11.辿ってきた道
「わたしは、父が24歳のときに生まれた正真正銘の妹です。でも、わたしが3歳になる前に生みの母が体調を崩してしまって。それを気の毒に思った新婚間もない今の父に引き取られました」
24。
その数字に、自らは男とはいえ、さすがにおののく。
初産が20だとしても44。ハンパないブランクだ。
「そうだったのか」
「でも、今はこうして父の家に厄介になっていますけど、ずっとそうだったわけでもないんです」
「というと、実の両親と暮らしていた時期もあったのか? 引き取られた後も?」
「はい。でも、初めの頃はいざ目途が立つと必ずそれをひっくり返す出来事が起きて――父の――ええと…だから、本当の父の父が具合を悪くしたからその介護をしないといけないとか、母の母が痴呆になってきたとか。ことごとく帰るチャンスに恵まれなくて」
それでもわたしは帰ろうと思ったと、原田はそこだけ熱のある口調で言った。
「わたしが小学校に上がった頃、妹が、正確には姪ですけど、妹のナオが生まれて、子供ながらに自分がこの家にいるのは相応しくないと思いました。病み上がりとはいえ本当の両親が健在で、すこし周囲の人が患っているからといって介護と家庭を両立している家はたくさんあるから平気だと強がって。これに父は難色を示しましたが、最後はわたしの意志を尊重して両親を説得してくれました。それでわたしは長らく離れていた実家に帰ったんです」
幼い娘に苦労をかけさせないようにと強いて心を鬼にして遠ざけていた両親だが、いざランドセルを背負った娘が帰ってくると、あれこれと溜め込んだ屈託や不安も吹っ飛んで、大喜びで出迎えてくれたという。
それはそうだろうと思う。
龍一には子供はいないが、40を過ぎてから出来た娘なんて可愛くて仕方ないはずだ。
そのときの記憶というのは、たぶんつらい思い出の多い彼女にとって、数少ない幸福一色の思い出なのだろう。懐かしそうな眼差しが、切ないほどに、あたたかい。
龍一はそっと目を伏せた。彼女の笑顔の乏しさは、楽しかった思い出の数に比例しているんじゃないかと、この頃とみにそう思うようになった。
一度は家に帰った彼女が、どういう経緯があって今現在も父と呼ぶ兄夫婦と暮らし、ペンションを営む友人一家と親子同然の関係を築くに至ったのか……なんとなく想像はつくけれど、そこに光らしき明るさは逆立ちしても見えてこない。
「両親は、わたしが想像していたよりもずっと忙しい毎日を送っていました。でも、転校したばかりのわたしはわたしで、環境の変化についていくのがいっぱいいっぱいだったから、そういう意味ではうまくいってたんです。でも、一年も経った頃から、男子のわたしを見る目つきが変わってきて」
原田は自身の胸へと視線を落とした。八割の生徒が紐に支えられて下がっているだけの制服のリボンは、しかし彼女の場合、上から見て形を捉えられるほどしっかり横たわっている。
自分でも驚いた、と原田は言った。
それまでは周りの子ともさして大差なかった胸がいきなりむくむくと大きくなった。皆は年相応の胸当てですんでいるのに、自分はその段階を飛び越えて、大人用のブラジャーをつけなければいけないほどに。
小学生は着替えがクラスでまとめてだから、なおさら注目を浴びた。
それに気づかないうちは、友だちに大きいことを羨ましがられるたび得意になっていたけれど、そうじゃない、卑猥な囁き声が洩れ聞こえてくるようになるまで、そう時間はかからなかった。
……それからは早かった。
まず男子にためらいがなくなった。露骨に胸を正視するようになり、下品の度合いはさらにエスカレートした。
原田に――厳密にいえば原田の胸になにかあるたび、男子たちは顔を寄せ合って、本人たちは抑えているつもりでまったく配慮の足りていない声で興奮を共有し合うようになると、それまでの女子の羨望はたちまち嫉妬に変わった。
嫉妬と憎悪は紙一重で、その頃からたくましくなってきたグループ意識はたちまち原田を飲み込んだ。
気づくと原田の周りには誰もいなかった。
胸にしか興味のない男子たちは原田の窮地には関心がなく、女子たちは示し合わせて徹底して原田をのけ者にした。
当時の男性担任はこれを黙殺し、原田の新生活は1年余りで崩壊した。
黙殺した男性担任という言葉に、龍一は身につまされる思いがした。
「見かねた両親の計らいで、わたしは生みの母の友人が経営しているペンションに預けられました。本当は兄夫婦のところに戻される予定だったんですが、生まれつき病気を抱えていた妹の手術が急に決まったことを理由に断られて」
原田はペンションに留まり続けた。
女ばかりの生活は気楽だった。胸の大きさで僻むような年代をとうに越しているというのもありがたかった。通っていた小学校は分校で、もちろん共学だったけど、ひと学年にひとクラスしかないような学校には幸い無体なことをする子も、品位と良識を疑うような子もいなかった。さすがに意識はされたけれど、これを言ったら彼女が傷つくだろうとか、女子がいるところで話題にするのが憚られるとか、そういうあたりまえのことがまだ彼らの中には生きていた。
やがて月日は流れ、ペンションでの生活がすっかり馴染んだ頃だった。
妹が死んだと連絡が入った。
今から二年前のことだ。
10歳にも満たなかった。
「実の娘を亡くして、母は心を病みました」
まず、あらゆることが手につかなくなり、ボーっとすることが増えた。かと思うといきなり笑い出したり、泣き出したり、怒り出したりと、めくるめく情緒が不安定になった。
それまでいい意味で感情の起伏の乏しかった彼女が、ちょっとのことですぐ癇癪を起こすようになったことも父の神経を圧迫した。
「そのことで父に電話をもらったとき、これは要するにわたしに哀れな母の世話をしてくれと言ってるんだなと思いました。自分を求められる理由が他人の世話というのがまったく嫌じゃなかったといえば嘘になりますけど、でも、実の子でもないわたしを育ててくれた恩義はあったし、わたし自身、あんなことがあっても心のどこかではこんな片田舎の学校なんてって見下してるところがあったのは事実だったから、元いた場所に戻るのは恐怖と安堵が半々でした」
人数が少ない分、ひとりが授業中につまづくといきなり自習時間みたいになるところとか、他の学年との距離が近すぎる縦のなさ、秩序がなおざりになっている感じがいつまで経っても馴染めなかったと原田は言う。
やがて、さまざまな思いを抱えたまま、原田は兄夫婦の住まいへ数年ぶりに戻ってきた。
表面的な近所付き合い。密集した家屋。遠い空。いつもどこかよそよそしい感じのするこの町の雰囲気が逆にほっとした。
そう思ったのがいけなかった。
すこしでも気持ちを緩ませたところへ出くわす物事の衝撃はことのほか大きく感じられるものだ。それなのに、そのときの原田には来るべきショックに備える予測も心積もりもまるで足りていなかった。
それは家の門前に立った瞬間からわかった。
「雑草に支配された空き家みたいな庭の眺め。様変わりしたリビング。母の繰り出す無秩序で横暴な言動。よくて三日に一度の割合でしか彼女の頭に戻ってこないわたしの存在に至っては家政婦同然でした」
あの無法な庭の様子が頭の中によみがえる。家の中がせめても清潔に見栄えよく整っていたのは、原田の献身と並々ならぬ努力によるものだったのだ。
とそこで、原田がふと視線を足元の小型犬、ナオちゃんに向けた。




