力とその代償
自分の格好もボロボロだったなと思い、浴室乾燥機から換えの服を取り出し、素早く着替えリビングへと戻る。
そこには、身体に服を押し当てられ、未だ妹の着せ替え人形になっているエルミアの姿があった。
それを横目に、自分はキッチンで夕食で使う食材を吟味していた。
自分達の護衛として付いてきてくれる事になったエルミアへの、小さな祝いの席を設けようと思ったのだ。
何か好きなものは無いかと聞いたが、「なんでもいいわ。あなた達の作るものってすごく美味しいし」と笑顔で答えられた。
こちらの世界の食材なんて知らないから、具体的に言われても困るのだが、なんでもいいとなると献立を考える上で非常に困る。
そうして冷蔵庫の前でウンウンと唸っていると、妹が困り顔でパタパタと駆け寄ってきた。両手に一匹のモグラを乗せて。
「にぃに、モグラさんがスマホはまだか?って、剣だけじゃ足りないなら他にも作ってくれるって」
完全に忘れていた。そうだこの厄介なモグラ達がいたのだった。
妹の手のひらから、ぴょんと飛び降りたモグラは、自分のズボンをグイグイと引っ張る。その小さな体躯からは信じられない力に足を滑らせそうになる。
「わかった!わかったから手を離せって!」
そういうとモグラは手を離し、両手を差し出してきた。
「あー悪い。今は持ってないから、とりあえず自分に付いてきてくれ」
そう言い二階の自分の部屋へと足を向ける。
「あれー?どこいくのー?」
リビングから出ようとすると、ポニーテールからストレートロングへと髪型を変えた、エルミアから声を掛けられた。
「この、モグ、ノームにねだられたものがあっただろ。それを取りに俺の部屋へと行こうと思って」
「あーそういえばノーム様への貢物があったっけ。ねぇ、私も行っていい?」
「いやそれは別に構わないけど・・・」
妹へと目をやると、ソファーで昨晩買ってきたファッション雑誌を真剣な眼差しで読んでいる。
きっと頭の中では、エルミアのファッションショーが開催されているのだろう。
モグラはぴょんぴょんと器用に飛び跳ねながら階段を登っていく。そんな様子を畏敬の念がこもった瞳で見つめながら、後を付いてくるエルミア。
自分の部屋のドアノブに手を掛け、ふと思う。この家に引っ越してから、女の子を部屋に上げるのは初めてではなかったかと。もちろん妹は除いて。
瞬時に記憶から室内の配置図を引き出す。大丈夫だ、お宝は全てPCのハードディスクの中だ。特に問題になるような物はない。
部屋に入り、ベッドの上にあるネット専用機に成り下がっていたスマホを手に取る。バッテリーを確認するとまだ90%以上はあった。
続けて入ってきた一人と一匹は、PCや小型冷蔵庫といった電化製品に好奇の眼差しを向けている。
これ以上、モグラに興味を持たれる前にさっさと渡した方がいいだろう。
「少し古いが機能的には妹のとほとんど変わらないはずだ。ちゃんと返してくれよ」
モグラへと手渡すと興味津々といった様子で、色々な角度から眺めている。するとこちらに丁寧にお辞儀をしながら、スマホと共に雲散霧消していった。
三振の剣と剣帯を残して。
「これ、どうすりゃいいんだ」
「恐れ多くもノーム様の御業で作られたものよ。本来なら祭壇に捧げるのが筋なのだけど・・・こんな状況だし、有り難く使わせてもらいましょう」
そう言うやいなや青い鞘の剣を手に取り、うっとりとした様子でその刀身を眺めている。
自分も赤い鞘の剣を取ってみるが、やはり見た目に反して軽い。
カチャと音をさせ鞘から剣を引き抜くと、刀身はまるで鏡の様に反射している。
それはゲームでよくある、真っ直ぐとした諸刃の西洋剣そのものであった。
三つ目のオーガの時は我武者羅だったので気付かなかったが、簡単に人の命を奪えるその姿に思わず躊躇してしまう。
いや既に命一つをこの手で屠っていたのだ。それが己の生存をかけた闘争の果てにあったものだとしても。
覚悟が足りていなかったのか。
妹を守ると思いながらも、ノームの剣を遠ざけようとしたのは、平和な日本の気分がまだ心のどこかにあったからだろう。
ここは魔物達が跋扈する異世界だ。そして自分にはもう知識神の加護はない。またあのような化物が現れたら、今の自分では為す術もなく殺されてしまう。
刀身に映り込んだ自分の瞳を見つめる。
一つでも手札を増やしたい。だが、剣術すら知らない自分が、こんな剣を持っていても宝の持ち腐れだ。
エルミアは守ってくれると言ってくれたが、彼女だって万能ではないはず。不測の事態はいつだって起こりえる。
自分だって男だ。守られてばかりじゃいられない。それなりに意地だってある。
ならばやる事は決まっている。
「なぁエルミア、俺に――」
彼女に話しかけようと顔を上げるがその姿が見当たらない。
リビングに戻ったのかと思ったら、小型冷蔵庫の横にしゃがみ込み俯いていた。
髪を下ろしたせいか、その長い金髪は肩口から流れ、その表情を伺い知る事は出来ない。
「なぁ、エルミア。体調でも悪いのか?」
肩に手を置きおくと、エルミアはバッとこちらを振り向いた。
その顔はゆでダコの様に真っ赤になっており、目には涙を浮かべている。
「おい、どうし・・・た」
そうして気づいてしまった。エルミアの足元には男女の夜の営みが写っている――通称エロ本がある事に。
なぜこの部屋にある!?そもそもエロ本なんて持ってなかったはずだ。
・・・いや待てよ、大学の友人の一人がその手の紙媒体にご執心だった気がする。
それで半ば無理矢理持たされて、部屋の置き場に困って・・・妹に見つからないよう冷蔵庫の下に――
「エルミアこれは違うんだ!」
「な、なにが違うのよ!このケダモノ!こ、こんな物見てるなんて何考えてるの!?ハッ!この部屋に連れ込んだのって、まさか私に乱暴する気だったのね?その卑猥な本みたいに!その卑猥な本みたいに!」
「いや、勝手に付いてきただろ」
やおら立ち上がり、剣を片手に自分から徐々に距離を取っていくエルミア。
「そ、それ以上近づかなくなるで!変な事しようするなら少し痛い目にあってもらうわよ、ってきゃっ」
ベッド淵に足を引っ掛け仰向けに倒れこんでしまった。その隙にエロ本をベッドの下へと蹴りこむ。
「大丈夫か?怪我してないか?」
ベッドへと近づき手を差し出すが、彼女はプイッと顔を横に向けこちらの手を取ろうとしない。
仕方なく彼女の腕を掴み、そのまま引き起こそうとするが、とたんに暴れだす。
「ちょ、おまえ暴れるなって、剣があるから危ない、危ないって!」
そのまま両腕を力ずくで抑え付ける。自分の真下には顔を紅潮させたまま息を荒げているエルミア。
「あのさ、エルミアにお願いがあるんだけど」
「な、なな、何よ」
心なしか顔が更に赤くなった気がする。
「あとで俺に剣の稽古をつけてくれないか?付け焼き刃かもしれないけど、自分だけ何も出来ないなんて嫌なんだ」
顔を一気に冷めた表情にし、次には何やら怒りながら手を跳ね除け起き上がる。
「そう。ならあとでと言わずに、今から稽古してあげる。さっさと外にいくわよ!」
「なぁ、いくらなんでもこれは危険じゃないか?」
我が家の前にある庭園の開けた場所で、エルミアと向かい合う。
何事かと妹も付いてきて、その様子を心配そうに見つめている。
エルミアの手の中には青い鞘の剣ではなく長めの小枝が握られ、対するこちらは抜剣した状態だ。
「舐めないで欲しいわね。素人相手なら目を瞑ってでも問題ないわ。その煩悩に塗れた頭ごと叩き斬ってあげる!」
いや頭を叩き斬るのは勘弁して欲しい。
「それじゃあ始めるわよ。この石が地面に落ちた時から開始よ。あんな本を持っていた事を後悔するといいわ!」
エルミアの言葉に妹が「あんな本?」と反応している。
あかん。ここ最近、兄の威厳がストップ安なのに、バレたら上場廃止にもなりかえん。
見よう見真似で正眼に構え、意識を正面のエルミアへと集中する。
――「ふむ、それは所謂「未来視」と呼ばれるものだね。君は無意識に上位次元にアクセスし、収束し得る「未来の可能性」の一つを垣間見ていたわけだ」
知識神の言葉通りならば自分の切り札は「未来視」だけ。しかし先の先を取れたところで、自分には逃げまわる事しかできない。どうする・・・
石が空へと放り投げられる。緩やかな曲線を描きながら、その石はそのまま地面に吸い付けられるように――
エルミアの身体がブレ、目の前には半透明の姿の彼女が、小枝で上から斬りつけようとする光景が視えた。
石が落ちたその瞬間、弾けるように横っ飛びする。
真横にはエルミアが右手を振り上げた状態で、目を見開いていた。
「驚いた。まさか初撃に反応されるなんて。そういえば、三つ目のオーガの時も全て避けきっていたわね。目がいいのかしら。だったら――これならどうかしら」
またもエルミアの姿がブレる、しかし今度は半透明の姿が視えない。
「はい、これであなたは一回死んだわ」
気づくと首筋に小枝があり、エルミアは自分の後ろに立っていた。
駄目だ!いくら先の未来が視えたとしても、自身の反射神経以上の速度で動かれたら対応出来ない。
更に知覚範囲外だとこの力は無意味だ。どうする。どうする。どうする!
――「ただし、上位次元にアクセスにする事は脳に少なからず負荷がかかるはずだ。引き際を間違えないようにする事だ」
知識神の言葉が脳裏によぎる。身体には異常はみられない。ならば、まだこの先があるはずだ。
「もう一回頼むよ、エルミア」
「別にいいけど・・・また同じ事になるわよ」
そう言ってエルミアは元の場所へと戻り、再び石を放り投げた。
目を瞑る。どうせ動きを捉えられないのだ。その先を視るため、意識を深く深く潜らせる。
その刹那、瞼の裏に小さな光が見えた。
暗闇の中、その光を追いかけ両手に光を収める。手の中を見るとそこには青い星が瞬いていた。
意識を絞り込む。あっという間に青い星は遠ざかり、それは一つの恒星系になった。
そして恒星系がまとまり銀河となり、更にそれは超銀河となる。
最終的にその光は一つの宇宙となった。
光の中には無数の銀河が、まるで星々のように輝いている――ああ、なんて美しいんだ。
ゆっくりと瞼を開く。目の前には色とりどりの粒子が飛び交っていた。
投げられた石が、黒い粒子に導かれるように地面へと接触する。
「connect」
知らずに言葉を発していた。
瞬間、意識が拡張されていくのを感じた。
一部の粒子達から視覚野に膨大な情報が叩き付けられる。
エルミアの姿が二重に視え、その透明な姿はゆっくりと粒子をかき分けている。
そうして、金色の軌跡を描きながら自分の後ろに周りこみ、小枝を自分の首筋に突きつけようとしているのが視えた。
剣から手を離し、振り向きながら透明な姿のエルミアの首筋に手刀を添える。
「disconnect」
周囲に飛び交っていた粒子は消え去り、代わりにエルミアが姿を現す。
「はい、これで――っ!!」
ニヤリとエルミアへと笑いかける。
「一回死んだな」
「なんでよーなんでよーなんで勝てないのよー」
エルミアは卵のフリカケをかけたご飯を、スプーンでよそい口へと運ぶ。
フリカケをかけているのは、白米だけだとネチャネチャと味気なくて、物足りないのだそうだ。生まれながらの日本人としては、非常に分かりづらい感覚である。
だが、白米自体は旅の途中で食べた事があるらしい。ジャポニカ米かインディカ米が、この世界にもあるというのは大きな収穫だった。
あの後、日が暮れるまで模擬戦をしたのだが、全て自分の勝利に終わった。
ただし、エルミアから攻撃をされた時のカウンターに限った話なのだが。
待ちに転じられると、にらめっこになってしまうのだ。模擬戦とはいえ、流石に抜剣した剣で斬りかかるという事は憚られた。ましてや相手は見知った少女なのだ。
エルミアには、それがこちらの余裕に写ったようで、せっかく用意した小さな祝いの席でも未だゴネていた。
「エルミアは本気じゃなかっただろ。精霊魔法だって使ってなかったし。全力で来られたら間違いなく俺が負けてたよ」
「全力なんて出せるわけないじゃない、バカ」
「なんか言ったか?」
「べっつにー。あっこのお肉もう焼けてるよね。もーらい」
結局、夕食の献立は焼き肉にした。こちらの世界でも肉の調達は可能らしいので、ある程度放出し、残りは冷凍庫へと保管した。
「肉もいいけど、野菜も食べろよ。というかエルフって菜食主義じゃなかったのか?」
「それ一体いつの話よ。確かにご先祖様は森の恵だけで生活してたらしいわ。でもナーナリアも随分前に貿易し始めて、他国の文化も入ってくるようになったの」
エルフの中にも坂本龍馬みたいな人がいて、商社を興し、エルフの文明開化の礎となったのだろうか。
「そもそも、エルミアさんなんで怒ってたの?本がどうとか言ってたけど」
妹のその言葉にリビングの空気が凍りついた。エルミアの方を見ると、思い出したのか顔を真っ赤にして固まっている。
「あーいや、別にたいした――」
「聞いてよアンナちゃん!少年ったら卑猥な色付きの本持ってたのよ!こんな人畜無害そうな顔して、中身はケダモノだったのよ!」
「卑猥な色付きの本?にぃにが持ってたの?」
オワッタ。年金砲なんて便利なものはない。このまま兄の株は暴落し続け、万年激安株となるのだ。
「それって冷蔵庫の下にあったやつ?」
身体から汗が一気に噴出する。
「亜奈さん・・・なんでそれを知ってるんですかね?」
「だってにぃにが大学行ってる間に、部屋を掃除してたの私だよ。すぐ気づいたよ。英里ちゃんに相談したら、にぃにぐらいの歳の人が、そういう雑誌みるのは普通って言ってたから気にしてないよ」
見ず知らずの中学生にまで知れ渡っていた事実に、兄は卒倒しそうです。
というか英里ちゃんって、前に家に遊びに来てた子だよな。あの時の笑顔の裏を考えるのが恐ろしい。
「まぁ内容はちょっと過激だったけど、あのくらい普通じゃないかな?友達とかもっと凄いの持ってるし」
最近の中学生って進んでるなぁ・・・
「えっとアンナちゃん?ああいうの知ってるの?それにもっと凄いのって・・・」
「私達の世界じゃ普通だよ。にぃにぐらいの歳で一つも持ってなかったら、逆に不安になるよ」
理解ある妹を持って、自分はなんて幸せな兄なのだろうか。
「でも妹モノだったら縁切ってたけど」
すぐさま自分の部屋へ行き、机の鍵を開けDVDを取り出し、窓を開けて外にぶん投げた。
そして暗闇の中へと沈むDVDを見据えながら片手を構える。
「connect!!」
そう叫ぶと様々な粒子が、視界一面に次々とその姿を現す。
その中の赤い粒子達が、掲げている手の先へと寄ってくる。
俺たちの力が必要なんだろ。お前の行く手を阻むもの全てを灰にしてやる。そんな声が聞こえた気がする。
赤い粒子は手の先で激しく振動し始め、もう限界だという風に点滅し始める。そして――
「灰になりさらせやーーーーーー!!!!」
手の先から赤い光芒がDVD目掛けて疾走する。
巨大な炎の塊が生まれ闇夜を照らし、その業火に抵抗する事すら許されず、DVDは瞬時に灰へと姿を変えた。
奇しくもそれは、初めて粒子制御を覚えた瞬間でもあった。
「それじゃあ、もう遅いし寝ようか」
ソファーで仲良くファッション雑誌を読みふけっている二人に言う。
「えーもう?まだ9時前だよ」
「明日はターシャさんに色々教えて貰うつもりだから早く寝よう。あと、気づいてないだけで、疲労は溜まってるはずだ」
「・・・分かった」
妹は不承不承といった様子で頷く。
「エルミア。結界の方は大丈夫なんだよな」
「ええ。災害級が出た後なら、しばらく魔物は出ないはずだけど。念のため張っておいたから」
「ありがとう。それじゃあ部屋割りだけど、亜奈は自室。エルミアは俺の部屋。俺はここのソファーで寝る」
「えっ私はここのソファーでいいよー。十分柔らかいしー。屋根があるだけでも贅沢なんだから」
ソファーに顔を押し付けながらそんな事曰う。
「馬鹿言うなよ。女の子をソファーで寝させられないって。気にせず俺の部屋のベッド使ってくれ。さっき掃除もしたから」
もちろんエロ本も処分した。PCは電気がきてないので今度こそ問題ない。
「そ、そう?それじゃあ、お言葉に甘えて・・・ありがとね」
頬を染めながらお礼を言うエルミアの姿に、少しドキリとした。
「あー、じゃあこれ懐中電灯な。二階は電気がないから足元には注意してくれ。あと使わない時は、絶対電気は切る事」
懐中電灯を二人にそれぞれ渡す。エルミアは不思議そうに手にとり眺めている。
「アンナちゃん、これ使い方教えてくれる?」
「うん。部屋に行きながら説明するよ」
「それじゃあ、おやすみ」
「「おやすみー」」
二人がリビングから出ていき、二階へと上がりきった事を確認する。
そうして、ソファーに座り込み、さっきから止まない頭痛に顔を歪める。
――「ただし、上位次元にアクセスにする事は脳に少なからず負荷がかかるはずだ。引き際を間違えないようにする事だ」
知識神の言葉が再び脳裏に響く。そう、脳への負荷。
あの粒子の世界は確実に脳への負担となり、この頭痛となって表れている。
特にあの赤い粒子を操作してから、痛みが顕著になってきた。
自分でも馬鹿な事をしたと思うが、手札が一枚増えたので、不幸中の幸いとしておこう。
身体にタオルケットをかけ、リモコンでリビングの照明を落とす。
瞼を閉じると心臓の鼓動と共に、ズキンズキンと頭痛がするのがハッキリと分かる。
この頭痛で眠れるか分からないが、せめて肉体だけでも休めておくに越したことはない。
そう自分に言い聞かせ、タオルケットを頭から被った。
どのくらい経っただろう。10分か1時間か、それともそれ以上か、一向に頭痛は止む気配がない。
思わず舌打ちをしてしまう。
顔からタオルケットを取ると、目の前に人影のようなものがこちらを覗き込んでいた。
「ひぃぃぃぃい!」
「キャァァァァ!」
テーブルに手を伸ばし、リモコンを操作し照明を付ける。そこには――
「なにやってんの?おまえ?」
ピンクの毛布を頭から被った銀髪のエルフ――妹がいた。
「なにやってんの?じゃないよ!心配で様子を見にきたら、急に叫ばれてビックリしたんだから!」
「一人で寝れるから心配しなくてもいいぞ。身体は中学生ぐらいかもしれんが、中身はいい大人だからな」
「そんな事言ってるんじゃないの!・・・体調、悪いんでしょ?」
その言葉にドクンと、心臓が鳴った。
「な、何言ってんだ。身体はウィンディーネに治してもらったから、もう平気だぞ」
妹はソファーに腰掛けると、自分の身体を引き寄せた。
「うわっぶっ、いきなり何するんだよ」
顔を上げ妹を見ると、どこか悲しげな表情をしていた。
「ねぇ、にぃに。頑張りすぎだよ。この世界にきて、まだ一日だよ。なにをそんなに急いでるの?」
「それは・・・」
「今日は色々な事があったよね、始めはターシャさん。次にエルミアさん。魔物達。精霊さん達。エルミアさんとも戦ってたよね。あと夜の爆発もにぃにでしょ」
妹の目頭から涙が一筋流れ、自分の顔に滴り落ちてきた。
「一度死にかけて、それでも休みも無しに頑張るだなんて・・・このままじゃきっと、にぃにの心が壊れちゃう。そんなの私、嫌だよ。だから偶には私に甘えて?お願いだから」
再び顔が、妹の柔らかな胸に押し付けられる。
「ウィンディーネさん、お願い」
すると頭にプルプルとした冷たい感触がした。
ゆっくりと頭痛が引いていき、その冷たい感触がなくなると同時に、急激に睡魔が襲ってきた。
「――そうだったんだ。ありがとう、ウィンディーネさん」
身体に腕が回され、頭に手が乗せられた感触がする。
「いいよ。このまま眠って。私がずっと側にいるから」
ああ――異世界に来ても自分は妹に助けられてばかりだ。
髪をゆっくりと撫でられる感触に安心し、意識を手放した。
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