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第3話 容赦ない一撃

 ミカから聞いた話では、王都ガルオビートの商業地区で古美術商を一人で経営しているラジリアという人間の男が、絵画『ボルボダの丘の血』を所有しているとの事だ。

 

 王都に来て一週間の俺に看板を掲げない個人経営をしている古美術商と接触するのは不可能だ。ミカのおかげで一歩前進できた。

 

 早速場所を教えてもらった。するとミカが、ラジリアはお金を積まれてもあの絵は手放さないと忠告してくれた。その忠告に「その時は諦める」と返した。ミカの表情が一変したのはその時だった。まるで焦点が合ってないような目で俺を見つめていた。俺が彼女の名を呼んで我に返ったようだ。つくづく妙な女だ。

 酒場からラジリアの職場に向かったが留守だったので今日は諦めた。

 

 翌日、昼前に訪問し、ラジリアと会うことができた。約束無しで訪問したことと、絵画『ボルボダの丘の血』をぜひ拝見させてもらいたいことを告げると快諾してくれた。

 

 中肉中背、顎髭がトレードマークのような商人だ。


「もしかしてあなたも、この絵が欲しいと仰るつもりですか?」

「その言い方では欲しがってる人は山ほど居るんですか?」

「数え切れないぐらい居ますよ。でもこれは手放しません。この絵は魔力が込められている。そんな気がしてならないのです」


 ボルボダの丘では人間と魔族間の争いが絶え間なく起きたと聞く。そのため丘の上には血が溜り乾くことがなかったとも聞く。恨み辛みが血に変わっているのなら、例えボルボダの丘を描いた絵だとしても魔力の方から誘い込まれてもおかしくはない。魔力耐性の無い人間なら魅了されてもおかしくはない。


「この絵を飾ってから商売が嘘みたいに繁盛しましてね。だから手放す訳にはいかないんですよ」

 ただ知らず知らずに魔力を使いこなせる場合も、ある。

「それは残念です。ところでこれほどの絵をどこで入手されたのですか」

 これを聞き出すのが肝心なのだ。しかしラジリアが賊の人間とは思えない。

「これは一年前に取引先から購入しました」

 やはりラジリアは賊の人間ではない。それならその購入者を聞き出すまで。


「王都から東に1キロメートルの場所に村があるのですが、そこの人狼族(ウルフ)のウォルガンさんです。何度も取引をさせてもらってます」

 人狼族(ウルフ)のウォルガン。人狼王ではないのなら、人狼の中でも下等クラスな奴だろう。

「ご丁寧にありがとうございます。では、私はこれで」

「ウォルガンさんに会われるなら紹介状をお渡ししましょう。ラジリアと言えばすぐに会ってくれます。場所も近いですから、これからご訪問されてはいかがですか」

 これも復讐のためだ。利用させてもらおう。

「重ね重ねありがとうございます。では」

 紹介状を受け取り、俺はその足で村へと向かった。


 途中、小さな川に掛かった橋を渡り、数人の冒険者とすれ違った。魔法士らしき人間が居たので声を掛けられずに済んだ。もしウォルガンとやらが裏切り者の魔族なら倒さなければならない。復讐を実行する時は極力目撃されることを避けたかった。


 高さ二メートルほどと思われるレンガ造りの塀に囲まれていた。その出入り口らしき場所に一匹の人狼が槍を構え、鉄製の胸当てを装備し、仁王立ちで構えていた。俺の存在に気づいてから一瞬たりとも視線を逸らさなかった。


「何者だ」

「私は旅の魔法士だが、趣味で骨董品や美術品を集めている。王都のラジリア氏を訪ねたら、こちらのウォルガン殿を紹介されたので参上した次第だ。これが紹介状だ」

 門番の人狼は俺が手渡した紹介状を隅々まで眺めていた。挙げ句には臭いを嗅いだ。

「これは本物のラジリアの字だな。ほら、入りな。ウォルガンさんは奥の建物にいる。ウロチョロしないでさっさと用事済ませろよ。軟弱な人間が」


 低姿勢を貫き、俺は正面から堂々と侵入した。中には人狼が数匹徘徊している。奴等と目が合うと殺気立った目で睨まれる。人狼の迫力にわざとビクビクしている姿勢を続けた。人狼と家の数が少ない。ここはおそらく根城と言うより中継地点の可能性がある。

 指示された建物の扉をノックした。扉の奥から「入れ」と言われたので扉を開けた。開けたほんの数センチの隙間から毛深い腕が現れ、俺の腕を掴んだ。声も出す暇も与えられず、建物の中へと引き摺り込まれ、受け身も取れぬまま床に放り投げられた。


「何用だ、人間の小僧」

 部屋の中央で胡座をかいている人狼が俺に問いかけた。奴がウォルガンだろう。俺を引き摺り込んだ奴は扉の前に突っ立っている。

 部屋は窓から入ってくる陽差しだけで燭台もない。それどころか家財道具は何一つない。全体的に暗い。

「こ、これを」

 俺はラジリアから受け取った紹介状を渡した。

「何だ、ラジリアの知り合いか。運が良かったな。いきなりフラッと来ましたって言われたら食い殺すところだったぜ。ハッハッハ」

「あなたがウォルガンさんですか」

「そうだ。俺がウォルガンだ」

 目標をすぐに確認できたのが幸いだ。


「それでは早速本題なんですが、魔王アーキス・レイズダークが収集していた武器、防具、絵画や造型品を譲って頂きたいのですが。もちろん相場以上のお金は出します」

「そうか。で、小僧。何が欲しいんだ。絵画『ボルボダの丘の血』ならラジリアに売ったからな。どうしても売ってくれって言われたからなぁ」

「所望しているのは魔英大剣グラムです」

「グラム!? おい、聞いたか。グラムだってよ!」

「何か可笑しいですか?」

「もしグラムを俺が所持していてもお前みたいな小僧に売らねぇよ。だけど生憎グラムは見たことも触ったこともない」

 それは運が良かったな。


「それなら他を当たります。失礼しました」

「お、おい。本気でグラムを探しているのか。俺は商品の運び屋がメインだから何とも言えねぇけど」

 運び屋。運び屋なら同じ場所に居住するのは長くても一年と聞いた。知らず知らずに詐欺の片棒を担いでいたとしても、相手が最初に文句を言ってくるのは運び屋。そのリスクを高額で請け負っているはずだ。そろそろ転居の頃だろう。煙のように消える前で助かった。不必要な家財道具を置かない理由も運び屋なら納得できる。動きやすいためだ。


「第二階層の都市ローランザンになら、何かしらの情報は得られると思うぜ」

 第二階層にある都市ローランザンか。行ってみるか。その前に確認しておかなければならないことがある。

「ところで、あの絵画『ボルボダの丘の血』はどこで入手されたのですか」

「あの絵か? あれはなぁ、唯一魔王城から盗み取った絵画なんだ」

 何だと。


「さすがに魔王の宝物庫を漁ってる時は生きた心地はしなかったけどな」

 扉の前に立っていた人狼がウォルガンに、魔王を様付けで呼ばなくて良いのか、と言うと、死んだ奴を様付けで呼ぶ方がおかしいだろ、と高笑いしながら答えた。


「そうですか。あの絵は魔王城から盗み取った物でしたか。誰に何て言われて魔王城に集まったのですか」

「誰に何て言われて魔王城に集まった、だと? そんなこと小僧に関係無いだろ」

「関係あるから聞いているのだ。父上の宝物を盗んだ裏切り者の魔族が!」

「父上!?」

 怒りが増幅し、建物全体が揺れた。しかしこの怒りは押さえることはできない。


「その銀髪と常闇の法衣・・・・・・まさか」

「ああ、人間の変装が解かれていたか。これならもう隠す必要もなかろう」

「フェイザ・レイズダーク!」

「魔王の息子も呼び捨てにするとは度胸あるな。お前」

「魔王の息子だからって土下座して忠義を誓う必要はない」

 ウォルガンは壁に掛けていた剣を手に取り、素早く鞘から引き抜いた。扉側に立っていた人狼もすでに外へと消えていた。


「俺に剣を向けるとは――その意味を分かっているのか」

「分かってるから向けている。お前がここに来た理由はお父上の復讐のためだろ。裏切り者の魔族は絶対に生かさない。それが魔族の掟だからな!」

 膝を曲げて腰を落とし、剣の切っ先をこちらに向けて突進してきた。狭い部屋でも戦い慣れているのだろう。振りかざせば刃が壁に当たって勢いを失う。最悪の場合は壁に突き刺さって剣を失うことも考えられる。

 人狼族は他の魔族よりスピードが優れている。剣による突きも人間では到底避けきれない技だろう。だが俺にとっては子供のパンチ程度の速さにしか感じない。

 外にいるウォルガンの部下が加わっては面倒だ。

 

 先に始末しておこう。

 

 ウォルガンの突きが俺の眉間に、あと一センチの所で止まった。すると俺の髪が少しだけハラリと落ちた。切っ先が触れたのだろう。


「な、何だ。体が動かない」

「お前、自分の影が見えるか?」

「か、影?」

 ウォルガンは自分の足元を眺めた。


「何だ、これ! 俺の影が・・・・・・バカでかい影の手で掴まれている!」

動きを止める闇の巨人(シャドウゴーレム)だ。俺の闇魔法を甘く見るな」

「ゆ、許してくれ――いや、お許し下さい!」

「この期に及んで命乞いとは情けない。潔く死ね」

「後生です。フェイザ様。そ、そうだ。魔王城の宝物庫の話を持ち込んだ奴の名前を言いま――」

「それ以上喋るな」


 詠唱した暗黒弾剣(クレイモアリボルバー)をウォルガンの胸に突き刺した。奴の背中から貫いた剣先が見えた。

「へっ・・・・・・げふっ・・・・・・ぐふっ・・・・・・あ・・・・・・れ?」

「父上を殺した奴など、貴様の手など借りずに自分自身の手で見つけ出してやる」

 暗黒弾剣(クレイモアリボルバー)を奴の体から引き抜いた時、一瞬だけ大きく痙攣した。すると膝から崩れ落ちてうつ伏せになったまま動かなくなった。


「この弾剣で切った相手から血は流れない。隠密行動に相応しい闇魔法の剣だ。血を流して迫る死を受け入れるよりも、即座に死を迎える一撃を、父への裏切り行為、宝物を盗んだ魔族に、賊の人間どもに与えてやる」

 建物の扉が蹴破られ、剣を構えた数匹の人狼族が入ってきた。

「ウォ、ウォルガンさ・・・・・・ん?」

「や、やられてる。ウォルガンさんがやられた!」

「逃げろ! 逃げるんだ!」


 魔族の中でも下等クラスのウォルガンに従う部下達は、剣を放り投げて一目散に逃走した。ウォルガンに忠義を誓っていれば俺に剣を向けて戦いを挑んでいたはずだ。むしろ忠義を誓った相手が倒されて何も感じない魔族など存在しない。それをしないということは、単にウォルガンに従っていただけ。狙って下さいと言わんばかりの背中を見せられては、さすがに倒すことも躊躇う。所詮、裏切り者の魔族に心を売った魔族の部下など、性根が腐った下っ端に過ぎない。


 そんな奴等を生かしていても問題はないだろう。いずれ誰かに口封じされる可能性はある。

ただ、本来の姿を見られたことが気になる・・・・・・が、誰かに証言する時に俺の特徴を忘れていることを願うしかない。

 

 ウォルガンの遺体を建物の隅へ移動させ、顔を壁側に向かせ、側に置いてあった毛布を掛けた。これで誰かがウォルガンを尋ねても、すぐに死んでいるとは思わないだろう。例え魔族の残党でも、人間と取引しているなら「死んでいる」事実に不審を抱くだろう。俺がこの村に足を運ぶことを知っている人物がいる。その者が王都軍に密告し、色々探られては面倒な上、本来の目的を果たせなくなる可能性が高い。

 なるべくウォルガンの遺体が発見されるのが遅れることを願うしかない。そうすれば俺がこの村に滞在したのが短時間でも、村を去るまでウォルガンが生きていたことを証言すれば疑われずに済む。姑息だがやむを得ない。


 長居は無用、と暗黒弾剣(クレイモアリボルバー)を消した。


 次の目的地は第二階層の都市ローランザン。

 村を出た時の風の生暖かさに気分が悪くなった。

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