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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第8章・追う度に深まる謎
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第100話・疑惑




JYUERU MORIMOTOの件がトップニュースに誇っている。

男はまだにわかに温かさの残る珈琲を飲みながら、

憎しみ交じりのじっとりと憂いた眼差しで、森本繭子の画像を見詰めた。








イヤホンから伝わる直接的な声が、脳裏に痕を残していく。

外界との音を全て遮断して、神経、五感、その全てが集中しその音の元へ行った。

まるで隔離された世界に佇んでいるように。

__無論、今の理香には、その音しか聴こえない。



『__彼女の死は、偶然としたら残念だ』



レコーダーの音声は、其処で停止した。

ゆっくりと目を開くと複雑化した気持ちと眼差しで、

理香はレコーダーに自然を落とす。


芳久から渡されたのは、ICUレコーダー。

その中身は彼と刑事の、会話を交わした一部始終が録音されていて理香はそれを全て聞いて、呆然自失とした。

刑事は、一寸の曇りのない、嘘偽りないありのままを話している。



森本佳代子の当時の全てがここにある。

そして理香の中で益々、佳代子の死が偶然ではないと心が自然と確信へと近付いた。


(___やっぱり、あの人の死は……)



偶然ではない。


(確定ではないから、疑惑でしかないけれど)



自分自身の感覚を占領していた全てだったイヤホンを外すと、

理香は芳久に視線を移せば真剣さと複雑を交えた表情をした青年が居る。


「___話があるって、これの事だったの?」

「そうだよ。俺は所詮君の代理人でしかないし、俺から伝えても難だし。直接、刑事の言葉や会話を肉声で聴いた方が良いと思ってさ」

「………そう」


理香は、視線を落とした。







(深く長い話になりそうだ)



椎野理香の代理とは言え、他人の自分自身が聞いた内容を

伝えるよりも、実際の刑事の言葉からの証言が高い。

その方が信憑性が高まり、復讐者も安心するだろう。



だから、あの日。

予め、刑事と会う前に芳久はスーツの胸ポケットに

ICUレコーダーを忍ばせて、交わした会話の内容を録音として記録したのだ。


何もかも刑事との会話は全てありのままに記録されている。

重要な証拠。それを理香に渡したのだ。



レコーダーとイヤホンを置くと

理香はソファー備え付けの壁に持たれかかり、項垂れる。

何故か一つ事を知り追う事に、言葉に出来ない謎の疲労感が伴うらしい。

現に今も、どっと疲労感が押し寄せ疲れが来ている。



「………なんか、ごめん。大丈夫?」

「どうして貴方が謝るの? 私じゃ出来ない事よ。

寧ろ感謝すべきで、申し訳ない事だから。……ありがとう」



彼には、行動力と誰にも悟らせない子細工の才能がある。

そんな頼もしさにつくづく感謝すら覚えた。



この会話は

ある意味衝撃的で、驚かなかったと言えば嘘になる。

死した森本佳代子の亡骸が発見された当時がどれだけ壮絶で、周りも不審に思ったか。

偶然の事故死なのか、誰かに殺められたのか。



______しかし真相は、闇に葬られた。



「………芳久」

「ん?」

「……これは、事故ではない気がするの。

何か裏がある様な気がしてならない。……こう思うのは、私だけ?」


理香の問いかけに、芳久も目を伏せた。

やはり思うに決まっている。芳久もそうだと怪しんでいた。

身内の存在である理香なら尚更、そう思うだろう。


「俺もそうだと思う。

今まで偶然、食器棚が落ちてきた不慮の事故だと思ってきたけど

にしては矛盾が多くないか? それにこの人は何かを隠している様子をしていたんだ。

実際に会ってみて実際に意見を聞いたら、益々そう思う様になった」

「………そうよね。当事者の話を聞いたら尚更」


理香は、どうにも出来ない溜息を付いた。


プランシャホテルを出た頃には

空は夜空で寒さも厳しくなっていた。

吐いた吐息が白く、空へと消えていていく。


レコーダーは持っていて良いと言われて理香が持っておく事になった。


「___ありがとう、色々と」

「いいから、俺に出来る事は、これくらいだし。

これからも何かあれば、遠慮無しに言ってよ?」

「……ありがとう。芳久」


柔く微笑んでみせた。

理香は内心驚く。計画的な作り笑いしか出来ない自分自身が、自然な頬笑みを浮かべた事に。

何故かと思ったが、青年の表情を見た瞬間に自然と頬が緩んでいた。


(___どうして)



「理香は、これから帰るんだっけ」

「ええ。たまには、ゆっくりしようと思って。

今のうちに心の整理もつけて起きたい事もあるし………」

「……そっか」


芳久は視線を落とした後で、別れようとした時に気付いた。

理香が何時もより薄着な事に。

コートもを羽織っていない。マフラーも掛けていない。

かなり寒いだろう、と思う。


「………寒くないか?」

「………平気よ。大丈夫」


あの奴隷同然の生活をしていた頃の、

心身的な厳しい寒さを思えば今は何とでもなく思える。

最小限の衣服しか与えられず、冬は心身共に凍えていた。



だからこんなの平気だ。


そう言う反面、理香の手は赤い。

今年の冬は特に冷え込んでいる。華奢でか弱い彼女は

この寒空の下に居れば風邪でも引いてしまいそうだ。

黙って芳久は自分自身のスーツの上着を脱ぐと、そっと彼女に掛けた。


「…………」



ふんわりと優しい温もり。

青年の温かさを宿していたスーツの上着。

強がりではなかったけれど寒さに晒されていた自分自身にとってそれは温かかった。

理香は驚きを隠せないまま、芳久に視線を移す。


「………気を遣われなくても……。芳久だって寒いでしょう?」

「いいよ。気にしなくて」

「……でも」


貸し借りは嫌いだ。慣れていないのもあるが、

自分自身の本質的に貸し借りは嫌いな本分で好きではない。

視線を俯かせて、理香は掛けられた上着を青年に返そうとしたが、青年は彼女の手を止めた。


「ようやくエールウェディングに帰ってきた麗人が、

早々に風邪を引いて寝込まれたら困るだろう? 俺は大丈夫だから気にするな。こう見えて丈夫なんだ」

「…………」


芳久の微笑みに理香は無言。拗ねた様な気もする。

良く言えば強い芯のある性格、悪く言えば融通の利かない頑固で頑な性格であるが、彼女は育った環境故に人間関係そのものに

慣れてはいないんだろう。


(…………悪い意味での、箱入り娘だな)


母親だけの鳥籠の中で育った傷だらけの小鳥。


「……じゃあ、プラスマイナスゼロにしようか」

「………え?」


「夜も遅いし、この辺は物騒になりつつあるから送るよ」

「……そんなの、悪いわ」



いくら、理香の住んでいるマンションが

プランシャホテルから近いとは言えこんな事は申し訳ない。


けれども掴めない青年。

突然、何を言い出すのやら分からない。

理香は俯いた表情をようやく上げて、青年を見た。



「上着はその時に返してくれればいいよ、ね?」

「…………分かったわ」









第100話を迎えとは…と、驚いている私がいます。

書き始めた頃は想像も着かなかった数字ですね。


ここまで、来られているのも

全て皆様のお陰です。ありがとうございます。


これからも、長くなる小説だと思いますが

よろしくお願い致します。

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