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襲撃

 トントンと胸が叩かれる。下を見ると妹がジト目でこちらを睨んでいた。


 慌てて妹の上から飛び退く。


「いきなり押し倒してきてどういうつもり?」


 先ほど妹は俯いていたため、エルミアの凶行は目にしてないようだ。


「えーと、そのあれだ!エルミアさんに俺たち姉弟の仲良さを見てもらおうと――」


「正座!」


 その言葉に従いビシっと姿勢を真っ直ぐ正座し、立ち上がった妹を見上げる。


「他にやり方なかったの?あっもう髪ぐしゃぐしゃだし、それに床に頭ぶつけてまだ痛いんだよ!」


 その口撃から少しでも逃れようとその元凶に目をやる。


「エルミアさん、テーブルの上に立ったままニヤニヤしないで下さい」


「話を逸らさない!」


 それから小一時間、正座をしながら説教を受ける羽目になった。


 その間、エルミアは紅茶の入れ方をしっかり見ていたのか、電気ケトルからカップにお湯を注ぎ、ソファから面白そうにこちらを眺めていた。




 ジンジンと痺れる足を我慢しながら、キッチンペーパーを少量の水に浸し、皿の汚れを拭う。


 しまったな。まだ水源の確保が出来ていないのだから、サランラップで皿を覆って、その上に炒飯をのせるべきだったか。


 皿に油が広がっていくのを見て、思わずそう思う。


 エルミアも手伝うとは言ってくれたのだが、仮にも彼女はお客様だ。丁重に固辞した。


 妹と二人で慎重に皿を拭いていく。


 キュッキュッと小気味の良い音がリビングに広がる。


 一旦手を止め、ゆったりとソファに寛ぎながら紅茶を飲んでいるエルミアへと顔を向ける。


「エルミアさん、俺たちの事はもう疑ってないんですか?」


 単刀直入に聞く。するとエルミアは電気ケトルを片手に持ち上げ、目を細めた。


「疑ってる。すごーく疑ってるよ。この家もこの魔道具も・・・あと少年の事もね」


「でもね。あんな風に身を挺して守られちゃったらねー。色々と聞きたい事もあるけど、少年はアンナちゃんに危害を加えそうにないし」


 一転、顔を崩してそんな事を言う。


「それにいくら相手が人族でも、あんな美味しい食事をだされて、その人を不快な思いにはさせたくないよ」


 いやさっきの説教は、間違いなく貴方のせいだったんですが?その様子をニヤニヤしながら眺めてましたよね?


 そんなこちらの心境を察した様子を微塵も見せず、エルミアは妹の方になにやら複雑そうな表情で話しかけた。


「ねぇアンナちゃん、こんな事言いたくはないけど・・・人族との恋愛はやっぱり不毛だよ。ぽんぽん増える人族とは違って、唯でさえ私達は子供が出来にくいのに」


「恋愛?だれとだれが?」


 皿から顔を上げ、キョトンとする妹。


「あれ?違った?話に聞く他種族との駆け落ちだと思ったんだけど・・・よく考えると相手は子供だし、それはないかごめん」


 そうしてエルミアはティーバッグの入ったカップにお湯を注ぎ、プハーッと勢い良く飲み干す。


「なるほど、じゃあ少年の片思いか!いやー茨の道だねー」


 なにやら良い具合に勘違いしてくれたようだ。・・・しかし、なんとなく腑に落ちない。


 手にしていた皿を思わずギュッと握りしめた。




「そういえばもう大降臨祭の季節だよねー」


 ソファーにうつ伏せになり、ダランとした様子のエルミアからそんな言葉が出てきた。


 太陽光システムのリモコンで、残りの備蓄電力を確認していた自分は思わず問い返す。


「大降臨祭?」


「あー人族は知らないかー」


 そのまま身体をゴロンと横向きにしてこちらを見るエルミア。思わず彼女の実り豊かな部分に、視線誘導されかかるが鋼の意志で乗り切る。


「私達亜人種が年に一度神様にお祈りをする、まぁ一種のお祭りの日なんだけどねー」


 ――「亜人種」つまりエルフの他に別種族がいるという事か。


「ハイ・ドワーフ様が旅立たれて1000年ぐらい経つからね。なんでも今回は神託があったらしくて、長老達も本気で神降ろしの儀をしたみたい」


 ――「ハイ・ドワーフ」その字の如く上位の亜人という事だろうか。


「そのハイ・ドワーフっていう神様を降臨させたんですか?」


「さぁ?そこまで噂は回ってきてないねー。でも私自身ハイドワーフ様見たことないし――」


 そう言いながら両手を天井に向ける。


「神様なんて迷信染みたものよりも、私はこうして力を与えてくださる精霊様の方を信じてるかなー」


 自分の部屋から服を持ち出し、なにやら考えこんでいた妹が、パタパタとスリッパの音をさせ駆け寄っていった。


「うわーエルミアさん、これ綺麗ですね」


 眩しそうにエルミアの両手を見つめる妹。


 自分も目を凝らして見るが何も見えない。そこの精霊とやらがいるのか?




 突然、エルミアがソファーから起き上がり、窓ガラスへと走り寄った。


 妹も顔を青くしながらこちらへと歩み寄り、服の裾をギュッと掴んでくる。


 暫くして外から動物の鳴き声のようなものがこだましてきた。


 未だ顔を青くしている妹の手を握りながら、窓ガラスへと近寄り外を見る。


 庭園の柵の更に遠くに、辛うじて何かが蠢いているのが見える。


「・・・ワーウルフが10匹に・・・三つ目のオーガ!なんでこんな辺境に!災害級じゃない!」


 エルミアはそう叫ぶと、リビングの壁に寄せてあったリュックサックから、銀色に輝く胸当てと金属でできた棒状のものをいくつかの取り出した。


 金属の棒を恐ろしい速度で組み上げていく。はたしてそれは一つの弓となった。


 胸当てを装備すると、次に筒状のものを布から解き放つ。矢筒が姿を現しそれを背中へと素早く背負う。


 最後に青い鞘をした剣を剣帯に腰へと下げる。


「食事のお礼にここは私が守ってあげる。人族相手にこんなこと滅多にしないんだから、感謝してよね」


 何かの動物で皮で出来たであろう靴で軽くトントンと床に蹴ると、窓ガラスを開け庭へと飛び出した。


 そして思い出したかのようにこちらへと振り返る。


「アンナちゃん悪いけど、精霊魔法で援護お願いできる?」


「えっと、ごめんなさい。私魔法は使えなくて」


「あーそうか・・・うん!大丈夫!私がなんとかするから!」


 笑顔でそう言うものの、目には明らかに焦りが見て取れる。


「じゃあ、アンナちゃんはここで少年と一緒にいて」


 そう言うやいなや、右手を空へと掲げた。


「清浄なる光よ、我らを仇なす敵から、聖なる加護を!」


 その手から眩いばかりの光が溢れだし、家の周囲に光の壁がそびえ立つ。


 息つく暇もなく、弓矢を構えるエルミア。


「弓に纏いしは聖光なる精霊の息吹、天駆ける矢となり、我が敵を討ち滅ぼせ!」


 一筋の光となった矢は、空高くまるで雲に届くかとの勢いで飛んでいく。


 軌道の頂点へと達したところで、光は更に10、20へと分裂し魔物へと迫る。


 次の瞬間、魔物がいたであろう場所に、轟音と共に次々と光の花が咲いていく。


 矢継ぎ早に同じ言葉を発し矢を放ち続ける。それはもはや地球における絨毯爆撃の様相を呈していた。


 その光景に唖然と佇む自分と妹。これはもう蹂躙だ。あの中で存在できる命などありはしない。


 しかし、そんな思いとは裏腹にエルミアは悔しそうに舌打ちをし、狙い澄ますかのようにキリキリと音と立てながら弦を引く。


 エルミアの視線の先の砂煙が大きく爆ぜる。そこには両腕に巨大な斧を持ち、緑色の巨体をしたナニカがいた。


――アレは存在してはならない。アレは生命という括りを超越したナニカだ。


 生物としての本能が警鐘を鳴らす。アレには太刀打ちできない。一刻も早くこの場を立ち去れと。


「弓に纏いしは聖光なる精霊の息吹、光芒となりて、我が敵を討ち穿け!」


 エルミアがそう叫ぶと同時にパンッ!と乾いた音が音がした。


 弓から細長く伸びる一筋の光が、緑色したナニカの額に直撃し、周囲に衝撃波を撒き散らせる。


 その巨体の頭からは煙が立ち昇り、上半身を後ろに反らせたかと思った瞬間、ドスンッという振動と共に再び大地へと両足を貼り付ける。


 そうして今度はその巨体には似合わず、獲物を見つけた豹の如くこちらへ走りだしてきた。


 その光景を見たエルミアは焦燥した様子で、弓と矢筒をその場に置き、鞘から剣を抜いた。


 そのままゆっくりと光の壁の外側へと歩いていく。その後ろ姿は、まるでこれから死地へと赴く戦士そのものであった。


 そんな姿に引きづられ、妹と裸足のまま家の外へ歩み出す。


「あなた達はその結界の中にいて!」


 その言葉に足が止まる。と同時にエルミアは上半身を低くし、風を切るように駆けていった。




「に、にぃに、このままじゃエルミアさん死んじゃう・・・どうしよう・・・」


 自分と同じように妹もナニカの雰囲気を感じ取ったのだろう。恐怖に身を震わせている。


 ふと、自分の身体を見てみると同じように震え、妹と繋いでいるその手は感覚を失っていた。


 自分が行ったところで足手まといにしかならない。下らない英雄願望など、この場では自殺と同義だ。


 そもそも妹を守るために、この世界に転移してきたのだ。


 我が家を放棄してでも、アレよりも少しでも遠くに行き、妹の安全を確保しなければならない。


 しかし、先ほどのエルミアの後ろ姿が脳裏から離れない。


 何故彼女はそうまでして、自分達を守るのか?


 ――分からない。


 たかが一食恵んでやっただけだ。あわよくばこの世界の情報も手に入れられるという打算もあった。


 ――分からない


 そもそも出会ってから一日も経っていない、そんな彼女が妹より大事だなんて事はあり得ない。


 ――分からない。


 それでも彼女の笑っていた顔が、自分たちを守ろうする後ろ姿が、目に焼き付いている。


 ――分かりたくない。


 自分は他の何ものよりも、妹を守らなくてはならない。


 ――そんな気持ち、分かりたくはなかったのに!


 妹の手を離し、震える両足で家の中へと駆け込んだ。




 右腕に嵌められた赤い腕輪が、一瞬赤い閃光を走らせた。

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