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エリザ・セルス

「ふぅ。初めて食べる味でしたが大変美味でしたわ。感謝致します、皆様方」


 クリームシチューは三回も皿に注がれ、鍋は既に底を見せている。


 目の前のピンク髪をした少女は、スカートから刺繍入りの白いハンカチと取り出し、口を拭った。


 その何気ない仕草からもどことなく気品を感じさせる。


 空腹でイライラしていたのだろうか、真っ赤になって怒っていた姿が嘘のようだ。


「それで・・・貴方、何してますの?」


「それは俺が聞きたい」


 自分は今、妹とエルミアによって両腕を拘束されている。


「にぃにがあの人を見る目が怖かったから、何か起こる前にと思って」


「少年が色香に惑わされて変な事をしないように、念の為にね」


 少し硬い表情をしていた少女は、二人のその言葉に口元が緩めた。


「亜人種の方と仲が宜しいのですね」


 人を犯罪者扱いする事が、この世界では仲の良い証拠となるのだろうか?


「しかも、こんなにも美しい女性を三人も侍らすなんて、貴方一体何者ですの?貴族には見えませんが」


「俺は如月 将登(きさらぎ まさと)、どこにでもいる普通の平民だよ。あと断じて侍らせている訳じゃない。左の銀髪エルフは亜奈、俺の仮の姉だ。右の金髪エルフはエルミア、俺達姉弟の護衛をしてくれてる。そして、あんたにシチューをついでくれてたのがターシャさん、旅の連れだ」


「キサラギ マサト?周辺国でも聞かない名前ですわね。それにその顔立ち、人族では初めて見ますわ」


 この世界でのモンゴロイド系の人種はいないのだろうか。妹達も肌の色が薄いコーカソイド系だし。


 そういえば、知識神にスリッパで頭を叩かれる前に、この星の全容が見えたな。あの時みた位置関係からすると・・・


「えーとあれだ、東方の島国出身なんだよ。あと、キサラギが苗字でマサトが名前な、苗字があるのはそういう土地柄だったんだ」


 苦し紛れにそう返答をすると、少女は得心したといった様子で顎に手をやり頷いた。


「東方の・・・そうだったんですのね。先ほどはお見苦しい姿をお見せし、申し訳ありませんでした。(わたくし)、エリザ・セルスと申します。どうぞよしなに」


 エリザと名乗った少女はその場に立ち上がり、手慣れた手つきでスカートの裾をつまみ優雅に礼をする。


「嬢ちゃん、あんた貴族様なのかい?」


 その言葉を発したターシャさんに向き、座り直す少女。


「ええ、そんなところですわ。ですが今と「元」と言っても良いですわね。(わたくし)、家を飛び出してきましたもの。ですので、(わたくし)の事は気軽にエリザとお呼び下さい」


 澄ました顔でそう言い緑茶を口にする、途端に微妙な顔つきになった。おや?口に合わなかったのだろうか。ターシャさんはあんなにも気に入ってくれたと言うのに。


「貴族様が家出なんてして大丈夫なのかい?儂ら平民にとっちゃあ、雲の上のお人じゃから良くわからんのじゃが」


「まぁ捜索隊は組まれているでしょうが、こんな辺境にまできてるとは思いもよらないはずです――その前に」


 コップを端に寄せて自分の方へ向き直り、レジャーシートの上に両手を付いて、よつん這いで顔を寄せてくるエリザ。


 その暴力的なまでの双丘が重力に従い、ぷるんと揺れながら釣鐘型に変化する様子に、思わずゴクリと唾をのむ。


「先程も申しましたが、キサラギ様が災害級を倒して今朝の爆発、いえ超越魔法を使ったというのは本当ですの?」


「・・・」


 見とれてる場合ではない。話を聞かれてたようだが、正直に話すと面倒な事にならないだろうか。


 そんな懸念を抱いていると、横から声が入った。


「ええ、その通りよ。この街道を馬車で二日程行った先のカナエ村で、スタンピードが起きたの。その時に現れた三つ目のオーガを、この少年が倒したの。そして今朝もオーガに遭遇して、少年が超越魔法撃退したわ」


 その言葉に、目を皿のようにして驚くエリザ。


「カナエ村でスタンピードが!?まだあの村にはご高齢の女性が、お一人で暮らしていたはずです。その方はどうなったのですか?」


 この少女は、あの寒村にターシャさんが住んでいた事まで知っていたのか!?


 災害級の件は、人族の超越魔法という事で一応の説明はつくようだが、ここでターシャさんがウンディーネの力で若返った事を知られたら、亜奈が亜神という事が露見してしまう可能性がある。


 まだ出会って間もない彼女の人柄が分からない現状、それは避けたい。ただでさえ、人族は精霊信仰で亜人種の亞神信仰を快く思っていないらしいのだ。


 自称とは言え元貴族と言っているし、何かの拍子でこの国の上層部に伝わってしまえば、追われる立場になるかもしれない。そうなってしまえば、召喚陣を探すどころではなくなる。


「エルミア」


 自分の右側にいる、黄金色の髪をしたエルフに目線をやり小声で話しかける。


「フォローするって言ったでしょ、ここは任せて」


 彼女は自分に顔をよせて耳元で囁き、エリザへと向き直る。


「カナエ村に住んでいた女性は無事よ、私達と一緒に避難してきてるから。ほらそこにいるじゃない」


 そう言ってターシャさんの方を向くエルミアに、エリザも釣られてそちらに顔を向ける。


「エルミア様、お戯れはおよしになってください。私とほとんど変わらない少女ではありませんか」


「いえ、間違いなく本人よ。なんでも「大精霊」が顕現して若返らせてくれたらしいの」


 エルミアの言葉に被せるようにターシャさんが口を開く。


「嬢ちゃん、儂がカナエ村に住んどったターシャじゃよ。スタンピードの時に怪我をしてね、それを哀れに思ってくだすった大精霊様が若返えらせてくれたんじゃ」


 まるで事前に打ち合わせでもしていたかのように、阿吽の呼吸で息を合わせる彼女たち。


 大精霊。確か人族の精霊信仰の対象であり、また彼らの使う魔法の源とされている存在。


 なるほど、真偽はともかく自分達の信仰対象を頭から否定する事は出来ないはずだ。


「大精霊様が顕現された?そのような事あるわけが――」


 ターシャさんが若返った事でも、辺境でスタンピードが発生した事でもなく、大精霊が現れた事に対して、彼女の顔には深い懸念の雲がかかっている。


 何故だ?どうしてそこに疑問を持つんだ?


「分かりました。ターシャ様がそう言うのであれば信じましょう」


 一転、パッチリした目がしゃんと据わって大人びた凛々しい表情で断言する彼女。


 だが、その話を鵜呑みにはしてないようで、目には疑惑の色が浮かんでいる。


 そして、よつん這いの状態から姿勢を正して、自分との距離を更に詰めてきた。


 自然と視線が2つの双丘の谷間に吸い寄せられるが、同時に両腕を掴んでいる彼女達から無言の圧力が強まり、断念せざるを得なかった。


「それで、キサラギ様の超越魔法とは爆発魔法の事ですのよね。ここからでも、立ち昇る大きな黒い雲と爆発音が聞こえてきましたもの」


「えっ、ああそうだな。自分でも思った以上の威力だったんで驚いたんだけど。あとキサラギ様っていうのよしてくれないか?なんかむず痒くて」


 そう言うと、彼女はちょっと困ったような顔色を浮かべた。


「そう仰られましても・・・ではマサト様でいかがでしょうか?」


 いや、それだとほとんど変わらない。苗字は病院や飲食店で呼ばれた事はあるが、名前の様付けは呼ばれた記憶すらない。


「できれば様付けをやめてくれないかな。自分の国にいた時も、そんな呼ばれ方ほとんどされた事ないんだ。呼び捨てでいいよ」


「ふ、夫婦でもないのに、殿方の名を呼び捨てするなどと、(わたくし)にはできません!」


 この反応は貴族特有のものなのだろうか?それとも、正真正銘の箱入り娘だったのだろうか?


 日本では貴族というものに接点がなかった自分にとって理解し難い。


「それなら、さん付けで」


「では、マ、マサトさんと呼ばせて頂きます」


 俯きがちに恥じらいながら自分の名を呼ぶその姿に、彼女の見目麗しい容姿も相まって少しドキリとさせられた。


「二人とも近い」


 左側の銀髪エルフから腕を引っ張られ、強制的に距離を離される。


「私の時はそんな事言われなかったんですけどー」


 続いて右側の金髪エルフから、不満の声が上がった。


「そりゃあエルミアは会った時から、俺の事を「少年」とか「あなた」としか呼んでないし。別に好きに呼んでくれていいぞ、今更そんな畏まった仲でもあるまいし」


「そ、そう?それじゃあ私はこれからマサトって呼ぶわね」


 エルミアがそう言うと、自分の腕が妹のささやかな胸に、ギュッと押さえつけられた。


「またエルミアさん・・・むー!」


 大きさこそ違えど、その女性特有の柔らかな膨らみと香りに意識が流されそうになる。いや違う違う。姿は違えどこれは妹、これは妹。


「ほんに若いのーホッホッホッ」


 呑気なターシャさんの笑い声が辺りにこだまする。


「それでマ、マサトさんの超越魔法なのですけれど、その爆発音に私の馬が驚いて逃げてしまいまして、出来れば近くの村まで送って頂けないでしょうか?もちろん、相応のお礼は致します」


「だから、この砦跡に一人でいたのか。緊急事態とはいえすまなかった。隣村までで良かったら構わないよ。みんなもそれでいいかな?」


 三人に話しかけると、特に問題ないといった様子で頷き返された。


 今更一人増えたところで、残りは一日ちょいの旅程なので対して負担は変わらない。


 亞神の件も、妹に精霊の召喚を止めてもらうように言えば問題ないだろう。


「皆様、ありがとうございます。それで、緊急事態とは一体?今朝、遭遇したオーガとは超越魔法を使わなければならない程の群れだったのですか?」


「いや一匹だったんけど・・・」


 さてどうしたものか。


「マサト。どうせサーリア村に着いたら見られるんだから、今の内に耐性付けてもらった方がいいわよ」


 耐性ってなんだ。耐性って。エルミアに納得しかねると目線で伝え、レジャーシートから離れた場所で意識を切り替える。


「アクセス」


 大地の上に直径5M程の紋章が広がり、ソレが徐々に姿を現していく。


「あのマサトさん。これは一体どういう事なのでしょう。(わたくし)には虚空から突如、魔物の死体が現れたように見えたのですが」


「えーとなんだっけ?そうそう、これは俺の才能(ギフト)で、色々とモノを収納できるんだ」


「ギフトってそんな、こんな事が・・・」


 困惑するエリザに、エルミアがオーガに遺体に近寄り、パンパンと手を叩きながら声を上げた。


「はいはい、考えても答えは出ないわよ。ギフトって元々理不尽なモノでしょ、諦めて現実を直視ししなさい。それでエリザ、このオーガよく見て?」


 エリザは立ち上がり、興味深くオーガの遺体を観察し始めた。


 その堂に入っている姿に少し驚く。彼女も魔物を殺した、もしくは戦場に立った経験があるようだ。貴族だからと言って魔物とは無縁の生活ではなかったらしい。


 とどめを刺した自分でさえ、あまり直視したくないと言うのに。妹もオーガの遺体から距離をとって、ターシャさんの近くに避難している。


「これは・・・純粋なオーガではありませんね。どういう事ですの?」


 エリザはオーガの遺体から顔を上げて、真剣な表情でエルミアを見つめた。


「まだ詳しくは分からないけれど、オーガが三つ目にオーガに、災害級に変化しようとしていたのよ」


 途端に彼女は驚愕の表情を浮かべて叫んだ。


「そんな!?魔物が災害級になるなんて聞いた事がありません!しかし、この姿は・・・サーリア村に着いたら、すぐに王都と周辺国へ知らせを出すべきです!」


「単なる変異個体だったかもしれないし、すぐに知らせを出す必要はないんじゃないかしら。サーリア村できちんと調べて貰ってからでも遅くはないと思うけれど」


 興奮した様子のエリザとは対照的に、エルミアが冷静な意見を述べる。


 自国に警戒するよう一報打つのは分かるが、周辺国まで巻き込むような事態なのか。


 魔物の被害は国という垣根を超えた共通問題らしい。


「しかし!・・・そうですね。一度、専門家の方に見て頂いた方が良いのかもしれませんわね」


 エルミアの言葉を素直に受け止め、エリザは落ち着きを取り戻したようだ。


「そろそろ、次の野営地に向かわんかね。このままじゃと日が暮れてしまいそうじゃて」


 いつの間にかターシャさんが、馬を引いて出立の準備をしていた。


「それもそうね。エリザ、荷物があるなら馬車に積み込みましょう。手伝うわ」


「あっ、私も手伝うね」


「皆様方のご配慮、感謝致します」


 エリザの荷物は彼女達に任せて、自分は昼食の片付けを始めた。




 ガタゴトと車輪の音を響かせながら、馬車は次の野営地へと向かう。


「それでエリザは、なんで会った時に怒っていたんだ?災害級と爆発魔法になにか縁でもあったのか」


 自分の右斜め前に座る彼女へと話かける。


 ぷるんぷるんと揺れる双丘を、是非とも真正面から拝みたかったのが、妹とエルミアの絶妙なコンビネーションで、このような配置とされた。


「怒っていたわけではないのですが・・・笑わないで下さいましよ」


 両手を膝の上に乗せて座り、一糸乱れぬ姿からも高潔さを漂わせている。そんなエリザは頬を赤く染め、照れ笑いしながら話し始めた。


(わたくし)の好きな本の一つに英雄譚があるのですが、その英雄が災害級を爆発魔法などでなぎ倒していくものでしたの。それで、その英雄が本当に現れたのかと思い、つい興奮してしまいまして」


「分かる分かる。私も少女漫画の格好良いヒーローが目の前に現れたら興奮するかも。でも、にぃにが雄二くんみたいなヒーローっていうのは、ちょっと想像付かないかな」


 誰だ!雄二って!それって本当に少女漫画の人物なのか!?というか暗に、自分が格好良くないって言ってないか!?


 妹の兄に対する人物評価に疑念を抱いていると。


「にぃに、とはどういう事でしょう?マサトさんは、アンナ様の仮の弟君だったのではなかったのですか?」


 キョトンとした様子で、妹に疑問を投げ掛けるエリザ。


 その横に座るエルミアは、アチャーといった表情で額に手をやっている。


 ターシャさんは、持ち前の豪胆さもあり追求してこなかったけれど、やはり普通はそこに疑問を持つか。


 妹はその質問にあわあわとしていたが、ピコーンとなにやら思いついたようで手を叩いた。


「えっとね、弟の本当の名前は将登・ニィニ・如月っていってミドルネームがあるの。だからにぃにって呼んでるの」


「まぁ、そうだったのですね。東方にもそのような習慣があるとは初めて知りました。そちらの情勢は中々伝わってこないので勉強になりますわ」


 新たな知識を得られて、頷きながら満足気な表情をするエリザ。


 彼女の知る東方の風俗習慣が、更に歪められた瞬間である。


 この世界の東方の島国の皆さん、本当にすいません。


 ですが妹共々、これからも事あるごとに使わせてもらいます。

誤字・脱字等ありましたら報告をお願い致します。

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