第五話 「決闘。」
先程ビルの建っていた瓦礫の山の上に、四人、いつの間にか人が立っていた。
違和感を感じる。五十嵐の時より不気味である。この人達が移動する気配を一切感じられなかった。
瓦礫の四人がそう思っていると喋りだした。
「んうっ!いやいやあ、ベストタイムでここについたなあ!やっぱ物ごとは何ごとも迅速に進めなきゃあね!
さあって!ところでそこの君達はどの乗り物が好きかい?僕はね、自転車が一番好きかなあ!
まさに猪突猛進って感じが一番するからね!」
「美しい物の代表として、花鳥風月というがその中で風が僕は好きだ……
そうは思わないかそこのピーポー…世界中を掛け抜ける旅人、
天空からのメッセージといっても構わない、穢れなき素晴らしい存在だと思うんだ。
そしてだからこそ、風を操れる鳥こそこの世界で最も美しいんだ…。」
「お兄さんお姉さん達、すごい動揺してるね。分かりやすく驚いてる。
迷える子羊って感じだね。大丈夫、羊頭狗肉な君達なんか取って食べたりもしないし、
毛を剃ってコートになんかにもしないからさ、そのまま僕の話を聞いてよ。」
「敵は倒すべきです。お前らは敵です。だからお前らは倒すべきです。
ウチは馬鹿だからいちいち確認する。それはうっとおしいことです。だがお前らは敵です。
お前らの不平不満をウチは馬耳東風、馬の耳に念仏ってやつです。」
瓦礫の山の上に立つ四人は次々と自分の言いたい事を言っていった。
一番目に話したのベストタイム男は、スポーツウェアに茶髪。首にタオルを巻いていた。
また自身の発言の通りに自転車を横に置いていた。
二番目に話した風大好きマンは、スーツに金髪。風も吹いていないのに何故か髪の毛がはためいていた。
そのままビジュアル系バンドのボーカルやホストになれそうな風貌である。
三番目に話した奴は少年のようなやや高い声である。灰色の長袖のパーカーに膝くらいまでのズボン、
頭に野球帽を被っている。顔は見ることができず、性別の判断はできなかった。
四番目に話した三段論法女はテンガロンハットを被っていて服はセーラー服、
ピンク色の髪が少し見える。手には拳銃のような物を持っているが、偽物だと信じたい。
「やっほー、みんなー。助かったよこのタイミングで。」
真臼が両手を上げこちらを向いたままそう言った。親しげに喋っているということは、
恐らく今来た四人が全員真臼側の関係者、つまりは俺達の敵だ。
戦況的に言うと今まで四対二で戦っていたのがこれで敵が増え四対六になってしまった。
ましてや俺に至っては恐らくこれ以上『能力』を使用してしまうと『反動過多』になるだろう。
赤石の方は敵の方をしっかりと見てはいるが、よくよく見ると肩で息をしている。
『能力』を使える程ちゃんとした体力はないだろう。龍野と大神はまだギリギリ戦えそうな体力である。
しかし龍野の『技能』は戦闘向けではないため、実際に戦えるのは大神だけだ。
ましてや相手の『技能』は分からない。大神の『技能』は複数戦にはあまり向いていない。
非常に危険な状況である。しかも加えて俺達は京子を守らなければならない。
背筋が冷えるのを感じる。このままでは一方的にやられてしまうだろう。
「いやあ!君達の戦い、素晴らしかったよ!僕なんかじゃとても敵わないんじゃないかなあ!」
ベストタイム男がそうこう考えていると喋りかけて来た。
先程まで持っていた自転車はいつの間にか消えている。
「とりあえず紹介させてもらうよ!僕の名前は、八戒猪木!
『亥』の種族の代表者さあ!僕達はね!効率よくこの戦いを制するために、
『同盟』を組んでるんだ!」
八戒猪木と名乗った男は爽やかにそう言った。
「君達も考えてみなよ!一対一で戦うとしたら、僕達は十一回も戦わないといけないんだよ!
そんなの僕は嫌だね!物事はすぐ片付けなきゃあ!
そこでさしあたって僕は六つの種族と仲間になろうとしてる!
そして仲間にならなかった六つの種族を殺せば、後は五回でいい!」
笑顔で八戒はそんな事を言い続けた。殺す事に一切躊躇いがないようだ。狂っている。
俺は改めて理解する。これが本当の魔物なのだと。
そして龍野の考え方がある意味では『異常』であるということを。
「そこのネズミ君はね、契約初日にちょっと敵に襲われた時に助けてくれたのさ!
だから僕は『同盟』としてネズミ君を守ったんだ!彼だって大切な一員さ!」
「お、おい、ちょ、ちょっと待てよ、一番になるっていったよなあ…」
木村が青ざめた顔で喋りだした。
「僕達は仲間になって皆で戦うんだ!君にとっても魅力的な提案だろお!」
「だ、だだだが断る、ふふ……ぼ、僕は、他人となんか手をく、くみたくない…!
君達は僕をい、いじめるだろ……僕に近付くやつは、みみみ皆そうさ、
それにぼ、僕は最強なんだ、き、君達の下なんか、つく必要が」
その言葉を言い終えるより前に、顔面に八戒の蹴りが入った。
ふぎっという短い悲鳴と共に、歯と血が少し飛ぶ。
「あべしっ、い、いたぁい…」
「君の契約相手はこういってるけどネズミ君の方はどうかな!」
「まっさかー。僕はついてくよー、楽な方がいいしねー。」
「は、図ったな……うぅぅ…」
顔面に靴の跡がつくのではないのかと思うほどの強い蹴りがもう一度顔面に入る。
「さっきから自分の言葉で喋らないなあ!名言っていうのはさ、
その言葉の良さもあるけど、その人の本質が評価されているんだよ!
だから、君みたいな社会のゴミがそれを言った所で、君がえらくなるわけじゃないんだよ!
アニメやドラマや有名人の言葉だけじゃなくてさ、自分で考えた言葉を喋ってほしいなあ僕は!
君の本当の、心のからの悲鳴さあ!」
「ひっ…ひゃべっ…たふけふぇ…」
「ううん!いい声だ!助けないけどね!」
最後に思いっきり蹴り、木村はほぼ顔面がつぶれた状態で吹っ飛ばされた。
「ネズミ君、この子の『能力』は。」
「んー?『触れたコンクリート、金属の状態変化』だよー。
液体にしたり、固体にしたり。気体には出来ないけど、無重力空間みたいに、
コンクリートの中を漂ったりできるー。代償は『強欲の精神』だよー。
なんか書店のチラシとかウィンドウショッピングで回復してたー。」
「なるほどなるほどお。建物の外じゃ使い物にならないゴミだね。
木製の箱とかに入れればいいかなあ。服に何か仕込んでるかも知れないから、後で全裸にしておこう。」
そういうと八戒はこちらに向き直った。
「もしよかったら、そこのわんこちゃんも仲間にならないかなあ!」
「…君たちと同じ考え方をしていた自分を恥じるね…
お断りする。群れるにしても六組なんて多すぎるし、何より君たちと一緒になりたくない。」
大神が突っ掛かる。
「レディ……この『同盟』にはもう一つの目的があるんだ。」
すると風オタクが今度は話出した。
「一応名乗って置こう。僕の名前は小鳥遊翼。最も美しい『酉』の種族さ。
『同盟』は、ただ魔王になる事だけが目的なのではない。レディも被害者だろう。
その隣に居る、『辰』の種族の大虐殺の。」
「……分かっているんですね。」
小鳥遊翼と名乗った男は龍野を指差した。その顔には確かな憎悪が見られた。
「僕達はそれを恐れているんだ。『辰』の種族の力を、『辰』の種族の勝ち残る事を。
復讐の為でも式の為でもある。だから確実に殺害するために、この『同盟』は結成された。
レディも、復讐を誓っていただろう……」
「それは……」
「ならレディも一緒さ。共に仲間になろう。君みたいな可愛い子が僕は欲しい……」
突然風が吹いた。強烈な風だ。ビルが崩れた事もあり、大量の砂が辺りを覆った。
何も見る事ができない。自分がどこに立っているかすら分からない。肌に当たる砂粒が痛い。
「僕には関係ないからね、ごめんねお兄さんお姉さん。」
砂嵐が止んだ瞬間、目に映ったのは四人に取り囲まれた龍野の姿だった。
状況を認識した瞬間、絶望というものを確かに感じた。
「あ…あ……」
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
気づいた時には叫びながら走り出していた。ふらふらの身体に鞭を打ち、走り出す。
殺させてはいけない。守らなければいけない。そうすると誓ったんだ。
会ってまだ一か月経つか経たないかくらいではある。
それでも俺はどうしても彼女を守りたかったんだ。
放心状態の龍野の身体全体を『籠』で囲む。体が突然がくんと力を失う。
『反動過多』だ。しかしそんなものは関係ない。今は気力だけで乗り切るしかない。
倒れないように大げさに地面に足を置き、そしてそのまま拳を作り一番近い野球帽に拳を加える。
しかし野球帽はこちらを向かずに俺の拳を避けた。続く逆の拳も避け、
足もすべてかわされた。なんだこいつは。まるで『心を読んでいる』みたいだ。
「……お兄さん、ちゃんと契約できたんだね。
あの時しっかりとけしかけることができてよかったよ。」
「あの時…?」
「……あっ!そういえば『操作』したまんまだったね。ごめんごめん。
今『解いて』あげるよお兄さん。」
そういった瞬間不思議な感覚が訪れた。
表現するなら風船に針を刺した時に似ているかもしれない。
一瞬にして風船は破裂した。この風船はいつからできていたのだろう。
というよりは、いつの間にかできていたというのが正しい。
そして俺はこの風船の存在に気づいてはいたはずだ。
だが、その風船がここにあるという事自体を『おかしいと感じることができなかった』。
そして恐らくその風船の中に俺の記憶が入っていたのだろう。
風船は割れると同時に中身の記憶という空気を一瞬にして外に出し周囲と同化させる。
『ゴールデンウィークにこいつに龍野の居場所を教えて貰った』という記憶を。
気が動転する。そうだ、路地裏でこいつと俺は確かに会話をした。
『反動過多』もあってか意識がかすむ。何故今まで思い出せなかった。
「お、お前……あ、あの時の……」
「思い出してくれたかな?あの時、自己紹介してなかったもんね。
僕、漆島羊って言うんだ。『未』の種族さ。
君の『能力』が今回は知りたかったんだ。相手の戦力を知っておくのは重要だもん。
何も止めをさしはしないよ。僕達は『辰』を嬲らないと気がすまないんだ。」
野球帽の隙間から、白い髪とかわいらしい顔が見える。女だという事がわかる。
非常事態の時になると無性にどうでもいいことに目が行くのは何故なんだろうか。
そして俺は『能力』を出してしまった。
後ろを振り返る。不味い。ここはどうするすべきだ。赤石の方を向く。
するとどうしたことか。赤石と大神は確かにいた。だが二人ともこちらを見てはいるが、
ただそこに呆然と立ち尽くしている。まるで『この状況をおかしいと思わない』ようにされているようだ。
一体何がどうなっているのだ。
「勝つためには情報がいります。情報は今知りました。よって勝てます。
…む?ちょっとおかしいですか。分かんないです。ウチは馬鹿ですから。
流れで紹介です。ウチの名前は馬島奇蹄です。その名の通り『午』の種族です。」
思考をしていると馬島と名乗ったテンガロンハットセーラー服女はそのまま俺の『籠』へと、
警察が持ってるようなリボルバータイプの拳銃を向けてトリガーを引いた。
パンッ、という乾いた拍手のような音が響く。
「かはっ…!!」
本物の銃だった、という驚きはもう一つの驚きによってかき消された。
銃弾は『籠』を貫通している。何故だ。何故貫通した。
この『防壁』はなんだって守れるんじゃないのか。何故『防壁』の方は壊れていないのだ。
信じがたい状況をゆっくりと理解する。どうやら弾丸は壁という存在を『無視して通った』ようだ。
弾丸が通った所には穴も開いていない。ひびも入っていない。
龍野は傷口を手で押さえる。見たところ出血はしていない。
『治癒』をしたようだが、これはまずい。これでは俺と龍野の戦闘能力が全てばれてしまう。
「血がでないということは傷が治っています。今お前は血が出てないです。よって今お前は傷が治っています。
なるほど。お前の『技能』は『回復』ですか。しょうもないですね。」
馬島は慎重に次の弾を撃つ準備を開始した。
「じゃあ次はお前です。一発くらい入れておいても問題はないでしょう。」
こちらに銃口を向けられた。足がすくんでいる。動けない。何故。何故こんな時に、
俺は恐怖を覚えているのだろう。まだ高校生だからか?まだそんなに戦闘してないからか?
こんな危機的状況に陥ったことがないからか?立っていることすらつらく感じる。目の前がちかちかとする。
茹だった水の様に、吐き気がこみあげてくる。血が体の末端まで流れているのが鮮明に分かる。
声を出せ。拳を出せ。今俺はそれをしないといけない。さもなくば俺達は殺される。
「ま、まって…くれ…龍野は違うんだ。ほ、本当に『辰』の種族が、やったわけじゃ…」
「分かってないなあ!そんなんじゃないんだって!」
口から何とか吐き出した弱い言葉を遮るように八戒が顔をこちらに限界まで近づけて喋り出す。
「僕等はもうおかしくなってるんだ!正しい事実が知りたいわけじゃない!
死んでしまった者たちの復讐をしたいんだ!僕たちは何かを生みたいわけじゃないんだ!
醜い事も汚い事も分かっている!だがそれ以上に助かった『辰』の種族を、
僕等と同じ場所に落としたいんだ!それだけさ!」
目を開き切って八戒はそう言った。その目は血走っていた。同時に潤んでいた。そして濁っていた。
彼の発言を馬鹿にする事は俺にはできない。彼を無下にする事は俺にはできない。
彼は自分が間違っている事を分かっている。彼はそれに意味のない事を分かっている。
彼はそれでも許せないのだ。自分達をこんな風にした犯人を。そしてそれ以上に一人だけ助かっている龍野を。
彼だけじゃない。大神だって黒松だって、立場は違うが龍野だって、
今回の事件を全員理不尽だと感じているだろう。
どの魔物の今回の事件に対する姿勢を否定する事は人間の俺達にはできない。
だが、だとしても、俺は龍野と同じ道を進むと決めた。なら俺も必死に間違わないようにするだけだ。
「お前らに、龍野を落とさせはしない!」
もう『反動過多』は起きてしまっている。正直立っているのも限界に近い。
だがそれでも俺は、拳を振るった。至近距離のため確実に当たるかと思ったが、
八戒が避けるのが見えた。奴は笑いながら反撃をしようとしている。返しの拳を振るうしかない。
この攻撃は外れてしまう。そう思った瞬間、俺の手には八戒の頬と顔の骨の感触が伝わった。
「へぶっ!?」
「えっ……うぎゃぁ!?」
八戒が俺の拳をくらい盛大に吹き飛ぶ。
延長線上にいた馬島を巻き添えにして、瓦礫の方へと吹っ飛んで行った。
一番驚いたのは俺自身だ。俺はそんなに強くパンチしたつもりはない。
ましてやこの体力でこんなに強くやれるはずもない。俺が力を込めたというより、
どちらかといえば俺のパンチが突然『加速』したように感じた。という事は、つまりだ。
背中にいつの間にか手の感触がある。恐らくこうやって俺を『加速』してくれたのだろう。
「めんどくせえが来てやったぜ、佐藤……あーだりぃ。」
「我ここに君臨す。『丑』の種族、只今参上。」
五十嵐と黒松がやってきた。
「お兄さんたち、どうやってここに…!!」
「くっ……吹き飛ばす…!!」
小鳥遊が何やら攻撃の準備をしようとした瞬間、
目にも止まらない『加速』された黒松の『電撃』と当身が行われた。
短く息を漏らし、小鳥遊と漆島は完全に突っ伏した。
「五十嵐!」
「礼を言うのは後だぜ!」
「ま、待てえっ!!」
そういった瞬間、目の前に『減速空間』が展開される。吹っ飛ばされた状態の八戒と馬島が、
その中へと収容された。ゆっくりと動いているのが分かる。改めて『怠惰』の能力の強さを感じる。
「くそっ、お前ら重い。もっと痩せろ。」
いつの間にか相手からある程度の距離をとった状態になっていた。
発言からする限り、一人一人を五十嵐が引っ張ったのだろう。
優しい奴だ。ふらふらの頭で現在の状況を確認すると、
木村は『反動過多』と八戒の攻撃で倒れており、八戒と馬島は『減速空間』により実質戦闘不能。
漆島と小鳥遊は黒松により戦闘不能。残す所は、きゅうそだけとなった。
が、きゅうその姿はこちらからは見えなかった。どこに隠れたのだろうか。
「うう……」
側を見ると龍野がぐったりとして、その場に座り込んでいる。
どうやら銃で撃たれたダメージがまだ残っているようだ。
「…!?今まで私、何かしてた!?記憶があんまりないんだけど……」
「そ、そのようだ、な…悪いジャンヌ、もう限界だ、肩貸してくれ。」
「…ジャンヌって呼ぶのをやめたらしてあげるよ。」
「…そう、か。なら、いい。」
「うわっ!?本当に倒れないでよ!?大丈夫!?」
赤石達はようやく、意識を取り戻した。
大神はまだ体力があるが、赤石の方は完全に『反動過多』に陥っている。
ふらふらと倒れる赤石を大神は支えてやっていた。
俺自身も、ふらふらとしているため、ここで撤退しておいたほうがいいのではないか。
「おい、佐藤。近くに休める場所を作っている。行くぞ。」
「ふむ。そこの赤石とやらは我が運ぼう。」
そういうと黒松はひょいと赤石を持ちあげた。
ぼろぼろの体を引きずりながら、俺達は廃ビル跡を去った。
歩く事少し、パトカーや消防車が歩いている自分達の横を何台も通り過ぎていった。
どうやらビルが崩れた、という異常事態にようやく警察や一般人が動いたようだ。
まだ一応夕方くらいの筈だ。突然ビルが崩れて今の今まで騒ぎが起きなかったというのは明らかにおかしい。
あまりにたくさんパトカーが通り過ぎるため、なんだか怖くなってきた。
「だ、大丈夫だよな?俺、捕まったりしないよな?」
「……お前大分ビビりだな。」
「だってこの年で逮捕とかしゃれにならんぞ……」
「何をどうしたら一介の男子高校生がビルを崩したって結論になるんだよ……
それでお前捕まったら警察は本気で無能だな。」
五十嵐はあくまで自然に歩いている。というか俺と赤石の服には大量に生コンクリートがついてるけど、
本当に大丈夫なのだろうか。ちょっと歩くと見覚えのある家についた。
少し古い、だが立派な家。ここは来た事がある。村田の家だ。
五十嵐がインターホンをならす。間発を置かずに扉が開く。
「おかえりなさいー、ごはんにする?おふろにする?それともわ」
「おふろとごはんを頼む。あ、あと水も。」
「せめて最後まで言わせてくださいよ、せっかくエプロンまでつけたんですから。」
案の定村田が御出迎えをしてくれた。確かに村田はエプロンをつけていた。
フリルのついた、エプロンドレスとか言うのではなかったか。
何故そんなものを持っているのだろうか。普通のエプロンでもよかっただろうに。
そう思っていると、目の前に、最初から持っていたのだろうか、ミネラルウォーターのペットボトルをつきつけられた。
受け取って飲む。飲み終わる。一気飲みだった。まだ体の怠さは取れない。
「他の人も入ってください。一応手当と服の替えはあるんで、ゆっくりしていって。」
「「「「「「おじゃましまーす。」」」」」」
そういって玄関で靴を脱いで、リビングに案内される。
テーブルや床には布団や救急箱などが置いてあった。
「とりあえずこいつを寝かせるぞ。服を貸せ。我が着替えさせる。」
そういってかなり汚れ、ぼろぼろになった赤石の服を脱がせていった。
「なんか黒松さん、変態みたいですね。」
「い、いやそれ以前に一応別の部屋で着替えさせてあげてくださいよ…」
「とりあえず、先に状態を確認しておきたいのでな。」
「兄さん、私が着替えさせたかった…」
「…すまん、湿布や包帯や氷水がいる。想像以上に酷い。」
黒松が上を脱がせた時点で手を止めた。そこには、半分固まったコンクリート、おびただしい量の痣があった。
当然と言えば当然である。体を『硬化』した場合、致命傷にならないだけで体にダメージはしっかり残る。
こんなボロボロになりながら、あの作戦を決行したのか、対したやつだ。
「兄さん……」
「……」
京子と大神は赤石の顔をじっと見つめていた。きっと思うことがあるのだろう。
「というかそれ以前に汚れすぎだな。体を洗わないといけない。」
「あ、あの、黒松さん、でしたっけ?」
「ん、いかにも。」
「に、兄さんの身体はわ、私が洗いたいです…。」
「…なるほどな。了解した。任せた。」
「あ、ありがとうございます!」
そういうと京子と赤石をもった黒松は風呂場へと案内されていった。
…止めてやった方がよかったのだろうか。あとで赤石に止めたが言う事を聞かなかったと言い訳しておこう。
俺の方も大分体がボロボロで、立っているのもつらくなったのでとりあえず、
その場へと座り込む。意識がぼんやりとしていく。まずい、また失神してしまう。
「えい。」
「うっひょい!?」
突然首元に衝撃が走る。デジャビュ。
見てみると村田がとても冷たそうなペットボトルを手に持っていた。
「とりあえず飲み物と、体の熱冷やすように。」
「なんで首元に当てる必要があるんだ…?」
「実は私……佐藤先輩のことが……」
「はいはい。」
村田から渡された二本目のミネラルウォーターを飲みながら頭に氷水の袋をあてる。
相変わらず気の利いた後輩である。ありがたい。
「この…湿布って奴が痛みを落としてくれるんですか?」
「龍野さん、はしたないですよ。」
「え、そ、そうですかね?」
横を見ると龍野が腹に湿布を貼ろうとしていた。
龍野の『治癒』の技能の詳細が大分分かってきた。
龍野は骨折を直したり、出血口をふさいだりはできる。しかし、痛みを消すことはできない。
体を直した直後の赤石や、銃で撃たれた場所を今湿布を張ろうとしてる龍野しかりだ。
龍野の『技能』には幾度となく助けられている。だが、何か引っかかる。
今まで出会った『技能』は全て他人に攻撃ができるものだ。しかし龍野の『技能』は一切攻撃性能がない。
それになんとなくだが、龍野の技能は『治癒』と呼べるものではないと思う。
仮に俺の感が当たっていたら、一体龍野の『技能』はなんなのだろうか。
「…おい、龍野さんの契約相手、がっつり見てるよ?」
「へ、へぁ?あの、さ、佐藤さんなんですか?」
「ん、あ、ああ。なんでもない。」
「結局君も男なんだねぇ。」
「そういうつもりじゃねえよ。ちょっと真剣な悩み事だ。」
変な気で見ていたわけではない。失敬な物だ、本当に。
あの四人組の事も考えてみる。
『酉』『午』『亥』『未』、加えて『子』の種族が今『同盟』を組んでいる。
龍野は『辰』の種族、大神は『戌』の種族、黒松は『丑』の種族。
となるとあと俺達が接触していないのは、『卯』『巳』『申』『寅』の種族たちだ。
そいつらがどんな思想をしているのかは分からない。
もしかしたら大神や『同盟』のように龍野を深く憎んでいる奴かもしれないし、
黒松の様にまだ良識のある奴かもしれない。
「龍野、『卯』『巳』『申』『寅』の種族がどんな奴かってのはわかるのか?」
「代表者は基本的に内密に決められるので……
ですので、それぞれがどういった種族形態をしているのかくらいしか分からないです…
……あ、ただ、一種族だけわかります。『寅』の種族です。」
「ん、何でだ?」
「『寅』の種族は元々一匹しかいない種族で、しかもその人は私の幼馴染なんです。
昔からちょっと関係がありまして。」
「元彼なんだね。」
「そ、そういうのじゃないです!ただ、彼には申し訳ないことをしてしまったんです。
彼にその……『かっこいい』って言ってしまって…。」
「…?かっこいい?」
「あ、いや、なんでもないです。また今度ちゃんと話します。
後、『卯』の種族はいるかどうか、怪しいです。例の事件で全滅したとまで言われています。
今まで種族が突然全滅するなんてなかったですから…どうなっているか私にもわかりません。」
「そうなのか…。」
ますます不安が募る。一体どんな奴らなのだろう他の奴は。どうか普通の相手でいてほしい。
「皆さーん。ご飯つくりましたよー。」
そう思っていると村田がキッチンから急にやってきた。
嫌な予感がする。確かこいつは料理が苦手だったはずだ。
「いや、そんな露骨に世界の終わりみたいな顔しないで下さいよ…
ちゃんとお母さんに手伝ってもらいましたよ。」
「薫ちゃんが料理作るなんて言い出すなんて珍しいわぁ。皆さんゆっくりしていってくださいね。」
キッチンから村田と共に一人の女性が出て来た。話からするに村田のお母さんだろう。
初めて見たが本人が若干クール系なこともあり美人なのではないかと思っていたが、
想像以上である。おっとりしていてかなりの美人で若く見える。姉といっても通用するレベルである。
ちなみに名前は英子というそうだ。そしてそのまま料理を運んできてくれた。
たくさんのおにぎりとちょっとしかおかずがいっぱいという感じである。ここまでしてもらうと何か申し訳ない。
「すみません、晩御飯までお世話になってしまって…。」
「いえいえ、お気になさらずー!好きなだけ食べてくださいね。」
こうして俺達は村田家で晩御飯を頂いた。
食事中に風呂場の方から赤石の悲鳴が聞こえてきたのは気のせいだろう。
すっかり夜になってしまった。時間にして夜九時である。
あまり遅くまで大所帯でいるのは迷惑になるので、村田の家を出ようとしていたところである。
赤石の体調も一応回復し、歩ける程度にはなった。
「妹に洗われるとか……兄としてどうなのか……くっ……」
歩きたくなくなる程の精神ダメージを負っているようだが。
「「「「「「「どうもありがとうございましたー!」」」」」」」
「いえいえ、また来てくださいね。」
「佐藤先輩達、また明日。学校で。」
そういって俺達は村田の家を後にした。
流石に親に連絡無しでこんな時間まで遊んでいるのはさすがに怒られそうだ。
俺、龍野、五十嵐、黒松、赤石兄妹、大神という大所帯で帰宅中である。
「さて、それじゃあ龍野さん。今からやりましょう。」
「えっ…あ、ああ。なるほど。わかりました。」
「ん?何をするんだ?」
「『決闘』ですよ。」
そういわれて思い出す。そういえば廃ビル突入前に約束をしていた。
大神が龍野の考え方に賛同するかしないかの争いである。
「私を信用させたいなら、ここで私に勝ってください。私はそれで、今までのことを全部忘れます。」
「分かりました。それじゃあちょっと歩きますが、あの公園でやりましょう。」
そして少し歩き、公園についた。ここは確か、龍野が黒松たちと一番最初に戦っていたところだ。
「うむ。なら我々は観戦していよう。」
「え、帰ろうぜ。」
「五十嵐殿。」
「……かぁー、めんどくせぇ。」
五十嵐達もどうやら観戦をしていくようだ。龍野と大神は各々ストレッチをしている。
正直『技能』の面で置いては、圧倒的に大神が有利だ。龍野はダメージを『治癒』することしかできないが、
大神はダメージを与えれるだけでなく、『治癒』を『封印』することもできる。
大神が勝つのではないかと俺自身は思っている程だ。
だが、龍野の瞳はいつものようにまっすぐとした瞳だった。
「……それじゃ龍野さん。行きましょう。」
「行きますよ大神さん。」
一瞬静寂が世界を支配する。呼吸する音すら耳障りに感じるほど、静かな世界が完成する。
風が一度吹いた。その風が止んだ瞬間、大神は突然動き出した。
距離を詰めながら、大神が『首輪』を出す。狙いは首。一直線である。
恐らく最初から『治癒』を封じる事によって、長期戦になるのを封じたのだろう。
そして次の出来事も一瞬であった。龍野は自分の首に飛んできた『首輪』をそのままつかむ。
つかんだ『首輪』を思いっきり引っ張る。大神が少し引っ張られ、バランスを崩す。
「しまっ…!」
間合いを一気につめ、服の胸元部分と腰を持ち、自分の腰を相手の腹部に潜り込ませる。
柔道の大腰という技だ。実はというとここ数日間、龍野には格闘を教えておいた。
向こうから教えてくれと頼まれた時は驚いたが、強い意志のせいか、もともと筋があったのか、
ものすごい勢いで上達したのだ。恐らく並の男なら喧嘩で負ける事はないだろう。
大神は地面に叩き付けられる。そこまでのダメージはいっていないようだ。
だがかなり動揺している様子だった。
「くっ…まだだ!!」
腕をつかまれたまま、その腕から『首輪』を出す。『首輪』はがっちりと龍野の首をつかむ。
「『治癒』の使用を『封印』する!」
「そりゃ結構です!」
そのまま大神の頭をつかみ、頭突きをかました。鈍い音がかなりの音で響く。
すごい。女子のやる戦法では決してない。
「あぐっ…く、くそっ!」
大神が『首輪』を伸ばし龍野の腹部に思いっきり当てる。
「あがっ!」
龍野は悲鳴を上げて、大神の拘束を解いてしまう。一気に大神は距離をとる。
鉄製の『首輪』がああ当たったのなら、肋骨が折れていても不思議ではない。
「食らえっ!」
大量の『首輪』がまるで触手のように蠢きながら龍野に向かってくる。
恐らくこれが今の大神の最大火力だろう。だが、龍野は屈しない。諦める様子は一切ない。
「ふっ!」
龍野は短く呼吸をしながら相手の『首輪』を避ける。
最小限の動きで姿勢を低くしながらだ。そして、そのまま地面の石を拾い相手を目がけて二、三個投げる。
「くっ…!」
大神が一瞬回避の方に意識を向ける。そう、それでいい。
距離を詰めるだけならそれだけでいいのだ。
「舐めるなぁ!」
大神が『首輪』をさらにもう一本、まっすぐ出す。また『首輪』を引っ張るのは通じないだろう。
龍野がそれを、飛び込み前転をしながら避ける。拳の届く距離にまで、近づいた。
「…ふっ!!」
「ひっ!!」
回転の勢いを利用して飛び込みながら眼前に拳を突きだす。大神は攻撃をやめる。
どうやら勝負はあったようだ。再びあたりが静寂に包まれる。そしてその沈黙は龍野がやぶる。
「大神さん。私の勝ちです。これで信用してくれるでしょうか?」
「…負けだね。完全に私の負け。認めるよ。信用する。これからは、あなたの信念に基づこう。
よろしくね龍野さん。」
龍野と大神はそういって握手をした。
「見よ、五十嵐。あれこそが正しい決闘ぞ。」
「馬鹿馬鹿しい。女らしさのかけらもない戦いしやがって…」
「…何、そこの『丑』の契約相手はどんな時も女らしさを求めてるの?
いやらしい奴ですね。」
「…女ってやっぱ面倒くせえな…」
かくしてフェンリルである、『戌』の種族、大神利香は龍野の味方となったのだった。
-fin-