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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第8章・追う度に深まる謎
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第98話・真実に近付くふり



あの日の事も、彼女の事も

鮮明に今でも引き摺って覚えている。

あの事件は当時、刑事課では不審な噂が流れた程だ。


誰もいない家で、突然食器棚が倒れた影響で

女性が巻き込まれ下敷きになり、彼女は脱出困難で圧死。

翌朝、家族が発見して事が発覚した。


死亡時刻は、全日の夜か深夜と思われた。

司法解剖から圧死なのは確かで、食器棚の食器が割れ、

その影響で彼女の身体は傷だらけの状態での発見。

発見が遅れた事も含め、彼女は即死。


登場。家には誰もいない。

食器棚もくまなく調べたが、食器棚に問題点はない。

だったら何故だ。地震も何もなかったのに、

そんな状況下で食器棚が倒れるだろうか。

その面は誰もが不審に思った。

これは事故ではなく事件ではないか。



けれど、

彼女が一人在宅だった事や、

事故発生当時の家や家族の状況も調べたが不審な点がなかった事。

それらの事が引き金になり、事故死として処理された。

結局、事故死として片付けられたせいで、誰も目を向けずに事は終わったのだ。


被害者は、27歳と若い女性。

まだ先があっただろうに。悔やまれなかった。



富男はずっと気になり、不審に思っていた。

これを事故と片付けるには安易、否、何かある筈だと。

けれど周りは事故だと思い込み、あまり表沙汰にせず、新聞の片隅に書かれた程度。




家庭内の不慮の事故死。


警察内でそう片付けられ、

気付いたら事故の調査も終わっていた。


でも、曖昧で終わった事を納得出来ずに

定年退職を迎えた今でも、闇に葬られた同然の、

この事を執着し追っている自分自身がいる。




「___名前は確か、森本佳代子さんですよね」




青年の冷静な言葉に、富男は驚き固まる。

何故だ。事故を知っている人は居るが、警察も報道機関も実名での報道は避けていた筈だ。

彼女の名前を知っているのは、警察関係者くらいしかいない。

なのに何故、この青年が、彼女の名前を知っている?



(この青年は、何者だ?)


「___聞いて悪いが、君は何の為に

この事故を探っているんだ? 何かあるのかね」


富男は、怪しい感情を抱えながら

やや鋭い眼差しで青年に対して、問いかけた。

突然にして現れた、森本佳代子を知りたいという青年。


(__疑われたか)



少しでしゃばり過ぎたか。

相手の表情や、眼差しを察して芳久は悟る。

まあ、突然現れた見知らぬ人間が、ある女性の

謎の死を遂げた人間の秘密を探るのは不自然に見えてしまうだろう。


しかし、芳久はそれらの感情を内に隠し、身内のふりをした。



「___どうしても知りたいんです。

偽りではない、本当の真実を。この事故には謎が多いと思ったので」



青年は答える。

そして。



「___それに僕は、

この真実を知らないといけないんです」


こんな台詞を吐いてから内心

彼女の立場を、代弁した気になってしまう。

話が話だけに理香を連れて行けば良かったとさえ、思ったが

それだけは、彼女を連れて来る事は出来ない。


皮肉な事に、椎野理香は森本佳代子にそっくりだ。

森本佳代子に生き写しの彼女を見たら、相手は驚くだろう。



芳久の姿勢を見て富男は、驚く。

けれど解った。



芳久と名乗った青年は、

偽りではない芯の強い眼差しをしていた。

きっと興味本位で聞きたいのではないのだろう。

本気ならばと、富男は降参した。



まるで自分自身が、知り合いかの様な

素振りを見せたら刑事だった人は、全て話してくれた。

やはり彼が当時、事故に関わり調べていたのは、森本佳代子の事で正解だったらしい。



知りたい事は、知れた。

芳久が気になっていると言えば、後は___。






___硝子の破片を片付ける前。




理香は言う。



「寒いですし、スープはいかがですか?」

「スープ? 貴女が作ったの?」


頷いてから理香は、鞄から水筒を取り出す。

塩味のスープは、自分自身が作ってきたものだ。

蓋がコップになるタイプの水筒に、スープを注いだ。

淡い香りがふわり、と湯気が虚空に浮かぶ。



繭子は目を丸くさせていたが。理香はさりげなく


「……はい。お口に合えば良いのですが」

「じゃあ、頂こうかしらね」


水筒のカップに、スープを注ぐ。

まだ温かい。湯気がほんのり、ふわりと形を作り虚空へ消えていく。

理香が差し出すと迷いなく、繭子はそれを飲んだ。


さっぱりとした癖のない味。

文句無しに美味しい、と言える味だった。

外気が寒いせいか、温かなスープは程好く体を温めてくれる。

だが。味わった瞬間に違和感を感じる。


初めて口にする味ではない。

彼女が料理したものを口にするのは今が初めての筈なのに。

けれど何処かで知っている気がしてなんだか不思議な感じがしてならない。

だが、その理由を思い出せる繭子でもなかった。


(__何故かしら?)









「最近、会社はどうかしら?」




不意に繭子に尋ねられ、理香は内心冷めた眼差しをする。

やはり自分自身の会社故に、執着も欲望も捨てていないらしい。

理香は繭子の方へ振り向くと、少し表情を緩ませて、作り笑いを浮かべた。


「何も、ありませんが……」

「そう。まあ椎野さんに任せていれば何も心配ないけど」

「変化らしい変化はありませんが。強いて言えば、尾嶋博人さんという方が、海外研修から帰られて尋ねてこられました」


そう言った瞬間に、繭子の目の色が変わった。

嗚呼。そう言えばもうそんな時期だったか。



「そうなの」

「………はい」

「あの子は、あたしが目をかけていた子なの。いい子でね。

いずれは娘が帰ってきたら、娘と結婚させる予定なのよ」

「____え?」



理香は、呆気に取られる。

結婚させる?尾嶋博人と、森本心菜………つまりは自分自身が。

ならば、彼とは婚約者という事になる。



理香は、無情な心で目を伏せた。

婚約者まで勝手に決めて、用意していたのか。



「………それは、本当ですか?」

「ええ。心菜が帰ってきたらすぐに結婚させるつもりよ。

あの子は知らないから母親からのサプライズ、かしらね……」


そう言い終えた後で繭子は、自然と欠伸あくびが出る。

先程からなんだか無性に眠気が来て、起きて居られない。


「………眠いですか?」

「………ええ、悪いけどあたしは寝るわね………」

「はい。おやすみなさい」


眠りに付いた悪魔に毛布をかけてから、

その寝顔を見ると憎悪が(ほとばし)った。


悪魔が眠り始めたのは、僅かな偶然か。

それとも、スープにこっそりと入れた睡眠導入剤のせいか。

だが悪魔が、眠りに落ちてくれた事は好都合だった。




繭子が眠りに着いたのを確認し、手袋をはめると、

足音を消して理香は二階へと上がる。

余裕をこいている暇はない。ただ森本佳代子の物が

此方にないか点検がてらに二階の部屋を回る。


何十年も家に上がってはいないのに。

自分自身の想像以上に記憶は鮮明で、進む足に迷いはなかった。

書斎、寝室、物置部屋、全ての部屋をくまなく調べ見てみるが、自分自身の欲しい物は見つからない。



(__昔と変わらないわ)


それが、少し憎らしい。

心菜の記憶と微塵の変わりもない、部屋の情景。


特に二階は使っていないのか、

繭子の寝室以外は、綺麗なままだった。

本当なら、佳代子の証拠が見つかるまで居座りたかったが、

この調子なら夜も更け陽が昇るだろう。



理香は、断念し帰る事にする。






(____婚約者か)



不意に繭子が放った言葉を思い出す。

知らぬ間に、心菜に計画が仕組まれ、

何がが用意されているとは。呆れて鼻で笑ってしまう。



……あの青年が、婚約者?

だったらもし、自分自身が森本心菜に連れ戻れば

彼と結婚させられる?……何という話だ。


(__自分勝手ね。相変わらず貴女は)





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