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悪魔に、復讐の言葉を捧げる。  作者: 天崎 栞
第8章・追う度に深まる謎
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第97話・敷かれた宿命と共に

言葉の表現が過激なので

その面にご注意を。



冷たい床には、

粉々になった硝子の破片が散らばっていた。

形の違う破片が散乱している目の前の光景を、理香は内心冷めた眼差しで見詰めている。


「………どうしたんです?」

「ちょっと転びそうになってね。間違えて鏡と花瓶をを倒してしまったのよ」

「___そうですか」


この嘘吐きめ。

この鏡と花瓶だった硝子の破片が散らばっている理由を、

理香は知っている。__なんせ自分自身がこの壊れてしまう瞬間を見ていたのだから。

自分自身を被害者に、悲劇のヒロインに仕立てるのは、

この悪魔の得意技。

理香にとってこの悪魔の生態は、慣れているが。


内心冷めた心と眼差しのまま

理香は屈み、破片を見詰めながら言う。



「___お怪我はありませんか?」

「え、ええ………」

「なら良かったです。また掃除機をお借りしても良いですか?」


「良いわよ。でも、椎野さん………」

「気にならさないで下さい。社長に傷痕は似合いません。私は慣れているので」

「じゃあ、頼むわね」


これも自分自身を良く見せるすべ

理香は手際よく、破片を片付けていく。

“彼女”にとって硝子の破片の始末は慣れっこだった。





『___どうしてなのよ!』



繭子はある意味、酒乱だった。

酒に酔うと酒癖が悪くなる。暴言を吐きながら、感情任せに自分自身の飲んだグラスや、瓶を投げて割り、硝子の破片を散らばらせ惨状を作る。


その度に、大量の硝子の破片を、

それを片付けるのは心菜の役割りだった。


硝子の破片で何度手を切り、血に濡らしただろう。

けれど手当て処か、母親は病院に連れて行ってくれる訳でもなく、悪魔は少女を嘲笑い続けた。


『惨めな姿ね』


硝子の破片が散らばった惨状を、健気に片付ける娘に

繭子は嘲笑っていたが、心菜はただ何も言わず片付けていく。

不意に見えた少女の顔立ちは、アイツにそっくりで、表情ひとつ変わらない。

だからこそ繭子は余計に腹が立つ。


(嗚呼。そっくりだ)


変わらない面持ちも、姿勢も態度も。



(はらわた)が煮え繰り変える程の

憎しみが繭子の中で湧いて止まらない。

思わず、繭子はグラス瓶を心菜に向かって投げた。


ガシャン、と凄まじい音がする。

心菜は腕で己を守っていたが、恐らく硝子が当たったのだろう。白い腕には赤い線が浮かび上がり、赤が腕に伝い歩きの様に落ちていく。


『はっ、泣きもしない。強かな子。

そんな惨めな姿もアイツにそっくりよ。腹が立つ。

一生、そんな惨めな姿を晒しなさい。あんたにはそれが似合ってるんだから!』

「………ごめんなさい」


俯きながら、心菜は一瞬

ハンカチで傷痕を止血した以外は、何事もなかったかの様に

また硝子を片付ける作業に戻った。





昔を思い出しながら、理香は片付ける。

此処に訪れる様になってからまた硝子を片付ける事が増えた。

もう何年ぶりだろうか、硝子の破片を片付けるのは。



(_____“私”である以上、

もうこの人から硝子が飛んでくる事はないだろうけれど)


幸い、浅い傷だったからか、傷痕は残っていない。

破片は片付け、粉々になった破片や見えない破片も

あるだろうからと念入りに掃除機をかける。


その姿は、シンデレラと継母の様だ。



硝子の破片の惨状だった部屋は、見事に片付いた。

隅々まで念入りに掃除機をかけたので、破片は残っていないだろう。後から何かあって後から悪魔に何か言われても困る。

自分自身も傷を作る事なく、終わった事に安堵しながら

理香は覚めた感情のまま、繭子に声をかけた。



「……お待たせしました。このまま問題がなければ良いのですが」

「悪いわね。任せっきりにして。ありがとう椎野さん」



(__ありがとう? 悪い?)


繭子の言葉に、理香は笑う。

相手が違うから、娘だとは滅相も思っていないから、

そんな言葉を言えるのだろう?


昔の自分自身ならば、その言葉を欲していた言葉だろうが

けれど今は__心底、気分が悪くて、吐き出したくなる。

だが何処かで、気付く。悪魔を憎しみ続けるのは、自分自身の宿命なのかと。




洒落た喫茶店。

ハンチング帽子を被った老男性は、煙草を吸いながら待っている。そんな彼を見つけると芳久は、彼の前に立った。

慣れた作り笑いで問いかける。



「___三条 富男さんですか?」

「はい」

「___初めまして、約束していました、高城です」




森本 佳代子の情報を辿る。

プランシャホテルで当時の彼女を知る知っている人物は

少ないと悟ってから、芳久は頭を切り替えた。



もっと情報はないだろうか。根気よく

ネット検索を重ねていく度に、あるページに辿り着いた。

営利目的でもなく、ただ誰かが個人的に綴っている記事らしい。

ある男性が書き留めた森本佳代子の不審死。


ただ文章が全て英語の文面で書かれている。

実兄が死に至り自分自身が後継ぎとなってから

父親は手のひらを返して急に自分自身へ熱を入れ始めた。


社会人となる前に、勉強の為にと

アメリカへ語学留学していた経験を生かしていた事もあり、

芳久は英語は流暢だ。難なくその(ページ)をすらすらと流し読みしていた。




最初はなんとも思っていなかった。

………………ある言葉を見つけるまでは。



“__私は、彼女の事件を担当していた刑事だ”


英文を日本語にすれば、そうなる。



(____これは、真相に近付けるものかも知れない)


ホームページに綴られていた

メールアドレスが記載されていたのでそれを頼りに

何度かコンタクトを取った後で、芳久は担当刑事と名乗る彼に会う事に成功した。

…………そして今に至るのだ。


森本佳代子の事故死を

担当していた刑事となれば、

森本佳代子について何かしら知っている筈だ。

同時、一番、傍で事実を見ていた彼ならば、これは問答無用で近付くしかない。





温和で、知性のある青年。

柔らかい頬笑みと物腰だが、何処か掴めない様な気がする。

……長年の刑事の勘で、ついつい人間観察をしてしまう癖があり、富男は彼をそう思った。



「初めまして、私は三条富男さんじょう とみおです」

「僕は高城芳久と言います」

「__で、君が聞きたい用件とは何かね?」



「では失礼を承知致しまして、本題に入らさせて頂きます」


富男に聞かれて

芳久は、本題に身を乗り出す。

背広の内ポケットに忍ばせてあった写真を静かに差し出した。



「__あなたは

この女性の、事故死の件に関わっていたんですよね」


青年が差し出した写真に、富男は目を見開く。

長い長髪。清楚な雰囲気と凛とした顔立ち。

忘れる筈がない。


(何故、これを……………)



忘れもしないあの日。

周りは事故死として片付けたが、

富男だけが納得出来ず未だに不審に思い調べている、


不慮の事故死を遂げた当事者である、あの女性だった。



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