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その選択の果てに

 早く行かなければ、手遅れになってしまう。


 エルミアのように魔法なんて使えない。身体能力だって普通の人間と変わらない。


 若返った事で筋力などはむしろ低下している。だがアレの前ではそんな事は些細なことだろう。


 我が家に剣のような武器なんてない。刃物なんて台所にある包丁が精々だ。


 だが、それで斬りつけようとしたところで、あの巨大な斧には太刀打ちできない。


 そもそも、あの光の絨毯爆撃とレーザーのような光の矢を受けてもなお無事だったのだ。


 焦燥感だけが募っていく。自分の選択の先には絶望という未来しか見えない。


「ハハハッ」


 リビングに乾いた笑い声が響き渡る。


「にぃに?」


 振り返ると妹が怪訝そうな顔でこちらをみていた。


「もしかして、エルミアさんを助けに行こうとしているの?」


 思わず言葉に詰まる。


「やめて!無茶だよ!にぃにまで死んじゃう!お願い行かないで!」


 自分のシャツの首周りを両手で握りしめ、懸命に訴えてくる。


 その妹を落ち着かせようと肩に手を当て、なんとか宥めようとする。


 その時、ぼんやりとした赤い光が視界に入った。


 右腕をみると知識神から貰った腕輪が、何かを訴えるように赤く点滅している。


 思わず左手の指先で腕輪をなぞる。すると目の前に――




 妹には必ずエルミアを連れ帰ってくると、半ば無理矢理納得させた。


 玄関でサンダルを履き、せめて格好だけでもと傘を手に取る。


 今にも泣きそうな顔をしている妹の頭に、ポンポンと手をやる。


 身長差が逆転しているため、格好がつかないなと思わず苦笑する。


「じゃあ、行ってくる」


「うん・・・絶対に無茶だけはしないで」


 身体の震えは既にない。でも怖くないと言えば嘘になる。


 それでもエルミアはその恐怖心を押し殺して、自分達を守ろうと単身駆けて行った。


 右腕に嵌められた赤い腕輪を見ながら思う。なら自分も微力ではあるが、その助けになりたいと。




 庭園を走りぬけ、先ほどの爆心地と思わしき場所に近づいてきた。


 そこには眩い光を発する剣を片手に、目にも止まらぬ速さで緑色の巨人に、果敢に立ち向かうエルミアの姿があった。


 前後左右、ありとあらゆる角度から三つ目をした巨人に斬りかかる。


 巨人は鬱陶しげに両手の斧を振り回すが、エルミアは巧みにその太刀筋から身を反らし、死角へと回りこみ更に切り込む。


 皮膚のあちこちから血を噴出させる巨人、しかしその傷口からは肉が盛り上がり瞬時に再生してさせていく。


 いったん距離を取り息を整えるエルミア、そこでこちらに気づいたのか驚いた表情で叫ぶ。


「少年!?なんできたの!結界の中に居てって言ったじゃない!早くアンナちゃんのところに戻って!」


「勝手に出て行って、勝手に死なれるなんていい迷惑なんだよ!いいから早くこっちに来い!」


 瞬時にこちらの前に姿を現すエルミア、と肩に掴みかかり語気を強めて口にする。


「正直、少年を庇いながらじゃ厳しいの!私の事はいいから!」


 その言葉に不快感をおぼえる。


 若草色の服は既にボロボロになり、陶磁器のような白い肌には至るところに裂傷が走っていた。


 ――こんな傷を負いながら、まだそんな事を言うのかこの少女は。


 突然影が差した。見上げるとエルミアの後ろに、三つ目でこちらを見下ろしている「半透明の姿をした巨人」がいた。


 同じく「半透明の斧」をこちらへと振り下ろしてくる。


 その巨大な斧に金色の髪と左半身を両断され、血を噴出させながら自分の方へと倒れこんでくる少女。


 その緑色をした双瞳からは光が消え――




「少年聞いてる!?」


 気づくとエルミアが怒り心頭といった様子でこちら覗き込んでいた。


 ――なんだ今の光景は!?


 金色の髪の隙間から、緑色をしたものがチラリとみえた。反射的に右手を掲げ叫ぶ。


「フィールド!」


 腕輪に赤い閃光が走り、瞬時に半円形の薄緑色の透明な膜を形成する。


 次の瞬間、巨大な斧と膜が接触しガキンっという金属音をたてる。


 自身の力が全て跳ね返ったのだろう、反動で後ろに倒れ込む巨人。


 ――もしフィールドを展開してなければ、先ほどの光景が現実になっていたのだろうか。


 エルミアはその音に振り向きながら驚きを口にする。


「なにこれ!人族の魔法・・・いえ超越魔法?少年あなた一体!?」


「話はあとだ。どうすればあいつを倒せる?」


 エルミアは戸惑いながらも問いかけてくる。


「・・・この結界はどのくらい持つの?出来れば詠唱する時間が欲しい」


「俺が解除するまでこのままだ。時間は計った事がない」


 ぶっちゃけ、さっきまで知らなかったし。


 でもあの知識神が半端なものを渡すとは思えないので、少なくとも70億年ぐらい持つんじゃなかろうか。


 エルミアは素早く地面に剣を突き刺し、刀身に指先を触れ瞳を閉じた。


「剣に纏いしは星々の輝き――ってどういう事!精霊様の力が感じられない!」


 とたんにこちらに詰め寄り、肩をガクガクと揺すってくる。


「どーゆー事なのよ。精霊様の力まで遮断するなんて馬鹿じゃないの!」


「おお、おち、落ち着けって」


 そんな事をしている間にも、三つ目の巨人はフィールドへと繰り返し斧を振り落とす。


「すごい・・・災害級の攻撃をこれだけ受けて、ヒビ一つ入らないなんて」


 ようやく開放してもらい思わずため息をつく。


「俺がこの結界を使って囮になる。その間にエルミアは後ろに下がって詠唱してくれ」


「いくら少年が超越魔法が使える魔法使いでも、災害級相手に一人で囮だなんて危険過ぎるよ!」


 その危険な災害級とやらに単身突撃していったじゃないか。――出会って間もない俺達兄妹を守ろうと。


「危険は承知でここまできたんだ。それにやつを倒すにはエルミアの力が必要だ。問答してる暇はない、結界解くぞ!」


「ああ、もう!あとでアンナちゃんに言いつけるやる!」


 それは出来れば勘弁して欲しい。切実に。


「フィールド解除!」


 薄緑色の透明な膜が消滅し、エルミアが真後ろへと下がる。


 巨人と自分とエルミア。それが一直線に並んでいる事を確認し、再度フィールドを展開しようと右手を掲げる。


 と次の瞬間、視界全体に緑色が広がった。恐る恐る見上げると三つの瞳がこちらを見下ろしていた。


 その視線からは全ての存在を否定せんかの如く、凄まじい威圧感を感じる。


 あまりの恐怖に声すら出せない。


「少年!逃げて!」


 詠唱を中断したのか、後ろからエルミアの叫び声が聞こえる。


 駄目だ。後ろに通すわけにはいかない。しかしこの距離では巨人もフィールド内に入ってしまう。


 今の自分には腕輪のフィールド以外に打つ手が無い。


 いや、このままフィールド展開して完全に隔離してしまえば、少なくとも妹とエルミアは無事だ。


 ・・・覚悟を決める。




 すると巨人は、自分に関心を失ったかのように威圧感を消し、横を通り過ぎた。


 ――見逃された?何故?


 慌てて巨人の前へと出て傘を構える。


 再び視線が合うが、またしても横を通り過ぎようとする。


 ――自分が脅威と見なされてないのか?


 そんな事を考えていると、通り過ぎようとする巨人が二人に分裂した。


 片方の巨人は「半透明の姿」で景色が透けてみえる。


 その巨人は、瞬時にエルミアの方へと移動し斧を振り上げている。


 対してエルミアはその姿に全く気づいた様子を見せていない。


 これは――先の未来が見えているか!


 理解した刹那、思いっきり傘の先端で巨人の足の親指を突き刺した。


 何故こんな未来予知のような現象が起きているのか分からない。


 もしかすると右腕の赤い腕輪が原因なのかもしれないが、今は目先の事を優先させる。


 傘を通じて、両手に肉を貫く生々しい感触が伝わってくる。


 ぐおおおおおぉぉぉぉぉ!と巨人が吠える。その巨体が二重に見え、自分に半透明の斧が振り降ろされた。


 ――よし、自分を目標に切り替えた!


 頭から両断されている自分の姿に、思わず吐き気を覚えるが必死に斧の軌道から横へとズレる。


 ドカンッという衝撃音とともに、自分は横っ飛びに弾き飛ばされた。


 瞬時に起き上がり、巨人を視界に入れると、またしても斧が二重に見えた。


 半透明の斧の軌道を視て避け、弾き飛ばれる。避けてはまた弾き飛ばれる。


 何度繰り返しただろうか。身体は擦り傷だらけ、ところどころ血が滴り落ちている。


 そろそろ体力の限界を感じていると。


 「よくやった少年!あとは任せて!」


 光の粒子を体全体に纏わせたエルミアが、突如目の間に現れた。


 一陣の光となった彼女は、先ほどとは比べ物にならない速度で巨人へと迫る。


 まさに電光石火。


 相手に反撃の隙を与えず、四方八方から無数の裂傷を与え、その肉を削いでいく。


 足の腱を切り飛ばされたのだろう。その巨体の下半身が大地へと縫い付けられた。


 あたりには巨人の一部だったモノが散乱し、徐々に積み上げられていく。


 その巨体には所々骨と内臓覗かせている。肉体の再生がまるで追いついていない。


 最後に三つの目がグシャリと潰され、巨人はゆっくりとうつ伏せに倒れこんだ。


 再び目の前に現れたエルミアは、光の粒子を霧散させながら、剣を支えに片膝を付き息を荒くしていた。


「さすがに、これは、キツイねー。でもまだまだー!」


 倒れている巨人に両手を突き出し叫ぶ。


「祖は天を衝く猛き炎、日輪の如く、我が手を阻む敵を焼きつくせ!」


 突として巨人を中心に火柱が上がった。周辺の大地と共にその巨体が焼き尽くされていく。


 警戒を解かず剣を片手に立ち上がり、エルミアはジッとその様子を見つめる。


 1分ほどその光景を眺めていた彼女は、安堵の吐息を漏らしこちらへと振り返る。


「私一人だと正直危なかった。助けに来てくれてありがとう。」


 照れくさそうに頬を掻きながら礼を言う彼女。


「あーでもまた借りが増えちゃったかー。とりあえず、アンナちゃんのところに――」




 半透明の姿をし身体をドロドロに溶かした物体が、エルミアへと拳を振り上げるのが視えた。


 片手で彼女を自分の後ろへと突き飛ばし、ソレがくるであろう場所に思いっきり傘を突きつける。


 瞬間、傘ごと身体が後ろに吹き飛ばされた。


 そのまま受け身すら取れずに地面へと叩きつけられる。


 もはや身体の感覚はなく、片側の視界は真っ赤になっている。


 だが、意識が飛ばなかった事は僥倖だ。


 近くにあるボロボロになった傘を取ろうと、手を伸ばそうとする。


 左腕は歪な形で折り曲がり、骨が皮膚を突き出していた。


 それを努めて見なかった事にし、右腕で上半身を起こし立ち上がる。


 胸の辺りに鋭い痛みが走る。同時に喀血し泡状の血液が地面へと滴りおちた。


 呼吸をするのも苦しい。肋骨が肺へと刺さっているようだ。――もう時間がない。


 エルミアの方を向くと、目の前の光景が信じられないとばかりに、目を見開き呆然と座り込んでいた。


「そんな、うそ・・・なんで」


 身体をドロドロに溶かしながら片足を引きずり、彼女へとゆっくりと歩みよる巨人。


 彼女の近くに落ちていた白銀の剣を手にとる。こんな状態でも軽く持ち上がる事に少し驚く。


 エルミアの前に立ち、右手で剣を構える。


 剣道すらやった事ないので、きっとそれは無様な格好だろう。


「あ、あなた、そんなボロボロの姿でどうするつもり!も、もう無理よ、お願いやめて!」


 後ろから彼女の懇願にも似た叫び声が聞こえてくる。


 巨人は今なお炎に抱かれ皮膚や内臓を焦がし、片足を引きずりながら近づいてくる。


 そんな深い痛手を負った状態とは真逆に、先ほどよりも威圧感が増しているように感じられた。


 自分達を守る為に、駈け出していったエルミアもこんな気持ちだったのだろうなと、ふと思う。


 なら、自分ももう少し頑張らないと。


 瞬間、以前どこかで感じた熱いモノが背中から身体中へと巡っていく。


 ――なるほど、あの不器用な神様のプレゼントは一つではなかったようだ。


 今にも溢れそうに身体を巡る熱い奔流を、白銀の剣へと流れるよう誘導する。


 すると剣先から勢い良く炎が吹き出した。


 その炎に本能的な恐怖を感じたのか、巨人は両腕を振ってこちらを遠ざけようする。


 我武者羅に振るわれるその両腕を視ながら、危なげなく避けていき巨人の胸元まで迫る。


 そうして既に柄の部分まで炎に包まれた剣を、真っ直ぐにその巨体へと突き刺す。


 GYAaaaGUaaAAAAAaaaa!


 身体の至る場所から炎が溢れだし、この世のものとは思えない絶叫が響き渡る。


 ――まだ足りない。こいつを世界から灰一つ残さず消滅させなければ。


 身体に流れる熱い奔流をさらに剣へと注ぎこむ。


 右腕をみると既に前腕まで炎に包まれていた。構わず注ぎ込む。


 更に絶叫が増す。それは巨人のものか、はたまた自らの炎に焼かれてる自分の声かはもう判別できない。


 右腕に嵌められた赤い腕輪が振動し始め、遂にはその炎に耐え切れなくなったのかボロボロと崩れ去る。


 腕輪が崩れ去ったのと同時に、赤い炎が眩い白い光へと変化し始める。


 その光に触れた巨人の身体が、淡い光へとその姿を変えていく。


 ――ああそうだ。この光こそ彼女の・・・


 次の瞬間、巨人を中心に光が一気に溢れだし、それは一条の光となって空高く雲を突き破った。




 自分は死んだのだろうか?身体は宇宙を漂い、目の前には色とりどりの星々が輝いている。


 星々に目をやると宇宙のその壮大さに思わず息を飲む。


 死後の世界がこういうものだとしたなら、その神様はきっとロマンチストなのだろう。


 あの後の事はハッキリとは覚えてないが、確かにあの巨人を淡い光へと還したはずだ。


 きっとエルミアは無事だ。


 だが妹の事が心配だ。結局、妹を異世界に一人置き去りにしてしまった。


 思わず奥歯を噛み締める。


 エルミアというほぼ他人に等しい人物の為に、その場の感情に任せ突っ走り、結局はこのざまだ。


 自分の選択は間違いだったのだろうか。


 ・・・いや、結果はどうあれ後悔はない。


 妹を守りたいという思いは今もまだ胸に残っている。


 エルミアは、他人とも言える自分達の為に命を投げ打って戦ってくれた。


 はじめはその行動原理を分かりたくもなかった。


 でも走り去って行くその後ろ姿に心を打たれた。自分もそう有りたいと。


 それはきっと自己犠牲の精神からくるものではなく、彼女のプライドと生き様そのものだったのだろう。


 ――自分自身を決して裏切らないように。


 だから、胸を張って言える。あの時の選択は間違いではなかったのだと。




 突然、目の前の空間がグニャリと歪み、そこから人らしきものが飛び出してきた。


「ふむ?思ったより早かったな。しかし直接こちらにくるとはね」


 目の前には赤い髪をアップに纏め、白衣を羽織り、右目の眼窩にはモノクルをした女性。


 ――知識神がいた。


「ようこそ私の管理世界へ。歓迎するよ青年」


 ニヤリと笑いながら彼女はそう言った。

誤字・脱字等ありましたら報告をお願い致します。

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