1.問題児との補講
わたしが悪いなんて、わかってる。
でも、それとこれとは話が別だ。
わかってくれないことに、いまさら落胆なんてしないけど、それで詰られたからって、わたしはいい子になんかなったりしない。
わかってくれないなら、別にいい。
わかってほしいなんて、思わない。
どんな罰でも甘んじて受けよう。
わたしのなけなしの聞き分けを結集して。
「原田さんが欠席です」
体育委員による型どおりの報告に、龍一は忌々しげに息を吐きながら、手元のボードに欠の文字を記した。
(またか。もうすぐ一学期も終わりだぞ、ったく……)
原田怜。一学期、はじめの3回しか体育の授業に出席していない問題児。
はじめの頃こそ言いにくそうに報告に来ていた係りたちも7月にも入るともはや慣れたもので、彼女がいないことが当然とばかり、挨拶同然の口ぶりで報告に来るのがたまらなく不愉快だ。そこを改善させるために腐心するのがおまえらの役割じゃないのか、と言いたくなる。
以前、一度そう言ったときは、
『だって、言ってもどこ吹く風なんすもん』
と肩をすくめられ、血の気の多い龍一は思わず手を上げそうになった。
原田は体育の授業にだけ、頑なに出ようとしない。このままではいけないと、職員会議でも一度名前を挙げてみたのだが、彼女の担任はこの件についてあまり深刻には受け止めていない様子だった。
生徒からの評判は可もなく不可もなしだが、女のわりにどこか陰気なところがあるその人は、だからそのときも、
「それはわたしの責任の範疇ではないのでは?」
と、ぬけぬけと言ってくれたものだった。
言外におまえが下手をやったんだろと、掬う眼差しを眼鏡の上から向けられて、俺は奥歯を噛み締めて憤怒に耐えなければならなかった。
「夏休みの講習会の後、一週間、部活が始まる前の昼休みに補講をする。なんでかは言わなくてもわかるな。毎日、体操着を持ってこい。いいか、忘れるなよ。絶対だ」
終業式の前日、廊下ですれ違った彼女を龍一は呼び止めた。拒絶ばりに避けられている授業中に言うことはできず、係りに頼んでもきっと軽んじられることを確信して、自ら釘を刺したのだ。
その甲斐あってか、さすがの原田も真面目に補講に現れた。
春はジャージ姿しか見なかったから、半袖短パンの夏スタイルが妙に初々しい。
くりくりとした大きな目、薄い唇、白い肌、アゴの位置で切り揃えられたストレートヘア。一見、幼児性の高い外見だが、裏腹に、全身から放出される気配は異様なほど澄んでおり、大人の俺でもちょっと怯みそうになる。
「ちゃんと来たな。よしよし」
昼餉時、喧騒がぼやけて聞こえてくる蒸し暑い体育館に二人は向かい合った。
もっとも彼女は徹底して下を向いている。空咳をして、無理にも顔を上げさせた。
「今日はとりあえず腹筋とシャトルランだ。おまえは体力測定もろくすっぽ受けてないんだな」
龍一はできるだけたっぷりの威厳を込め、同時に、鬱憤を晴らさんばかりの嫌味ったらしい口調で記録簿をめくった。かんかんとボールペンの先をボードに打つ。
「他にもいろいろ抜けてる分があるんで、全部やっときたいのは山々なんだが、サッカーとバレーも手をつけとかなきゃいけないから、測定分はその二つでよしとする」
わかったか、と言うと、原田は眉根を寄せつつ、しぶしぶアゴを引いた。
女の先生に足を押さえてもらい、龍二はストップウォッチを操作する。
「ちゃんとやれ! あと10秒だぞ!」
苦しげでもないのに、原田の動きはスローモーション映像を見ているかのように遅い。かえってそのほうが疲れるはずなのに、彼女は一向にスピードを上げようとしない。結局一分で5回しか回数を数えられなかった。
シャトルランも右に同じだった。
「おまえなぁ、5回でへばるようじゃあ2学期からの体育についていけないぞ」
ここで少しでも悔しそうな顔をして、すみませんの一言も言えばまだ可愛げがあるのに、彼女はつまらなそうにそっぽを向いて息を吐き出すだけだ。そのやる気のない態度に、龍一はいよいよ怒りを超えて、あほらしくなってきた。
俺、なんでこんなやつのために昼飯の時間削って付き合ってやってんの。
(……教師だからか)
当然の応えに、しかし納得のいかないものを感じつつ、やっかいな仕事だと己を慰める。