第2話 生きる理由
俺はまた一人になってしまった。
あの時の惨状を思い出す度に「また一人」と呟き、心の中に潜むもう一人の自分が「また一人?」と疑問を投げかける。その都度答える。俺はこの階層世界アルスターに転生した元人間だと。
前世で親父とお袋が続けて病死。兄弟がいない俺にとって天涯孤独になった瞬間だ。いっそのこと生まれ変わりたいってふざけた事を考えていた時、通り魔に刺し殺された。これで親父とお袋に会えると思ったのも束の間、まさか魔王の息子に転生するとは思わなかった。
もしかすると親不孝だった俺への罰かと思ったが、拾われた命だから悔いなく生きようと決めた。
しかし、決意してから数ヶ月後に母上が病死、父上は十五年前に討ち滅ぼされた。世界を平和に導く勇者の手によって倒されたのだ。名誉ある戦死と言わなければ父親が浮かばれない。天国? いや、魔王だから地獄か。いずれにしても先に待っている母上とこれで会える訳だと思うと、切なさより安堵感が先に募った。
しかし現実は全く違った。
十五年前に見た謁見の間の惨状。あれは忘れもしない。
父上の体には剣による切り傷と刺し傷が無数にあった。勇者と剣士が装備していたと思われる剣で出来た傷跡だと推測した。
賢者が詠唱した魔法剣とも考えたが、実物の剣と魔法の剣による傷跡は異なることが、惨状を見た数ヶ月後に分かったので違う。そう考えると人間二人の剣によって傷つけられたと結論を出したが、それも惨状を見た数ヶ月後に違うと分かった。なぜなら傷跡の中に魔族が魔族を攻撃した時のみに発症する刺し傷があった。
人間には物好きな学者がおり、その学者が調査した結果では、闇の力を持つ魔族同士が攻撃すると傷口は黒く変色する。その程度らしい。だが魔族が魔族を攻撃するのは裏切り行為そのものだ。つまり父上は裏切り者の魔族によって命を落とした。
傷口のいくつかは人間が使用する武器を持った魔族が父上を攻撃したためだろう。父上の反撃に武器を手放し、思わず闇の力を持つ自分自身の武器で父上を刺し貫いた。
何故、父上を裏切ったのか。理由は裏切り者の魔族のリーダー格を引っ捕らえれば分かること。だが大体察しがつく。父上の、世界を支配する戦術が気に入らなかったのだろう。自分達の戦術を実施すればもっと効率的に世界が支配できる、そう訴えても父上が首を縦に振らなかったはずだ。だから異議を唱える部下が増えた。そんな部下が増えれば派閥も生まれる。その派閥が父上一人よりも多大な力を持ってしまった。人間と共闘したために。
人間界は父上が滅んだその年を「災厄の終焉」と呼び、勇者一行が亡くなったと推測される日に慰霊祭を行っている。
勇者一行が賊の人間達の手によって殺されたとは夢にも思わないだろう。そんな人間が何故魔族と共闘したのか。単に宝を狙っただけなのか、それとも世界を支配しようとしているのだろうか。それなら魔族を根絶させれば済むことだ。こればかりは理由が分からない。けれども知りたいとも思わない。
あの勇者一行も無残な姿だった。装備品は全て盗まれ、聖剣もなかった。さすがに亡骸をそのまま放置するのは躊躇ったので、魔王城の脇に墓を立てて、そこに埋葬した。勇者が左手の薬指に嵌めていた指輪は外し、鎖で通して十字の墓に巻き付けた。
魔法の力で亡骸を運んだので、あまり疲れはしなかったが、所詮人間も裏切り者がいることに変わりないと思った。しかし賊の人間共が何を考えているのか分からない、それだけが不気味だった。魔族と共闘して利害が一致したとしか思えない。
そして最も許せないのは父上が集めた武器、防具、その他造型美術品などの宝物が全て盗まれたこと。その中に魔英大剣グラムも含まれている。
俺は母上の隣に父上の墓を立てた。その墓の前で必ずグラムを取り返し、父の命を奪った者を滅ぼすことを誓った。
復讐だけが生きる理由。復讐さえ果たせばこの世界に未練はない。
人間界を闊歩する時は人間の姿に化けている。銀髪は黒い髪に変えて、父上が所持していた常闇の法衣は白のローブに変えている。十五年という歳月のおかげで、父上とほぼ同じ身長になった俺は、二枚目の法衣を父上の寝室から拝借した。
十五年という歳月のおかげで身長は伸びたが、この同期間は孤独との戦いでもあった。いつもなら父上や側近が見守る中、無我夢中に魔法の練習をしていたが、朽ちた魔王城にて、一人でひたすら練習をした。
食料が強奪されなかったのは運が良かった。自分一人だけだから減り具合は計算できる。自分自身に催眠魔法を詠唱していつもより長く寝れば食べなくても済む。この体の作りは人間とは異なるらしい。
人間界の職業では「魔法士」と呼ばれている。ローブの色から「回復魔法」が得意だろうと勝手に判断されているせいか、やたらとパーティーを組みたがる冒険者に声をかけられる。回復魔法は人間の詠唱を見様見真似でしているだけなので声をかけられても全て断っている。魔王は滅び災厄の終焉を迎えているのに、冒険者が減らないことに疑問を感じた。
魔族の残党がまだ人間を襲っているらしい。そんな魔族に俺は関心など皆無。しかし裏切り者の魔族に関与しているなら話は別だ。
それと人間の敵も人間であることも耳にする。人間界も落ち着かないところだと溜息を漏らした。
階層世界アルスターは階層ごとに城、街、洞穴、廃墟、草原、砂漠、海などが存在する。人間が住む階層と魔王城がある階層は離れているため、力のない人間が魔族と接触することは今も昔もない。逆を言えば俺自身も父上が生きていた頃は人間界に足を踏み込んだことはない。
王都ガルオビート。父上から聞いたがある、朧気に覚えていた王都名だけを頼りに、勇者が所持していた転送装置を使用して、この王都に参上した。転送装置は一回だけなのだろう、音もなく崩れ去った。これだけ奪われなかったのは、宝としての価値云々よりも、代物自体の効果が分かるから盗まなかったのだろう。俺にとってそれが幸いだった。
手掛かりを得ようと根城として利用している宿屋の男主人に、骨董品や美術品に興味があるので、個人的に取引したいことを告げると、魔法士のくせに強欲だな、と笑いながら、酒場なら色んな人間が集まるから話しかけてみな、と教えてくれた。
強欲だから金もあるし、連泊出来るんだろ、と言い返すと、そうですねお客様、と反吐が出るような笑顔を浮かべて手ぐすねを引いた。
王都の酒場で情報を集め始めてから一週間が経過した。中々身になる情報が得られず、不満だけが募る一方だった。焦る気持ちを落ち着かせて、今日も酒場へと向かった。
酒の香りなら許せるが、冒険者達の汗も充満していることが腹立たしい。換気せよ、と酒場の女店主に命令したが、嫌なら他の店に行きな、と皿を拭きながら顎をクイッと動かした。ギルドを活用すれば目的はすぐに果たせるかもしれないが、ギルドで依頼をする時と依頼が完遂した後で、報酬に相当な額が必要であることが分かったので断念した。旅立ちの時、多額の資金は必要ないだろうと控えてしまったのが裏目に出た。
まずはこの酒場「マリンダンス」で必要最低限の費用で情報を得る。それが遂行させるしかない。
「いらっしゃ――ああ、フェイザさん!」
「どうも」
アイラ・ストラス。人間界で十八年の歳月を生きている。酒場マリンダンスの看板娘と言われている。魔族の中でもそうそう居なかった可愛い笑顔をする女性だ。誰とでも気さくに接客している。そのおかげで俺も骨董品や美術品を探す魔法士という芝居がしやすい。
「ちょうど良かった。お目当ての人、いますよ」
「何だと」
「カウンターに一人でいる、あの女性です」
「ありがとう。注文はいつもの物を頼む」
「かしこまりました~」
カウンター席にいる女性から、活気溢れる店内の空気を背中で跳ね返しているような気配さえ感じる。少し妙な客だ。
「こんにちは」
「えっ? こ、こんにちは」
まさか客から声を掛けられるとは思わなかったのだろう。油断が表情に滲み出ている。
「俺はフェイザ。職業は魔法士ですが、冒険をしながら骨董品や美術品を集めるのが趣味で、実はこの店のアイラ――女性店員と話をしていたら、あなたがそういう宝物に興味があると聞いたので」
「ああ、そういうことですか。それなら情報交換ということかしら」
「情報交換? いや、俺は取引をしたいのだ。どんな宝物を所持している」
「えっ? 彼女から聞いたんじゃないの? 私の職業は駆け出しのトレジャーハンターよ。まだ何も宝物は持ってないわ」
「ト、トレジャーハンター・・・・・・」
「そう。さっき彼女と話していたら同い年って分かって意気投合したの。それで私の職業を言ったら、あなた見たいな人を探している人が最近よく店に来るようになった常連さんにいるって聞いて、それなら待つわって言って今に至る・・・・・・わ」
アイラめ。肝心なことが抜けているではないか。
「その顔じゃ的外れのようね」
「失礼した」
「ちょ、ちょっと待ってよ。さっきも言ったけど、情報交換しないの?」
「お前が情報交換できるほどの価値を持っているとは正直思えないが」
「あなた、相当がっつく人ね。本筋のコレクターも顔負けだわ」
理由があるからな。
「えっ? 何か言った?」
「いや、何も言ってない」
「そう。ところであなたはどんな宝物に興味があるの?」
本当なら魔英大剣グラムと言いたいところだが、どこで魔王の息子だと悟られるか分からないため、父上が収集していた造型品の名前を挙げた。
「なるほど、魔王の遺品に興味があるのね。あなた見たいなコレクターは、この王都ガルオビートだけでも山ほどいるわ。申し訳ないけどあなたとは情報交換できないわ、ごめんね」
何とかして彼女に関心を持ってもらわなければ、ここまで来て収穫無しでは意味がない。
「金なら相場の倍は出す」
「倍!? さすが、がっつく人は際限ないわね」
すると女性は空のグラスを宙で動かした。中の氷がカランカランと鳴る。
「一杯だけ奢ってくれたら情報あげる」
商売の上手な人間だ。
俺はアイラを手招きで呼んで彼女に飲み物を奢ってやった。アイラが去り際に「ケチのフェイザさんが珍しい」と言った時には余計なお世話だと言ってやった。
「そう言えば、自己紹介がまだだったわね。私はミカ・セルフィネス」
すると女店主のマリンダがミカの注文品をカウンターに置いた。
「今日か明日は雷雨だね」
マリンダが口角を上げて不気味な笑みを浮かべて俺をジロリと睨んだ。俺の奢りだとアイラが告げ口したのだろう。ちなみに今の空には雲一つない。
「面白いね、フェイザさん」
ミカも微笑んでいた。アイラと同じぐらい可愛さがあるような気がした。
「さん付けで呼ばなくていい」
「良いの? それなら遠慮なく、フェイザ」
「何だ」
「さっきあなたが挙げた宝物の内の一つ。絵画『ボルボダの丘の血』は、このガルオビートにあるわよ」
体中の血液と士気が鼓舞した