表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕の隣の座席はドラゴンです。  作者: 遠藤戦争
第一部「非日常の序章。」
3/23

第二話「魔王。」


騒がしいファミレス店内の中、俺達の席だけは何故か静まり返っていた。

それもそのはず、つい先程までゴールデンウィークの課題に追われていたような一般的な学生が、

突然「私、実はドラゴンなんです。」なんていう衝撃の発言を受けたらこうなるのは当然だろう。

沈黙を最初に破ったのは赤石だった。


「ふむ、理解した。」

「えっと、別に無理して信じる必要は……。」

「これは夢だ。僕はまだ寝不足のようだ。」

「壮大に現実逃避したな、おい……。」

「冗談だ。だがこれだけの情報ではまだ信じることはできそうにない。

 龍野よ。話を続けてはくれないか。」


ちゃっかり呼び捨てである。


「えっと、これはまず魔界について言った方がいいですね。

 一応この世界には、今、私達がいる人間界と、

 ドラゴンの私のような魔物が住んでいる、魔界というものがあります。」


うなずきすら忘れる。そんな話はおとぎ話の中だけでは無いのか?

急に周りの声が聞こえ無くなる。先程感じた自意識が現実になる。

俺達は今、間違い無く『非日常』へと足を踏み入れたのである。


「昔は魔界にはちゃんとしたルールが無かったので、

 魔界に住む私達、魔物は好き放題人間界に降臨することができたんです。

 失礼な言い方ですが、魔物には人間と違って世界を移動する力があったんです。

 そしてその時姿を見られた魔物が、皆さんの世界の神話や妖怪として描かれているんです。」

「なんだって……!?」

「じゃ、じゃあアダムとイヴとかも……(もぐもぐ)」

「勿論いましたよ。」

「は、話が飛び過ぎてついていけません佐藤先輩……(もぎゅもぎゅ)」

「お前ポテト食うの一旦止めろよ……」

「今は魔物が人間界に行って無闇に人間を殺めることに反対する魔物が多くなったり、

 度重なる魔界での紛争の結果、その二つを抑えるための組織として、

 『魔界十二議会』というのが構成されたんです。」

「まかいじゅうにぎかい?」


また聞きなれない言葉が出てきた。水を少し飲む。


「『議会』は魔界を安定させるために作られた機関です。

 イメージ的には人間の世界で言うと国際連合みたいなものだと思います。」

「なんというか随分政治的なんですね。イメージ違います。」

「魔界十二議会には名前の通り十二種類の種族が集まって魔界を統治しています。

 紛争の根絶、人間界への渡界制限、難民救助、差別問題の解消などもしており、

 それらに従わないものに対しての武力制裁を行うことができます。

 そんな議会なんですが、十年に一度、または不祥事の発生に合わせて、 

 『議会』の中で最終決定権をもつ『魔王』を新たに決める選定式があるです。」


龍野の口からでてきた『魔王』という言葉。

アールピージーの世界では、世界征服、侵略活動をする姿が一般化されてる。

俺だってそう思っていた。そのせいか、なんだかとても拍子抜けした。

実際はこんなにもしっかりとした統治を行っているとは。人間よりもしっかりしている。


「選定式の内容は、

 『元々魔界十二議会に所属している十二種族からそれぞれ代表一名を選出して、

 人間界でバトルロワイヤルを行う』、というものです。」

「へ?」


バトルロワイヤル。つまり生き残りを懸けた戦い。

ここまで言われて大体の話が掴めてきた。つまり、龍野は戦闘のまっ最中で、そこに俺達が勝手に入り込んだのだ。

だから先ほどの男は龍野の殺害を試みていたし、それを邪魔する俺達をも殺そうとしたのか。


「先程も言いましたが今の魔界は、人間界に行く権利を制限してるんです。

 魔物や人間自体の保護のため、魔界と人間界の全面戦争を回避するためです。

 ですから、今の人間界には基本的に大きな魔物はいないんです。

 そこで選定式では、その代表を人間界に送り込むことで、

 代表同士だけで、他の魔物の干渉が一切できないようにして戦うんです。」

「……なるほどな。」


赤石が口を開く。ポテトを摘む。つられて俺も一口食べたが、味はそこまで感じなかった。

まだ、この状況に俺は付いていけていないようだ。

 

「僕達はつまり権力争いに巻き込まれたわけだ。

 ということは僕達が君を助ける、という行為は違反なのではないか?」

「どういうことだ赤石?」

「第三者の関与を完全に許可しないのなら、僕達の龍野の救出、

 男に対しての攻撃は違反行為だろう。僕達が殺されても、

 あるいは龍野に何らかのぺナルティがあっても文句は言えない。」

「……俺達、死ぬの?」

「さようなら先輩達……葬式では思いっきり泣いてあげます……。」

「いえ、その点は大丈夫です。先程赤石さんが質問した赤石さんたちを攻撃した男の正体ですが、

 あれはちゃんとした人間です。」


驚愕である。少なくとも俺の知るうちでは人間は相手に認識させないような

スピードで動くことができないはずだ。


「……あれが人間?」

「はい。魔王になるためには全てが必要なのです。

 戦闘力、知能、行動力、戦略、判断力、運、そして人間との協調性。

 それを調べるためにも人間と『契約』を結ぶ必要があるんです。」

「けーやく?」

「これをすると契約した人間に『能力』という特殊な力、魔物には

 魔界にいる時に使えた力の一部である『技能』が手に入るんです。

 それに契約した人間の身体能力自体もある程度強化されますので、

 その人と協力して私達はサバイバルをするんです。」

「ということは龍野。お前は契約をしていないな。」

「……赤石先輩は今の情報量でよくそこまで理解できますね。言われて気付きましたよ私。」

「まったく分からん。教えてくれ村田。」

「六百円です。」

「はい。」

「……プライドくらい持ってくださいよ。

 協力をするってことは基本的に契約した同士は常に近くにいるべきでしょう?

 そして龍野ちゃんは救出した時ボロボロだったでしょう?

 だったら契約をしていないと考えるのが普通ですよ。

「……じゃあ吹っ飛ばされた時、対抗手段が無かったってことか!?」

「はやく契約ができるのも才能の一つです。こればっかりは契約私が悪いんです……。」


しょんぼりする龍野。

確かにルール上不正ではないのかもしれないけれど、何か釈前としない。


「一応、魔物はみんな元の姿に戻ることはできるんですけどね……。

 あれも所詮、契約をしてなかったなら体を大きくするだけですから殆ど無意味です。」

「元の姿……じゃあ俺が受け止めた時はドラゴンの姿だったのか!」

「す、すみません、後ろに人がいると分かって急いで人間になったんですけど……」

「だからあんなすごい重かったのか……」

「お、重いって言わないで下さい……でも確かに、あの人間は恐ろしい『能力』を持ってました。」

「訳のわからないことをされたぞ。

 俺には『瞬間移動』をしたように見えたのだが、赤石は俺が『遅くなった』ように見えたんだ。」

「……恐らく『速度を操る』能力でしょうね。詳しくはまだ断定できませんけど……」

「能力って本当にすごいんだな……」

「はは……」


しばし全員でポテトを摘む。会話がない。恐らく皆考えごとだろう。

そして龍野は席を立った。


「すみません、久しぶりの食事だったのでお腹壊しました……トイレ行ってきます。」

「あーはい。私案内しますよ。佐藤先輩もどうです?」

「いいよ遠慮しておく。」

「つれないなぁ…」

「つれてたまるか!」


村田と龍野が席がいなくなり赤石と俺は顔を合わせる。

考えているのは恐らく一緒のことだ。龍野の今後、である。

ここまで相手のことを知ってしまった上で見捨てるのはどうも忍びない。

ましてや、龍野に今抵抗できるだけの力がない。

そんな女の人をサバイバルに投げ込む。そんなの冗談じゃない。

それに先程の「久しぶりの食事」という言葉は恐らく真実だろう。

魔界から急に人間界に来た訳だから住む場所も、家族もいないのだろう。

毎日十分に食事をとれる訳でもなく、それどころか、

明日無事生きていれるかどうかも不明瞭なのである。

自問自答を繰り返す。俺がここですべき最善の選択は何なのか。


一瞬である。不意に視界が黒で染まる。

恐怖というよりは驚愕という感覚。特別眠いわけではないが目が覚め切る。

小さなガチャガチャという音と話し声が少し聞こえる。

目の前に赤石が映る。店内の騒めきと謝罪のアナウンスが流れる。

ここまでしてようやく、停電をしたと言う事実に気付く。

しばし互いに顔を見合わせる。


「まずい…!!」


赤石が座席から立ち上がる。進行方向を見て全てを理解した。

まさか。そんな。頼むから思い過ごしであってくれ。お願いだ。

このダッシュの結末は、俺達の思い過ごし、欲を言えばラッキースケべ的展開で俺が怒られる、

そんなイベントでいいだろう。そんな馬鹿話、そんな取り越し苦労でいいだろう。

だが現実は無慈悲だと、壁によりかかっている村田が教えてくれた。

見た所、腹に拳を一発貰ったようだ。うめき声を漏らしている。


「大丈夫か、村田!」

「ちょっとお腹痛いので休ませてください…

 座席まで運んでください。会計はすませておきますから。

 窓から見えましたけど、龍野ちゃん、多分さっきの公園の方角に攫われてます。」


どうしてこうもうまくいかないのだろうか。

お金を適当に置いて、自動ドアに肩をぶつけながら、

俺達は本日二度目の全力疾走をした。




先程の公園に着いた。

ゴミステーションはゴミ袋がそこら中に散らばっている。

俺達を照らす明かりはもう街灯だけになっており、

そんな時間帯に公園に来るような人間は殆どいない。

だが中に入ると公園の広場の中心に人影があるのが視認できた。

手足を縛られ気絶していると思われる龍野と男が二人立っていた。

今回はしっかりと顔を見ることができた。見覚えのある、渋い顔つきだった。


「……お前!五十嵐か!?」

「先程ぶりだな、佐藤、赤石。村田はいないようだな。」


五十嵐励人。

謎の男は同じクラスの、龍成高等部生徒会高等部書記だった。

そこそこまじめな性格だがそれなりに話も分かり少し面倒臭がりのがたいのいい男。

柔道部もやっており、エース的存在だったはず。


「お前もこのサバイバルに参戦していたとはな、驚きだ。」


目の前の人影の数は一人減っておりそれに気付くと後方から声がする。

瞬時、相手の行動の大体の察しが着いた。

背面方向から首に向けて伸びてきた腕を素早く後ろを向きながら掴む。

引き攣った顔が一瞬目に入る。行動に予測さえつけば超速度でもスローモーションでも関係ない。

ただそれに合わせて行動するだけである。そのまま回転の勢いを利用して

掴んだ腕を自分の方に引き込ながら右手の拳を五十嵐の下腹部に打ち込む。

拳は空を切る。手の痺れと目の前の少し離れた五十嵐を見て、

手を振り払ってバックステップしたことを悟る。

やはり、俺にはどう見ても高速移動にしか見えない。


「今の速度に対応できるか。流石、

 『ほぼ全ての武道、武術をマスター』しているだけの実力はあるな。」

「……一部だっての。そんなに実力はねえよ。」

「確実に俺より柔道だってうまいだろう。どうだ、俺と一緒に全国を目指さないか?」

「勧誘するタイミングじゃないだろ今……。柔道はお前より弱いし、それに部活は嫌いだ。」

「そうか。それに赤石、さっきの飛び蹴りは良かったな。

 俺が油断していたのが悪いのだが完璧に入っていたよ。」

「僕が言ったことだからな。成功するのは当然だ。」


五十嵐からは余裕そうな雰囲気が出ている。

しかしその中には確実な戦う意志が感じられる。

後ろから首をつかんで投げるなんて行動を普段のあいつがするはずがない。


「五十嵐。俺達はお前が捕らえたと思われるそこの女の人を返してもらいにきたんだ。」

「分かっているさ。だからこうしたのさ。お前の『能力』が分かってない以上な。」

「俺は契約を行っていない。やり方すらしらないぞ。」

「何だと?おいおい、純情なんだな案外?」

「え、何?契約ってまさかエロいことなの?」

「俺の契約した相手は男だ。」

「五十嵐……柔道やってるからってそっちの趣味を持つのは……」

「佐藤。発言パターンが村田になっているぞ。」

「……ハァ、面倒臭せえな。本題を言おう、この女を見捨ててお前らは今すぐどこかにいくんだ。

 できれば知っている人間を殺したくはない。」


殺したくはない。口ではそう言ってるが、実際はどうなのだろうか。

五十嵐の顔には迷いが感じられる。つまり、今のこいつには俺達を殺すという選択が存在すると言うことである。

やはりこいつは恐怖の塊である。得体が知れない。

どうしてついこの前までクラスで会っていたやつに対してそういった事を考えることができるのか。


「有言実行だ。」


赤石が本日四回目の有言実行を行う気らしい。


「『今からあいつにはったりをかます。』」

「それ言ったら意味無くないか!?」

「ハッハッハ、お前は本当に面白いな赤石。言ってみろよ。はったりをさ。」

「……どうして村田がこの場にいないか、分かるか?」

「何だと?」

「ファミレス内で『能力』を使ったかどうかは知らないが、

 そこで決着を付け無かったのは失敗だったな。

 いや、決着を付けられなかったのだろう。あそこは人の目が多すぎる。

 話を聞く限り、魔物は基本的に人間と不干渉を貫きたいだろうからな。

 だからこんなところにわざわざ呼びこんだんだ。」


赤石は無表情で言葉を続ける。だがその言葉には確かな自信が感じられた。

水を打ったかのようにその場が鎮まりかえる。


「早く言え。まどろっこしいのは面倒だ。」

「村田は警察に通報している。」


あくまで淡々と事実を述べるような赤石の言い方は、

それだからこそこのはったりの信憑性を、迫力を高めている。


「通報のために、村田にはファミレスに残ってもらった。

 恐らくお前に何らかの方法で暴行されたという証拠にもなるだろうからな。」

「……なるほどな。」

「さて、お前に、このはったりを否定できる材料があるか?」

「お前は言ったことを実行する主義だろう?ならそれははったりだろう。」

「馬鹿が。僕の信条で人が死ぬのは本末転倒だ。

 この信条は、他人を幸せにするために俺がやっていることだからな。

 別に破るのは初めてじゃ無い。過去に2回もしている。」


空気が凍り付く。

お互いがそれぞれに独特の雰囲気を醸しだしている。俺はただ黙って見ているしか無かった。


「……仕方が無い。そのはったりに騙されよう。

 一つネタ晴らしをするとこれ以上の『能力』の行使は『反動』がきつくて嫌なんだ。」

「『反動』……?」

「五十嵐、何故お前は僕達を待った?それと、本当に殺す気だったのか?

 理由がわからない。」

「待ってたわけじゃない。いろいろあったのさ。

 それと殺す気ではいたさ。だが、今使える『能力』程度なら佐藤が対抗可能なんだ。

 俺はできるだけ確実な戦いをしたい。」

「ならばもう一人の、契約した相手が佐藤を殺せばいいだろう?」

「いや、あいつはもとからこの作戦に反対なんだ。俺一人で殺すという約束をしていたんだ。」

「了解した。」

「……もしここで俺が契約してたらどうなったんだ?」

「俺達二人でお前を殺しただろうよ。」

「……さいですか。」


とりあえず問題が片付いて少しほっとした。




丁寧に謝罪をして、龍野の拘束を解いて、五十嵐達は帰って行った。

「次会った時は全力でやろう。」と言われた。変な所だけ真面目である。

色々と理由はこじつけてはいたが向こうも何だかんだで殺すという事が怖かったのだろうと、思う事にした。

友人が殺人に躊躇が無いとは考えたく無かったからだ。

それと結局もう一人の方は今日は顔すら見せなかった。どういう奴なのだろうか。

顔だけでも知っておきたかったと後悔している。

龍野の方は結局また意識を失っていた。相変わらず俺がおぶることになった。

落ちついた今、龍野をおぶってみると、女子特有のやわらかさと匂いが感じられる。

なんかもう勘弁して欲しい。その後、村田を拾っていくためにもファミレスに向かってみると、

あの後さらに単品ものを頼み続けていた。ポテト二十六皿。ふざけるなよ。

会計がなかなかに高くなってしまったため、割勘をしてファミレスを後にする。

荷物なども置いてあるし、龍野の事もあるのでとりあえず赤石の家に上がる。

京子はお風呂から出てきたばかりのようでパジャマだった。


「お帰りなさい兄さん、遅かったで…ッ!?」


妹さんがこの世の終わりのような顔をしている。何事かと思うと視線は俺の背中に向いていた。

龍野を見ているのか?どうしてだろうか。震え声で京子は口を開く。


「に、兄さん…?その女はどなたです…?新しい妹ですか?」

「妹よ。新しい妹という言葉の意味を今一度調べるんだ。」

「ごめんなさぁぁいぃぃ…役に…グスッ…立ててなくて…

 お願いですから…すてないでくだあいぃ…」

「落ち着け。」ぎゅっ

「うぅ…」ぎゅっ


赤石兄妹が抱きしめ合っている。おいおい、俺達もいるんだぞ。

それを無視して、とりあえず龍野を赤石の部屋のベットに置いた。

ベットに置いた衝撃からかそのタイミングで龍野は目を覚ました。


「おっ、無事だったか。大丈夫か?」

「うぅ……頭、痛いです……」

「大丈夫か?水いるか?」

「お願いします……」


村田に介抱を任せて、コップを取りにキッチンへと向かう。

すると喋り声、というかうめき声に近いものが聞こえる。

見てみると戸棚の前に妹に押し倒されている赤石がいた。


「兄さん……兄さぁぁん……」


京子さんが思いっきり赤石の胸に顔を埋めてらっしゃる。

なんというかこの場合、俺はどこかに行った方がいいのだろうか。

立ち往生していると赤石が俺に気付く。少し困りつつ優しい顔をしながら妹を撫でている顔から、

いつもの顔に戻っていた。無表情だが明らかな照れが見える。


「妹よ。目の前に佐藤がいるのだが。放してくれ。」

「やっぱりそういう関係だったのかお前ら。」

「妹。どけ。今すぐ。おい。」

「兄さん……うぅ……」


俺が冷やかすと赤石は焦っていた。しかし妹は離れない。

普段は出さない赤石兄妹の態度である。赤石は俗に言うシスコンなのである。

対して妹の方も俗に言うブラコンなのである。見た所、妹の方が少し過剰になっているのだが。

しかし基本的に人が目の前にいる時はそうそうこうはならないものだ。

したとしてもよくハグする程度、とはいってもそれもおかしいのだが。

赤石京子も赤石彰浩と同じく、一つの信条を持っている。『不言実行』。

赤石の『有言実行』とは逆に、自分のする行動を決して他人に言わないのだ。

何も言わずに、静かに全てのことをこなしていく。

現に、この家の家事は全て赤石京子が担当している。

赤石家は妹一人で回っていると言っても過言では無いだろう。

現在のこの状況は恐らく、昨日から部屋から出ずにゲームをしていたし、

今日も俺達と遊んで、ご飯も外で食べてと家の中で接する機会が少なく、

それが龍野の訪問により爆発してしまい、結果『兄さんに甘える』と、不言実行したのだと思う。

最終的にこれは邪魔してはいけないと俺は思ったので、

俺はコップを赤石兄妹をうまく避けて取り、水を入れて「ごゆっくり」と言って部屋に戻ることにした。

戻る途中に聞こえた赤石の助けを求める声は気にしないことにした。




「水持ってきたぞ。」

「ありがとうございます……。」


水を飲む龍野。大分落ちついたようだ

余談だが人が水を飲む姿と言うのは何か特殊な魅力があると思う。

時々、無意識に見つめてしまうことがあるが他の人はどうなのだろうか。

そんなことを考えていると村田がクローゼットから赤石の物と思われるジャージをひっぱりだしていた。


「龍野ちゃん。ファミレスで赤石先輩から許可取ったからこの服着てね。

 流石にそんなぼろぼろの服じゃせっかくの美人が台無しだよ。」

「おばさんみたいなことを言うなお前。」

「うるさいです。ほら、男子は出ていってください。」


一度部屋から出ていく。扉越しに龍野に質問をしてみる。


「お前、住む場所とかあるのか?」

「……今までは公園のしげみとかで寝ていました。」

「ご飯は?」

「試食コーナーで……それ以外は特に……」

「風呂は?」

「昨日人間界に来て初めて入りました……」

「お金は?」

「二日前に一万円拾って喜んでました。いけないと思ったんですがそれで銭湯に……」


思った以上に絶望的だ。文明人の生活とは程遠いものである。

布の擦れる音がする。何故かこちらが恥ずかしくなる。

こんなことなら赤石を助けておいた方がよかったか。


「何日前くらいから、こういうことをやっているんだ?」

「えっと、一ヵ月前くらいです。」

「一ヵ月!?」


ありえない。女の人がそんな生活をしていていいのか。せいぜい数日のことだと思っていた。

しばらくして、入室の許可が出たので部屋に入る。

ジャージなんていう芋臭い服を着ていても、気品を感じさせるような顔。

こちらの目線に気付いたのか龍野もこちらを見る。

美しい青い瞳と青い髪を見てきょとんとした顔を見ていると、

こちらの方が罪悪感が湧いてくる。やはりこの龍野は、この女の人はこんなことをするべきではない。


「つらくないのか……?」


この質問は基本的に意味を無さない。

本人にとってつらくないわけがないのだ。

ただ単に俺が気まずいから出るだけの質問である。

故につらいのかと聞かれた時に人がする返答のパターンは大体限られる。

例えば、思いっきりぐちを始めることだったり。

例えば、思いっきり泣きつくことだったり。


「種族の立ち位置も私にかかっているんです。

 魔王を目指すってことはそういうことなんですから、これはしかたないんです。」


はにかむ龍野。ほら、この通りだ。

例えば、こんな風に本心を隠すことだったり。

確かに、はにかんではいる。だが顔にはやはり、明らかに悲しみが浮かんでいた。

いてもたってもいられない。この人を救いたい。俺は決心を決めた。

俺はこの人の力になりたい。正しい選択ではないかもしれないが、

こうすることが最善だと、俺は思うことにした。俺はこう言った。


「龍野、俺と契約をしよう。」



-fin-


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ