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僕の隣の座席はドラゴンです。  作者: 遠藤戦争
第一部「非日常の序章。」
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第四話「技能と能力。」



倉庫の入口側に五十嵐がたっており、その足元には龍野がいる。

そして倉庫の壁側に今、俺はいる。

軽く呼吸は乱れているが問題になる程ではない。

体も程良く温まっており、ベストコンディションである。

頭から水が垂れているような気がする。恐らく壁にぶつけて頭から出血しているんだろう。

口の中にも鉄の味がじんわりと広がっていた。だがやはり、気になる程ではない。

先ほど長い間放置されていた資材の山を俺が崩したせいか、

溜まっていた埃がかなり空中に舞っている。龍野を見つけてから時間はさほど経っておらず、

赤い夕焼けの光が倉庫内を照らしている。


「契約したのか、佐藤。嬉しく思うぞ。これで本気でやっていける。」

「けっ……契約したかしてないのか分かってないのに、

 マッハパンチするんじゃねえよ。最初から本気だろ?」

「あれが俺の本気の訳が無いだろう。

 今から面倒臭いが本気やってやるといっているんだ。」


Tシャツに制服の下ズボン、部活帰りだったのだろうかそんな服装だった。

五十嵐がこちらの方向に進む意志を見せた。

また音速の攻撃を繰り出す気なのだろう。俺は部屋の隅を目掛けて逃げ出す。


「馬鹿が!音速から逃げれると思うのか!」


移動する感触を背中で感じる。

吹っ飛ばされた俺が崩した資材の山からパイプ椅子を拾い、

後ろに振りかえりながら振り回す。


「がっ……」


しかし、俺が振り切る前に五十嵐の拳が腹部にめり込む。

息が自然に漏れ、衝撃で体が吹き飛び、そのまま壁に叩きつけられる。


「佐藤さん!!」


龍野の悲鳴が聞こえる。そこで異変に気付く。痛くないのだ。

いや、正確に言えば痛みが軽いのだ。

音速と自負しただけのことはあり、衝撃はそれだけあった。

しかし、不思議と普通に殴られた時と同じような痛みしか体には無いのだ。

これも契約の効果なのだろうか。体勢を立て直し、五十嵐の方を見ると不敵に笑っていた。

二発目が来ると本能的に察知した。俺は立ち上がり、再び部屋の隅へと逃げる。

先程殴られた時に手から離れたパイプ椅子を拾い、同じように振り回す。

すると同じように俺の腹部に五十嵐の拳がめり込む。

同じように体が吹き飛び、同じように壁に叩きつけられる。

まだ体は動くことを確認し、同じように俺はまた部屋の隅へと逃げ出す。


「面倒臭えなぁ……!殴ってくれと言えばいいものを!」


同じようにパイプ椅子を拾う。そしてパイプ椅子を振り始める。

先程よりさらに速く、拾いながら振るような感覚である。

すると振り始めに風を切る感触が来る。ジャストタイミングだ。

部屋の隅に立つことで敵が音速でやってこれる方向を九十度に狭めることができる。

そして今までの二回のパンチでだいたいどのタイミングで攻撃したらいいのかを、

計ることができた。パイプ椅子はちょうど突っ込んで来た五十嵐の頭に当たる。

頭に椅子の当たるガシャッという音と、短い「がっ」という悲鳴が耳に入る。

椅子から手を放し、自分自身の両手を合わせてハンマーのようにし、

そのまま、五十嵐の後頭部を目掛けて両手を振り降ろす。

しかし拳は空を切る。正面を向くが五十嵐はいない。

後ろに振り返るが姿が見えない。この倉庫の中から出たのだろうか。

ともかく一時的ではあるが撃退が成功したので、落ちついて深呼吸をする。

出血しているのにも関わらず激しい運動をしたのだが、あまり体は疲労を感じていない。


「佐藤さん!」


すぐに龍野が駆けよって来る。


「だ、大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ。龍野は大丈夫か?」


見た所、先ほど五十嵐に掴まれている首の所も痣になっておらず、

全体的に目立った外傷はなかった。


「はい。……ただ、少し問題が……」

「どうしたんだ?」

「先程から佐藤さんはパンチを受けてもある程度平気なのは、

 契約の効果なんです。契約には身体強化の効果もありますから……」

「契約って便利なんだな。」

「つまり身体強化されてるってことは、契約は成功しているはずなんです。

 なんですけど、さっきから『技能』を使おうとしても何もつかえないんですよ。」


『技能』。

それは契約をした時に魔物に与えられる、魔界にいた時の自分自身の力のことだ。

『技能』が使えないと言うのは大問題である。龍野が契約を行った意味がなくなってしまう。


「各属性のブレス攻撃とか各属性の攻撃魔法とか、

 補助魔法とか試してはいるんですけど……」


改めて使えるものを聞いて少し恐怖を覚える。

目の前にいる可憐な女の人が火を吹く姿など想像も出来ない。

というか、できるだけ見たくない。アニメとかなら分かるがリアルは怖すぎる。


「佐藤さんはどんな『能力』使ってるんですか?」

「いや、別に使ってないけども……」


そういえば俺も『能力』があるんだったが、

今のは身体能力だけを使った攻撃だった。俺の『能力』は一体何なのだろうか。


「えっ……使わずにあんなに動けるんですか?」

「だから契約効果なんじゃないのか?それって?」

「そんなに強化されるんですかね?かなり人間離れしてましたよ?」


なんか貶された。


「……これは本来契約した時に言うべきことだったんですが、

 『能力』で一番大事なことは結果をイメージすることです。

 自分の『能力』が何なのか、ということが分かっていなくても、

 結果がどうなるかを考えることを優先してください。しっかりとイメージができていれば、

 どんな『能力』でも考えた結果が起きてくれますから。」


龍野はそう言ったが、どうなんだろう。


「分かった。とりあえず、外の様子を見て来る。」

「いえ、私がいきます!」

「さっき狙われたばかりだろ。俺が行く。」

「あ、ありがとうございます……」


龍野と話して気が紛れたのだろうか体の痛みは無くなっていた。

龍野が出て行くのを制して、倉庫の外へと、

注意深く目だけを外に出しぎりぎりで周りを観察する。

大広間を見渡すが人の気配はない。一歩だけ足を踏み出してみる。

すると、ドッという音が足元から聞こえた。


「うおっ!?」


足元に目をやると食器のナイフが地面のコンクリートに突き刺さっている。

あと少しズレていたらコンクリートに自分の足が縫いつけられる所だった。

そう思っている時、移動する感触を覚える。やられた。このナイフは囮だ。

足元に気を取られている内に五十嵐は俺の腕を掴んでいた。

そのまま俺の腕を掴み素早く自身の体を回転させる。

この姿勢は一本背負いだ。地面はコンクリート。想像するだけで痛い。

腕を振り抜く余裕も、堪える力をいれる余裕もない。

俺は受け身の体勢を取ろうとする。

全身に凄まじい衝撃が走る。何が起きたか理解が出来ない。

受身を取ろうと身構えた時には地面に叩きつけられていた。

身体に走る衝撃で肺の空気が全て吐き出される。


「かはっ……はっ……!?」

「さっきのナイフ、いいナイフだろう。昨日ファミレスでパクってきたんだ。」

「はっ……な?なん……で……」

「今、空中で地面に向かって投げるスピードを『加速』させた。

 お前は高速でコンクリートに叩きつけられ、受け身をとることもできなかった。

 流石に致命傷だろう。」


呼吸が出来ず、視界が安定しない。まずい、次の攻撃が来る。

ギリギリ頭を守ことはできた。しかしそれ以上に体のダメージが甚大である。

この至近距離じゃ防御は愚か、反応すらすることもできないだろう。

先程の発言で確信した。五十嵐の『能力』は少なくとも『加速』ができる。

恐らく先程のナイフも、『加速』させたためにコンクリートに刺さったのだろう。


「面倒臭い事は終わりにする。」


拳がゆっくりと上がっていく。

このまま『加速』させ音速で拳を振り降ろすのだろう。この至近距離で。

寒くもないのに歯が震える。全身が全く動かない。

武道の公式戦や、昔した喧嘩、今までのどんなことより恐ろしい。

このまま死ぬしかないのだろうか。酷く自分が滑稽だとここで今更気付く。

龍野のために出たはずが、思いっきり足を引っ張っており、

あげくしゃしゃりでて非日常がどうとかいって、少し対応できたからといって

こうやってあっけなくマウントを取られて。


「…ふっ!」


拳が降ろされるのを肌で感じた。拳は音速で降ろされている筈なのに世界がスローモーションに感じた。

酷く懐かしい記憶が一瞬の内に脳裏をよぎる。走馬灯だろうか。

小学生の時、赤石とつるんでいた時のこと。泣く村田をなぐさめていた時のこと。

父親に武道を習っている時のこと。龍野と初めて会った時のこと。

赤石と本気で喧嘩をした時のこと。村田と全力で笑いあっている時のこと。

今まで出会ったいろんな人のこと。いろんな記憶が蘇っている中、

最後に思い出したのは声だった。


「そんなだと、弱いままだよ?」


決して声に激励された訳ではない。決して思い出に後押しされた訳ではない。

ただ、俺の中に痛烈に生きたいと言う意志がその瞬間、湧いた。

涙が溢れる。俺はここで死ぬのだ。なんだか情けない。

ここまできて生きたいと思うなんて。


「……っ!?……!?」


いつまでたっても、俺の体に痛みがやってこない。

死んだのか、と思ったが意識はしっかりと存在している。

顔面に液体が落ちる感覚を覚えた。顔面に落ちた液体から鉄の臭いがする。

どうやら五感も機能しているようだ。目を開いてみると先程の廃ビルの風景が広がり、

目の前には空中で拳を止めている五十嵐が見えた。そしてその状態に俺は驚いた。

五十嵐の拳は出血している。拳が砕けていたのだ。

明らかに骨が粉ごなになっているような見た目である。

五十嵐はガタガタと体を震わせて、呼吸は完全に乱れている。


「……ァ……ァァァッ…!?お前ェ!!!何をしたァ……!!!」

「ご、ごめん。わ、分からん。」

「ふっ……!ふざけるなっ……ァァァアアアアアァァ……!!!!」


五十嵐が痛烈な痛みを感じ悶えている。もはや声すら上げることができていない。

一体何が原因なのか俺には分からない。何が起きたか、状況が理解できない。

ともかく助かった。ふらふらとする体に鞭を打ち立ち上がる。

その時である。突如大きな物が目の前に飛んできた。

そして小指と人差し指を突き出し、そのまま体に突き刺そうとする。

ここまできて飛んできた物が人間だと分かる。

先程までの速さと比べたら格段に遅く感じる。今の俺でも対応できる。

手首を掴んで、腕を止め、そのまま返しの拳を放つ。


「うむ。いい動きをする。だが、負けだ。」


バチィ!という音がする。

体が痺れ、動く事すらできない状態になる。『電気』だ。

相手の腕から『電気』が流れてきたのだ。


「うむ。反応は十分。こればかりは我を理解していなかったお前が悪いのだ。」

「ぐっ……ああ……」

「昨晩のファミレス、停電をさせたのは我だ。

 さて、名乗らせてもらおう。『丑』の称号を仕り、

 このバトルロワイヤルに参加させてもらっておる。黒松牛雄と申す。」


たくさん金具の付いている革ジャンにジーパン、

パッと見で凄まじい筋肉を持っていることがうかがえる。

身長はさして高くないが、大きく見える。とても濃い髭を持ち強顔である。

『丑』の称号などといっていたという事はこいつは魔物のようだ。

五十嵐を庇ったということは五十嵐の契約相手だろうか。


「ふむ。お前が『辰』と契約を行った人間だな?

 我が契約主、五十嵐との戦いを見ていたが、お前は中々の手練れのようだな。

 敵ながら天晴である。尊敬しよう。敬愛しよう。

 だが、これはバトルロワイヤル。所謂、戦である。さぁ。我とも戦ってみよ。」

「くっ……」


停電させたという発言と先程の『電気』攻撃。

それらで判断するとこいつの技能は恐らく『電気の操作』だろう。

黒松と名乗った男はこちらの方向へと走ってくる。痺れに負けず、体勢を立て直す。

すると黒松の進行方向に、何かが浮いているのが見えた。

先程、五十嵐の拳から流れていた血液が宙に浮いているのだ。


「……ふん!」


黒松がそれに対して走りながら、思いっきり蹴りをいれる。

しかし、蹴りはその血液に受け止められる。

驚きの表情を見せた後、黒松は足を止める。

注意深く見てみると、そこには少し緑色を帯びている半透明の立体があった。


「なるほど。これほどの強度の物に音速以上で殴りかかってしまったのか。

 五十嵐の負傷はこれが原因か。」


不意に黒松が手を正面に向ける。

豪快なバチバチという音と共に激しい光を放ち、稲妻をこちらに飛ばしてくる。

俺は稲妻を避けることをイメージする。すると、黒松の稲妻は空中でかき消される。

俺の前には先程五十嵐が殴ったものと同じような、

緑色を帯びた半透明の『壁』ができていた。


「ふむ…その壁がお前の『能力』か。」


黒松が突っ込みながら壁に拳をぶつける。しかし、『壁』には傷一つない。

先程の電撃もこの『壁』が防いだのだろう。これが『能力』と考えて間違いないだろう。


「『防壁』か。なるほど。サポート向けだがなかなか強い『能力』じゃないか。」


黒松がそれでも尚こちらに向かい、

壁の横から小指と人差し指を立てた手をこちらに突きさそうとしてくる。

指の間を電気が行き来するのが見える。

恐らくあれはスタンガンのような働きをするのだろう。

腕からも電気を流せるようだったので今度は回避をする。

繰りかえし攻撃をしてくるが、スピード自体は避けられないものではない。

ブラックジャックを取り出し、相手の指を避け顎をかすめるように殴る。


「……我に攻撃を当てたか。流石だな。」


ダウンする様子はない。魔物なだけあって丈夫な体だ。

ダメージを受けた姿勢からそのまま手をこちらに向けてくる。

回避をし、先ほどと同じようにブラックジャックで殴りかかる。

一瞬の油断が命取りとなるだろう。


「ぐっ……」


六発目を当てた所で黒松が膝を地についた。向こうは電気による遠距離攻撃がある。

接近しているうちに戦った方がいい。すかさず大振りの攻撃を用意する。後頭部を目掛け振り下ろす。


「……ハハッ!」


不意に五十嵐の笑い声が聞こえた。すると俺の攻撃は空を切り、

膝が地についていたはずの黒松が、完全に体勢を立て直し、

いつの間にかこちらの心臓付近に指を当てていた。

しまった。五十嵐は死んでしまった訳ではない。『能力』の使用はできるのだ。

五十嵐は、黒松を『加速』させたのだ。


「うむ。隙を見せた我の勝ち、隙を見せられたお前の負けだ。」


バリバリバリッ!

体が自然と跳ね、痛みが全身を襲う。

電気が体中に流れ、痺れのため逃げようにも体は動かない。


「ぐああああぁっ!!」


電気が止まり、俺は倒れる。

ふらふらと五十嵐がこちらにやってくる。

拳の出血は止まっておらず、激痛に顔を歪めており、今にも倒れそうだ。


「あ、甘く見るなよ佐藤……殺し合いしてんだ。

 俺の拳のひとつ、どうだっていいんだよ……」


危険を感じたため、『防壁』を自分の体を守るように展開する。

展開した瞬間に黒松の電気が防壁を揺らした。

なんとか防御する事はできたが、立ち上がるほどの力はもう俺には無い。

マッハパンチ3発、音速一本背負い1発、電撃2発。死んでいても不思議でない。

ともかく、この状態で体を少しでも休めながら、対抗策を考えるしかない。


「厄介だな。建物ごと壊して、一生ここから出れなくするか?」


恐ろしい言葉が聞こえた。

確かに『防壁』があるから、建物が倒壊しても俺が傷つくことは無い。

だが、そうなってしまった場合、

『能力』の解除がしたくてもできず、生き埋めになってしまう。

さらに建物の中には少なくとも龍野と赤石がいる。

村田も、もしかしたら赤石から連絡を受けてきているかもしれない。

一体どうしたらこの状況から助かるのだろうか。

そう思っている時、突如として俺の周りの『防壁』が消えてしまった。


「!?……、……ッ!?」


「なんで」と言おうとしたが声がでない。

なんだ、なんで俺はこんなに『喉が乾いている』んだ。

それ以前に、何故『防壁』が消えてしまったんだ。


「五十嵐。防壁が消えているぞ。」


黒松の声が聞こえる。まずい。攻撃がやってくる。

そう思った時、凄まじい豪音が響いた。倉庫の方の壁が突如として崩れたのだ。

緑色の美しい翼。鱗を持った体。角。大口。鍵爪。

中からは美しいドラゴンが現れた。天井が低いらしく体勢は少しおかしかったが。

そのまま五十嵐にドラゴンは鍵爪で攻撃する。五十嵐は『加速』してそれを避ける。

ドラゴンは俺を庇うように前に立ち、黒松と五十嵐の方を向いていた。

龍野なのかと思っていると、ナイフを俺の目の前に落としてきた。

これはさっき契約に使ったナイフだ。間違いない。このドラゴンは龍野だ。


「……五十嵐。しばし我に任せてくれぬか。」

「……分かった。」


黒松が五十嵐を制して前に出た。

「電気による攻撃が来るぞ」ということを伝えたかったが、声が出ない。

するとドラゴンは光に包まれた。光が無くなるとそこには龍野の姿があった。


「……『辰』のお方、お久しぶりです。」

「……こちらこそ、『丑』のお方。」


しかし、黒松と龍野は挨拶をしだした。何が起こっているんだ。

すると黒松は突然その場に膝まづき、龍野に頭を下げた。


「種族差別の件に起きまして、非常にお世話になり申した。」

「……頭を上げてください。」

「そして同時に、父親の件については真に、お気の毒であった。」

「ありがとうございます。」


話を聞く限り、どうやら二人は面識があるようだ。


「人間界での名前はなんというのですか。」

「……龍野初代と申します。」

「父親から取ったのだな。なるほど。」

「……」

「確かに我は龍野殿に恩はある。貴方は我々を助けてくださった。

 だが、龍野殿。だからといってこの戦で龍野殿に勝ちを譲るというのは、

 申し訳ないのだが、勘弁願いたい。我侭なのは我でも分かっている。

 誹謗中傷ならすべて受けよう。」

「安心してください。その件は別に恩を売ったわけでもありませんし、

 恩義を感じる必要は貴方には無いんです。」

「そう言って下さるとこちらも助かる。やはり貴方は聖人だ。

 どうだ。ここは『降参』をして、我の后にならぬか。」

「……へ?」

「確かに我は見てくれは悪い。頭も悪い。だが精一杯尽くしましょうぞ。」

「あの……えっと……こ、困ります。」


真面目な話からいつの間にか話が求婚になっていた。

突っ込みたかったが喉がやられて声も出ないし、

昨日の自分を思い出したら人のことを言えないのでやめた。


「わ、悪いですけど『降参』する気はありません。

 私だってあなたを倒して見せます。私は戦うために、この世界にやってきたんです!」


龍野の体がまた光に包まれ、ドラゴンの姿へと変わった。


「うむ。振られた、という奴だ。後腐れなく、尋常に勝負をしようではないか。」


そういうと黒松の体は光に包まれた。光が消えた後、その場に地響きが起きる。

上半身は牛で、頭には鋭い角が二本伸びており、電気を帯びているのが見た目で分かる。

下半身は人間のように二足歩行が可能な太く逞しい足を持っている。

確か実際の名前は星や『雷光』を意味する「アステリオス」。

神話だと、ミノス王の妻であるパーシパエーと海の神ポセイドンの持つ雄牛とが、

呪いにより結ばれ最終的に生まれた子だったか。

「ミノス王の牛」という意味で『ミノタウロス』。

神話の魔物である『ミノタウロス』がそこにはいた。

お互いが走りだし、ミノタウロスとドラゴンが激しくぶつかり合う。

衝撃波がここまでやってくる。凄まじい光景である。

CGと見間違えるような幻想的な風景である。

少しずつ体が動くようになってきた。あまりに水分が枯渇している。

戦闘の最中だが耐えられないので、ウエストポーチから少し前に購入した水を飲む。

五十嵐も激痛にやられ、その場で倒れ込んでしまっている。


「ふむ。『技能』が何かは分からんが押し通して見せよう。」


黒松が両手を掲げるとそこに雷の球体ができた。

そしてそれを龍野に目掛けて投げた。龍野は巨体を凄まじい速さで動かし回避をする。

しかし、雷の球体は龍野を追い続ける。ホーミング性能があるのか。

龍野はホーミングに気付いておらず、背中から雷の球体を受ける。


「龍野!!」

「うっ……」


ドラゴンの巨体が激しく揺れる。先ほどの俺への攻撃とは段違いの電撃だった。

肉の焦げる匂いがする。独特の臭いだった。


「まだいけます!」


すると、龍野はすぐ全力で黒松の方へと向かっていった。

黒松は雷を操り、龍野にぶつける。しかし龍野は避けない。

しかしもっと不思議なのは、全て直撃しているのにも関わらず、

一向に龍野のスピードが落ちないことだ。

あれは攻撃を受けた反動すらないように感じる。一体どういうことだ。

黒松は遠距離を諦め、受け止める体勢を取る。

龍野は鍵爪を使い、飛び込むようにして攻撃をする。


「ぐおっ……!?」


鍵爪がミノタウロス姿の黒松の腹部に突き刺さった。致命傷である。

だが直接触れての攻撃のため、黒松は電気を流す。


「くっ……まだまだ!!」


電気が流れていても龍野の行動は止まることはない。

龍野が鍵爪を振り抜いた。黒松はそのまま壁へと吹き飛ばされ、壁にヒビが走る。


「な、なんだ……その技能は一体なんなのだ……」


黒松の困惑の声が聞こえる。


「……私がここに来て手にいれた技能はさっき分かりました。」


龍野が俺の体に翼で触れる。

すると体の傷、腹部の痛み、出血が全て止まり、傷口も塞がった。


「私自身と私が触れた生物を『治癒』する。それだけのシンプルな技能です。」


見れば先ほど雷の球体を受けた時の体の焦げ目が綺麗に無くなっている。

龍野がじりじりと黒松の方へと近付いていく。


「『丑』の人。『降参』をしてください。私は認めますし、

 佐藤さんだって認めてくれます。

 私は戦いに来ただけで殺しに来た訳じゃないんです。」


そういった時、龍野の翼に穴がいくつもあいた。


「ぐっ……」

「……壁が崩れた際の瓦礫を『加速』させて投げた。黒松、まだやれるだろ。」

「五十嵐……うむ。

 龍野殿。お気遣い感謝する。だがな、我はもう止まれんのだ。

 ミノタウロス族は議会に所属していながら、元々差別を受けている対象だった。

 意味も無く牢獄に閉じ込められ、虐殺され、奴隷にされ。

 だが魔王十二議会の『辰』の働きで我々は確かに救われた。

 だが今回の戦いでもし仮に我も龍野殿が勝つことができず、

 別の種族が魔王になってしまったなら、恐らく我々の扱いは元に戻るのだ。

 ならば我は足掻くことにする。誰かに託すぐらいならな。

 我が魔王にならなければ、我らは地獄に戻るしかないのだ!」


五十嵐によって開けられた龍野の翼の穴は塞がっていった。片腕だけで投げていたため対した威力ではなかったようだ。

すると五十嵐が両手を掲げる。突如として龍野の周りに薄紫の空間ができあがる。

龍野が反撃のために動こうとしている。しかしそれには違和感があった。

昨日の赤石の言葉が思い返される。

『まるでテレビのスローモーション映像のように、

動作のスピードをただ落としたように行動』しているのだ。

ようやく分かった。赤石が行っていたことは間違っていなかった。

五十嵐は『減速』も可能なのだ。恐らくこの空間内は物が遅くなるのだろう。


「させるかっ!」


『防壁』を再び展開する。

龍野が『治癒』してくれたおかげで、身体が十分に動く。

龍野の目の前に大きく『防壁』を展開する。


「何!?まだ『能力』を使うことができたのか!?」


黒松が壁に気づく。そして同時に俺は自分の喉の渇きに気づく。

そうか、分かってきた。この『能力』というのは俺の『水分』を使っているのだ。

そして自分の『水分』が無くなれば『能力』は使用できない。

先程、『防壁』が消滅してしまったのも、

喋れなくなるほどの喉の渇きもこの『能力』のせいだったのか。


「くっ……俺が佐藤をダウンさせる!」


五十嵐がこちらにターゲットを変える。思いついたことを試してみる。

どういう大きさにも、どういう形にも『防壁』を作れるということは、

こういう風にもできるのではないのだろうか。


「……!?な、何!?」


五十嵐が緑色を帯びた半透明の立体の中に居る。やはりだ。

六枚の『防壁』を上手く組み合わせ『籠』を作ることに成功した。

なるほど。こういうこともできるのか。

関心していると喉の乾きが酷いことに気付く。

たくさん作れば作るほど、細かく作れば作るほど、水の消費も激しいのだろうか。

そう考えていると、ミノタウロスがこちらに走ってきた。

ホラー映画かと思うような迫力に平伏しそうになる。

だが、今の俺には対抗する手段がある。戦うしかないのだ。

イメージを研ぎ澄ます。『相手を突き飛ばす』というイメージを。

すると空中に『円柱』が現れ、突っ込んでくるミノタウロスに突っ込んでいった。


「ごあぁっ!」


俺の『能力』が何なのかが大体分かってきた。

恐らく、俺が脳内で想像したように現実に半透明の立体を作り出すことのできる『能力』。

そしてそれを動かしたりすることも可能。

それが俺の『能力』だろう。ミノタウロスが壁に叩きつけられる。

喉がとんでもなく渇いたので、ウエストポーチから取り出し、

ペットボトルに少し残った水を飲む。中身が全て無くなったため、雑巾を絞るように捻りつぶす。


「……なるほど。『能力』の使い方を覚えたのか……」


黒松はいつの間にか人間に戻っていた。

静かに笑いながらこちらを見る目は少し悲しみに満ちていた。


「うむ。敵ながら、天晴であった。お前と戦えたこと、誇りに思うぞ。

 名前はなんと言うんだ。」

「佐藤、佐藤真人。普通の男子高校生だ。」

「……ハハッ、お前のような普通がどこに居るんだ。」


やはりこいつも、俺を普通と認めてくれなかった。

龍野も『減速空間』から抜け出せたらしく、俺の隣に人間の姿で立っていた。

五十嵐はまだ、『籠』の中に閉じ込めたままで、

黒松はもう立ち上がることもできないようだった。

俺たちが今は優勢だ。


「龍野殿。本当にありがたい。最後に戦えたのが貴方でよかった。」

「最後なんて言わないで下さい……今、『降参』して下されば、

 お腹の傷も直します。」

「ふっ……だがな……もう遅いのだよ。」

「えっ……?」


そういって黒松は後ろの壁を見る。窓のある、外側の壁だ。

見てみると、壁全体に亀裂が走っている。

ドラゴンの姿の龍野がミノタウロスの姿の黒松を叩きつけた壁に、

今、同じように俺は叩きつけてしまった。まさか。

壁が崩れる。壁に寄り掛かっていた黒松は、瓦礫と共に落ちていった。



-fin-

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