第三話 「急がば回れ。」
「ああ。落ち付いている。全く、問題はない。大丈夫だ。」
俺が赤石の家についた時、家の中はそれは凄惨な様子だった。一体どこに大丈夫という要素があるのだろうか。
家具は殆どが壊されている。そして『生コンクリート』がそこら中に飛び散っており、
木製の床には複数の穴が開いている。中にはそこから『棘』が出ているものもある。
俺達が昨日、魔物の事を話し合っていたリビングには、机と床の両方を貫通したとても大きな穴が開いており、
そこからは大量の『棘』が飛び出ていた。二階まで被害がいっている様子はなかったが、
もはや住む事のできる家ではないだろう。赤石の方は服が汚なく穴だらけでボロボロになっているのは勿論、
全身に傷があり、なにより左足の脹脛と右手の手のひらに大きくはないが文字通りぽっかりと穴が開いていた。
生理的嫌悪感を与える血液の鉄に似た臭いが鼻をつく。
出血も酷く止まる様子はない。このまま放っておいたら確実に死んでしまうだろう。
「大丈夫な訳ないだろ!もうすぐ龍野が来る!」
「僕なんかより、妹を、妹を……」
「お前が死んだら、妹は悲しむぞ!それでいいのか!」
「妹が…死んだら元も子もないだろう。」
「お前が死んでも元も子もないだろう!」
赤石は無理矢理立ち上がろうとして再びうずくまる事を繰り返す。
妹の事を考え過ぎて、自分の体の事を考える余裕もないのだろう
「赤石さん!」
「龍野!」
ようやく龍野が遅れてやってきた。よく見ると俺の鞄を持ってきてくれていた。
学校から飛び出した時、もし赤石が怪我をしていたらまずいと思い、
すぐに引き返して龍野を呼んでおいて本当に正解だった。
龍野は赤石を見るや否や、両方の鞄を乱雑に置き、赤石にすぐに『治癒』を行った。
体全体の傷と共に手と足の傷穴はみるみる内に塞がっていき出血もすぐに止まった。
だが『治癒』が終わったあと、赤石は顔を歪ませる事は無くなったが、
どことなく顔色がよくなく、ぐったりとしている。
恐らく血液の流し過ぎによるものだろう。しばらく体を休ませなければならない。
「ありがとう龍野よ、これで……これで妹を助けに行ける…。」
だというのに赤石は倒れたまま這いずるように玄関へと向かう。
その途中で上着は完全に破れた。だが、お構いなしでそのまま進む。
「……けっ、いい気味だよ、全く。」
「…!!」
すると玄関にはいつの間にか大神が立っていた。目立つ傷は負っていないが少し息が上がっている。
服装は昨日のままで、首には未だにジャンヌと書かれたネームプレートのついた首輪が掛かっていた。
「大神、ここで何が起こったんだ?」
「……分かりました。」
大神が大まかにここで起きた事を説明した。
昼頃に二階で大神と赤石が首輪の事で喧嘩していると、下で昼飯作ってた妹が突然、悲鳴を上げた。
赤石と大神は何事かと思い、すぐに下の階へと降りた。
すると先にリビングに入った赤石に、突然『コンクリートの棘』が伸びてきて手首に刺さった。
大神が駆け寄ろうとしたら、赤石がリビングに入って来るな、早く逃げろと叫んだ。
さらに赤石の足に『棘』が刺さり、次々と体を傷つけるように『棘』が襲ってきた。
赤石は大神にすぐに玄関から出て周りに敵がいないかを確認するように言った。
しかし敵の姿は周囲に一切なく、大神はたった今戻ってきたということだ。
「僕が動けない間に、目の前で妹が『灰色の手』に包まれて、
そこの大穴に連れ込まれてしまったんだ、追わなくては……いけない…。」
重要なのはその後だ。俺と五十嵐と村田を学校で襲った物と同じに思われるあの『灰色の手』が、
京子を掴んでその『手』の中に取り込み、リビングの大きな穴に『手』が沈んでいったという。
穴の底は『コンクリート』で埋まっていた。恐らく俺達が襲撃された廊下の時の棘のように、
京子を掴みながら『手』はきっと沈んでいったのだろう。つまりは京子は何者かによって攫われたのだ。
犯人は今までの事件も同じ手口でやったのだろう。これなら犯行の様子も見られにくいし、
見られたとしても他人に信じてもらえないだろう。話終わると赤石は大神の脇を通り、未だに進もうとする。
大神は、そんな這いずる赤石の手を思いっきり踏みつけた。
「……ぐっ…。」
まだその手には痛みが残っているようで、赤石は顔を歪ませた。
「あんたの行動はいまいち理解できない。この首輪も外してくれないのもそうだけど。
そこまで思うなら、なりふり構わず妹と一緒に飛び込んでしまえばよかったじゃないか。」
「……それでは根本的な解決にならない。
僕がリビングに出た時、僕の手と足が貫かれた。
その時に伸びてきた『棘』は二本。奴は何本だって『棘』を生やせるのだから、
殺してしまうなら全身を串刺しにしてしまえばいい。
二本しかこなかったということは、初めから僕の動きを封じて妹を攫う事が目的だと思った。
恐らく、僕一人を誘い出すためにだ。僕は中等部全てに戦線布告をしておいた。
それにひっかかった奴なのだろう。故に、僕はそいつを相手にするために、
力を手にいれる必要がある。そう判断したからこそ、ジャンヌを危険から守る必要があった。」
「……そういうこと。」
大神は赤石の手を踏む足をどけた。
赤石の目は決意に満ちていた。間違いない。こいつは、本気で戦う気だ。
「ジャンヌ、僕と契約してくれ。お互いの利害は一致するはずだ。
僕は言った事は必ず実行する。それが僕の生きる意味であり、目標だ。
僕は『この事件を解決する』と有言実行している。
僕は僕の手で、僕達の手で、この事件を解決し妹を救いたい。」
「……もう少し人を選びたいとは思ったんだけどね。
いいよ、契約相手がちょうど欲しかった所だ。」
そう言うと大神がナイフを取り出して自分の指を傷つける。
「おい、龍野。これって目の前で見てていいものなのか?
お前としては敵が増えるんだから止めたほうがいいんじゃ…。」
「いや、いいんです。」
龍野はそういって、赤石と大神の契約を止めようとしない。
本当にいいのだろうか。もしこれで仮に大神が敵に回ってしまうなら、
赤石も敵に回す事になる。俺は赤石と本気で戦えるのだろうか。
「…『辰』の種族の人。」
そう考えていると、大神がこちらに話しかけてきた。
「どうしました?」
「私はあなたをとりあえず信用する事にした。それはこいつの妹を捕まえるまでだ。」
こいつというのは赤石の事だろう。
喋りながら大神は、赤石の手の指先もそっと傷をつける。
「野良犬だった私の傷も、今もこいつの傷を一番に治す姿や、昨日の行動から、
あなたを黒幕だと思う事がなんだか馬鹿らしくなったんだ。
あなたがやってないっていうのは本当だと信じよう。
ただ、私のここにきた目的はあなたの殺害だ。
だから、この事がすんだらあなたに正式に試合を申し込みたい。
私だって種族の為に戦っている。私が勝ったら、あなたには降参してもらう。
もし私が負けたら私は今までの感情を完全に払拭して、あなたの言う事に従おう。
我がままだと思いますが、どうかお願いできないか。」
「こちらからもお願いします。私は貴方と共に戦いたい。」
「そうか…本当にありがとう。あなたは素晴らしい魔物だ。」
そういって、大神は自分の出血した指を赤石の口の中に勢いよく突っ込んだ。
「ふっ……ぅ」
「んっ……」
続いて赤石の指を大神が口に含む。完全に二人の世界である。
なんというかいろいろな意味でこれをそのまま見てていいものかと思う。
敵が増えるから止めたほうがいいとか、何というかこのピンクの雰囲気にたえられないというか。
龍野の方を見てみると顔が真っ赤だった。この野郎、この前俺に同じことをやっただろう。
そう思っていると、ほんのりと大神と赤石の体から少し光が出た。
お互いが指をほぼ同時に引き抜く。少し赤石の顔がまた歪んでいた。
「……かなり奥に突っこまれて、吐きそうになったんだが。」
「うっるさい。それと契約したからには私の事、ちゃんと名前で呼んでよ?」
「ああ、ジャンヌ。それじゃあ戦いにいこう。」
「だから私の名前は大神利香だ!」
やはり、こいつは言った事を必ず実行する奴だった。
時間的に言うと契約から約一時間たった、午後三時になるかならないかくらいである。
再び俺達は、ゴールデンウィークに戦闘を行ったあの廃ビルにきていた。
こんな深刻な状況にも関わらず、空は五月晴れで俺達に対して無関心を決め込んでいた。
まだ学校のある平日の昼間からこんなところに学生と私服の男がいるというのは、
非常に近所でよくない噂が流れそうだ。下手すると誘拐犯扱いもありえる。
クラスメイトの咲野の話からすると、ここで『生コンクリート』がぶちまけられていたそうだ。
村田になんで早退したのかとメールがきていたので、
今まで何があったのかを伝えると非常についていきたそうだったが却下した。
廃ビルには「株式会社稜千運搬龍成地区店」と書いた看板があったはずだが、
そこには『生コンクリート』がわざとらしくぶちまけられていた。
「自分の城にでもしたつもりか。どちらにせよ、ここにいるのは間違いないだろうな。」
赤石がずんずんと、以前入った入口へと向かっていく。
「おいおい、何の警戒もなしに突っ込んで行っていいのか?」
「今更怖がろうと何の意味もない。とにかく妹が不安だ。行くぞ。」
そういって赤石がまだわずかに残っていた窓ガラスを派手にぶちまけてビル内に入る。
「…何の意味があるんだ?」
「かっこいいだろ。」
時々こいつの考えが分からなくなる時がある。いや、いつも分からないか。
「作戦通り、佐藤と大神、僕と龍野で行動をする。
一応『能力』と『技能』を考えれば恐らくこれが最善策だ。やるしかない。」
何故一時間たったのかというと、赤石と大神の『能力』『技能』の確認と、
今回の戦闘において具体的な方針を立てていた。その結果、俺と大神のペアが赤石の妹の救出と本体の拘束、
龍野と赤石が囮を行うことにした。戦闘はするが、基本的には相手の拘束を目的とする。
全包囲がコンクリートに囲まれている場所ではいつ棘が来るか分からないため、
非常に危険であり自分達の生存を第一に考える。俺は一応持って着た鞄の中から水筒だけを取り出しておいた。
水分補給の時に役に立ち、攻撃力もそこそこあるからだ。鉄製の物を買っておいた。
鞄をそっと投げ捨て、少し準備運動をする。いつでも体を全力で動かせるようにしておく。
「……こうしてみるとあんた本当に不良にしか見えないね。」
「これから協力する相手の悪態をつかないで欲しいな。」
大神と話していると龍野と赤石の姿は見えなくなっていた。
恐らく奥へと進んだのだろう。俺達は時間差で突入することになっている。
突入のタイミングは全て携帯電話のコールで行われる。
「ま、ともかく大神。今は協力関係にあるんだから、頑張ろうぜ。」
「というかむしろこの状況、私が危険で仕方ないんだよね。
君、良く私を殺そうとしないね。裏切るかもしれないのに。」
「必要が無きゃ暴力すら振るわないし、龍野の考え方に賛同しているからな。」
「なーんだ?君、『辰』の種族に惚れてるのか。」
せき込む。突然何を言い出すのかこの犬っころは。
「そ、そういう物じゃねえよ。どちらかというと尊敬というかさ。」
「ふーん。おもしろくないね。」
「おもしろさで関係を決めるなよ…。」
携帯がポケットで震えた。一回目の合図、突入の合図だ。
「行こうか。とりあえず、俺の『能力』を使って入る。そっちの方が足場が安定するからな。」
「ところで君の『能力』って何なの?」
そうやって言われたので実践して見せてやる事にした。
三階の窓から突入する計画だったので、三階の窓にかかる『螺旋階段』をイメージする。
半透明の緑色の階段が突如現れる。うむ、うまく作る事ができた。
「よし。これを昇るぞ。」
「……すごい『能力』だ。確かに調整がされてるみたい。」
「調整…?どういうことだ?」
「人間との契約によって魔物が『技能』が使えるようになるには一つ理由があるんだ。」
そういって大神は階段をのぼりながら話を始めた。
「魔王選定式で人間の血を飲ませることで『技能』を解放させるようにしたのは、
協調性を測るというのもあるけど、大きな目的としては魔物側の暴走を止めるためなんだ。」
「あー。人間界で悪さしないようにってことか?」
「私はそういうのにあんまり興味ないんだけど、そういうことにしか興味のないやつって言うのがいてね。
元々、人間が魔物の血を飲むと『能力』なるものが身に付くっていうのは、
魔界十二議会が設立される前から発見されてたことなんだ。
そして、人間界に来た時の『技能』は必ず『能力』より弱くなるように設定されている。
人を殺せないように、いざというときに契約者が殺せるようにね。
万が一契約者自身が殺されたりしたら『能力吸収』が起きて大変だから。」
「『能力吸収』?」
「聞いてないの?魔物が契約した人間を殺したときに起こる現象なんだけど、
『能力』が魔物に身に付くんだよ。」
「…は?」
「人間の使っていた『能力』が魔物に身に付くんだよ。
しかもその時に『能力』は何かを代償にすることはない。使い放題なんだ。
ついでに『能力』を手に入れると同時に魔物に掛けられていた力の制御が外れて、
殆ど魔界にいた時と変わらない力を発揮できるようになる。
そうなってしまったら人間界は終わりだろうね。」
「……恐ろしいな。考えたくもない。」
『螺旋階段』を登り切り、窓から廃ビル内に侵入する。
「私は復讐だけを考えていたけど、辰の種族と話して考えが変わった。
あれ以上の悲劇をほかのところで起こしてほしくもないと思っている。
ともかく、今は目の前の敵を降参させよう。」
大神はしっかりと考えている人だ。ここで戦った黒松も、龍野も、親友である赤石も、
自らの目的や信念がしっかりとある。そういう所を見ると不意に自分が取り残される感覚を覚える。
俺はこいつらと共に歩いていてもいいんだろうか?そんな資格があるのだろうか。
「おーい、どうかした?大丈夫?」
大神に呼び掛けられハッと我に返る。
「いや、何でもない。行こうぜ。」
今は変にブルーになっている場合ではない。大神がまず小部屋から出る。
三階といえば、ちょうど黒松との戦闘があったところだ。
あの時はいろいろなゴミや、瓶の破片などが散らばっていた。
しかし今はそんなものは一切なく、階層全体が『生コンクリート』で浸されていた。
壁にも乱雑にぶち撒けられている。品のないものだ。
「……あんまりこれに近づかないほうがいいかもしれない。
敵の能力は『コンクリートを操る』ってのは確定している。
恐らくこの『生コンクリート』は侵入者がいるかどうかを調べるものだろう。」
「成程、だがそうすると俺達はこの階から動きづらいぞ。」
二階へと繋がる階段は、ここから見ても『生コンクリート』漬けになっているのが分かる。
「あんたの『防壁』で足場作ればいいじゃないか。」
「あんまり燃費がよくないんだよ。たくさんの足場は作れない。」
大神の提案はできれば飲みたかったが、それには俺の力が足りない。
水分を代償にする俺の『創造』は、大きさにもよるが恐らく八個ほど何かを作ると『反動過多』になる。
確かに水分は持ってきてはいるがこんな所で俺の『能力』をあまりたくさん使うべきではないのだ。
「…待てよ?」
ふと思いつく。そういえばあの時していた事を応用すれば、全然やれる事じゃないか。
「どう?うまくやれそう?」
「任せろ。作戦通りやれそうだ。」
携帯電話の二回目のコールがなった時、不敵に俺達二人は笑ったのだった。
廃ビル突入から約5分。僕と龍野は二階まで移動していた。
一階には何もなかったが、この階には『生コンクリート』が一面ぶち撒けられている。
恐らくこれは敵の侵入を知らせるためだろう。厄介な事をしてくれるものだ。
「どうします、赤石さん。」
「…ふむ。」
僕達の班のやる事は囮だ。そして恐らくこの階かもう一つ上の階に敵はいるんだろう。
「やるしかないな。」
僕は決心を決めた。
足を思いっきり振り上げ、そのまま『生コンクリート』に叩きつける。生コンクリートがぴちゃと音を立てて跳ねる。
恐怖がないといったらそれは嘘になる。しかし、こうしなければ何もできない。
すると『棘』がこちらを目掛け一斉に生えてくる。目を閉じ瞬時にイメージをする。
この『棘』の刺さらないイメージを。
「赤石さん!」
ガキッという音が聞こえる。目をゆっくりと開いてみる。
体に『棘』は当たっている。しかし、その先端は全て折れている。
「…無事、成功したな。」
目の前にあるコンクリートの棘を、思いっきり蹴る。
すると木の枝のように、全てが折れる。なかなかに気持ちいい。
先ほど調べた結果、僕の『能力』はどうやら『肉体改造』らしい。
例えば今のように体を異常に『固くする』ことができる。
「ただ、大丈夫と分かっていても気疲れというものはあるものだな。」
『能力の代償』は恐らく『体力』。この『能力』を使えば使うほど僕は『疲れる』。
『疲れる』、と言えば何だか馬鹿馬鹿しいが割と深刻なレベルの物である。
『棘』が一斉に引っ込んだ。どうやら僕の事を人間とは認識しなかったようだ。
そして子部屋の一つに何かが動く影が見える。恐らく生コンクリートに何か変な物を入れられたと思い、
確認しに来たのだろう。
「そこか…!」
もう一度能力を使用し、腕を思いっきり『伸ばす』。
そして子部屋のでっぱりを手で掴み、腕を思いっきり『縮める』。
某海賊王の真似ごとだが、こうすれば一気に移動ができる。
部屋の中に勢い良く飛び込む。体を『固く』し、壁に衝突時のダメージを和らげる。
砂ぼこりを立てながら部屋に侵入するとそこには男がいた。しかしその光景は確実に異常であった。
その男はコンクリートにまるで『水のように沈んでおり』、首だけなのだ。
男はこちらを見るとひどく驚いた様子だった。
「う、ううろたえない…!木村求はうろたえない…!」
そうしてまたコンクリートへと沈んでいった。今、木村求といったか。
恐らく僕の妹と同じクラスの、契約者候補に上がっていた人間だ。
どうやら当たりを引いたようだ。ここで拘束してみせる。
そう思った瞬間、子部屋の両方の壁が突然こちらに向かって進んできた。
この部屋ごと僕を潰す気だ。急いで抜け打そうとするが間に合わない。
急いで体を『固く』する。ガチッという嫌な音が体中から聞こえる。
潰されずにはすんだが、とてもじゃないがこのままではここから抜け出せない。
「くっ、少々危険だが……」
体全体をおもいっきり『縮める』。
そして一瞬体が自由になったスキに転がり出る。壁は一瞬にして僕が元いた部分を埋め、
子部屋は完全に入る事のできない場所になった。思わず息が上がる。
龍野と組んだのは、少しでも僕の代償を回復してもらうためでもある。
だが今は龍野との距離があまりに距離が遠すぎる。とりあえずまだ僕自身は持つはずだが、
『能力』の限界も時間の問題だ。
「ひ、ひかえろぉ…!その奇麗な顔を、ふっとばして、やや、やるよ!」
突然、非常に腑抜けた声がした後、天井から突然人間が『灰色の紐』に縛られておりてきた。
恐らくこれも『コンクリート』を使ってやっているのだろう。器用なものだ。
いや、そんなことは問題ではない。妹だ。僕の妹が目の前に『紐』に縛れていた。
目立った外傷は特にはない。一応生きているようには見える。本当に良かった。
そう思っていると下から『足場』を生やしながら出てくる男がいた。
黒縁のデカい眼鏡を掛けており、髪の毛は少なめ。目付きは悪くいかにもな感じだ。
体に『生コンクリート』は一切ついていなかった。
「へ、へへ。きみは赤石あきひろだね。そういう僕は木村求。
君にはこ、ここで死んで貰うんだ、へへ。」
「お前が木村求か。短刀直入に聞くが、最近の行方不明者はお前のせいか?」
「そ、それほどでもない…み、皆僕をいじめるからだ。
だからきっとそんな僕のためにロマンスの神様が僕に力をくれたんだ、
じゅ、ジュースを奢ってやろう…へへ。
だったらその力は、つ、使わないといけない。
復讐と、ま、前から気になっていた子を僕の物にで、できたんだ。
この子、よ、よく話掛けてくれたんだ…き、きっと相思相愛だよ、へへ。」
そういえば京子は言っていた。
「喋りかけてもぼそぼそとしか喋れないし突然笑いますし。」
これは思春期特有の仕方のない自意識過剰だろう。時々女子に喋り掛けられただけで、
「自分に気があるんじゃないか」と思う男子を馬鹿にする人が居るが、
そういう時に話しかけて来る女子は、その男子からしてみれば神のように見えるものだ。
だがしかし木村よ、その相思相愛の相手はお前の事を気持ち悪いと言っていたぞ。いいのか。
「まぁいい。ともかく妹を返してもらおう。
お前の言い方をさせてもらうなら、それは僕の物だ。」
「ね、ねんがんの、かのじょを手にいれたんだ…殺してでも守り抜く…へへ。」
やはり少しだけ狂っている。とはいうもののこれは可哀想な狂い方だ。
今までが今までだったため、力を急に手にいれて舞い上がってしまったんだろう。
ともかく、今は説得するしかない。一回目の電話で、もうビル内には突入しているだろう。
木村がこちらに『灰色の手のようなもの』を飛ばしてくる。注意は完全にこちらに引きつけれた。
二回目のコールだ。うまくやってくれよ、佐藤。
「龍野!今だ!」
「は、はい!」
『手』から腕の『伸縮』を利用して逃げ、龍野に予め持たせておいた携帯で電話を掛けさせる。
掛ける先は勿論、あいつだ。
「よっしゃ!このまま突っ込むぞ!」
「了解!」
頬の横を風が横切る。
佐藤は自分の作った『円柱』の上に跨り、そのまま飛んできた。
成程、確かにこうすれば『生コンクリートの包囲網』に引っ掛からない。
「今だ大神!」
「言われずとも!」
ジャンヌの手首から怪しげな魔法陣のような物が浮かび上がる。
するとそこからたくさんの紐が飛び出してくる。
よくよく見ると紐の先端には、化け物のような手を模した鉄製の『首輪』のようなものがついている。
片方の『首輪』は木村の首へと向かい、首を掴んだ。
残りのたくさんの『首輪』は、『灰色の紐』を破壊していった。
全ての『紐』を破壊した後、一際大きい首輪が妹の胴体をがっちりと掴んだ。
「動き、能力を『封じる』!」
そう言うとジャンヌの投げた『首輪』が完全に木村の首にかかり、紐が『首輪』から外れた。
同時に、妹の胴を掴んでいる『首輪』をジャンヌがたぐりよせ、妹を『円柱』の上で受け止める。
「うおっ!くるしっ!」
そういって木村は勢いよく地面に叩き付けられた。
受け身がとれた様子はなく、顔から地面にいったせいか鼻血がでている。
そう、木村は恐らく今『指一本動かす事も出来ないだろう』。
「ば…馬鹿な、ま…全く…体が動かん!?」
「11秒経過!お前をしばらくの間、『封印』させてもらう!」
ジャンヌの『技能』は『封印』というものだ。
ジャンヌ自身が召喚した『首輪』を相手に付けることにより、
指定した相手の行動を『封印』することができる、というものだ。
制限時間は現時点では約一分。それ以上はもう一度『首輪』を掛け直す必要がある
ジャンヌ曰く、恐らくもう少し時間を伸ばせるだろう、と言っていた。
勿論、この首輪は普通に鞭のように扱うこともできる。
コンクリートが壊せるのだ。武器としての威力もそこそこだろう。
「よし。」
「これで何とか作戦完了だな。」
佐藤達がまだ『円柱』に乗ったまま、こちらに近付いてくる。
妹をまじまじと見るとしっかりと呼吸している。うむ、本当によかった。
「き、気をつけてください!まだ安心するには早いですよ!」
龍野がこちらに掛けよって来る。木村は地面で流れる鼻血すら拭えずに居る。
あとはこいつを説得すればいい。ともかく、このコンクリートの建物では危ない。
このまま気絶させて、外に連れ出そう。そう思い、木村に近付こうとした時だった。
「…チチッ、安っぽい『首輪』だねー。」
その得たいの知れない声が聞こえた瞬間、カチリという音がした。
「信じらんねぇ……へへ、フルパワーだぜ……」
突然木村が動き出した。よく見ると『首輪』が外れている。
コンクリートの中へと木村は潜っていった。
「なっ……」
「おい今、何が起きた!?」
「そんな馬鹿な!この『首輪』は簡単には破壊できないはずだ…!」
佐藤の『能力』や龍野のドラゴン化での攻撃で強度のチェックも行ったはずだ。一体どうやって。
『首輪』をよく見てみる。そしてはっきりと分かる。これは破壊されたのではない。
奇麗に『分解』されているのだ。まるで初めからこういう風になっていたかのようにだ。
「へ、へへ……残念無念また来週…!」
くぐもった木村の声が聞こえた次の瞬間、僕らを目掛け大量の『棘』がこちらに向かって生えてきた。
-fin-