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僕の隣の座席はドラゴンです。  作者: 遠藤戦争
第二部「日常の侵食。」
15/23

第四話 「寄って集って。」




『棘』は一斉に伸びてきた。すぐに『創造』を使用する。

俺達全員を囲うように『籠』を展開する。コンクリートの棘は全て『籠』によって弾かれ、

先端を全て折り防御には成功した。しかし、これは得策ではない。これでは突破される可能性がある。


「…!なんだ、『棘』が泡立っている……。」


大神が指を指す。その方を見てみると、

今まで出していた『棘』がある程度のまとまりになっていき、学校の廊下で襲われた『灰色の手』になっていた。

間違いない。あの時の『円柱』のように、俺達を『籠』ごとコンクリート内に取り込む気である。

俺は声を張りあげた。


「赤石ィ!この状況、どうすりゃいいんだ!」

「大丈夫だ。『手』が襲ってきたら、『籠』を消せ。」


赤石がそう言ってすぐ、『手』が『籠』を目掛けて襲ってくる。


「消すぞっ!」


『籠』を消した。同時に『手』が頭上から俺達を覆う。

すると、赤石の手が突然『伸び』、柱を二本掴んだ。そして続けざまに赤石の手が『縮む』。

今の状況が分りにくいが説明すると、赤石は手を『伸ばして』おり、

その赤石の前に、俺と龍野と妹を抱えた大神がいる。そして赤石は急速に腕を『縮めて』いる。

つまり、赤石の腕と体に俺達は凄いスピードで押される形になる。

押される事で確かになんとか頭上から降り注ぐ『手』を回避する事はできた。

だが赤石はまだ手を『縮める』。つまりこの先俺達の身に起こる事は、


「「きゃああああァァァァァァッッ!!」」

「わああああああァァァァァァッッ!!!」


スリングショット、俗にいうパチンコと同じ事だ。高速で俺達は運ばれる。

向かう先は階段。このままでは待っているのは大惨事である。

瞬時に考えを巡らせる。そうだ、柔らかいものをあそこにはめ込めば事態を落ちつかせられる。

今までイメージしたものを作る事ができたのだから、恐らく固さや質感も調節できるはずだ。

柔らかいものをとにかくイメージする。俺が今まで味わってきた一番柔らかいものを。


―大丈夫です。大丈夫ですよ。―


階段部分に柔らかい『クッション』が無事作られ、全員の体がそこに埋まる。

この柔らかさ、この匂い、妙に心を落ちつかせる優しい感覚は覚えがある。

具体的に言うとゴールデンウィークの夜に味わったような気がする。


「あ、ありがとうございます佐藤さん!」

「…?これ、女の人の匂いがするような……」

「わあああぁぁぁ!わあああぁぁぁ!」

「えっ…あうっ!」

「あたっ…ちょっと、突然消さないでよ!」


誰かに悟られる前に急いで『クッション』を消す。そのせいで全員地面に叩きつけられる形になった。

馬鹿だ俺は、最低だ俺は。なんで柔らかい物を考える時に、こんなことを思い出す必要性があるんだ。

というか匂いまで再現できるとは、無駄に細かく創造できるんだな、この『能力』。

ともかく最悪である。あいつに申し訳無い。


「狩らせてもらうぞ…へへ……お前のナンバーズを……」


不気味な声が聞こえる。

恐らく木村はまだ、コンクリートの中に入り込んでいるんだろう。

大神が木村にせっかく掛けた『首輪』も先程外されてしまった。

建物にいる間、相手は断然こちらより有利だ。このままでは逃げることすらままならないだろう。

どうやって戦っていけばいいのだろうか。


「龍野、とりあえず全力で僕を『治癒』してくれ。」

「わ、わかりました。」


龍野が赤石の『治癒』をする。赤石の代償である『体力』もある程度は回復できるだろう。

敵の攻撃がこないか不安で周りを見てみるが、相手が動く様子はない。様子を伺っているのだろうか。


「作戦を変更する。ここで、あいつの『能力』を僕が無効化する。」


『治癒』をし終わった赤石がとんでもないことを言いだした。冗談ではない。

大神の『技能』で『封印』できない物を俺達で無効化できるはずがない。

 

「実は手はもうすでに打ってある。先程から向こうが攻撃してこないだろう。

 いや、攻撃してこないだと言い方が悪いか。恐らく向こうは攻撃が出来ないんだ。」

「…?どうしてだ?」

「種明かしは後だ。ともかく今から僕がこのままこの階層で走り回る。

 龍野とジャンヌは僕が注意を引きつけている間に、そこの窓から脱出してくれ。

 『封印』の技能をワイヤーのように使えば安全に地面まで降りられるだろう。

 佐藤は少し忙しくなるが、僕への攻撃、ジャンヌへの攻撃に対する防御を頼む。」

「分かった。」


作戦を聞きながら水筒で今のうちに水分補給をしておく。

果たしてこの作戦はうまくいくのだろうか。先程の大神の『封印』が『分解』されたことが気になる。

もしあれが『技能』によるものだとしたら、恐らくここにもう一人関係者がいることになる。

まずは戦う事のできない京子を脱出させる事が先決だろう。


「それじゃあ僕が走り出したらジャンヌも動き出してくれ。」

「だからジャンヌって呼ばないでくれるかな!?」

「走るぞ!」


赤石が走り出す。契約による身体能力の向上もあり、かなりの速度である。

赤石が走っている後ろから無数の『棘』が伸びていく。急いで俺は『防壁』を展開する。

すると不思議なことが起こった。『防壁』に触れた『棘』が今までのように折れたのではなく、

ぐちゃりと泥のように『防壁』にコンクリートが付着したのだ。

コンクリートが完全には『棘』になっていないのだ。なんなんだ、赤石はいったい何をしたんだ?

しかしそんなことを考えてる余裕はない。すぐさま後ろを振り返る。

窓の淵に上手に『首輪』を引っ掛けて、消防隊員の様に大神と龍野は降りている。


「そうはさせないよー。」


まただ。他の誰の声でもない、さっき『首輪』が外れた時と同じ声が聞こえた。

辺りを見渡す。しかしそこには人影は見当たらない。

ガチッと音がする。窓に目を向ける。窓の淵に鼠がいる。しかし、それより問題がある。

淵に引っ掛かっていた『首輪』が『分解』されていた。まずい。このままではそれなりの高さから、

龍野と大神と京子が落下してしまう。急いで『創造』をしようと窓に身を乗り出す。


「優しいのはいい事だけどー、それじゃ悪いやつに絶対勝てないよー…チチッ」


窓の淵に手を掛けた瞬間、ふわりとした感覚を覚える。

地面に目を向ける。驚愕。コンクリートの地面がまるでサイコロのように、

四角く『分解』されていたのだ。間違いない、これは『能力』か『技能』による攻撃だ。

バラバラになった窓付近のコンクリートと共に投げ出される。

目の前を鼠が通り過ぎる。まさか、こいつのせいか。手を伸ばし鼠の足を掴む。

体をよくよく見てみると、少し濃い灰色の体に、赤色の模様がまるで目のようにたくさんついている。

普通ではない。明らかに普通の鼠とは違う。異常だ。


「しつこいなぁー。」

「…!?ぐあぁっ!?」


鼠が俺の手から離れたと思った途端、味わった事もないような激痛が手に走る。

そのまま宙に投げ出されるが途中で上に引きあげられる。


「き、君…わたした、ちを守るんじゃなかったのぉ…んぎぎ…がああああ!

 重い重い重い!早くさっきみたいに『足場』作ってよ!」


大神は三階の窓に落ちる直前に『首輪』を引っ掛けたようだ。助かった。

その大神から三本の『首輪』がでており俺と龍野と京子を引っ張っていた。

よく斤方の腕だけで引っ張れるものだ。すぐにそれぞれの足元に『足場』を作り、そこに飛び乗る。


「さ、佐藤さん!指、大丈夫ですか!」


先ほどからずっと痛みが続いている指を見てみる。

人差し指と親指が奇麗に無くなっている。血が止まらない。吐き気が込みあげる。

そうしていると上からバラバラと何かが落ちてきた。


「……うっ…」


上から振ってきたものは、サイコロステーキのようになった俺の指だった。

よく見ると指の間接ごとで切られている。これは『分解』されたと言ってもいいのではないか。

もう一人の敵の正体がだんだん分かってきた。あの鼠こそが『魔物』であり、

相手の『技能』は恐らく『バラバラに分解する』というものだろう。

大神の『首輪』も壊されたというよりは、『分解』されたという方があてはまる。

鼠の姿は見え無くなってしまった。龍野や大神と違って『魔物』の姿が小さいためだ。

ともかく龍野の方に足場を寄せる。


「龍野。『治癒』を頼む。」

「分かりました。」


龍野がそっと手をかざした瞬間、俺の指は何ごとも無かったのようにそこにあった。

いつの間にか『分解』されてない方の指が無くなっている。

自動的にくっつけたのだろうか。なんだか恐ろしいものだ。


「龍野、今のうちに妹を連れて降りるしかない。」


今は建物の外だ。恐らく木村の『能力』の射程外であり、赤石が今は相手をしている。

そして鼠の『分解』も、見た所触れた物しかバラバラにできず、

指と窓周りの被害状況を見るに『分解』するには時間が掛かるのだろう。

龍野が安全に降りやすいように『階段』を『創造』する。

一瞬体がふらっとする。まずい、『能力』の使い過ぎだ。水筒から急いで水分を取る。

全部飲み切ったが、乾きはなくなってはいない。恐らく『能力』をつかえて後三回くらいだろう。

もう無駄使いはできない。使うべきタイミングを間違えてはいけないだろう。


「ジャ…大神!悪いけどそっから自分で降りてくれ!」

「君今ジャンヌって言おうとしたよね!?」


大神の声を無視し、自分が今居る足場からビルの窓を目掛けて思いっきりジャンプをする。

一階の窓に飛び込みながら着地先に『クッション』を作る。これで残り2回くらいだろう。

そこから急いで階段を駆け昇る。駆け昇って見た二階の様子も異常だった。

コンクリートの地面が完全にドロドロなのだ。むしろよくこの階層が建物として、

なりたっていられるなと思うほど、完全に階層の地面一つがドロドロとしている。

赤石はまだ走っていた。目立った外傷はなさそうだが、全身が生コンクリートで汚れていた。


「佐藤!『防壁』を頼む!」

「おう!」


こちらのほうに走ってきて飛び込むような勢いで赤石がやってくる。

その後に『もはや棘とは言えない物』がたくさん追ってくる。

『防壁』を作りそれら全てを防ぐ。残り1回。


「ふむ。うまくやれたようだ。これであいつは攻撃できない。」


赤石はどうやら本当に相手の能力を無効化する事が出来たようだ。

『防壁』にぶつかったコンクリートは『棘』の形を保てず、

崩れ落ちていく。もはやこれに攻撃性能はない。


「一体どうやってこんなことを…」

「これだ。」


そういって赤石はそういってポケットから小さな包みを取り出して俺に渡してきた。

その包みを開いてみる。すると中に入っていたのは角砂糖だった。


「あいつは能力で攻撃をする時、一度固まったコンクリートを、

 生コンクリートに『状態を変化』させてから固くしている。

 コンクリートは少しでも砂糖が混ざれば固まらない。本当に少ない量でもだ。

 佐藤が籠を消した時に、少しこの角砂糖をばらまいておいた。

 そして今も敵の攻撃を避けながら、たくさんばらまいた。

 固める事が出来ないなら、『棘』も作る事はできない。

 恐らく相手は今、攻撃はおろかうまく『能力』が使えない状態だろう。」


赤石は淡々とその事を告げる。ここまで考えているなんて本当に底の知れない奴だ。


「…だ、誰か、誰か助けてくださぁーい!」


そうこうしているとコンクリートの中から突然上半身が現れた。木村だ。

手をバタバタと振っている所を見ると、確かに『能力』が上手く使えてなさそうだった。


「赤石。疲れてるかも知れないが、とりあえずここを離れよう。

 お前の妹は無事救出できた。場所は分からないがここにはこいつの契約相手が居る。

 さっきも大神と、俺も襲われた。大分厄介な『技能』だ。危ない。」

「……いや、ここで蹴りをつけておいた方がいい。

 こいつの『能力』も非常に厄介な物だ。今ここで降参させたほうがいい。

 僕の方がまだ余裕がある。佐藤は温存しておいてくれ。」


魔物との戦闘の勝敗はだれかの死亡、どちらかのペアの降参によって決められる。

全員を降参させる気でいる龍野のためにも、確かに今の内に拘束した方がいい。

それに、ここで木村を逃がしてしまうとまた行方不明が起きる可能性がある。

関係の無い一般人をこれ以上巻き添えにする訳にはいかない。

しかし、俺も赤石もボロボロである。ここから魔物と戦って勝つ事ができるのか。


「……ん?」


そう考えていると上からパラパラと砂ぼこりが落ちてきた。

上を見てみると天井に奇麗な『マス目』が徐々に現れている。

まずい。さっきから敵の姿が見えないと思ったらこの上の三階に移動していたのか。

やろうとしている事は想像がつく。今あいつは、三階の床ごと二階の天井を『分解』しようとしている。


「赤石!上だ!」


直後、上から天井が立方体のような形状になって落ちて来る。

まずい。残りの水分からして二人共を守れるだけ大きく作る事ができない。


「決して『能力』を使うな!!」


そう思っていると赤石が突然声を荒らげながら俺の肩を持った。頭から大量のコンクリートの立方体が落ちて来る。

俺の頭を立方体が落下して来る。俺の頭にぶつかる。そして砕ける。

衝撃、衝撃、衝撃、衝撃、砂、砂、煙、煙。何度も何度もそれを味わう。

砂ぼこりが止み、落ちてくる天井も止んだ。


「…いや、生きてるか死んでるかなら助かったが、頭が死ぬほど痛いんだけど…」

「ふむ、あいにく僕も同じ気分だ。予想外に痛い。」


無事に生き延びた。赤石は自分自身と俺の体を『肉体改造』で『固く重く』した。

落ちてくるコンクリートの方が砕けるほど固くなったため、ほとんどダメージはない。

だがやっぱり痛いものは痛い。頭に鈍い痛みがガンガン響く。


「まったく、本当にしつこいね君達…チチッ。」


三階のたった今開いた天井の穴から声が聞こえる。再び上を向いてみると、そこには人がいた。

灰色の髪の毛に白色のパーカー、黒のハーフパンツ。顔にいかにも鼠という感じの髭が生えている以外は、

普通の男の顔をしていた。


「しつこさに免じて少しだけ名乗っておくよ。

 『子』の種族、鉄鼠の窮鼠真臼だよー。しくよろー。」


鉄鼠といえば 確か大分昔の妖怪だったはずだ。

ある古い僧は「本当に効果があったのなら好きな物をやる」と言った天皇の為に、

その天皇の息子の誕生を祈祷し続けた。そしてそれは無事成就した。

その僧は褒美として、自分の寺を建ててもらおうとしたが、天皇はそれを叶えようとしなかった。

僧はその天皇を恨み続けた。その怨霊が鼠に憑りつき、

お寺の経典という経典を食い荒らした。石の身体と鉄の牙を持つ鼠である。

伝承では雄牛くらいの大きさだそうだが、さっき見た姿はとても小さかった。

真臼はケラケラと笑っていた。


「言っておくけど僕はすぐに降参なんかしないよー。

 有り体にいうとこうやって命を擦り減らしてた戦う事が楽しいんだー!

 降参なんかしない!したところで待ってるのは仲間からのブーイング、

 割にあわないもんねー。」


ぐちゃぐちゃな廃ビルに耳障りな笑い声が反響する。

これが、龍野や大神の言っていた破壊や殺戮にしか興味のない奴か。

龍野が自分の決意を言った時の顔を思い出す。目の前の男の顔を見る。

同じ魔物と考えるのも躊躇われる。水筒を握る腕に力を込める。

急いで振り返って階段を目指す。とりあえず下の階に居るのは戦い辛い。

あの能力なら直線方向への攻撃方法は少ないはずだ。

するとかかとに激通が走る。何ごとかと思い見てみると、

先程落とした天井のブロックから『棘』が伸びていた。

そうか、やつは初めから天井を落として攻撃しようとしたわけではない。いやその意味も恐らくあっただろう。

しかし糖分を含んでいないちゃんとしたコンクリートを木村に供給する事こそが本当の真臼の目的だったのだ。

赤石の方を見ると同じように『棘』に縫い付けられていた。


「ヒャッハァー!コンクリートだぁ!」

「んじゃ、君達はそのまま瓦礫の下にでも埋まってくれよー。」


そういって真臼は俺の視界から消えた。絶体絶命。このまま天井を全て落とす気だろう。

足は縫いつけられたまま、一向に動かせそうにない。


「佐藤!頼みがある!」


赤石が突然そういった。


「これを今すぐ壊して、これを吹いてくれ!あとは僕が全てやる!」


そういって赤石はこちらに何かを投げてきた。それを受け取って見てみると小さな笛だった。

これは一体なんだろうか?何の意味があって吹くのだろうか。

しかし赤石の顔は真剣だった。俺の最後の一回はここで使うべきなのだと確信した。


「はやく!壊せぇぇぇ!」

「分かった!」


小さい『円柱』をつくり、赤石の足を貫いている『棘』にぶつけて破壊する。

すると再び赤石を動かさないようにするためか、『棘』が再び伸びてくる。


「させるかぁ!」


出した小さい『円柱』をそのまま回転させながら動かし、何本か『棘』を折る。

全部を折れた訳ではないが折られていない数本が赤石に刺さるより、赤石が三階に手を伸ばし、

移動する方が早かった。続けざまで、俺は赤石から貰った笛を吹く。

しかし、音が鳴らない。いや、微かに聞こえているのだろうか。

とにかく笛の音を鳴らそうとやっきになる。しかしならない。


「これが僕が実行する正しい選択だッ!」


赤石の怒鳴り声が聞こえる。その声が聞こえると同時に、建物全体が揺れたように感じた。

ふと地面を見てみる。先程落下してきた天井の様に『マス目』が入っていた。

嫌な予感がする。俺はある一つの考察を考え付く。もしかすると。


「佐藤!逃げるぞ!この建物はもうだめだ!」


赤石が下に降りた瞬間、また先程の浮遊感を味わう。

地面のマス目に沿って地面のコンクリートがバラバラになる。

壁の方にも目を向けると少し日が暮れたように感じる五月の空が、

ブロックの隙間から見えた。やはりだ。最悪である。

もしかして、この建物すべてがあいつの技能によって『分解』されたんじゃないのか。


「くっ…やりやがったなぁー!クソチビィ!」


真臼が声を荒らげた。揺れが激しい。振動と地鳴が俺の体に嫌応なしに作用する。


「赤石!笛吹いたけど音が鳴らなかったぞ?!」

「いや、それは人間には聞こえないだけだ!」


そういった瞬間崩れかけていた壁が一気に崩れ、一つの白黒の影が飛び込んできた。

ドラゴンになった時の龍野に匹敵するほど大きく、その毛並みは美しかった。

神話に登場する狼の姿をした巨大な化物。ロキとアングルボダの間に生まれた三兄妹の長男。

神々に災いをもたらすと予言され、ラグナログではオーディンと戦い勝った魔物。

フェンリルだ。フェンリルの美しい毛並みから何かが俺達に目掛けて飛んできた。

これは、大神の『首輪』だ。大神の正体はボルゾイなんかではない。フェンリルだったのである。

ということはこの『首輪の紐』はフェンリルを拘束するために作られたグレイプニルなのだろうか。

そして大神の姿を見て理解する。俺が先程吹いた笛は『犬笛』だったのだ。

人の可聴範囲を超えた高さの音を出すことで、犬にのみ音を出してる事を認識させる。

恐らくこれで、大神に自分たちの身の危険を教えられたのだろう。

本当にこの赤石という男には抜け目がない。赤石はフェンリルにしがみつく。

それを見て俺も同じようにしがみつく。落ちる瓦礫を踏み台にし、

フェンリルはそのままビルの外へと飛び出した。

二階から飛び降りたが、衝撃はほとんどなく、無事俺達は外に脱出することができた。

物事というのは意外に都合よく起きる。丁度俺達が脱出したと同時にビルは崩れた。

尋常ではない砂埃が巻き起こる。日中にこんな爆破解体紛いのことをして大丈夫なのだろうか。

崩れる音が止み、砂ぼこりも止んだ時、そこにはただ場違いな奇麗な空とただのがれきの山が広がっていた。


「佐藤さん!大丈夫ですか!」

「龍野、俺はいい!赤石を回復してやってくれ!」

「兄さん!」

「妹。意識戻ったのか。」

「兄さぁん!」


ビルの外に出ると、龍野と京子がいた。どうやら京子の方も意識を取り戻しているようだ。

兄妹が顔を合わせた瞬間に抱き合っていた。コンクリートまみれで赤石の方は『反動』があるにも関わらずだ。

素晴らしい兄妹愛ということで片づけ、ビルの方を向いてみる。

よくよく見るとがれきは奇麗な立方体の物が多い。真臼の『分解』技能が使われている形跡がある。


「しかし、なんで突然ビルを解体したんだろうな。」

「違う。これは僕がやったんだ。」


『治癒』されながら赤石がしっかりとした顔でこちらを向く。


「赤石が?どうやって。」

「『肉体改造』だ。僕のこの『能力』で相手の『技能』を強化した。

 どうもそれができそうな気がしてあの状況だったから賭けてみた。」


なるほど。相手の『技能』を『強化』して天井だけを『分解』しようとしたのを、

建物全体を『分解』するまで『強化』したのか。建物内で厄介な相手の『技能』を逆に生かしたのだ。

そう思っていると、ビルの瓦礫の一部が突然崩れそこから人が出てきた。

眼鏡がばらばらになった木村とこんな状況でもへらへらしている真臼だった。

お互い両手を上げている。これはもしかして『降参』ということだろうか。


「参ったよー、君たちみたいに寄って集られたら子悪党の僕たちなんかいちころだよー。」

「ふむ、言い方が悪いな。訂正してもらおう。」

「いやいやー。こうでもしてないと気が紛れないんだってー。

 木村君はもう『反動過多』になっちゃったんだしー。」

「何?」


木村の方を見てみる。確かに体調悪そうで、ただ立っているだけでふらふらとしている。


「もう…だめぽ……」

「僕達が無事たったのは、木村君が全部『能力』でコンクリートを溶かしてくれたからなんだー。

 僕の『技能』じゃ、すぐには反応できないからねー。助かったよー。」

 

なんだか釈然としないがともかくこれで戦いは終わったのだろう。

相手を大神の『封印』で止めて降参させれば、それで一件落着だ。


「さてそれじゃー。」


全員が安堵の気持ちを少し持ったその時だった。


「「「「降参はまだしないでおこうかな。」」」」


突如崩れたビルの方から4人の人影がやってきた。

いつの間にやってきたのかも分からない。真臼がこちらに向き直って言う。

やはりこんな時でもヘラヘラと笑っていた。


「待ってたよ。他の種族の皆ー。ホラ、今度は僕が寄って集る番だよー。」



-fin-

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