エルフコンプレックス
廃屋の窓辺に両肘をつけ、両手を顎についている金髪のエルフ。
その緑色をした双瞳は好奇心に目を輝かせている。
非常に不味い。
先ほどは人間の老婆、今度は金髪エルフの少女だ。
ターシャさんはどこか達観した性格のためか、こちらの事を深く探ろうとはしてこなかった。
――なにやらとんでもない誤解もしてたようだが。
だが、この少女もそうとは限らない。
人間とエルフ、少なくと二つの種族がいる事は分かったが、文明レベル、宗教、風習、政治どの情報も足りない。
「他の世界から転移してきました」などと言ったら、どうような事態に見舞われるか分からない。
地球だと一蹴されるだけだが、この世界だと中世ヨーロッパの魔女狩りの如く命を狙われるかもしれない。
リスクを減らす為にもここは一旦、この世界の現地民として偽装した方が良い。
すぐに妹とこの世界での立ち位置について打ち合わせをしないといけない。
だが、その前に目の前の少女をなんとかしなければ。
そんな事を考えていると、金髪エルフの少女と目があった。
「んー?そこの少年ずっとこっち見てるけど、どうかした?」
やばっなんとか誤魔化さないと。
「いえその、お姉さんがあまりにも綺麗なので思わず見惚れてました」
えへへっと頬を掻きながら、照れるような仕草をする。どこからどうみても純情な少年のはずだ。
と、横から「ふん!」という掛け声と共に足に衝撃が走った。思わず顔を歪める。
「私の「弟」が変な事言ってごめんない。ほら早く謝る!」
頭をグイグイと上から押し付けてくる妹。
こ、こいつ思いっきり人の足を踏みつけやがった。こっちはサンダル履いてるんだぞ。
「えっ弟さん?その子、人族だよね?」
アカン。いきなり疑われた。エルフと人間の姉弟設定では無理があるのだろうか。
「いえ違います!この人とは――」
「アハハ!いいよそんなに誤魔化さなくても。大体の事情は分かったから」
あっけらかんと笑う少女、だがすぐに意味ありげな視線を投げてきた。
「ふーん。人族の少年、キミ若いのに中々ヤルねー。でも移り気は良くないよー」
何故だろうターシャさんと似たような誤解をされてる気がする。
金髪エルフは再び妹へと目線を合わせる。その表情はどこか申し訳なさそうにしていた。
「あのさ、同郷のよしみでお願いがあるんだけどいいかな?」
「はい?」
未だにこちらの頭を下げようと力を入れている妹が反応する。
「食料、分けてもらえないかな?ここのところ水しか飲んでなくてさ。今にもたお――」
窓に立てかけていた肘が、徐々に外側へとズレていく。
そのまま前のめりに倒れ、窓の淵に上半身がダランと垂れ下がった。
恐る恐る金髪の少女へと歩み寄る。
顔に近づきに耳を澄ますと、規則正しい呼吸音が聞こえてきた。
「その人、大丈夫?」
不安げな表情をしている妹。
「ああ、どうやら空腹で気絶したようだ」
「そう、良かった。家に昨日の晩ごはんの残りがあるから分けてあげようよ」
「ん・・・そうだな。と、その前に亜奈に話しておきたい事がある」
念のため、一旦金髪の少女から離れ更に小声で話す。
「いいか。絶対に他の世界からやってきましたなんて言うなよ」
「えっなんで?」
「この世界の情報が圧倒的に足りない。暫くはこの世界の住人を演じて、情報を集めるのが先だ」
「じゃあ、嘘をつくって事?私ちょっと嫌かも・・・」
自分とは違い、真っ直ぐ育ってきた子だ。人を謀る事に罪悪感があるのだろう。
出来る事ならそのまま素直に育って欲しいが、今はそれが命の危機へと繋がりかねない。
「正直にいうと、あーその不味い事になるかもしれない」
妹はまだ異世界という実感がなく、夢の世界にやってきたぐらいにしか思ってないだろう。
命の危険があるかもなんて言って、無闇に不安にはさせたくはない。
「ある程度情報が集まって問題が無さそうなら、嘘をついた事を謝って正直に話そう」
こちらの真面目な表情を読み取ったのか、妹が口を開く。
「うん・・・兄貴が言うならそうする」
多少、不承不承といった感じではあるが、一応納得はしてくれたようだ。
「でもどこから来たの?なんて聞かれたらどう答えればいいの?」
――「貴方もナーナリア抜けだして旅をしてるの?」
――「あのさ、同郷のよしみでお願いがあるだけどいいかな?」
「ナーナリア」「同郷のよしみ」そして「旅」。
このキーワードから察するに、基本的エルフはナーナリアというところで生まれ育つのだろう。
地名なのか、国名なのかは分からないが。
「そうだな・・・そこの金髪エルフと同じように、ナーナリアという場所から出て旅人をしている」
「そして旅の途中で拾った人族の俺を弟代わりにしてる。そんな感じでいこう」
わかった、と頷く妹。
「どこを旅してきたとか言われたら、話題を逸らすか、なんとかアドリブで切り抜けてくれ」
「俺も状況に合わせてサポートするから」
すると妹から質問が飛んできた。
「私達の家の事はどうするの?連れて帰るんでしょ」
「あーそれがあったか」
額に手を当て考える。
先ほどのターシャさんの反応からすると、いきなり家が現れる事は、こちらの世界でも普通ではないようだ。
エルフがいるファンタジー世界なのだから、地面から突然生えてきてもいいではないか、と理不尽な事を考える。
「それじゃあさ、旅の途中偶然見つけて誰も住んでなかったから、勝手に住んでるって事にしようよ」
妹もだんだん乗り気になってきたようだ。
「まぁターシャさんも好きにしてくれていいって言ってたし・・・良し、それでいこう」
「じゃあ兄貴はこれから私の弟だよね。私の事は、ねぇねって呼んでよ」
悪乗りする妹に軽くチョップをした。
金髪エルフの元へと戻り廃屋の中へと入る。
壁際に彼女に荷物らしき大きなリュックサックと、青い鞘の剣そして布で包まれた長い筒状のものがあった。
剣か・・・実物は初めてみたが、物騒な世界らしいな。
手に取ると見た目に反し軽く持ち上がる。材質は何でできているのだろう。
鞘から剣を抜きたい衝動を抑えながら、妹へと荷物を手渡す。
若草色をした服を身に纏い、ミニスカートを履いた金髪のエルフ。異世界の共通性について深く考えさせられる。
歳は今の妹と同じか少し上ぐらいだろう。見た目だけで判断するならば。
とりあえず余計な思考は横に置き、彼女を壁にもたれかからせる。
今の自分の体型と見比べると、抱きかかえるのは些か無理がありそうだ。
足を引きずってしまうかもしれないが、貴重な食料を分け与えるのだ。多少の事には目を瞑ってもらおう。
そう思いながら少女の手を自分の肩へと回す。
「俺がこの子を背負うから、亜奈はその荷物頼む」
そうして彼女を背負い立とうとした瞬間、脳裏に稲妻が走った。
――メロンだコレ。
着痩せするタイプなのだろう。跳ね飛ばそうする程の弾力と、暖かく柔らかな感触が背中に広がる。
そのあまりの衝撃に動きが止まる。
「兄貴?」
突然動かなくなった自分に声をかける妹。
「い、いやなんでもない」
「身体が小さくなってるんだし、重いんじゃないの?私が背負おうか?」
「いや結構!!」
彼女を背負ったまま勢い良く立つ。すると少女の膨らみの頂点らしきものが、背中へと擦る感触がした。
思わず顔がニヤける。
妹と自分の貴重な食料を譲るのだ、少しぐらい役得があってもいいだろう。これは対価の先払いなのだ。
そんな事を考えていると、それまで背中に感じていた幸せな感覚が途切れ、変わりに背筋に冷たいものが駆け抜ける。
振り返るとそこには固く拳を握りしめながら、俯いた銀髪のエルフ――妹がいた。
その美しい銀色の前髪からは、鋭い視線が垣間見える。
その視線は、自身の胸と金髪エルフの胸を激しく交互に行き交っていた。
ふと、知識神が憤慨していた光景が脳裏によぎる。
その時の彼女と匹敵する気配をにじみ出している妹の姿に、血の気が引き足がガタガタと震えだす。
「私がその人を背負う、兄貴は荷物持って」
自分には首を縦を振るという選択肢しか残されていなかった。
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