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冒険者ギルド

 各々が軽い自己紹介をすませると、赤い長髪をしたイケメンは得心いったという感じで、自分の頭の天辺から靴まで舐めるような視線を向けてきた。


 この世界の東方文化を破壊をしてるような気をするが、ここまできたらもう引けないのである。


「では、皆さんどうぞこちらにお掛けください」


 イケメンの手の先には大きなテーブルがある。


 先ほどから妹の様子が少し変なので、手を引いて一緒にテーブルの席に着く。固く握りしめられた手が少し痛い。


 エリザはララノアの話を聞いてから、ずっと真剣な表情で考え込んでいたのだが、妹の異変に気づいたのか、今では心配そうに背中を擦ってくれている。


 エルミアも妹に気を遣い話しかけようとするのだが、その度に彼女の横に座るララノアがちょっかいを出している。


「・・・少々お待ち頂けますか」


 イケメンはそう言うと受付の奥へと姿を消した。


 受付の奥には厨房があるのだろう。しばらくして香ばしい匂いが漂ってきた。


 その香り特有のリラックス効果だろうか、妹の手が若干緩んで頭を自分の肩にもたれかけてきた。


「これはわたしからのサービスです。外では言わないで下さいよ」


 パチンッと片目でウインクしてくる。その心くばりが今はとても有り難い。しかし相手はイケメンである。


 テーブルの上に次々と運ばれてくるコップと底の深い受け皿。


 コップに注がれた茶色の泡だった飲み物の上澄みだけを口に含む。


「これは・・・ターキッシュコーヒーですか?」


 コーヒー粉も一緒に注がれている為、少し粉っぽく香りは薄いが、独特のトロリとした濃厚な味わいとコクが口の中に広がる。


「ターキッシュ?いえ、これはナーナリア式コーヒーです。豆もナーナリアから取り寄せたもので、エルフの方にも馴染み深いと思いますよ」


 ナーナリア。エルミアやララノア、亜人種の故郷。前にエルミアが亜人種も貿易をしていると言っていたので、コーヒー豆も輸出品の一つなのだろう。


「う~ん!やっぱりマスターの入れたコーヒーは美味しいですのですよ~」


「・・・懐かしい味ね。これはトアイード産かしら」


 故郷の味にエルミアとララノア、二人のエルフもご満悦のようだ。


「ふぅーふぅーふぅーふぅー」


 そして、銀髪エルフに姿が変わった我が妹は、猫舌というところは変わらずに、懸命にコーヒーを冷まそうとしている。


「アンナさん、熱いのが苦手でしたらこのように・・・ソーサーに移しかえると良いですわ」


「へーなるほど。だから、こんなに深い皿だったんだね。ありがとう、エリザさん」


 妹はエリザの仕草を真似てコーヒーを受け皿に注ぎ、その香りを楽しみながら飲み始めた。


 良かった。どうにか普段の様子に戻ったようだ。しかし、その情緒不安定さに一抹の不安が残る。


 軽くイケメンに会釈すると、彼はニッコリと微笑んできた。くそう。一つ一つの仕草が完璧だ。


 そして、イケメンは他の席が空いているというのに、自分の真横にわざわざ座ってきた。ぶっちゃけ近すぎる。異世界にはパーソナルスペースという概念はないのだろうか。


「王都では、ネルという布をつかったドリップポットというものが流行ってるようですが、わたしは昔ながらのこの方法が好きでしてね。東方でもコーヒーは飲まれていたのですか?」


 イケメンは顔を近寄らせ、自分の手を取りねっとりと撫で回してきた。


 この地方の挨拶なのだろうか。イケメンとはいえ仮にも妹の恩人である。気分を損なわせないように、ゆっくりと手を引く。


「え、えーと、そうですね。俺の住んでたところだと、挽いた粉をペーパードリップさせて飲むのが一般的でした。このように粉ごと煮立てるのは本当に少数です」


「ほう、布では無く紙で濾す方法もあるのですか。これは良い事を聞きました。今度試してみましょう」


 と言いながら、次は自分の太ももを擦ってくる。


 背中に氷を入れられたかのように、背筋が凍りつき全身の皮膚が鳥肌立つ。


 これが噂に聞くファッションホモという奴だろうか。その端正な顔で女性を虜にし、同性愛者のふりをして油断を誘って、そのままパクっと頂くのだ。


 って妹もエリザもそんなに目を輝かせてみないでくれ。狙われてるのはお前たちかもしれないんだぞ。


「せんぱ~い。今晩は是非私の家に泊まっていって下さいね~。近所に浴場もありますし~。裸の付き合いをしたあとに私の部屋でめくるめく官能の世界へ~」


「あ、あんた、公衆の面前でなんて事言いだすのよ!絶対あんたの家になんて行くもんですか!」


 ララノアはエルミアの腕に頬ずりし、とろけるような目でエルミアを見つめている。


 こちらはこちらで、百合百合しい。


 そしてイケメンは、太ももから流れるような手つきで腰の辺りを撫で回し、とんでもないことを口走った。


「おや、まだ宿を決めてらっしゃらないので?それでしたら、今夜はわたしの家にお泊りになられますか?最初は痛いかもしれませんが、ご心配なさらず、すぐに快感に変わります。リードはわたくしにお任せを」


 あかん。真性やこの人。


 ガチレズだけじゃなくてガチホモまで完備してるのかよ!異世界の冒険者ギルドってどうなってるんだ!?


 とは言え、ホモだろうが、レズだろうが、おかまだろうが、おなべだろうが、ニューハーフだろうが、自分と同じ人間であることに変わりない。


 横に座る妹を抱き寄せ、それとなくノンケであるとアピールする。


「にぃに、そんないきなり・・・」


 妹が自分の胸を人差し指で突いてくるが、今は我慢してくれ。


「マサト!またそうやって!」


 エルミアもそんな怖い顔をしないでくれ。こちとら貞操の危機なのだ。


 目で必死に訴えるも彼女には伝わらない。


 イケメンガチホモは眼鏡をクイッと上げて、急に真面目な表情でこちらを見つめてきた。


「マサトさん・・・」


「な、なんでしょう?」


 その只ならぬ気配に思わず妹を抱きしめる。


「わたしはバイです」


 そんなの知らんがな。




「冗談はここまでにして、ご用件を伺いましょうか。魔物の鑑定とは聞こえてましたが、討伐部位をお持ちで?」


 冗談だと言うのなら、太ももから手を離してくれませんかね。


「損傷した魔物の遺体を引き取って欲しいのよ。ちょっと珍しい個体だったの」


 ララノアはエルミアにチョークスリーパーを決められ、顔を真っ赤にしながらも恍惚な表情を浮かべている。本人が幸せそうなら他人がとやかく言う必要はないだろう。決して関わりあいになりたくない訳ではない。


「珍しい・・・ですか。それは、表の馬車に積み込んであるのでしょうか?」


「いえ、別のところにあるわ。その前に広い場所を用意して貰えないかしら」


「・・・分かりました。ここの裏手に魔物の買い取り用の倉庫があるので、そこに移動しましょう。ララノアさん、鑑定道具の用意をお願いします」


「はい~。了解なのです~」


 アルベルトの後に付いていくと、カフェテリアのような場所から一転、建物の裏手には黒い土がむき出しの広々とした空間が広がっていた。


「ここは主に冒険者を育成する訓練場です。買い取り用の倉庫はすぐそこですよ」


 訓練場は自分の通っていた高校の運動場ぐらいの面積があり――周辺住民に配慮しているのだろう――高い壁で囲まれていた。


 城壁のあるこの街では敷地も有限であるはずのに、この広さを有しているとは冒険者ギルドは思っていた以上に大きな組織なのかもしれない。


 しかし、その大きさに反して訓練場を利用している冒険者の数はまばらだ。


 教官らしき男性から大声で怒鳴られながら荷物を背負い走る少年や、木剣と盾を手にして模擬戦をしている男女。そして、呪文らしきものを唱えながら火の矢を繰り出す少女。あれも人族の魔法なのだろうか。


 煉瓦で出来た倉庫の中に入ると獣臭い匂いが鼻を突き、ヒンヤリとした空気が肌に感じた。


「マサト、あとはお願い」


 エルミアの言葉に戸惑った様子のララノア。


 対照的にアルベルトは冷静な瞳で自分を見つめている。


 密輸とかで面倒な事にならないだろうか、エルミアに視線を向けると無言で微かに頷き返された。


 フォローしてくれるという事だろう。ならば、自分に出来るのは彼女を信じる事だけだ。


「アクセス!」


 八角形の虹色に輝く紋章が現れ、そこから徐々に緑色をした巨体が姿を現す。


「なんと!」


「な、なんですか~このオーガは~。というか、いきなり現れたんですけど~」


「これはマサトの才能(ギフト)よ。能力としては、ナーナリアの「精霊の袋」と同じものと思えばいいわ」


「精霊の袋って・・・それじゃあ国宝級の才能(ギフト)って事ですか~!?そんなの聞いた事ありませんよ~!」


才能(ギフト)に優劣なんてないでしょ。戦闘特化、芸術・算術特化って役割が分かれてるし、それに必ず一長一短はあるじゃない。マサトは収納という事柄に特化してただけの話よ」


「エルミアさんの言う通りですよ、ララノアさん。珍しい力ですが、過去と同様に新たな能力が発見されたに過ぎません。これは人に新たな可能性が生まれた事を示唆した喜ばしい出来事なのです」


 アルベルトはララノアから黒い長方形の木箱を受け取り、中心に小さな透明な宝石が埋め込まれた金属の板状のモノを取り出した。そして、それ持ちながらオーガの周りをグルグルを歩く。


 なんとか誤魔化せた・・・のか。しかし、人に新たな可能性とは仰々しいな。


 ターシャさんが魔法を使っているところを見るに、人族も無意識に粒子制御しているようなので、本質的には同じもののはずなのだが。


「ふむ、ランクとしては三等級から二等級の間といったところでしょうか。オーガは四等級ですので、これは突然変異体だったのでは?」


 板に埋め込まれていた透明な宝石は水色に変化している。色で魔物をランクを判断するのだろう。あれはさしずめ検知器といったところか。


「ここの額をみて頂戴、額に瞳が出来かけた痕跡があるでしょ。どうもこの個体は災害級に変化してようとしていたらしいの」


「っこれは!なるほど、詳しくは専門の技師に見せます。それで、この惨状は一体どのような魔法を使われたのですか」


「マサトの超越魔法よ。3000フィードは先にいたオーガを中心に大爆発を起したの。あと、カナエ村付近がスタンピードの頻発地域になってるのよ。このオーガとは別口で、三つ目のオーガに襲われたわ」


「超長距離の超越魔法・・・マサトさんのような少年がですか?しかし、カナエ村のような寒村でスタンピードが起きたり、災害級が現れたとは考えにくいです。各ギルドを通して王国に警告するにしても、この風変わりなオーガだけでは少々正直力不足ですし」


 自分の才能(ギフト)の時とは違って、理解に難色を示すアルベルト。それだけ過疎地においてスタンピードの発生は有り得ない現象なのだろう。


 エルミアの話では、カナエ村がスタンピード発生地域になった原因は、亞神召喚によるものらしいので、それを材料に説伏せようものなら妹の身が危ない。


 さて、どうやってアルベルトを納得させるべきか。


 すると、エルミアがポケットから銀色に輝く一枚の金属の板切れを取り出した。


「はいこれ、私のギルドカード。冒険者には、魔物に関する報告義務があると説明を受けた覚えがあるんだけど。そして、それが虚偽の報告であった場合はランク剥奪もあり得ると」


「エルミアも冒険者だったのか!?」


「旅での路銀を稼ぐ手段の一つよ。昇格試験の度に、周りのやっかみが面倒だったからミスリルのままだけど」


「ミスリルランクの金髪エルフの女性冒険者。一時期、王都で噂になっていた「銀の射手」とはエルミアさんの事だったのですか。うむむむ、これは信ぴょう性が増しましたね・・・しかし、あの頭の硬い老人達が信じてくれるかどうか」


 エルミアのギルドカードを観察しながら腕を組み、葛藤しているアルベルト。


 すると何かを閃いたのかポンと手を打ち、笑顔で自分の肩に手を乗せてきた。


 どうでもいいけど近い、近いって。男の甘ったるい匂いなんぞ嗅ぎたくはない。


「ではマサトさん。実際にその超越魔法を見せて頂けないでしょうか」


 それは構わないが、どさくさに紛れて人の尻を撫で回すのは止めてくれ。




 場所を訓練場の中心に移し、赤い鞘から抜剣する。


 さっきまでいた冒険者達は、休憩時間なのだろう、訓練場の片隅でそれぞれ昼食を取りながら、何事かとこちらの様子を伺っている。


 見られて困る事はないのだが、それでもそうマジマジと観察されるとやり難い事この上ない。


「エルミア、街に結界を頼めるか」


 爆風は上と横に突き抜けていくとはいえ、あの巨大なクレーターから考えるに用心に越した事はないだろう。


 結界無しだと、ここら一帯が大惨事になってしまう恐れがある。


「そんな~。いくら先輩でも街全体に結界なんて――」


「この街の規模だとかなり時間かかるけど構わないかしら」


「やっぱり先輩は凄いです~。私は信じてました~」


 清々しい程までの熱い手のひらの返しをして、エルミアに抱きつくララノア。


 ああ、今度はフェイスロックを掛けられている。エルミアの胸が背中に押し当てられ、グフグフと不気味に笑う彼女。


 どんな時でも彼女は歪みない。この突き抜けっぷりはもう呆れを通り越し感心する他ない。


「いえ、結界はわたくし共で用意しましょう。元々はこちらからお願いした事ですから」


 そう言うとアルベルトは、カフェテリア内に引っ込んでしまった。


 暫くすると上空に光り輝くヴェールが幾つも現れ、それは徐々に巨大化して街全体を半円状に覆ってしまった。


 よく見ると戦略ゲームでよく見るヘキサゴン、六角形のパターンで繋ぎあわされている。


 ハニカム状にして強度や剛性を上げているのだろうか。


 その形は地球でも衝撃吸収材など様々な分野で応用されているが、まさか異世界で見るとは思いもよらなかった。


 元々自然界に存在する形とはいえ、正六角形の平面充填を理解して結界に応用するとは・・・自分の考えていた以上に異世界の数学の分野は進んでいるらしい。


「そんな・・・人族がこんな規模の結界を張れるなんて聞いた事ないわよ!」


「あ~これは多分、マスターが考案した魔石を用いた結界ですね~。蜂の巣状に結界を繋ぎあわせて、更に各属性を「せきそーこーぞー」にした「まるちぷるふぃーるど」~とか訳の分からない事を言ってました~」


 あのイケメンは、こんな分野にまでその才能を発揮しているのか。性癖はアレだが、若くして組織のトップに君臨しているだけの事はある。


「試製の魔道具を使い、非常用の結界を張るように各所に伝達してきました。残るは実地の性能評価テストだけでしたが、理論上はどの属性の超越魔法にも耐えうるはずです」


 噂をすればなんとやら、当の本人が淡く光り輝く水晶を片手に帰ってきた。


 念のために皆には自分の周囲から距離を取ってもらう。


 爆発規模の調整なども試してみたいが、規模を縮小をすると超越魔法とは見なされないかもしれない。


 今必要なのは災害級さえも打倒したと思われる程の純粋火力。幸い結界は強固なものなようだし手加減はいらないだろう。


 上空にある結界の中心点に剣先を構え、目を瞑り意識を深く潜らせる。瞼を開くと世界は一変し、視界一面には色とりどりの粒子が漂っている。


 赤い粒子を誘導させると、我先にと粒子達が刀身に纏わりつき、瞬く間にびっしりと隙間なく赤い粒子が刀身に張り付いた。


 ふぅと息を吐いて、その場で振動するように彼らに指示を与えると、周囲に砂埃を撒き散らせながら刀身から爆炎が吹き出した。


 更に振動を加速させると爆炎は収まり、刀身は赤く発光しはじめガタガタと剣全体が振動し始める。


 これ以上は刀身が持たないと判断し、赤い粒子をそのまま待機状態にさせた。


 気づくと、辺りが不思議なまでにしんと鎮まり返っている。


 街の上空に漂う粒子達から情報を受け取り、結界の頂点よりも更に100M以上の上空に目標を定めて、剣先の向きを修正する。


 あの時の爆発規模からして、このくらい距離を取れば十分に安全圏内だろう。


 左足を前に出し腰を屈め、両手で柄をグッと握りしめる。


 まるで生きているかのようにドクンドクンと明滅を繰り返す剣を、空を切り裂けとばかり思いっきり突き出す。


「いっけーーーーーー!!!!」


 刹那、刀身全体から爆発的な光が溢れだし訓練場全体を真っ赤に染め上げ、その中から一際明るい光が結界を突き抜け疾走する。


 瞬きする間に、赤く煌めく光は目標点に到達し、爆発を――しない。


 目標座標で止まった赤い粒子達はその輝きを増し、気づくとサーリアの上空にもう一つの灼熱の太陽を発生させていた。


 あ、やべ。力加減をミスった。


 そう思った瞬間、上空の太陽が押し寄せる大波のごとく膨れ上がって大爆発を起こし、衝撃波を受けた結界がグニャリとたわみながら、次々とガラスが割れる音を響かせた。


 その熱波が結界の最後の一層まで到達し、ハニカム構造をしていた結界が対抗するように光を増しながら、ギシギシと音を立て拮抗状態となる。


 そうして爆発が止んだサーリア上空には、雲一つない青空と所々破けたボロボロの結界だけが残った。


「な、なな、なんですか~!け、結界がひび割れてますよ~」


 ララノアは頭を抱えてその場にしゃがみ込み。


「これがマサトさんの超越魔法・・・」


 エリザは瞳を潤ませながら、両手を胸の前に組み空を見上げている。


「馬鹿な。各属性を無視して最終物理障壁まで一気に破壊するなど有り得ない」


 アルベルトは目を大きく見開き、有り得ないものを見たかのように呆然と佇んでいた。


「アルベルトさん、大丈夫?」


 その様子を心配した妹が彼に話かけた。


「ああ、いえ。大丈夫ですよ、アンナさん。人の身でこのような事象を引き起こせるのかと感極まってしまいました。先ほどの才能(ギフト)といい、この超越魔法といい、マサトさんは素晴らしい才能をお持ちですね」


 頭を振って再起動を果たしたアルベルトは、こちらにゆっくりと歩み寄ってきた。


 カフェテリアにいた時の少しおちゃらけた雰囲気は一切なく、冒険者ギルドの(おさ)「ギルドマスター」としての姿がそこにはあった。


「すぐに王都と各ギルドに伝達しましょう。原因が不明とは言え、辺境のカナエ村でのスタンピードは、異常事態には変わりありません。王都から専門の調査隊が派遣される事でしょう」


 眼鏡をクイッと上げたアルベルトは、ギルドマスターとして淡々と語っていく。


「先ほど見せて頂いたオーガの恩賞についてですが、詳細な検証と各地のギルド長との話し合いをした後になりますので、最低でも三日、サーリアに滞在して頂きたいのですが。マサトさんのご予定は空いておられますか?」


「俺達はあるものを探して旅をしているんです。この街で情報収集をしようと思っていたので、三日程度であれば問題ありません。ただ、俺の才能(ギフト)の事もあるので、なるべく早く出立しようと思っています」


「でしたら、サーリアで冒険者として登録されませんか?各国の噂や情報もいち早く届きますし、冒険者になれば先ほどのオーガの恩賞にも、多少色を付ける事も出来ます。そして、関所での身分証明や依頼の受注期間内であれば様々なものが免税対象にもなります。なにより、マサトさんの才能(ギフト)を狙う良からぬ者達から、組織として守る事も可能です」


 矢継ぎ早にまくし立てるアルベルトの姿に違和感を覚える。


「・・・それはあまりにもこちらに都合が良すぎると思うんですが」


 そう素直に疑問を口にすると、彼は一旦目を瞑り困ったような笑顔を浮かべた。


「恥ずかしながら、サーリアには街の規模に比べて冒険者の数が圧倒的に足りないのです。急激に発展した弊害と言えばいいのでしょうか。受付の壁もご覧になられたでしょう、あれは全て未処理の案件なのです。魔物討伐でさえ定期的に「公爵閣下」の騎士団に要請を出している現状なのです」


 確かサーリアは、鉱山が見つかった事で周辺集落を取り込み、ここ十年程で急激に成長したのだったか。


 しかし、公爵閣下ときたか。どうやらサーリアは公爵領の一部であるらしい。


「その公爵閣下の騎士団の協力が得られるのであれば、今のままでも良いのではないですか?」


「互助組織とは言え冒険者ギルドにはそれなりに政治権力もあります。ですが、その対価の中には周辺地域の治安維持、つまり魔物討伐も含まれるのです。このままではギルド全体の威信低下にも繋がり兼ねません。正直に言いますとマサトさんの力は、喉から手が出る程欲しいのです」


 なるほど、冒険者ギルド側にもメリットがあるわけか。アルベルトの言う事を信じるならば、自分が冒険者になる事による利点は破格と言ってもいい。


 アテのない旅を延々とするよりも、定住した方が妹の心理状態も安定するだろう。


 仮に問題が発生して旅を続ける事になったとしても、金銭を得られる手段は一つでもあった方がいい。


 選択肢は多ければ多いほど、不慮の出来事に遭遇した時に取れる対応も変わってくるだろう。


「そうですね。では、冒険者の登録をお願いします」


「ありがとうございます。例のオーガの検証と各ギルド長との話し合いの期間中は、こちらも最大限協力致します。宿の手配もお任せ下さい」


 宿までとってもらえるとは、本当に至れり尽くせりだな。


 しかし、見知らぬ宿よりも自分達の住み慣れた家の方が妹も安心すると思う。


「出来れば土地だけを貸して欲しいのですが。一軒家ぐらいの空き地とか余ってないですか?」


「空き地ですか?そうですね・・・少しお待ち頂ければ、付き合いのある商会に掛け合いますが。本当にそれで宜しいので?」


「構いません。野営道具なども持ちあわせてますし、多少時間が掛かっても問題ありません。これから旅の連れの知り合いのところに行くので」


「畏まりました。それでは夕刻にもう一度お越し下さい。その時に仮のギルドカードも発行いたします。本発行は今回の功績を各都市のギルド長と話し合い、マサトさんの冒険者ランクを決定してからになります」


 話も纏まりカフェテリアまで皆で戻る途中、エリザがアルベルトに声を掛けた。


「アルベルト様。宜しければ、王都への通信用魔道具を貸して頂けないかしら」


 通信用魔道具。そんな便利なものがあるのか。王都へ連絡するという事は、きっと家のご両親に一報入れるのだろう。


「ええ、もちろん構いませんよ。エリザ様」


 様?エリザはアルベルトに家出中の元貴族であると明かしてなかったはずだが。


 いや、門兵ですら気づいたのに、ギルドマスターの彼が気づかない訳がないか。




 妹とエルミアには、先に馬車へと乗り込んで待つようにしてもらい、自分は冒険者ギルドのドアの横でエリザを待つ事にした。


 午後の一時も終わり、周囲は徐々に閑散としてきている。


 異世界であっても人々の営みは変わらないらしい。


 夕方ぐらいになると、きっと家々からは夕餉の匂いが漂ってくるのだろう。


 あんな爆発があった後だと言うのに、怒鳴り声一つ聞こえてこない。


 結界が衝撃波や熱を遮断していたとはいえ、異世界の人が肝っ玉が座っているというか、それだけ異常現象には慣れっこなのだろう。


 煉瓦の壁を背にして、今後の事をぼんやりと考える。


 そういえば、エリザはどこまで自分達に着いてくるつもりなのだろうか。


 連れが一人ぐらい増えても構わないが、もしもの時があった時にご両親に合わせる顔がない。



――「まぁ捜索隊は組まれているでしょうが、こんな辺境にまできてるとは思いもよらないはずです」



 それとエリザには悪いが、捜索隊に見つかった時に、自分達が犯罪者として扱われるリスクもある。


 どうしたものやらと考えていると、バンッとギルドのドアが開け放たれた。


「エリザ早かっ――」


 横を見ると、そこには息を切らしてるターシャさんがいた。あれ?入れ違いになったのだろうか。


「ターシャさん。お待たせしてすいません。あと少しでエリザが戻ってくると思うので」


「えっ?あ、あの!あなたの超越魔法見て、わたし凄く感動しちゃって、その・・・」


 両手の人差し指を合わせてモジモジするターシャさん。その仕草はいつも違い、歳相応の女の子に見えて可愛らしい。


 先ほどの粒子制御は今まで使った中でも、一番規模が大きかった。ターシャさんには大きな花火に見えたのだろうか。


「ええっと。ありがとうございます?」


 首を傾げながらそう言うと、ターシャさんは腰を90度に折るように深い礼をしてきた。


「お願いします!わたしをあなたの弟子にして下さい!」


「はい?」


 意味がわからない。戦闘指南役として自分がターシャさんに弟子入りする事はあっても、その逆は有り得ない。


「なんじゃ騒がしいの。坊主、また女子(おなご)を捕まえて何をしとるんじゃ」


 振り返るとターシャさんがいた。左右を交互に見比べるとターシャさんが二人いる。


 なんだ、ターシャさんは分身の術が使える女のNINJAだったのか。・・・いや現実逃避しても仕方ない。


「えっ、私がいる!?」


「おや、サーシャじゃないか。元気にしとったかの?」


 ターシャさんじゃなくてサーシャさん?声もそっくりだし。いや待てよ。


「なるほど、ターシャさんって双子だったんですね」


「坊主。綺麗な女子(おなご)に囲まれてついに色ボケしたのかの。そんな訳ないじゃろ」


 ターシャさん二号からジト目で睨まれる。


 色ボケって・・・周囲からはそんな風に見られているのだろうか。


 自分はいつどんな時でもジェントルマンでいたと言うのに、心外である。


 ターシャさん二号は、戸惑っているターシャさん一号の手を取ってニッコリ笑った。


「この子はサーシャと言って儂の息子の娘じゃ。つまり儂の孫娘なんじゃよ」


 そのあまりの衝撃に、一瞬心臓止まった。


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