間に、意識が覚醒する。

気付けば、見慣れた風景の天井が視界に映っている。

小鳥のさえずり鳴く声と、カーテン越しに差し込む光で、朝だと気付いた。


静かに起き上がると、自分自身の(てのひら)を見詰める。

そして唇を噛み締めた後、抑える様に左手で反対になるに己の右肩に手を置く。

まるで抱きしめるかの様に。物憂げな表情に浮かんだ悲壮感。


(今更、思い返しても遅いのに____)


あれは、ただの夢じゃない。現実の夢だ。

だが今、自分自身に起こった事ではない。

違和感が残るがそう思えば、心の底から安堵を浮かんで胸を撫で下ろす。


もう昔のこと。

今はあの悪魔から完全に離別したのだから、思い出さなくても良い。

けれどあの悪魔は時折、

自分自身の夢の中に出てきては、また自分自身を苦しめる。

そして全てを捨てた筈の自分自身に、また毒を吹き込もうとするのだ。

“還れ”と。


身だけは離れたとしても、心が覚えている感覚。

それほど執念を燃やして傷付けられた、傷痕。

全てを塗り潰しても、“心”に残された、毒のある爪痕。






起床して数時間経つというのに、あの悪夢から醒めていない。

仕事ならば少しは気は紛れるというのに、今日は生憎の休日だった。


基本、多忙な日々に追われている身で

休日は有り難いのだが、今日は特段と目覚めが悪い。

多少成りとも眠れば疲れは取れる筈なのに、悪夢を見たせいで

倦怠感が増して残り、気分も憂鬱でも優れない。



あの悪魔を思い出すだけで、気分が悪いが

それ以前に、そんな棄てたい過去と悪魔の母の事を

引き摺っている自分にさえ嫌気がしてしまう。


“最期の最期の瞬間”まで哀れにも求めていた。

“あの瞬間まで”、ずっと願っていた"愛情"。

それは、意味を知った時に砕け散って"憎しみ"に変わった。


だから、このまま一緒にいても

自分の願い事は叶わぬまま、嫌われたまま

悪魔の操り人形のままの状態で良い様に使われるだけだ。


だからこそ、あの日。

全ても持って夜逃げの如く、悪魔の屋敷を抜け出した。

あの悪魔に見付かってしまいそうな恐怖の中、

ただがむしゃらに地を蹴り走り続けて逃げた。


足の疲労を感じる余裕すらもなく

走り続けようやくやっと遠くへ逃げた時、無性に肩の荷が下りてから

ようやく生まれて初めて、自分自身の"自由"を得た気がしたのを、昨日の事のように覚えている。


悪魔から離れた事を後悔はしていない。

寧ろ、あれが正しかったのだと思える。

嫌いな者同士が一緒に居ても、良い結果は生まれないのだから。



そんな思考に浸りつつ、物憂げな表情のまま、

理香はパソコン画面の検索ワードに浮かんだ言葉を入力し始める。


キーを押すだけでも指先が震える。

それを抑え、理香はキーを押して検索をかける。

彼女が検索した名前は______。




_________森本 繭子。




それは、興味本意だった。

知る事が怖いと思う反面の知りたいという好奇心。

認めたくはない自分の、生みの母親。


自分自身が学生の時には、既に大企業までに成長した

会社の社長だったから、ネットの検索にヒットしない訳がない。

理香の予想通り、ネットの検索結果には相手の情報が出てきた。


ネットで探れば、情報はいくらでも乗っている。

会社の細かい経歴や、社長の個人情報。

まとめサイトの情報。


デマと事実で、世の中は成り立っている。


華麗な経歴の中で、あの女は、自分自身の地位とは引き換えに

自分自身の家庭と自分自身の娘をも犠牲にして生きてきた。

罪の意識は全く感じずに。


自分自身の華麗なる地位は、

偽りという泥の中にあり、娘を犠牲にして得たものでしかない。

あの悪魔は全ての人間を下にして、頂点に上がる魔性の女。


ネットに書かれているのは、“華やかな女社長”としての顔だけ。


(____あなた達は、何も知らない癖に)


理香は、内心そう思った。


この女が、とんでもない嘘吐きで

実の娘を気に入らず、ずっと精神的虐待をしていたなんて、知らない癖に。

華やかな女社長が存在する裏で、犠牲になっている人間が居ることはきっと知らない。

彼らは汚いものに目を背け、綺麗な部分しか見ない。




腹の中の恨み節が炸裂する中で探ったのは、

会社のホームページの、社長の知らせ書き。

けれど其処には、理香の予想とは裏腹の言葉が乗せられていた。



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