表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/26

日常

 「チッ!角待ち芋って楽しいかよ」


 「いやいや、今の当たり判定おかしいだろ。俺が先に撃ったろ」


 PCのキーボードを叩きとマウスのクリックしながら途切れる事なく独り言を呟く。


 「キルレは・・・っと5超えはまだ難しいかぁ・・・」


 ディスプレイには戦闘結果であるリザルト画面が点滅している。


 不満気にしながらヘッドホンを机の横にあるワイヤーネットに吊るし、椅子にもたれかかる。


 机の上に置いてあるペットボトルを取り、そのまま飲もうとする。


 「そういやもう無かったか」


 空のペットボトルをゴミ箱へと投げ捨て、部屋に備え付けられている小型冷蔵庫を開ける。


 「あー、さっきので最後だったか」


 ため息を付きながらPCをシャットダウンし、自室を出て一階へ通じる階段を降りる。


 そのまま玄関へと向かおうとすると、リビングから明かりが漏れている事に気づく。


 どうやら同居人がまだ起きているようだ。


 リビングのドア口からひょいと首を出し声あげる。


亜奈(アンナ)ーちょっとコンビニで飲み物買ってくるわーお前何かいるか?」


「んー、じゃあコンソメのポテチお願い。無かったらふつーの塩味で」


 クーラーの効いたリビングでソファーに仰向けになり、マイクッションに頭を乗せ映画を見ている妹。


 当年14才バリバリのJCもとい女子中学生である。


 風呂上がりなのだろう黒髪のロングヘアーをタオルでターバンの様に纏め上げ、その下には形の整った眉とクリッとした人懐っこい瞳がある。


 ショートパンツ姿から日焼けした健康的な足が覗き、キャミソールからは歳に見合わない豊満な胸が――目に入りかけ慌てて時計へと目を向ける。


「お前もう9時だぞ油モノはやめとけよ、またダイエ「あーもううっさいバカ兄貴さっさといけ!」


「へいへーい」


 地雷を踏んだかと慌てて玄関へと駆け出す。


「――ほんっとデリカシー無いんだから・・・」



 コンビニからの帰り道、短い余生を謳歌している蝉のコーラスを背に夜道を歩く。


「亜奈のやつ、最近口も悪くなってきたな。黙ってれば美人なのにあんなので彼氏とか出来るのかね?」


 小学生の時は子犬系キャラで、家の内外構わずかまってかまってと愛らしく感じると共に、まだ見ぬ反抗期を恐れていたのだが――


 当の妹様はそんな兄の心配は他所に唯我独尊マイペース、未だ反抗期の気配すらない。


 中学に上がってからは外では甘えるのは鳴りを潜め、妹の成長を喜ぶ反面こうやって少しずつ妹との距離が離れるのだろうなと、一抹の寂しさを感じていたりもした。


 だが家中では未だ無防備な姿で鉢合わせする事も多く、これまた悩みの種の一つとなっていた。


 もうすぐは高校生なのだから女性らしい慎みの一つも覚えて欲しいものである。


「女の子って反抗期遅いのか?いやでも男より成熟が早いっていうし既に――」


 と突然豪々と風が強く吹き過ぎた。


 (・・・いて・・・ねがい・・・ないの)


 蝉の鳴き声の紛れて女性の声らしきものが聞こえたような気がした。


 足を止め思わず道路の前後を確認する。


「――空耳か?」


 ここ2,3ヶ月伸ばしっぱなしにしている前髪をかき上げ夜空を見上げる。


「ああ、今日は満月か」


 月は人の体調や精神と密接な繋がりがあるという。バイオタイド理論といったか。


 「満月に日は事件が多くなる」「女性のバイオリズムに強く影響を与えている」


 人間誰しも月の引力の影響を少なからず受けているという。今の空耳もその影響の範疇なのだろうと結論付ける。


 子供の頃と比べ一層見えづらくなった星空、それと引き換えに星を開拓消費し栄華を極める人類。


 文明の火により星が消えるにつれ星座の伝承などもこままでは失われていくのではないかとふと思う。


「逃避だな」


 微かに見える星々、瞬間を切り出せば止まって見えるが確かに動いているのだ。


 それに引き換え自分はどうだ。もう1年近くその場で足踏みしたままだ。


「そろそろ踏み出さないと」


 あれだけ後先考えずに走っていたはずなのに――今はたった一歩踏み出す事に恐怖を感ている。


 先の見えない未来への恐怖。また同じ事を繰り返さないかという恐怖。


 出口のないトンネルは無い。しかしいま乗っているレールはどこへと繋がっているというのか。


 「――とりあえず帰ろう」


 知らぬ間に随分と星を眺めていたらしく、コンビニの袋からペットボトルを手に取ると水滴が滴り落ちてきた。


 キャップを開けヒンヤリとした水で喉を潤しふぅとため息一つ、妹様がお冠でない事を祈り帰路を急ぐ。




 俺達兄妹が住んでる家は最近流行りのデザイナーズ住宅というやつだ。


 親父――如月(きさらぎ) (のぼる)――の友人が工務店で働いており、その伝手で良物件を譲ってもらったのだそうだ。


 新居を心待ちにしていた両親だったが、母――如月 菜々(きさらぎ なな)――が仕事で長期出張という名の海外赴任が決まったのが入居1ヶ月前。


 親父は「妻一人を海外に残し何が夫婦か!」と長年務めてきた会社をスッパリと辞め、母についていく事を決意。


 赴任前の一ヶ月は諸々の手続きを含めバタバタとしたものだった。


 中でも一番揉めたのは亜奈の進路だ。


 当初の予定では俺は新居で両親の帰国を待ち、亜奈は赴任地の日本人学校に編入する予定だったのが・・・。


 両親と妹の3日間に及ぶ激論の末、俺が保護者として監督するという条件付きで亜奈も日本に残る事が出来た。


 のほほんとしている母はともかく、あの時代錯誤の頑固親父をどう説得したのか今でも謎だ。


 そんなこんなで世間では珍しいであろう、兄妹の二人暮らしが始まったのが今から凡そ2年前。


 住めば都とはよく言ったもので、今では新居や地域にも愛着が湧き始めていた。


 家事分担で揉めたり下着の洗濯で一悶着もあったりはしたが新居での生活は概ね良好だった。


 ――少なくとも今までは。




 コンビニの袋がバサリと音を立てて落ちる。


 「一体、なんの冗談だ」


 家の門まわりがあったであろう場所の前にそのまま立ち尽くす。


 家らしきものはある、だが形状が全く異なる。


 慌てて周辺の住宅と道路標識を確認するがこの場所に我が家があったのは間違いない。


 「神殿か?」


 よくよく見てみると細部は異なるが高校の教科書に出てきたギリシア建築の神殿をそのまま一般住宅並にミニチュア化したようなものがそこに鎮座していた。


 あまりにも厳粛な雰囲気を発する神殿モドキ、それに飲み込まれそうになったところでハっと気づく。


 「亜奈!!」


 神殿モドキの柱に触れそのまま中に入ろうとした瞬間――


 眼の裏でバチッとした稲妻が走ったと同時に、ノイズ混じりの複数の声が聞こえた。


 「日本語ではない」それはハッキリと分かるが何故か声の内容は汲み取れた。


 それは神に願う祈祷、あるいは誰かに対する呪詛の言霊、はたまた世界を称える詩のようであった。


 その中で世界の素晴らしさを一心に称える音色に耳を傾けると、唐突に他の声は消え失せノイズ混じりの映像が脳裏に浮かぶ。


 色とりどりの草花が咲き誇る草原を背に、銀髪の女性が胸に手を組み歌っている。


 地面に円弧を描く程長い銀髪とそれを引き立てる純白のローブ、そしてなにより彼女の人間離れした美しさに唖然とした。


 と突然歌が止み静寂が訪れる。気づくと女性は驚いたように目を見広げこちらを見つめていた。


 お互い視線が交差し永遠にも刹那にも感じられた瞬間、彼女が弾けるようにこちらに走りはじめた。


 髪を振り回しながら駆け、こちらへ手を伸ばす彼女。


 だが一向に距離は縮まらず、逆に離れていくようであった。


 それでも彼女は諦めず、必死に届け届けと手を伸ばす。


 そして遂には自分の胸に飛び込み、縋り付きながらこちらを見上げ叫んだ。


 (――気づいて!――お願い!――もう時間がないの!)




 「兄貴遅い!」


 唐突にノイズが消え亜奈の声がはっきりと脳裏に響いた。


 亜奈はターバン巻きしているタオルを片手でおもむろに取り払うと、そのまま両手を腰に手を当て一気にまくし立てた。


 「ねぇ聞いてる?徒歩5分のコンビニに何分かけてるの?もう11時だよ?私明日朝練あるんだけど?

これからポテチ食べろっていうの?寝不足はお肌の大敵で――って大丈夫、にぃに?」


 今度は一転、心配そうな顔で下からこちらの顔を覗きこんでくる。


 亜奈の無事と小学生の時の口調戻ってる姿に目元が思わず緩むと、ここはどこなのかと周りを見渡す。


 どうやら玄関からリビングに通じる廊下のようである。我が家が消失し根無し草となる心配もないようだ。


 現状確認が終わり安堵するとヒンヤリとした感触が額を覆った。


 「ねぇ、にぃにさっきから様子がおかしいけど何かあったの?」


 額を覆う亜奈の手に己の手を重ねて優しく握る。


 心配させないように――これ以上迷惑は掛けられない――そのままゆっくりと手を下ろす。


 「ああ、いやコンビニ帰りに星を眺めててな。その余韻がまだ抜けないようだ。亜奈の方こそ何か問題なかったか?」


 と努めて冷静にそして優しく答える。


 「ううん。別に何も無かったよ。というかウトウトしてて少し寝ちゃってた。あははっ」


 軽く頬掻きながら笑う亜奈であったが、その笑顔はどことなくぎこちなく感じる。


 先ほどのみた神殿モドキや女性な声は、白昼夢にしてはやけにリアルな感触や音であった。


 だが考察はひとまず後回しにし、亜奈を安心させる事を優先する。


 手を繋いだままリビングまで歩き二人でソファに座る。


 ふと居間に置いてある――妹が買ってきた謎の独創的な動物を模した――デジタル時計をみると丁度23時を回ったところだった。


 2時間も待たせたらそりゃ怒るか、とコンビニ袋から素早く献上品を片手で取り出す。


 「すまん遅くなった。お詫びにホイ、おまえが毎月買ってるファッション雑誌買ってきたぞ」


 水滴だらけペットボトルをみて、雑誌だけ別の袋に入れてくれたコンビニ店員さんの思いやりに感謝しつつ亜奈に手渡す。


 「えっウソ!あー今日発売日だっけ?えっとありがと兄貴」


 先ほどのぎこちない笑顔とは違い、はにかみながらも喜びを顔に広げる亜奈。


 相変わらずちょろい!そこがまだまだ子供らしく可愛いなと思う。


 そしてそんな考えを見透かしたように一瞬の隙をつき、自分に抱きつこうとしてくる亜奈に気づく。


 慌てて繋いでいた手を強制パージすると同時に立ち上がる。


 亜奈は重力に引かれ――そのままソファにバフッとダイブした。


 「なんで避けるの」


 ムスッとした顔で抗議してくる妹。


 「嬉しいのは分かるがスキンシップが過剰だ。少しは自重しろ」


 「このくらいいいじゃん。美少女が胸に飛び込んでくるんだよ?兄貴のこれからの人生、こんなシチュそうそう無いと思うよ」


 妹の余りの反応と物言いに思わずガックリと肩を落としてしまう。


 「確かにそんなシチュエーションは稀かもしれんが、わざわざ兄妹でやることでもないだろ」


 「さっきは自分から手を繋いできた癖にズルくない?」


 アレ?っ俺が悪いのか?




 ごめんごめんと片手で謝りながら自室へと素早く撤退する。


 ペットボトルをベッドの脇にあるホルダーの中に入れ、手を頭の後ろに回しゴロンとベッドに仰向けになる。


 ――はて?先ほどのリアルな白昼夢も気になるが、多少考えこんでいたとはいえ近所のコンビニの往復に2時間も掛かるものだろうか?


 ベッド脇のホルダーからペットボトルを手にとると、手のひらからは確かな冷たさが感じられた。

誤字・脱字等ありましたら報告をお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ