持つ者持たざる者
予定外の事態が続いたものの野営地には、なんとか夕暮れ前に着くことが出来た。
街道の先には広大な森が広がり、その先を抜けると目的地のサーリア村に着くらしい。
ターシャさんは馬の世話をするため馬車を離れ、妹とエルミアもその手伝いに付いていった。
そして自分はというと。
「素晴らしいですわ!こんなにも揺れの少ない馬車は初めてです!どのような魔道具が使われているのでしょうか!?」
「それはサスペンションのおかげだな」
野営地に付いたとたん、馬車の周りをクルクルとはしゃいでまわるエリザの相手をしていた。
「マサトさん、「さすぺんしょん」とは一体とはどのような魔法なのでしょう!?」
「魔法じゃなくて一種の装置って言えば分かるかな・・・ほら、この車体の下ある螺旋状の金属が見えるだろ?あれが衝撃を吸収して車体を安定させてるんだよ」
馬車の下を覗き込み指差しながら説明すると、エリザもそれを見つめ興味深そうにしている。
「あのようなもので、こんなにも馬車の旅が快適になるとは驚きです!これも東方の技術なのでしょうか!?」
「そ、そんなところかな。俺が持っていた道具を参考に、友人が発明したんだよ。今はその友人とは少し離れてて会えないけど」
「立派なご友人をお持ちなのですね。私も是非お会いしたいものです」
エリザにモグラ達を会わせるのは吝かではないのだが、妹が亞神だとバレる危険性があるのでそれは出来ない。
「そうだな。ちゃんと紹介できたらいいんだけど」
こんなにも喜んでくれているのだ、モグラ達も研究者冥利に尽きるだろう。
そういえば、ポータブル音楽プレーヤーを渡したモグラは元気にしているだろうか。
あのモグラは、音楽プレーヤーが亞神である亜奈の父親の物であると分かりながらも、その重圧に耐え尚も食い下がってきた。
あんなにも一つの物事に情熱を注げられるのは、未だ将来の目標が見つからない自分にとって羨ましくもある。
「あら?このような荒野にモグラとは珍しいですわね。それに眼鏡を掛けてるなんて。ふふふ、可愛らしいですわ」
そうそう、眼鏡を掛けたそのモグラ――って!
「お前、何してんの?」
エリザの視線の先、つまり自分の足元には現代的なフレームの眼鏡を掛けた、例の意識高い系のモグラがいた。
<<呼んだのは「契約者」であるアナタ。何をすればイイノカ?音の出る箱を返すのは、もうスコシ待ってホシイ>>
なんだ!?いきなり頭の中に声が響いてきた!その内容から察するに、足元のモグラが言っているようだがどういう事だ?
――「だからモグラさんと握手してたじゃない。あれってモグラさん達にとってはすごく重要な契約の儀式らしいよ」
契約の儀式。声が聞こえるのは、モグラとの契約によるものなのだろうか。色々と衝撃な事があってスッカリ頭から抜けていた。
「この子はマサトさんが飼ってらっしゃるのですか」
「い、いやこいつは、その友人の飼っていたモグラなんだよ。今は俺が預かっていて」
<<ソノ認識は誤ってイル。我々との契約関係は対等ダ。シカシ、契約者からもたらされるモノは、我々にとって非常に有益デアル。故にノームを代表して、ワタシが契約者の随伴として派遣サレタノダ。タダシ、そこにワタシの意思はナイ。カ、勘違いしないデヨネ!>>
か、勘違いしないでよね!とは、また一昔前に流行ったツンデレみたいだな。しかしどの世界に、ツンデレモグラの需要があるのだろうか?
しかも、随伴とはどこまで付いてくるつもりだこのモグラは。
ドライバー片手にモグラによって、我が家の電化製品がバラされていく未来が見える。
そんな事を考えていると、モグラが器用に自分の頭の上によじ登ってきた。
<<契約者と接触スルと心地良いというのは本当ダッタノカ。ココをワタシの定位置とさせてモラオウ。用があったら声を掛けるとイイ>>
自分の髪をグシグシとかき分けていく感触がする。痛みはおろか重みすら感じないのだが、このままずっと直立しなければならないのだろうか。
「あら?隠れてしまいましたわ。本当に懐いてますのね。動物から好かれるなんて、マサトさんは心の優しい方ですのね」
エリザはそんな様子をみて柔らかく微笑みかけてきた。
元々動物は好きだし、こんな綺麗な女の子から優しいと言われ満更でもない。でも、モグラだしなぁ。
ターシャさん達も馬の世話が終わったのか馬車の近くに戻ってきた。
「それじゃあ、今日はここで休むか」
サーリア村に近づいた事もあり、多少は人の行き交いも増えたのだろうか。正面の開けた場所には点々と焚き火の跡がある。
「あのマサトさん。皆様、野営の準備をしてないようなのですが、どうするおつもりで」
「ん?ああ、そうか。「アクセス」」
虹色に輝く八角形の紋章が、大地を抉り取っていき、続けてそこに基礎を含めた我が家を取り出す。
「・・・私は夢を見ているのでしょうか。突然目の前に建物が現れたように見えたのですが」
口をポカーン開き、持ち前の気品さをどこかへ忘れてしまったかのような彼女。
「昼食を取った砦跡で見せたオーガと同じで、俺の家も収納してたんだよ」
「この力、能力が才能?いえ、これはもしや大地を手に――」
ブツブツと独り言を言い始めたエリザをエルミアに任せ、これ以上刺激しないようにと、少し離れた場所にターシャさんの家と畑を取り出す。
そして妹とその場に待っていると、暫くしてターシャさんは大きなカゴを手に戻ってきた。
「ほれ、朝言っとったダイヤウルフの肉じゃ。あと野菜も追加で持ってきたぞい」
「これが例の魔物の肉ですね。野菜もこんなに沢山頂いてしまって、ありがとうございます」
カゴを受け取ると、中には大きな葉っぱに包まれたモノが紐で括られてた。これがダイヤウルフの肉なのだろう。
野菜の重さを差し引いても結構な重量がある。せっかく新鮮な肉を頂いたのだし、今晩はこれを使わせて頂こう。
「亜奈、今晩はスタンダードにアレにするにするか。初めて使う肉だから臭みも気になるし、調合済みのスパイスもあるから時間も掛からないだろう」
「そうだね。いきなり、魔物の肉で焼き肉をするのは、ちょっと抵抗あるからね」
妹の承諾も得て、今晩のメニューは日本の代表的な国民食に決まった。
出来上がったものを皿に盛りつけ、妹と一緒にリビングに持ち運ぶ。
「なんだか凄いのが出てきたわねー。まぁマサト達が作るものなら間違いないんでしょうけど」
エルミアはテーブルに身を乗り出し、スプーンを片手に準備は万端のようだ。
「こりゃまた色がすごいのう。しかしなんとも食欲を誘う香りじゃ」
ターシャさんはその匂いに関心を持っているようだ。
「この白い粒はライスでしょうか?このようにして食すのは初めてです」
エリザは米を食べたことがあるのか、その盛り付けに興味をもってくれたようだ。
「さっき味見して問題なかったから、じゃんじゃん食べてくれ。明日の朝昼の分も纏めて作ったからな」
夕飯は、日本では子供だけでなく大人にも人気のカレーライスにした。
我が家のカレーライスは、昔から市販のカレールーではなく、母の趣味もあってスパイスから調合したオリジナルブレンドのカレー粉を使っている。
ダイヤウルフの肉は、フライパンで少し焦げ目が付くまで火を通した。何しろ初めて使う肉だ、用心に越した事はないだろう。
ちなみに、自分の分は昨晩のシチューと同じく肉無しだ。
この世界で生きていくと覚悟は決めたはずなのだが、生肉を見た瞬間オーガの最後がフラッシュバックし、吐き気を催してしまったのだ。
しかし、人様に出すものなので、妹がよそ見をした瞬間、目を瞑って胃に流し込むように試食した。
「う~ん!辛いけどオイシー!これならお米と一緒にいくらでも食べられるわー」
「ふむ、魔物の肉独特の臭みもなく、野菜の味も染みて旨いの。じゃが、これでは舌が肥えてしまっていかんのう」
「これは香辛料をベースとしたものでしょうか?このように潤沢に使った料理は初めてです。とても美味しいですわ」
日本のカレーライスは海外でも評判らしいが、異世界でもその威力を発揮したようだ。やはりカレーは偉大である。
テンション高めで三者三様の感想言い合いながらも、スプーンを持つ手が止まらない。
妹を見ると三人のその雰囲気にご満悦のようだ。そしてふと目が合うと、どちらともなく笑いあった。
夕食後のまったりした時間、エルミアは座布団に座りながらも窓の外を警戒し、エリザは照明やTVなどの家電製品にご執心のようだ。
そして妹は、静かに緑茶を飲んでいるターシャさんに、とあるお願い事をしていた。
「ターシャさん、お風呂に水を張れないかな?」
やはり昨晩の温かい風呂が忘れられないのだろう。
ウンディーネが召喚出来ないとはいえ、どうしても我慢が出来なかったようだ。
「そうじゃのう、夜襲があるとも限らんから出来れば控えたいんじゃが」
妹もそれは分かっていたのだろう、無理を言ってごめんなさいと謝っていた。
二人の会話に反応し、謎の独創的な動物を模したデジタル時計を胸に抱えながら、エリザが振り返った。
よりにもよって、それに興味を惹かれてしまったか。年齢的には元の妹と同じぐらいだし、その年代特有の感性でもあるのだろうか?
「水浴びですか?それならば、私が水を出しますわよ」
その声に妹がパッと顔を明るくした。
「うーん。ありがたいんだけどねー何かあった時に備えて欲しいかなー」
次の瞬間にはどよ~んと肩を落とした。
「いえ、私の魔法ではなく、魔道具を使おうかと」
彼女はリビングの隅に置かれた大型トランクから、小さな木箱を取り出した。
木箱の蓋を開けると、中心に蒼い宝石のようなものが嵌められた、取っ手の付いた金属製の盃が出てきた。
「これってもしかして「久遠の泉」?個人で持ってるなんて、エリザの家ってかなりの資産家だったんじゃないの?」
これが話に聞く魔道具か。見た目は如何にも高級そうな金属の容器に見えるが、これから水が出るのだろうか?
「いえ、家に偶然あった物を持ちだしてきただけですから。それでどこに水を出せば宜しいのでしょうか?」
「私が案内するよ。にぃには、そのあとでお湯を沸かしてね」
妹がLEDランタンを片手に先導して浴室へと向かい、それから五分と掛からずにリビングから戻ってきた。
「にぃに、後はお願いね」
浴室にいくと、浴槽にはたっぷりと水が張られていた。
「マサトさん、ここで一体何をするのでしょうか?外で薪を使って火を起こすのでは?」
「あーいや、大丈夫。俺の魔法でお湯を沸かすから」
浴槽に手を掲げて意識を切り替え、昨晩と同じ要領で浴槽内に赤い粒子を均一に配置する。
あとは振動させるだけでお湯になるはずだが・・・オーガを吹き飛ばした時の異常爆発が気になる。
アレはカナエ村で勢いに任せて解き放った時よりも、明らかに破壊力が増していた。このままで不味いのではないだろうか?
そう思い、中央に配置してある粒子以外は散らせてから振動させてみた。
ボコボコっと浴槽の中心から湯気と泡が立ち昇る。桶を使い湯船をかき回すと調度良い湯加減になっていた。
「ほら、もう入れるぞ。少し熱いかもしれないから気をつけてな」
「やったー!またお風呂に入れるよ!ありがとう、にぃに!」
腰に抱きついてくる妹の頭の押しのけながら考える。
これは粒子制御が向上しているという事だろうか。頭痛が止んだ件もそうだが、理由が分からない。
釈然としないまま妹と浴槽を出ると、後ろからエリザの戸惑った声が聞こえてきた。
「これが魔法?いえ、これは東方の法術というものかしら。でも、一瞬で水をお湯に変えるだなんて・・・」
リビングに戻ると、妹が替えのパンツを握り締めながら叫んだ。
「お湯が勿体無いし、皆で一緒に入ろうよ!!」
兄妹とは言え、一応ここに男がいるという事を切に伝えたい。頼むから慎みを覚えてくれと。
「いえ、私は水浴びで結構ですので、亜奈様達だけで入って下さいまし」
どこかエリザは自分達と一線引いているようだ。出会って半日もしてないから、当然かもしれないが。
「おやーエリザは私達と入るのが嫌なのかなー?「ぼでぃそーぷ」と「しゃんぷー」と「こんでぃしょなー」で肌はツルツル、髪はさらさらで、こんなに艶だって出るのになー」
エルミアがエリザの手を取り、自身の腕や髪に触らせている。
「お肌ツルツル、髪はさらさら・・・」
異世界であっても、年頃の少女が身だしなみには気を使うは共通のようだ。
エルミアの巧みな誘導に、エリザの意思は陥落しかけている。
「エリザさんも一緒に入ろうよ。それに、私達の事も様付けなんてやめてよね」
「そうよー。短い間とは言え旅の仲間なんだしー。女同士なんだから堅苦しいのは辞めにしない?」
「そうじゃな。嬢ちゃんも少し肩の力を抜いたらどうじゃ?ここでは、あんたも警戒する必要はないんじゃからな」
「皆様方・・・ありがとうございます。それでは私もご一緒させて頂きますわね」
仲良き事は美しきかな。
夕食の片付けも済ませソファーでのんびりとしていると、廊下から足音が聞こえてきた。
リビングのドアに顔向けると、肌は白くツヤツヤ、頬は赤く唇も赤くなり、髪がしっとり濡れて、少し色っぽくなったピンク髪の少女がそこにいた。
先ほどまで着ていたドレスのような戦装束とは違い、淡いピンク色のスリーパー――ボタン開きのヒザ丈くらいのシャツ状の物――を着ている。
胸部のボタンの隙間から一層白い肌が透けて見えているが、自慢の強靭な精神力で見て見ぬ振りをする。
いくらなんでも元の妹と同じ、中学生ぐらいの子に欲情するのはまずかろう。
「あれ?エリザだけ上がってきたんだ」
「あの、マサトさん・・・体調でも悪いのですか?目が行ったり来たりと、大変な事におられますが?」
「ふんっ!!」
思いっきりテーブルに頭をぶつけると、ゴーン!と頭の中で鐘の音が鳴った。
このまま煩悩よ立ち去れ、清らかな心になるのだ。
「ほ、本当に大丈夫ですの?」
「うん、大丈夫。もう大丈夫。それで、亜奈達はどしたの?」
「ええと、身体を清めたあとに、アンナさんと一緒に湯船に浸かってましたら、私のむ・・・突然、アンナさんが錯乱し始めまして。エルミアさんとターシャさんに羽交い締めにされ、そのままお任せしてきました」
距離は縮まったようだが、風呂に誘った相手を襲ってどうするマイシスター。
「は、ははは。それは災難だったな」
エリザは自分が座っているソファーの正面のテーブルに座り込み、リビングを見渡しながら感心するように話しかけてきた。
「この家もそうですが、マサトさんには本当に驚かされてばかりです。何故このように旅をなさっているのですか?マサトさん程の力があれば、どこの国でも士官する事が出来ましょうに」
エリザは探るような目つきでこちらを伺っている。バカスカ粒子制御を使いすぎたせいで、少し怪しまれたか。
ターシャさんは生活面でも魔法を使っていたが、それでも万能という訳ではないらしい。
「そういう事には興味がないんだ。それに一応の目的もあるからね」
「無欲なんですのね」
「あはは、少し前にある人から似たような事を言われたよ。君は野心の無い小市民だなって」
そう答えると、エリザは居ずまいを正して真剣な表情で口を開いた。
「マサトさん、あなたはもしや本当に――」
バタバタと廊下を歩く音と、三人の姦しい声が聞こえてきた。
「大丈夫よアンナちゃん、あなたにはまだ伸びしろがあるわ」
「エルミアちゃんの言う通りじゃ。それにの、そこだけで女を判断する男なんぞこちらから願い下げじゃて」
何故だろう、ターシャさんの言葉が深く胸に突き刺さる。
心なしか正面にいるエリザの視線が鋭くなったような気がする。今の自分に彼女の目を正視する勇気なんてものはない。
「二人には分からないの。小学生の頃から毎晩体操して育ててきたものが、一晩で無くなる虚しさなんて。それに最近は、にぃにの視線を感じる事も無くなったし」
持つ者がいる一方で、持たざる者もいる。そして、それを第三者視点で見る者もまたいる。それは抗いようがない社会の掟なのだ。
だから、わざわざ他人に言う必要は無いと、兄は常々思っているのだ妹よ!
三人の会話に反応して、エリザは頬を染めながら、自身のその豊満な胸と自分の顔を見比べ、何か言いたそうな顔をしている。
このままでは、中学生ぐらいの美少女からHENTAIの烙印が押されてしまう。背中に汗がじわりと湧き出るのを感じる。
人によってはご褒美かもしれないが、あいにくと自分にはそのような性癖はない。
「マサトさん、あなたはもしや大きな――」
そして、救いの女神がリビングのドアをくぐり抜けてきた。
その黄金色の髪をした女神は両腕を組み、その豊かな胸を強調させるようにして、穏やかに微笑んでいた。
「まさかマサトは、エリザみたいな幼い子の胸に興味なんてないわよね」
と、思ったら地獄の門番から最後通牒を突きつけられた。
誤字・脱字等ありましたら報告をお願い致します。




