疑念
「・・・管理世界?それじゃあ俺は貴方に召喚されたんですか?」
「いや違う。君自身の力で私の管理下にあるこの高位次元に来たんだ」
どういう事だ・・・そんな次元を隔てた転移どころか、超能力の一つも使えた試しがないぞ。
小学生の時分、月を破壊しようと空に向かって両手を構え、公園で一人練習していた風景が脳裏をよぎるが慌てて頭を振る。
「えーと、じゃあ。胸にあった転送陣が勝手に起動してこちらの世界に流れ着いたと」
「いいやそれも違う。今の君の身体にあの召喚陣はないからね。それに仮にも神が作った召喚陣だ、暴走だなんてあり得んよ」
「これに見覚えがあるだろう」
彼女は手のひらの上に、指揮棒を直立に浮かび上がらせる。
次の瞬間、先端から赤い炎が溢れだし指揮棒は瞬く間に淡い光へと姿と変えた。
それは巨人が光の粒子へと変わっていった光景と酷似していた。
「そうだ。君は私が以前見せたものを、転送先の世界で再現しようとした」
「でもそれって腕輪とは別の加護のせいだったんじゃ・・・」
「その通り、よく気づいたね。だがその加護を使うには一定の資格が必要でね。君はそれを見事クリアしたという訳だ」
突然、自分の周囲にクラッカーが出現しパンッパンッと音を鳴らしていく。
「おめでとう!君という存在は三次元という肉体の縛りから解き放たれ、その精神は次のステージに立った!」
「は?」
「君は「神」へと昇華したんだよ。その証拠に、以前の様な世界からの干渉を受けていないだろう」
そういえば前は世界の因果とやらのせいで、自分という存在自体を消されかけたのだったか。
手のひらをみるが、小さくなっていく様子はない。むしろ大きくなっている。自分の身体をぐるりと見ると元の二十歳の身体に戻っているようだ。
周囲を見渡すと例のフィールドもない。更には宇宙空間で凍死もせず、空気がない状態で会話をしている。
確か前の転送事故では、自分を世界の管理柱代行にする予定だったとか聞いたような気がする。
でも今度は自分が「神」になっただって!?
「ではこれから私の補佐として、他宇宙の管理をしてもらうために幾つか――」
「ちょ、ちょっと待って下さい!いきなり神なったとか言われても困ります!生きてるなら妹がいるあの世界に戻して下さい!」
知識神はピクリと眉を動かし不機嫌そうに口を開く。
「人の言葉を遮るのは関心しないな。しかし君はまだ直轄管理世界をもってないから、神の定規にも抵触しない・・・か。ではやってみたまえ、今の君なら造作もないはずだ」
その言葉に思わずポカンとする。宇宙間転送って確かややこしい手順を踏まないといけなかったのでは?
「まず手始めに、先ほどまでいた世界を思い浮かべてみるといいだろう。その後、妹君がどうしているのか意識を集中してごらん。だが決して転移しようとは思わないように」
その言葉に従い一旦目を瞑り、先ほどまで見ていた風景を思い出す。
すると意識が引き伸ばされ、瞼の裏には青く美しい星が輝いていた。
無意識に地球かと思ってしまったが、所々相違点が見受けられる。
じっくりと眺めてみたいが、今はこの星のどこかに妹を探すのが優先だと更に集中する。
視界が加速し星の表層を突き抜け、雲が大地が目前へと迫る。
すると眼下には銀髪の少女が嗚咽しながら、地面に横たわる少年に懸命に何か話しかけている様子が見えた。
その真正面の金髪の少女は、額を汗に青く光り輝く両手を少年に掲げている。
彼女達に挟まれ地面に横たわる少年を目を向けると、中学生ぐらいの姿をした自分が・・・思わず手を伸ば――
スパァン!と頭に衝撃が走る。目を見開くと目の前にはスリッパを片手に何やら怒っている知識神がいた。
「誰がいきなり直接降臨しろと言ったかね!君はその世界を崩壊させるつもりか!?」
「世界を崩壊?俺が?いやそんなつもりは・・・」
彼女はこちらに顔を近づけると、真剣な表情で語り始めた。
「高位次元の存在は須らく膨大なエネルギーを持っている。それは低位次元の宇宙一つでは到底足りないのだよ」
「宇宙の始まりとされるビッグバン以上の物質とエネルギーを凝縮させた姿が、我々神なのだ」
「そのような存在が低位次元に現れると、宇宙の終焉の一つであるビッグクランチすら発生させずに、宇宙そのものを破壊しかねない」
「つまり既存宇宙の中で、その宇宙総量よりも巨大なビッグバンが発生する可能性があるという事だ。これがどんなに危険な事か分かるかい?」
正直よく分からないが、その気迫に押されコクコクと頷いてしまう。
彼女は明らかにこちら疑っている目つきをしている。いや分からないものはしょうが無いじゃないか。
すると彼女の左手の手のひらに、白い四角い平面が浮かびあがる。
「これが、君の好きな二次元世界だと思うといい」
な ぜ し っ て い る 。
神の前ではプライベードすらないのか。個人情報保護法はどこにいった。
「そしてこれが、君が少し意識し始めた金髪で胸の大きな少女が住む三次元世界だ」
右手の手のひらに、黒い立方体を浮かび上がらせる。
その言葉に思わず黒板を引っ掻くように虚空に手をバタつかせる。殺せ、もういっそ殺してくれ。
「二次元世界の住人は、三次元を理解できない。こういう風にね」
そう言うと、左手の平面に右手の立方体を斜めから押しつけていく。
接触面が灰色になり、彼女が右手で立方体を上下に動かすと、灰色の形が大きくなったり小さくなったりする。
「我々から見ると、これは「大きさが変化する平面」のようにみえるが、二次元世界の住人から見ると、「長さが変化する一本の線」であるとしか認識されない。まぁこれが我々が普段行う降臨だね」
「次に君が行おうとしていた直接降臨だが・・・縦と横二つの軸しかない二次元に、奥行きという軸を無理矢理入れ込もうとしたんだ。こんな風に」
平面が立方体からギュッと押さえつけられる。すると、一面灰色になった平面は、複雑な形をしながらバラバラに砕け散った。
「まぁ簡単に解説するとこんなところだ。理解できたかね」
「ええ、はい。大変為になりました。ご教授ありがとうございました」
知識を得る代わりに大切なものを失った気がする。人類も文明を得るために、その過程で色々なものを失ってきた。必要な事だったんだろう。・・・多分。
「それじゃあ、神様達が行う普通の降臨っていうのを教えて貰えますか?」
彼女は突如虚空を見上げ、一瞬睨むような目した。
「当初はその予定だったのだが、諸事情でそれは出来なくなった」
「ちょっ!それじゃあ、俺は妹のいる世界に戻れないじゃないですか!」
「少しは落ち着き給え。戻れないとは言ってないじゃないか」
つまり戻れるという事かと、思わず胸をなでおろす。
「今回の昇華の件についてなのだがね・・・」
なにやら気まずそうな顔をしている。
「此度の君の「神」への昇華は、見送る事となった」
顔を凛々しくしながらそう言う彼女。だがその瞳は誠に遺憾であると訴えている。
その姿は昇進の取り消しを部下へと通達する、中間管理職の上司の姿のようだった。いや社会に出たことないからしらんけど。
彼女のそんな姿に思わず唖然とする。――神様も上と下の板挟みになったりするのだろうか。
「やはりショックだったか。せっかく肉体というくびきから解き放たれたというのに――」
「いやいやいや、神様になりたいだなんて思った事ないので安心してください」
「そうかい・・・いやそうだった。元より君は野心の無い小市民的な青年だったね」
さっきからこの神様は自分に喧嘩を売ってるんだろうか?
「その理由なんだがね、私の与えた加護が関係するんだよ」
「というと、巨人を倒したあの炎の事ですか?」
「その通りだ。本来ならば君はまだ、その精神を高位次元に至らせる事はなかったはずだ。だが私がその足掛かりを与えてしまった」
「以前にも説明したがね、神の定規では本人の自力、他者の協力、若しくは存在密度をブーストして高位次元に達しなければならない」
「その中には神様による後押しは含まれてはいないという事ですね」
「ご明察だね。今回の場合は、私の加護が君の存在密度をブーストさせたという事だ」
「それじゃあどうやって戻ればいいんですか」
彼女は指を立てながら説明してきた。
「一つ、君の存在密度をブーストさせた分だけカットする。二つ、今回のような事が起きないように、加護と私とのリンクは切断する。三つ、その上で君の宇宙間転送は特例措置として私が責任を持って執り行おう」
その言葉を聞いてようやく安堵する。どうやら無事に戻れそうだ。
「つまり普通の人間に戻る、という事でいいんですよね」
「基本的にそう思ってもらって構わない。我々が行う降臨と近い状態にはなるだろうがね。まぁ日常生活を送る上は不都合はなかろう。逆にあの世界では役に立つ事も多いと思うよ」
ん?神様が行う降臨の状態?それって普通の人間なのだろうか・・・
「それって先の未来が見えたりするようになるんでしょうか?巨人と戦ってた時にそんな感じがしたんですけど・・・」
「ふむ、それは所謂「未来視」と呼ばれるものだね。君は無意識に上位次元にアクセスし、収束し得る「未来の可能性」の一つを垣間見ていたわけだ」
「それも加護によるものだったんですか?」
「いや、それは君自身の力によるところが大きい。転送事故によって高位次元で一時的に存在拡張された事によるものだろう。ただし、上位次元にアクセスにする事は脳に少なからず負荷がかかるはずだ。引き際を間違えないようにする事だ」
上位次元にアクセスと言われてもピンとこない。だが、あの巨人のような存在がまた現れたら役には立ちそうだ。
「戻る前に幾つか質問があるんですが、転送先の場所が見せて貰った召喚儀式の場所と違うんですよ。やっぱり家と一緒に転送されたせいで、転移先の座標計算にズレが起きたんですかね?」
「あの小宇宙演算器の計算に間違いはないよ。なにせあれは私自身手で調整したのだからね!」
どうやら変なスイッチを押してしまったようだ。瞳が輝きモノクルがキラーンと光っている。本当に研究肌な神様なんだな。
「座標のズレが起きた原因は宇宙間転送のプロセス内にある一つのスレッド、同一宇宙内でのローカル転送にある」
オレンジ色のウィンドウが現れ、大きな円とその中に小さな円が描かれる。
「妹君の転送は原始的な等価交換だと言ったのは覚えているかな?結論から言うと等価交換になっていなかったのだよ」
「あれだけアナログな儀式だ。存在の置換という事に特化し、力押しで宇宙間転送という事象を引き起こした。結果、貢物の方に比重が寄ってしまい、余剰エネルギーが生まれ座標のズレとなって現れたのさ」
ウィンドウが一回転し大きさの違う円が二つ現れ、小さな方の円の中に妹と我が家を模したであろうシルエットが浮かぶ。
「君という存在の割り込みをかけてエネルギーを相殺しなければ、座標のズレは更に大きくなり、妹君は宇宙空間に放り出されていたかもしれないね」
妹のシルエットの隣に自分のシルエットが現れ、その円が大きくなり、隣の円とほぼ同じ大きさになった。
その言葉に背筋が凍る。と同時に召喚した人物への憤りを感じた。人の妹を勝手に召喚しようとして、しかもそれ自体が不完全だったなんて。
「・・・胸に埋め込まれた召喚陣、あれってどうなったんです?」
「ああ、その召喚陣だがね。あの儀式の転送プロトコルでは、君とは別存在として一旦分離され再構成されたようだ。座標は君達からそう離れてはいないはずだよ」
「それを探しだして地球に戻る事は可能ですか?」
「もちろんだとも。元々君の持ち物だったからね。ただ、召喚陣そのものが世界の因果により再構成された事で、コードに多少変化が生じている。よって以前とは別物になっているが、転送プロセスは問題なく行えるはずだ。ただし、座標の書き換えは自分で言い聞かせてくれたまえ。私もそこまで、あちらの世界に干渉できない」
・・・言い聞かせる?召喚陣に?
「あと、妹の姿が変わったのはどういう事なんですか?世界の因果とやらが関係してるんですか?俺は若返ったままの姿だったんですが?」
すると彼女は顔をいかめしい表情へと変えた。
「人体の再構成とは、世界から拒絶されないように、その世界に適応するワクチンを打つようなものだ。君もあちらで意思疎通は問題なかったはずだ。だが決して、存在の根本から変異させるようなものではない」
「そのワクチンが打たれる前に、妹君がその世界の因果に巻き込まれた可能性がある。通常では君と同じく、存在そのものが危ぶまれる事態になるはずなのだが・・・」
「つまりどういう事なんですか?」
「現状、お手上げ状態だ。宇宙間転送プロセスに問題ない事は確認済みだ。私自身が直接見てあげられれば良かったのだがね。それにはどうしても、例の神の定規が引っかかる」
両手を上げながら自嘲気味に笑う彼女。
「神様でもしがらみってあるんですね」
「いや全くだ。ままならんよ」
「最後の確認だ。今の君は精神体の状態だ。そして精神体が戻る先は傷だらけの肉体だよ。いいのかね?」
なるほど、精神と肉体は別物という事か。
「いいも悪いも、それしか戻る方法がないんじゃ仕方ないですよ。お願いします」
「・・・そうかね。では、良き旅路を」
パチンッと指を弾く音が聞こえたと同時に視界が一変する。
浮遊感と共に凄まじい勢いで光が後ろに流れていく。目の前に青く輝く星がみえた次の瞬間、ボロ布のような状態で横たわる自分が目の前にいた。
突如、目の前が真っ暗になり強烈な睡魔と共に意識が徐々に遠のいていくのを感じる。身体は金縛りにあったかのように動かない。
耳元で誰かの叫び声が聞こえる。このまま睡魔に身を委ねてしまいたいが、その耳慣れた声がどうしても気になる。
全身全霊をかけて瞼をゆっくり開いていく。
そこには、自分の胸の上で泣き腫らしている妹と、両手を掲げ焦燥した様子のエルミアがいた。
転送直後の光り輝く粒子を眺めながら彼女が口を開く。
「君は転送事故先の高位次元で、私のフィールドの制限を受けながらも70億もの時を超えた」
「高位次元では時間・距離という概念は無きに等しいが、それでも君は初見で私のフィールドを突破したのだ」
「そんな君に興味を覚えた私は、ある実験をしてみた。腕輪を付ける際に君に付与したのは、厳密には私の加護ではない。私の力の一部を転写したのだよ」
「三次元という肉体にくさびに囚われてる限り、それは発現しない。本当にお守りのようなものだったんだ」
「ところが君は、高位次元で一時的に存在拡張されていたとはいえ、一日も経たない内に未来視という形で上位次元にアクセスした。そして、瞬く間に私の力を制御し、更にはその精神を神のものへと変質させた」
――君は一体何者なんだ。
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