第一話「ドラゴンがやってきた。」
ゴールデンウィーク初日。午前11時。晴れ。
まだ夏には遠いというのに、流石に長袖を着て外に出るには適さないような気温になったため、
暑がりな俺は半袖のシャツを着ていくことにした。
祝日というだけあって、普段の住宅街も何か楽しげな雰囲気に包まれているように感じる。
というより、この時間帯に自分が学校に居ないという優越感が、
恐らく俺の心を上機嫌にしているのだろう。
俺はそんないい天気のいい気分の日に、友人の家へと向かっていた。
「しかし、アイツは今から何をするつもりなんだろうな……
いや予想はつくけど、そうじゃないといいんだが。」
独り言を言っていると、その友人の家に着いた。
ごく一般的な一軒家。不況の波にも負けず、最近建て直された立派な家だ。
駐車場に車はない。どうやら両親はいないようだ。
インターホンを押すと、パタパタというスリッパの音と共に玄関のドアが開かれた。
「はーい……あ、佐藤さん。いらっしゃい。」
肩までくらいの長さの髪の毛にはしっかりと手入れをしている事は、
見た瞬間に分かり、女子にしては長身だが(168センチくらいだったか)
ぱっちりとした目のお陰か、少し幼い印象を受ける。
スポーツ少女、と言われそうな見た目だが部活には入っていないはずだ。
赤石京子。俺の友人を兄に持つ、龍成学校群中等部3年生である。
「あー、どうも。妹さん。」
「うちの兄が呼んだんですね。昨日からまだ一回も部屋から出てないと思いますが。」
「……今度はどんなことを言ったんだ?」
「『昨日の帰りに購入したゲームを3週する』、だそうです。」
「普通そういうこと友人が来るときするかね…まぁいいや。おじゃましまーす。」
階段を上って「彰浩の部屋」というネームプレートが掛かっている部屋のドアをあける。
部屋に明かりは付いておらず、カーテンを締めてあることもあり薄暗い。
テレビ画面の光だけが部屋を明るくしている。画面にはスタッフロールが流れており、
スピーカーからはエンディングに相応しいファンファーレのような明るい音楽が流れていた。
そしてその画面の前には長々としたエンディングを無視しながら、
薄いタオルケットに包まりすやすやと眠っているジャージを着た男がいた。
「……起きろコラ。」
「ん……誰だ僕を起こすのは……京子か……?
僕は『佐藤真人が来るまで寝る』と有言実行したんだ……寝かせろ……。」
「いや佐藤だから。」
「おはよう佐藤。よく来てくれた。」
「……本当に切り替わり早いな。」
ぼっさぼさの髪の毛を瞬時に整え、散らかっている部屋の片づけを始めたこの男。
赤石彰浩。先程の京子さんとは兄妹の関係である。
俺との関係はというと、小学部1年生の頃から高等部2年生の今まで、
同じクラスになったという驚異的な腐れ縁だ。
容姿は男らしい、という言葉はあまり似合わないが女々しいわけではない。
妹によく似た少し中性的な印象を受ける顔は、たくさんの女子を引き寄せそうである。
ついでに男子も来そうである。
最近悩みを聞いたところ、妹に身長を抜かされたらしい。ドンマイ。
しかし、この赤石彰浩に好んで近づく生徒はあまり多くない。
ましてや俺のように、家に来る友達など他に1人くらいしかいない。
「当たり前だ。僕が『言った』事なのだから、僕が守るのは当然の事だ。」
いつの間にか部屋の片付けは終わっていた。
赤石には一つの信条がある。それは有言実行。
この赤石という男は一度自分がやると決めたことを『言った』場合、
『どういった状況であろうと』それを達成しようとするのである。
普段の赤石は特に特技もなく、全体的にパッとしない成績なのだが、
この時ばっかりは普段の3倍ほどの力を出しているような気がする。
現に今まで、中間テストから期末テストにかけて順位をいきなり200位上げたり、
運動会のリレーではアンカーで4人抜いたりしている。
他にもいろいろ成し遂げているがそれはまた追々話すことにしよう。
ただ、有言実行する時に他人の事情などは基本的に顧みない。
例外もあるにはあるのだがそれは他人の生死が関わるレベルだ。
そうでもなくても喋り方が特殊なため、好んで近づく生徒が少ないのだ。
「で、今日はなんで俺を呼んだんだ?」
「ああ。僕が君を呼んだのはほかでもない。
ただ、用件を話す前にもう一人が来るのを待とうじゃあないか。」
「もう一人……あぁ、アイツを呼んだのか。」
「その通り、だ。」
ピンポーン。
丁度のタイミングでインターホンが鳴った。しばらくして部屋のドアが開かれる。
先程言った赤石の家に来るほど仲のいい友達である。
「先輩方、どもー。」
「よぉ、久しいな。」
「村田薫よ。久しぶりだな。」
村田薫。男のような名前だが女である。最近流行りなのだろうか?
龍成高等学校一年生。俺や赤石の後輩である。
一年前にいろいろあった後、つるむ関係になっている。
小柄で少しジトッとした目は目つきが悪いと言われそうだが、やわらかそうな頬、
整った顔立ち、少し長めの睫毛のお陰か、有り体に言えば「かわいい」顔をしている。
首にはごついヘッドフォンが掛けてあり、女の子がするのには
少し似合わないはずのでかい腕時計、さらにでかいリュックサックを背負っていた。
しかしこいつは何を着せても似合う。まるでそれらがこいつの体の一部なのではないか、と
服の方が村田に合わせている気もするほど似合うのだ。
そして、村田は何をやらせてもそつなく、そして上手にこなす。
運動、芸術、学業、全てにおいてトップレベル。いわゆる天才なのである。
しかし興味本位でゴールデンウィーク前に何か苦手なことはないのか、と聞いてみた所
「料理をすると確実に失敗する」と言っていた。意外である。
「今度食べさせてあげますよ」と言われたので是非とも遠慮したい。
性格はさっぱりとしていて、クールな印象を受ける。
「男二人で地面にタオルケット……お楽しみでした?」
だからこそ時々言う下ネタを見た目も考慮してやめてほしいのだが…。
部活動はサバゲー同好会、家庭科部、漫画研究会、自然科学部の4つを
兼部している。何やらいろいろやるのが好きなようだ。
「さて、2人が来たところで本題を話そうか。」
「赤石先輩、今日は何するんですか?」
村田は髪の毛をいじりながら赤石に尋ねた。
「うむ。我々は所謂ゴールデンウィークというものに入ったわけではないか。」
「そうだな。」
「しかし、愚かな教師どもはこのゴールデンウィークにわざわざ課題なんてものをだしてくれやがった。」
「そうだなそうだな。」
「というわけで今から全ての課題を終わらせてしまおう。」
「そうだなそ……おい、1日でやる量じゃないぞこれ。」
恐らく三人分の課題を積んだら村田より高くなる気がする。そんな量である。
「……正直5日間かけても終わるか怪しい量ですよ。」
「関係ないね。『今日中に宿題を終わらせる!』
「うええええええまじかぁ……」
赤石はシャープペンを手にすると、凄まじい早さで問題を解いていく。
『有言実行』してしまった赤石は俺でも村田でも止めることができない。
しょうがなく俺と村田は課題を進めるのだった。
ペンは進む。
普通こういった友人が集まって勉強するという物は、
数分でゲームだのなんだのに変わってしまう物だと思っていたのだが、
まじめな赤石を見ているとなんだか申し訳なくなり、俺もやたら勉強をしてしまっている。
会話が一切ないこの時に、自分の自己紹介を済ませておこうと思う。
俺の名前は佐藤真人。好きな食べ物はエビフライ。得意教科は科学。
『少しばかり』武道を齧っている普通の男子高校生だ。
しかし、俺がそう言った所で誰一人として、普通を認めてくれはしない。
一体なぜなのだろうか。常軌を逸したような性癖があるわけでもないのに。
「寝る時は全裸な佐藤先輩。」
「たった今モノローグで変な性癖はないと言ったタイミングで、
俺に不名誉なステータスを付与させるんじゃない、村田。」
「すみません、失礼しました。今も全裸でしたね。」
「お前の目には今何が写っているんだ!Tシャツジーパンの俺が見えないのか!」
「すみません、目が悪くてちょっと分からないですね。」
「今すぐ眼鏡を買ってこい!」
「眼鏡フェチなんですね。」
「ちげーよ!俺の名誉を守るためだよ!」
「そんなことより質問いいですか全裸先輩。」
「全裸を取り消せ、全裸を!」
一回、村田の冗談を無視することにした。
「唐突ですけどアダムとイヴの話ってあるじゃないですか。」
「あー。神が一番初めに作った男と女みたいな感じのやつだな。」
「そこらへんはいろいろな解釈があるので、分かりませんが。
その中に、禁断の果実ってあるじゃないですか。」
「あー。」
「アダムとイヴは禁断の果実を食べてはいけないと言われたにも関わらず、
蛇にそそのかされてそれを食べてしまうんですよ。」
「確か、それでアダムに勤労の罰、イヴに出産の罰を与えた、みたいな話だよな。」
「はい。大体そうです。そこで佐藤全裸いに聞きたいんですが。」
「なんだその新しい役職。というか生憎俺は神話に詳しくないから細かい解説はできないぞ?
解釈は人それぞれだから俺も一般的なイメージでしか言えないし。」
「禁断の果実を食べると知恵がつくらしいのですよ。
知恵がついた二人はお互いが裸であることを知って恥ずかしがるそうなんですが、
なぜ知恵がついていると裸を恥ずかしがるんですか?」
「……何が言いたいんだ?」
「別に野生の動物達は知恵がありますし、そそのかした蛇も最も賢い、と言われてるそうです。
なぜ、人間だけが、知恵を持った途端に裸を恥ずかしがったんですかね?」
「あー。そういうことか。……なんでだ?」
「そこでもし恥ずかしがることがなかったら、私たち今頃全裸ですよね。」
「そうはならないんじゃないか?服装って別に、恥ずかしいからとか以外に、
制服みたいに、集団であることの証明としてとか、寒さや暑さから体を守るなんていう、
いろいろな意味があるからさ。」
「ぐー。そこでまじめに答えないでくださいよ。全裸パラダイスの夢が否定されました…」
「何だその不愉快なパラダイスは。」
「私の生涯をかけた夢ですよ!」
「もっと別のことに使え!」
「でも、本当に何で恥ずかしがったんですかね?」
切に疑問に思ってしまう。
村田と俺は喋るのをやめ、お互い考え始めた。
「神と比べたからじゃないか?」
ぽつりと赤石が口を開く。
「絵に描いてある神は大体服を着ている。神と人間は大体が同じ姿をしているしな。
神と比べ確実に劣っていることを再認識したんだろう。
劣等感くらいなら知能を持った瞬間に分かるだろう。」
「あー。なんかそれっぽい。」
「そうですねー。」
なんとなく合点が言って少し気が晴れた。
しかし、村田の「そうですねー。」を最後に誰もしゃべらなくなった。
何か寂しいので俺は村田に質問をすることにした。
「なぁ村田。俺からも一つ質問をしていいか?」
「はい、いいですよ。スリーサイズは上から」
「なんでお前はこんなこと聞いたんだ?」
「理由はないですよ、全裸先輩。」
話が続かない話題はやめてほしいものだ。
結局先程の会話以外殆ど喋らず、
朝の11時に集まった後、夜の7時まで課題を3人でしていた。
何というか、うら若き高校生のするべきスケジュールではない気がする。
赤石は4時にもう課題を終わらせて「昨日徹夜でゲームだったから」と言って眠っていた。
しかしせっかく課題をやる為に来たのだから、と俺と村田は課題をやり続け、
俺は全体の約三分の二くらいを終えることができた。
「五日間かけても終わるか怪しい」なんて言ってた村田はちゃっかり全部終わらせていた。
いくら学年が違うからといってもそんな量はかわらないはずなのに。おのれ。
「案外、終わるもんだな。」
「そうですね、佐藤先輩。赤石先輩起こしてくださいよ。ご飯食べにいきましょうよ。」
「そうだな…おい、起きろ赤石。起きろ。」
「ん……後2日……」
「2日!?欲張りだなお前!?」
「くっ、何故起こした。」
「村田が飯食いに行こうってさ。」
「ふむ。なら皆で行こうではないか。」
適当に片づけをし、家を出て近所のファミレスへと3人で歩く。
風も吹いている訳でもなくやけに静かな夜だった。
3人で当たり障りのないことをしゃべっていた。
そんなのんきにファミレスに行く途中。そうまさに行く途中の出来事だった。
喋りながら近所の公園を通り過ぎたその時。中では誰かと誰かが言い争っているような声が聞こえた。
不良同士の喧嘩だろうか。いや、これはどちらかと言うと、
一方的ないじめのようなものだろう。謝罪の声が聞こえる。
「ああいうのには近寄らないほうがいい。面倒だ。」
赤石が言った。その直後である。
ヒュンッ。風を切る音。それもかなり大きな音。それに合わせて、
とてもでかい何かが、俺をめがけて飛んできた。
「……!!」
反射行動、俺は飛んできたものを受け止めようとする。
回避をできないことは速度で分かったため、この行動を取る。
しかしかなりの勢いで飛んできたそれの勢いを殺すことはできない。
同じように俺の体は飛行物体の進行方向に沿って動く。
空を飛ぶような感覚を刹那味わう。道路を隔て、丁度公園向かいのゴミステーションへと吹き飛ばされる。
幸い廃棄されたゴミがクッションになり軽傷で済んだ。
ゴミ袋も破れることはなく、中身が散らばるなんてことも起きなかった。
しかし、いくらクッションがあったとしても激突と衝突の衝撃が俺を襲う。
眩暈。吐き気。痛覚。声にならぬ声。
込み上げる色々な物を飲み込み、とりあえず飛んできた物を確認する。
痛烈な違和感を感じる。
先程俺が受けとめた物は、受けとめたと思った物は、
明らかに俺より大きいはずだった。大きい手ごたえを感じていた。
現に体が受けた衝撃はそれ相応の物だった。
しかし、今俺の上に乗っている物は俺と同じような大きさだった。
いや、むしろ俺より小さい物である。ほのかな花の香りが鼻をくすぐる。
気分が落ちつくにつれ、俺に飛んで来た物が女の人だということが分かった。
細身で、オーバーに言うと力を入れればすぐ折れてしまいそうな程で、
とても美しい青く長い髪。失礼ながら体に少し釣り合っていない大きな胸。
水のように透き通っているような肌。お姫様という言葉が似合いそうだった。
女は目を閉じていた。ふと、女の腕から血が流れていることに気付く。
女の手に装飾の施されたナイフがあることに気付く。
ボロボロの衣服を身に纏っていることも気付く。
何だ、これは。何が起きているんだ。俺の目の前で、今、一体。
「そこの男。」
正面から男の大きい声が聞こえたのでふと顔を上げる。
公園のど真中に人影が見える。
「関係ないのに巻き込んだことは謝罪しよう。」
目の前に男が立っている。
「……なッ!?」
「だが、そこの女はこちらに渡して貰おうか。」
痛烈な違和感を再び感じる。
何故公園のまん中にいたはずの男が、公園の外のゴミステーションにいる自分の目の前に今いるのだ?
いつ移動した?いつその場所に立った?男はこちらににじり寄って来る。街灯の逆光で顔はうまくは見えない。
人間は得体の知れない物に恐怖を覚えると言う。
故に俺は明らかに今、目の前の全てに恐怖を感じた。
「……お前がこの人を吹っ飛ばしたのか?」
「……」
「少なくともお前が俺の質問に答えないと俺はこの人を渡しはしないぞ。」
この状況の説明を求めてみる。出会い頭で俺をこの女の人のように吹っ飛ばしたり、
何らかの手段を講じて俺を殺しに来ないのなら、説得が出来ると判断したからだ。
「女に傷を加えたのは俺だ。その女の命を私達は欲しいのだ。」
男がさらににじり寄る。身の危険、とてもじゃないが説得を出来ないことを悟る。
女を抱えて俺は走り出そうとする。一刻も速く、この場を離れることが、
俺達二人にとって明らかに好都合だ。男に対して背を向ける。
「逃がしはしないぞ。」
違和感を本日何度感じたのだろう。
男が俺が逃げ出そうとした方向に、いつの間にか現れている。
やはり先程と同じように、いつ移動したかを感じさせない。全身に悪寒が走る。
「な、なんで……!」
「もう一度だけ言うぞ。女を、渡せ。」
殺される。死を覚悟した。まさにその覚悟の時である。
「有言実行、『佐藤、女の救出!』」
赤石が走り込み、男の頭、延随にキックを当てる。
男はガッと声を漏らしたあと頭から地面に突っ伏す。
立ち上がる様子はない。どうやらうまく急所にクリーンヒットしたのだろう。
村田の姿が見えない所を見ると、赤石が危険を感じてどこかに非難させたのだろうか?
「佐藤、申し訳無いがその女はお前が運んでくれ。
急いで逃げるぞ。できるだけ人気のある所を通るんだ。」
「申し訳無いなんて言うな、感謝感激だよ!」
俺は飛んで着た女の人を背中におぶりながら赤石と共に、
村田を置いて来たと言うファミレスまで向かうことにした。
「つまり赤石の不意打ちが成功したお陰で今こうして来たわけだ。」
「佐藤先輩、女の子受けとめて運んだだけじゃないですか。」
「仕方がないだろ。俺は対面してたんだから。赤石だって不意打ちだぜ?」
カラカラとジュースの中の氷を掻き回す村田。机に突っ伏して寝ている赤石。
そして向いの座席に俺と、先ほどの女の人で座っていた。
ファミレス店内は親子の楽しそうな食事風景や、
高校生の馬鹿笑い、落ち着いて作業をする人など、色んな人がいる。
さっきの異常な空間から急にこんな普通の空間にきたせいか、
妙に落ちつかない。自分がこの空間に浮いてしまっているのではないか、
という自意識過剰な感情が湧いて来る。
「その女の人、大丈夫ですかね。見た所、
呼吸もしてましたから病院には行かなくていいと思いますけど。」
村田には女の子の腕からの出血を応急手当してもらった。
どちらかというと眠っているという印象を受ける。
こうして見ると本当に人形のお姫様である。
先程の出来事は何だったのだろうか。今だに受けとめきれない。
俺の中の違和感は消えてくれそうにない。
「ともかく、ヘタレのおごりで今日はいっぱい食べましょうよ、赤石先輩。」
「そうだな。佐藤。そうしてもらおうか。」
「外道かお前ら……!というか村田、お前はもう少し単品を頼むのを減らせ。」
「セットってなんか嫌じゃないですか。」
「だといって頼み過ぎだろ、なんだこのポテトの量は!
パッと見、二十皿くらいあるだろこれ!?」
「佐藤先輩だってどうせエビフライをこんなもん食べるじゃないですか!」
「それとこれとは話が別だ!エビフライは最強なんだからな!」
エビフライを馬鹿にするのは許さない。これは赤石の有言実行並に、
俺にとって揺るぎないことである。
「そういえば佐藤。一つお前に聞きたいことがある。」
「どうした赤石?」
「お前があの男と話している時、最後女を抱いて逃げようとしたよな。
何故あんなことをしたんだ?」
「そりゃお前、この人を見捨てる訳にもいかんだろう。」
「違う。僕は行動理由のwhyを聞いてる訳じゃない。
何故、お前はあんなにもゆっくりと行動した?」
「……ゆっくり?」
「そうだ。まるでテレビのスローモーション映像のように、
動作のスピードをただ落としたように行動したんだ?」
「すまん、辻妻が合わない。あの時は俺がスローモーションで行動した訳じゃなく、
あいつが瞬間移動していたんだ。」
「瞬間移動?……なるほど。」
「何を言っているんだ?」
「こう言っても信じてもらえないだろうが、少なくとも僕が飛び蹴りを
喰わせた場所に移動するまで、あいつはただ普通に歩いていただけだったぞ。」
「……なんだって?」
村田はドリンクバーへ向かっていった。
あんな危機的状況で、俺はゆっくり行動していた?恐怖に足が竦んでいたんだろうか。
いや、女の人を抱えるだけの判断力と筋力はあったんだ。それはない。
それ以前に、明らかに全力を尽くしてこの場から逃げようとしたはずだ。
ならば疲労か?しかし、その後女を抱えて走るだけの体力はあったし、
それ以前にそんなやわな鍛え方をしていないと自負している。
しばしお互い顔を見ながら黙る。明らかに異常な事が立て続けに起きている。
飛んで来た女の人。受けとめた時の違和感。公園。
スローモーション。瞬間移動。謎の男。
混乱。説明が欲しい。どうしてこんな事にいきなり巻込まれているのか。
映画のワンシーンみたいだなと、ふと思う。あれは空から落ちてきたけれども。
「あの…ここ、どこですか?」
鈴を鳴らしたような、奇麗な声が沈黙を破る。
誰の声か認識するのに少し戸惑ったが隣を見て分かる。
先程まで目を瞑っていた女の人が目を覚ましていたのだ。
その目は透き通るような青い瞳だった。
ここはどこだ、という言葉の通り現状に対しての不安が見受けられる。
「ふむ。」
赤石が口を開く。
「まず、僕達の身元を明らかにしよう。僕の名前は赤石彰浩。
そしてこちらの男が佐藤真人、今ドリンクバーから帰ってきた女が村田薫。」
「は、はぁ…?」
「そして僕達は君を傷つける気はない。ここまで変な男から運んだのはこの佐藤だ。
できれば、君の名前、さっきまであそこで何をしていたか、
そしてあの男の正体が聞きたい。」
「ご紹介預かった佐藤だが……赤石。お前は尋問でもする気かよ……」
「最初は接しやすい雰囲気でいきましょうよー。あ。ジュースいります?
炭酸だけど飲めますか?」
「あ、え、えっと……お構い無く……」
頼み過ぎたポテトと炭酸のジュースを女の人にあげた後、
先程の赤石の質問に答えてもらうことにした。
「えっと…多分、私を助けてくださったんですよね?」
「助けたか助けてないかで言えば救ったな。俺は。」
「佐藤先輩は受け止めて運んだだけでしょうに。」
「お前さっきから受け止めた事を軽んじているな?ダンプカーみたいな衝撃だったぞ!?」
「あ、あの…すみません…受け止めてもらって…あの時、人間じゃなかったので…」
全員が凍り付く。衝撃の発言。
「人間じゃなかった…!?」
「やったじゃないですか佐藤先輩!最近人間の女の子にはあきてきたんでしょう?」
「お前は俺の評価をどれだけ下げれば気がすむんだ!初対面の印象が最悪になる!
そ、それより、人間じゃないってどういうことなんだ!?」
「あ、あの今から私が言う話、信じてもらえますか?」
「ふむ。恐らく僕達の抱えた違和感は君の話を信じることによって、
解決するだろうと思う。有言実行しよう。『君の言葉を信じる。』」
「ありがとうございます…」
「俺もちゃんと信じるよ。」
「私もー。」
一呼吸置いて女の人が喋りだす。
「私、龍野初代って言う名前で魔界から人間界に降臨させていただいている、
ドラゴンの種族なんです。」
信じがたい事実に、一瞬意識が飛びかけた。
-fin-