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ハイ・エルフ

「あ・・亜奈・・・」


 辛うじてその一言だけ口にできた。たったそれだけの事で、再び意識が遠のきそうになる。


「えっ?にぃに気づいた!?無茶しないって約束したじゃない!なんで・・・なんでこんな事になってるの!?」


 妹が顔をぐしゃぐしゃにし涙を流しながら、こちらを覗き込んできた。


 視線を下にやると左腕は歪に折れ曲がり骨が皮膚を突き抜け、右腕に至っては肩まで炭化している。


 肺に空気を取り込もうとすると、鉄の様な臭いがし、喉から血が湧き上がってきた。


「ガハッゴホッゴホッ」


「アンナちゃん、首を横にしてあげて、そのままだと血で窒息しちゃう」


 青く輝く両手をこちらに掲げているエルミアが、冷静に指示を出すがその言葉には焦りの色が伺える。


 妹は震える両手で自分の頭を上げながら首を横にしてくれた。口の端から血がこぼれ落ち、そのまま大地に染みをつくる。


「くっ!出血の箇所が多すぎる!私の精霊魔法じゃ再生が追いつかない!このままじゃ・・・」


 その言葉に漠然と自身の死を意識する。瞼が重くなる、既に自身が呼吸しているのかすら分からない。


 だが、このまま瞼を閉じると次は決して開く事はないだろうという事だけは分かった。


 死にたくない。死ねない。異世界に妹を一人残しては逝けない。


 だが、生きるために必要な何かがゴッソリと抜け落ちていき、首筋に鎌が突きつけられている、そんな錯覚に陥る。


「いけな・・呼吸が・・とま・・・」


 誰かの声が遠くに聞こえる。瞼を閉じる力すらもうない。視界がぼんやりと霞んでいく。


 視界の端に金色の光が見えた。と同時に口から空気が注ぎ込まれ、肺はその機能を思い出しかのように酸素を取り入れようと再び動き出す。


「ガハッ」


 視界が開かれると、目の前にエルミアの姿がみえた。口の端から血が滴れ落ち、悔しさに顔を歪ませながらこちらを見つめていた。


「アンナちゃん、ごめんなさい。私にはこれ以上・・・」


「う、嘘だよね?エルミアさん・・・その魔法で助けられるんだよね?」


「・・・」


 エルミアは青く輝く両手を掲げながら頭を振る。


 頭がゆっくりと持ち上げられ、髪を撫でられる感触がする。


「ねぇにぃに、大丈夫だよね。私達の家に早く帰ろう。そしてまた一緒にご飯食べよう。今度は私が作るから、にぃにの・・・大好物ばかり作るから」


 その目からは次々と大粒の涙が溢れだす。その涙がポタリポタリと顔に落ちてくる。


「お願い!誰でもいいからにぃにを助けて!!」


 瞬間、その叫びに呼応するかのように周囲に強い風が吹き乱れた。


「そんな!?精霊様の力がこんなに・・・いえこれは・・・まさか!!」


 エルミアがその光景に驚きを口にしながら、風の中心へと目を見開く。


「あなたが治してくれるの?お願い、にぃにを助けて!」


 視線の先の虚空に、まるで誰かがいるのかのように妹は懇願する。


 すると、吹き乱れる風の中心から、全身がまるで液体で出来ている水色の女性が浮き出てきた。


 そして自分に近寄り胸の上に腕を掲げる。次の瞬間、その手が蒼く光り煌き、周囲一帯を蒼に染め上げた。




 温かい。


 まるで母なる海に抱かれているかのようなその感覚に、そのままその身を委ねる。


 生きるために足りなかったものが、自分に注がれていくのを感じる。


 歪に折れ曲がった左腕が、炭化した右腕が、折れた肋骨が、破れた肺が、破裂した臓物が、次々と再生しその機能を回復していく。


 そして死にかけた精神に活力が戻る。


 目を開くと自分は水の中いるようだった。だが不思議と苦しくはなく、むしろ心地よい。


 眼下には妹が地面に膝を付けながら、何かに必死に祈るかのように目を瞑り胸の上に手を組んでいた。


 エルミアはそんな自分達の様子を膝立ちで、呆然とした表情で見つめてた。


 ゆっくりと身体が落ちていき足が地面へと接触した。


 それを待っていたかのように、周囲の水が弾けあっという間に霧散した。


 目の前には必死に祈っている妹の姿がある。


「亜奈?」


 そう呼びかけると、妹はハッとした様子で頭を上げた。


「にぃに?」


 立ち上がり、転けそうになりながらもゆっくりと近づいてくる。


 両手を伸ばし目の前の存在を確認しようと、こちらの頬を撫でてくる。そして柔らかい膨らみに顔が押し当てられた。


「にぃににぃににぃに!良かった!本当に良かったよー!うわーん!」


 堰を切ったようにかのように泣き叫ぶ妹。その背中をトントンとあやすように右手で叩く。


 さっぱり分からないが、どうやら自分は助かったようだ。心なしか身体が非常に軽い。


 妹の腕に更に力が入り、その膨らみに更に押し付けられる。心なしか息がし辛くなった気がする。


 更に力が加わり息が出来なくなった。妹の背中をドンドンと叩くが一向に緩む気配がない。


「ア、アンナちゃん?そろそろ抱きつくの止めないと・・・その、少年の顔色が」


 エルミアの声でようやく気づいたのか、その胸から開放され息を大きく吸う。


「にぃに大丈夫?まだ痛いところあった?」


「えっ?いや、大丈夫だ。亜奈こそ怪我はないか?どうしてここにきたんだ?」


「私はにぃにが出て行ったあと、外に大きな光の柱が立つのをみて、凄く嫌な予感がしたから走ってきたんだよ。そ、そしたら、にぃにが倒れてて・・・」


 その時の光景がフラッシュバックしたのだろう。目尻には涙が浮かび、片手を口に当てしゃがみ込む。


 そんな妹の姿に胸が苦しくなる。しゃがみこんだ妹の背中にゆっくりと手を回す。


 そうやって落ち着くまで、ずっとその背中を擦り続けた。




「じゃあ亜奈、家に戻ろうか」


「うん!戻ってご飯にしよう。泣いたらなんかお腹すいちゃった。えへへ」


 二人でそう笑いながら我が家へと足を向ける。


「いやーちょーっと待とうかお二人さん。この御方どうするつもりよ」


 二人して振り向くとエルミアの隣に、オロオロと困った様子の水色の女性がいた。



「「どちら様?」」



 その言葉に、水色の女性は膝から崩れ落ち、エルミアは妹にすぐさま駆け寄り肩に手をおく。


「あーなーたーが呼び出したんでしょうが!」


 ガックンガックンと残像を残しながら頭を揺さぶられる妹。


「エルミア、一旦手を離しておちつ――」


「あなたは黙ってて!!」


「ひっ!」


 人を殺さんばかりの視線に当てられ、恐怖に思わず変な声が出た。


 今度はこちらへとズンズンと足を進め、睨むような目つきで見下ろしてきた。


 あかん。こっちに目標が切り替わった。


「そもそもあなたもオカシイのよ。災害級を一突きで焼き殺す炎って一体なんなの?私がようやく買ったミスリルソードごと燃やすし、一体何年掛かったと思ってるのよ。それに自分自身も燃やすなんて馬鹿じゃないの?しかも、雲突き破ったあのバカでかい光ってなんなのよ!?あとにぃにってなに?貴方達、建前でも仮の姉と弟って事だったでしょ!?それなのにアンナちゃんはにぃににぃにってずっと言ってるし。貴方がお兄さん?エルフでもないのに?もうわっけ分かんない!!」


 一気呵成に天に叫ぶエルミア。


 いつの間にか緊急避難していた妹が戻ってきた。その腕の中に、三振りの剣を抱えながら。


「はい、エルミアさんの分。にぃにが壊してごめんね。多分これと似たようなものだったと思うんだけど」


 受け取った剣を青い鞘から出し、その刀身をポカンとした表情で眺めるエルミア。


「あとこの赤いのはにぃにの分!はい!」


 思わず受け取ってしまった。エルミアが持っていた白銀の剣よりも少々重いが、振り回せない程ではないだろう。


「最後にこのピンクのが私の!」


 まるで勇者のように、ピンク色をした剣を空高く掲げるマイシスター。


 駄目だ、聞かずにはいられない。


「なぁ亜奈さんや、これどこから持ってきた?」


「今さっき作ってもらったの。1本でいいって言ったんだけど、1本も3本も変わらないから構わないって。その代わり私のスマホ調べたいから貸してくれって言われた。でもまだローン残ってるから、後でにぃにのスマホ貸してあげてね」


 いや自分もスマホのローンあと1年残ってるんだが。というか一緒に機種変しにいっただろう。


 そこへ現実に帰還したエルミアが妹に問いかけた。


「ね、ねぇアンナちゃん、この剣は誰に作ってもらったの?これミスリル以上のものに見えるんだけど」


「あっちにいるモグラさん達」


 その指先の方へと顔を向けると、眼鏡を掛けたモグラ達が手を振っていた。少なくとも100匹以上。


「返してきなさい」




 再び別世界へと旅だったエルミアが、現実に帰還するのに掛かった時間は凡そ10分だった。


 その間、妹は水色の女性とモグラ達となにやら話し込んでいた。


 お辞儀して丁寧にお礼いったり、何が好きなのか聞いたりと、その風景はまさしく日本の近所の井戸端会議のソレだった。


「ハッ!夢か!流石に精霊様がポンポンでてくるわけないよねー私も歳取ったかなーまだ成人の儀すらしてないはずなんだけどーアハハハー」


「エルミア。目の前の光景は、紛れも無い現実だ」


 そう言うとエルミアは両手で顔を隠しながら、イヤイヤと頭振った。


「うそよーハイ・エルフ様があんな天然だとは思いもしなかったのー私の神様像返してー」


 何故だろう、シンパシーを感じる。ふと、高笑いしながら小宇宙演算器(コスモプロセッサ)を操作する、某神が脳裏を過ぎった。


 頭を振る。しかし、ハイ・エルフだと?


「なぁエルミア。ハイ・エルフってなんだ?前に言ってた大降臨祭で行われたハイ・ドワーフの神降ろしと関係あるのか」


 その言葉にエルミアはジト目でこちらを見つめてきた。


「私達亞人種の宗教は主に亞神信仰なの。まぁ私は精霊信仰なんだけど。で、その亞神様っていうのがハイ・ドワーフ様やハイ・ピクシー様、ハイ・エルフ様だったりするの」


「前にも言ったけど前回の神降ろしの儀ではハイ・ドワーフ様が顕現されたらしいわ。なんでも1000年前には旅立たれたって話だけど。でも実際に儀式をするまでどんな神様がいらっしゃるか分からないの。文献上だとハイ・エルフ様も顕現された記録もあるわ」


「亜奈がハイ・エルフっていう根拠はなんだ?銀髪のエルフだからか?」


「銀髪は確かに珍しいけど、そんな理由で神様な訳ないよ。ほらあの方達」


「癒やしのウィンディーネ様に、錬金のノーム様。精霊様を使役されるのが、亞神様って言われているの」


 ――つまりそれは。


「あの力はまさしく精霊様が具現化した御姿よ。あなたを治した余波だけで私の傷まで治ってるし」


「そしてその御方を召喚し使役するアンナちゃんは、間違いなく今回の神降ろしの儀で顕現された亞神、ハイ・エルフ様よ」


 ――エルフ達亞人種が、妹をこの世界に召喚したという事か!




 ズボンがクイクイと引っ張られる。下をみると数匹の眼鏡を掛けたモグラ達がいた。


 彼らはおもむろに先ほどの三振の剣を取り出し自分の前に置くと、地面に長方形とその中の下部に丸を描き、両手を差し出した。


 ・・・この精霊様とやらは、そんなにスマホが気になるのか。

誤字・脱字等ありましたら報告をお願い致します。

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