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非日常への誘い

 気づいた瞬間、辺りは暗闇に包まれていた。


 あのまま寝てしまったかと、片手で照明のリモコンを探す。


 おかしい・・・いつも置いてある場所にない。それどころか背中の感触がないのはどういう事だろう?


 腕に力を入れ起き上がろうするものの、支点とする場所がなく行き場を失った腕はダランと暗闇の中を漂う。


 状況が掴めずパニックになりつつある自分を、それを見つめる冷静な自分が必死に抑えつける。


 首が動く範囲で辺りを見渡すと自身の胸の辺りから、僅かに光が漏れている事に気づく。


 ほんの僅かな光ではあるが、今の自分にとってはプロメーテウスの火に等しい。


 その明かりを手がかりに周りに目を凝らすと、暗闇の中に揺らいでいる物体がある事に気づいた。


 恐怖に抑えこみフラフラと揺れ続ける物体を必死に見つめる。ふと昨晩の白昼夢でみた女性の足元に咲き誇る草花を思い出した。


 と揺らいでいた黒い物体が一瞬にして一輪の花になった。


 それがきっかけになったのかポツリポツリと花や草が暗闇の中に浮き出し、その一つ一つに光が照らされた。


 次から次へと加速度的に増える草花と光。もはや光の奔流といっても過言ではない。


 すると胸から漏れでていた光が、突然爆発したかと思うほどに光量を上げ、目の前を真っ白に染め上げた。


 次の瞬間、背中には地面の感触。真正面には青く澄み切った空。首を横に向けると草花が咲き乱れていた。




 周囲を警戒しながら、ゆっくりと立ち上がる。


 辺りを見渡すと人工建造物はおろか、岩や木一つ見当たらない。


 大地と空との境界線、地平線が遥か遠くに見える。


 「ちょっと待て落ち着けパニクるな、深呼吸だ深呼吸」


 草花の匂いが香る自然の空気を肺一杯に吸い込み、続けて吐き出す。


 同じ動作を数回して再び辺りを見渡す。目にした光景は先ほどと変わらない。


 地平線の彼方まで埋め尽くす色とりどりの美しいの花達、見上げると澄み切った青。そして燦々と照りつける太陽。


 雲ひとつなく、そのまま空に吸い込まれてしまいそうだ。




 ズボンに付いた土をパンパンと払うとある事に気づいた。


 ズボンとシャツが若干大きくなり、身体に合っていないのだ。


 その場にしゃがみこみジーンズの裾を捲り、土が付かないよう一時しのぎとする。


 さっき起きた現象に比べると些細な事かと、再び立ち上がり腰に手を当て背筋を伸ばす。


 と、唐突に目線が下がった。


 裾上げしたはずのズボンの端が地面についており、シャツと靴もブカブカになっていく。


 手を見ると徐々にではあるが、明らかに小さくなっていくのが目に入った。


 「これはっ、服が大きくなってるんじゃない!俺が縮んでるのか!」


 続けて起きる異常事態に頭がオーバーヒートしアタフタしていると、


 背後から「パチンッ」と小気味の良い音が鳴り響いた。




 「――間に合ったか」


 振り返ると燃えるような赤い髪をした美女がいた。


 赤い髪をアップに纏め、白い白衣を羽織り、右目の眼窩にはモノクルを掛けている。


 如何にも学者ですといった風貌だが、所々に白い肌が透け見えておりスタイルもグラビアモデル顔負けだ。


 将に眼福、ご馳走様ですと言いたい。


 「こちらを観察する余裕があるのか。これは急いで助けにこなくても良かったかな?」


 こちらの視線を感じたのか、女性がニヤリと笑いながら言う。


 解剖される前のカエルの心境とでも言えはいいのだろうか。


 まるで命そのものを掴まれているという感覚に、一瞬ゾクリと寒気が走る。


 それにしても「助けにきた」か・・・若干小さくなった手のひらを見つめると、なるほど先ほどの現象は止まっているようだ。


 「これは失礼をしました、俺は如月 将登と言います。この度は窮地を救って頂き有難う御座いました。えーと貴方のお名前を伺っても?」


 自己紹介とお礼、どちらも円満な人間関係を築く基本の一つだ。


 もしかすると、この理解しがたい状況に対する一種の逃避行動だったのかもしれないが。


 「名前か・・・人だった頃の名は当の昔に捨て去っていてね。君のいた世界に合わせると私は波動存在・上位存在という括りになるのかな?」


 「波動・・・存在?上位存在?」


 「簡単に言うと「神」だね」


 いい具合にぶっ飛んだお方のようだ。新手の宗教の勧誘だろうか。


 それともキマっていて万能感に溢れてるのだろうか。不思議な粉、駄目絶対!


 「いや宗教の勧誘でもなければ、変な薬を服用しているわけでもないよ。純然たる事実だ。とは言え簡単には信じられないだろうね」


 そう言うやいなや指パッチンする自称神。


 すると自分と自称神の位置を中心とした円形状に、薄緑色の半透明な膜が地面からせり上がってくる。


「な、なんだよこれ!」


 慌ててその透明な膜を飛び越えようと走りだす。


 脳は下半身の筋肉に忙しなく電気信号を送るものの、身体が縮みいつもより視点が下がっているせいか、徐々に上半身の重心がズレていく。


 目標まで後一歩のところで、足がもつれ前のめりに転んでしまった。


 そうこうしている間に薄緑色の膜は身の丈を上回って頭上まで広がり、自分と自称神を周囲を半球で包み込んだ。


 恐る恐る目の前にある薄緑色の膜を突つこうとすると、自分の指の動きに合わせて膜がふわりと広がり避けていく。


 閉じ込められた?拉致監禁?というかこの緑色のフワフワした素材はなんだ?触ろうにも勝手に避けるし・・・そもそもこれどうやって用意したんだよ。


「あーすまない、流石に混乱するか。それが君を守ってるいるものだ。今のはスペクトルを弄ってただ色付けしたに過ぎない」


 座り込んだ状態で振り返り、彼女を見上げる形でしばし考えこむ。


 守る、色付けって・・・ああ、始めにパチンッってした音の正体が――


「察しがいいね。君に声を掛ける直前、このフィールドを展開したのさ。どうだね、これで神として認めてくれたかな?」


 そういう言葉は真逆に心底どうでも良さそうに、指でくるくると髪を弄り始める自称神。


「そうですね。俺は元々無宗教だったので、正直「神」がどのようなものか、宗教学的にも哲学的にも本気で考えた事はありませんでした。ですが――」


チラリと目線のこちらに見やる自称神。


「先ほどから常識外の出来事を目の当たりにしました。それを覆した貴方がここにいる以上、神様が居ても不思議ではないと今では思ってます」


 いきなり現れ、どうにも自分の考えが相手に筒抜け、更には身体が縮んでいく謎現象からフィールドとやらで守ってくれた。


 少なくとも人の領分を遥かに超えた存在なのだろう。


 髪を弄るのをやめた彼女は、どこか興味深さげな表情をしこちらを見る。


「ふむ、君は人の叡智を集結してもなお再現不可能な事象、それを一個人で覆せる「人物」、それを「神」と捉えているのか。非常に興味深い」


「人と比べるのは痴がましかったでしょうか?」


「いやいや、私としてはそちらの方が好ましい。いきなり神聖視され盲目的に崇め奉られても困るよ。まぁ一部の神達は良い顔をしないだろうが」


 くくくっとさも楽しげにこちらを見ながら笑う神様。


 もし彼女がその一部の神様だったらどうなっていたのだろうかと、思わず身震いする。


 とここで疑問に思っていた恐る恐る口にする事にした。


「それで・・・ここは一体どこなのでしょうか?あと何故身体が縮んだりしたのですか?」


 おもむろに彼女はこちらに歩き出し、自分の正面で片膝立ちをした。


 お互いの息がかかる程の距離、彼女の神々しい美貌に心臓の鼓動が高まるのを感じる。


 そうして彼女はまるで子供を諭すかのような優しい表情で言葉を発した。


「ここは君がいた世界とは別次元、異世界だと思ってもらっていい。そして君の身体が縮んだ理由だがね」


 彼女は一旦言葉を切ると、一転顔を引き締め更に理解しがたい事を口にする。


「――世界は矛盾を許さない。別の世界の因果に括られた君はこの世界から異物であると認識されている」


「この防御フィールドがなければ、細胞一つ残さず消えていたところだったよ」


 頭上にある緑色の膜を指さしながらそう言うと、ニヤリと口を歪ませた。

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