異世界プロトコル
「つまり人間の免疫作用のようなものが世界、宇宙にはあり、その抗体のようなモノによって俺は存在そのものを消されかけたと」
今にも燃え上がりそうな赤い髪をした彼女は立ち上がり、良く出来ましたとばかりにパチパチと拍手をする。
「自分が異世界にいるという事を納得した上でその答に辿りついたか。中々どうして適応力が高いね」
「そもそもなんでこんなところにいるのか、さっぱり理解できてませんがね」
ジト目で呟きながら、彼女を見上げる。
「それについては、君のほうが心当たりがあると思うが」
「はぁ?」
思いもよらない答に間抜けな声が出た。
「ここだよ、ここ」
どこから取り出したのか、指揮棒のようなものでトントンと胸を叩いてきた。
心臓、ではないな。胸の辺りでここ最近関係したものといえば――ここにきた直後にあった爆発的な光に奔流か。
「80点といったところかね」
ヒントを出されたとは言え、神との問答で80点とは一人類として誇れる事ではなかろうか。
まぁ誇ろうにも今は友人とは疎遠になってはいるが。物理的な距離という意味でも。
「君の胸部には召喚陣が仕掛けられている。ここの光景に見覚えはないかね」
そういうと彼女はグルリと周囲を見渡す。釣られて思わず自分も確認する。
草花達が陽光を照らされ、美しい幻想的な雰囲気を醸し出している。
こんな光景が凹凸なく地平線までずっと続いてる、日本にはおろか海外にだって存在しないだろう。
まるで夢のような光景――ふと先日の白昼夢に出てきた銀髪の女性の事を思い出した。
立ち上がり近くに生えている、白い一輪の花を見やる。
彼女の美しさばかりが目に焼き付いていたが――彼女の足元にもこんな花が咲いてはいなかっただろうか。
「ふむ、どうやら彼女が原因らしいね」
こちらの考えを読んだのか、彼女が眉をひそめ難しい顔をしている。
「恐らくは私と同族だろうが見覚えがない。まだ誕生したばかりの新神だろう・・・という事は本当に偶発的な事故だったのか」
神様も独り言っていうんだな、そんな不敬な事を考えていると、彼女が持っていた指揮棒の先端から勢い良く炎が吹き出した。
「全く厄介事を押し付けてくれる・・・これでは私がここの管理柱となるではないか」
彼女の手元にあった指揮棒は、灰へと姿を変える事すら許されず、淡い光とともに消え去った。
何に憤慨したのか分からないが、静かに怒れる神。
美人は怒っても美人だという、それについては同意する。
だが彼女の怒気をはらんだ声に、背中からは冷や汗がじわりと吹き出し、足はカタカタと小刻みに震える。
生まれたばかりのシカの様相を呈しているこちらに気づいたのか、彼女はバツの悪い顔をしながら謝罪してきた。
「取り乱してすまない。君は被害者だというのに無意識とはいえ怖がらせてしまった、私は神失格だな」
先ほどまでの怒りはどこへやら、肩を落としながらそんな事を言う。心なしか彼女の右目のモノクルも輝きを失っているようだ。
確かに先ほどは恐怖に身を震わせたが、神とは言え女性にこんな姿をさせるのは忍びない。
大学の教授にもいたが、学者肌の人は基本自身の豊富な知識を披露するのが好きなはず。
「えーと、つまり白昼夢に出てきた女の子が神様で、その子が俺をここに召喚・・・呼び寄せたって事ですか?」
「いや正確には違う。こことは別の世界へと召喚するつもりだったようだね」
彼女の目に理知的な輝きが戻りモノクルがキラーンと光輝く。この神様、説明するのがほんと好きだな。
「えっでもあの白昼夢でみた光景と全く同じなんですが」
脳裏に銀髪の女性を浮かべ、目の前に広がる草花と重ねると、白昼夢でみたソレと酷似していた。
「ああそうか、君にはまだ説明していなかったな。この世界はある意味君の産物だとも言える。」
「ええっ!」
スケールの大きさに着いていけない。それって神様と同じ創造主って事じゃないのだろうか?
「この宇宙にはまだ知的生命体が存在していなくてね。観測者不在の状態だったんだ。そこに君というイレギュラーが現れた」
「君という観測者を得た事により宇宙は色を持ち始め、再構成されたというわけだ。よく思い出してごらん始めは何もない暗黒の世界だっただろう?」
「本来ならば過程を飛ばしこのような光景を作り出すのは難しいのだが、再構成時に君の胸にある召喚陣が干渉し相成ったというわけさ」
ね、簡単でしょ?みたいな顔で言われもさっぱり実感が沸かない。
「私がここにきたのも宇宙に色を持たせた君を、ここの管理柱にしようと思ったからなのだがね」
と突然爆弾を投下してきた。
「いや無理でしょ!」
思わず即答する。確か柱って神様を数える単位でもだったはず。
自分みたいな平凡な人間に神の真似事なんてできっこない。
宇宙の管理の仕方なんて想像もつかないし、そもそも神と人間の寿命が同じという事はないだろう。
「いや寿命に関しては心配いらないぞ。なにしろ君は既に神の領域に片足を突っ込んでいるからね」
今度こそ本気で意味が分からない。人間やめた記憶もなければやめる理由もない。
「やはりまだ実感が沸かないか。高次転移したからといって、すぐに肉体や精神が適応するわけではないからね」
何言ってるんだこの神は、という視線を向ける。
「ふむ、では論より証拠だ。ここら一帯の草花の未来を思い描いてみたまえ」
思い描けってそりゃ普通、草も花も人間の手入れがなければ、伸び放題・枯れ放題の荒れ地になるんじゃなかろうか。
そう思いながら、地平線まで広がる草花達を改めて視界に収める。
すると突然目眩がし景色が2重3重に見え始める。更に増え続ける景色の残像に意識が遠のきそうになる。
意識を無理矢理掴み、重なってみえる景色の一番奥に焦点をあわせる。
――意識が急激に引き伸ばされる。
気づくと目の前の景色が一変していた。
地平線まであった色鮮やかな草花は消え去り、一面を荒野へと姿を変えた。
燦々と照りつけていた陽光が、今では暴力的な程までに赤く辺りを照らす。
赤い空を見上げると、今にも衝突しそうな巨大な太陽がそこにはあった。
「ここは一体どこ――」
振り返り彼女に声を掛ける――そこには荒れ果てた大地が広がっていた。
「・・・嘘・・・なんで」
――置いて行ったのか
いいや違う、短い時間ではあったが、彼女が物事を自分から降りるという気質には到底思えない。
周りを見るとゆらゆらと揺らいでいる薄緑色をした透明な膜が目に入った。
彼女との絆がわずかにでも残っている事にホッとし、ふと考える。
周囲の景色は変わったが、彼女がフィールドと呼んでいたこの膜は依然としてここにある。
もしかすると、自分は他の場所へ移動したのではなく――
唐突に後ろからポンっと肩を叩かれた。
「いやー驚いた!かなり飛んだね。ここまでくるとは流石の私も予想外だったよ」
声がした方へと慌てて首を向ける、はたしてそこに彼女はいた。
神様とは人の後ろに立つのが好きなのだろうか?凄腕スナイパーなら神とはいえ問答無用に殴り飛ばされるぞ。
自分の笑顔が若干引きつっている事を自覚しながら彼女へ心境を吐露する。
「実験する前には、何をするのかきちんと言ってくださいよ、「神様」」
すると彼女は楽しげな表情から一瞬驚きの表情をし、次の瞬間には困り顔で微笑んだ。
「まずは事前説明をすべきだったね」
彼女の説明によると、自分は元々いた世界である3次元宇宙からその上の高位次元へと召喚させられたという。
そして今の自分は高位次元の環境に適応しつつある中途半端な状態らしい。
下位次元に生きている知的生命体が高位次元への転移すると、転移先の高位次元にうまく適応できないのは、よくある事なのだそうだ。
そこで例のフィールドで宇宙からの干渉に制限をもたせ、存在の同期性を維持しているのだとか。
先ほどの実験ではその制限が掛かっている自分が、彼女を予想裏切り遥か先の時間に跳躍したらしいのだ。ちなみに飛び越えた時間は凡そ70億年。
完全に適応できたら宇宙のありとあらゆる場所・時間に同時存在する神へと昇華するとの事だ。
そして神達の管理規定による一定の能力上限さえクリアしたら、神の管轄外だったこの世界の管理柱代行になってもらう予定だったそうな。
ただし本来は本人の自力、他者の協力、若しくは存在密度をブーストさせこの高位次元に到達せねばならない。
自分の場合は偶発的な転移事故だったので、その管理規定は適用されない。
彼女は肩を落としながら「この宇宙が私の管轄下となってしまった」「余計な仕事が増えた」と愚痴っていた。
そんなのでいいのか神様?
彼女の力で先ほどの時間まで戻り、「では、この世界に飛ばされた原因を探そうか」という言葉に従い、言われた通りに準備をする。
近くある花の甘い香りを嗅ぎながら、地面を背に澄み渡った青空を眺めていた。――上半身裸で。
裸になる必要があるのだろうかと疑問に思うが、神様が言うのなら必要な事なのだろうと無理矢理納得する。
彼女が胸の辺りに手を伸ばし「パチンッ」と小気味良く音を鳴らす。
すると胸から光り輝く白い紋章が浮き出す。
「その紋章は一体?」
「ああ、これは君の中にあった召喚陣だよ。この中のログから原因を割り出そうと思ってね」
そして召喚陣は回転しながら線から平面そして立体へと複雑な形へ変化した。
彼女はモノクルから吊るされた鎖を触りながら、ソレに片手をかざす。
紋章だったソレは更に回転を早め点滅を始めた。
「ふむ、宇宙間転送プロセスの転送元座標が重なり合ったのが直接の原因か」
座標が重なった?つまりそれは自分と同じ場所にいた人物が――
「デッドロックを検知した転送先のプロトコルに従い、「片方」である君は次元を問わずランダムで弾き出されたのか。いやはや雑な仕事をする」
嫌な予感が止まらない。
「だがそのおかげで助かったとも言える。本来ならば君は転送先の時空連続体に巻き込まれ存在自体、確立する事が出来ずにいただろう」
首筋にやけに冷たい汗が流れていく。
「しかし同じ時間・同じ場所に別々の世界から転送プロセスが2つ重なり合い無事だったなんて、まさに天文学的な確率だよ!」
喉がカラカラになっている事に気づき思わず、ツバを飲み込む。
ややあって口を開く。
「あの、もしかして「もう片方」って――」
彼女は眉をひそめ申し訳無さそうに。
「期待には出来うる限り沿いたいと、常に思ってはいるのだが」
――どうか違うと言ってくれ!
こちらの予想を裏切ることなく、今一番聞きたくない言葉を彼女は口にする。
「残念ながら君の推測通り、もう片方とは――君の「妹君」の事だ」
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