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僕の隣の座席はドラゴンです。  作者: 遠藤戦争
第二部「日常の侵食。」
12/23

第一話「捨て犬。」




俺こと佐藤真人はゴールデンウィークの間、こことは違う世界である魔界に住む、

十二種族の魔物が魔王の地位を巡って戦うという『魔王選定式』という物に巻き込まれた。

選定式には、人間と魔物が契約をし、協力して戦うというルールがある。

その際、人間には『能力』と呼ばれる何かを代償にして魔法のようなものを使うことができるようになる。

今回の連続無差別誘拐について赤石曰く、何人も手をかけているのに証拠無しという点と、

時期的に考えて『魔物絡み』ではないか、そして狙った生徒が全て同じクラスという事を考えて、

恐らく『この学校の同学年の生徒』ではないか、と考えているそうだ。

しかしそういった無差別誘拐に果たして何か意味があるのだろうか?

こういう風に自分の身元を明かすようなことを普通はしない物ではないのだろうか。

もやもやとした気分が続く昼休みにて、俺は赤石と龍野と共に廊下を歩いていた。

赤石は教室の扉を開き、龍野と共に黒板の前に立って喋り出す。


「僕の名前は赤石彰宏。僕はこちらの女性と契約をしている。

 今回の連続無差別誘拐の犯人に告ぐ。速やかに名乗り出ろ。

 関係の無い人間を巻き込む必要は無い。正々堂々、戦おうじゃないか。」


クラスは静まりかえっている。

当然だろう。ここは中等部三年生のクラス。いきなり高等部の生徒である赤石がやってきて、

黒板の前でクラスにいる全員に対して契約だの犯人だの訳のわからないことを言っている。

中等部の生徒からしてみれば、明らかな異常事態である。

教室にいる生徒は口を開けて驚いていたり、ヒソヒソと喋っている。


「ふむ。このクラスにもいないようだな。行くぞ。」

「は、はい!」


赤石と龍野が教室から出て来る。俺はというと廊下からその光景を見ていた。

龍野は顔を真赤にして俯いている。やはり突然他のクラスに行って、

こういうことをするのは相当恥ずかしいようだ。


「……で、これで一応全てのクラスに宣戦布告ができたと。」

「ああ。まず僕が魔物の存在を知っている、という事を伝える。

 こうすることで『校内に敵がいる』、という事が相手に伝わるだろう。

 そして『このクラスにも居ない』と言っておく事で、『人物特定は出来ていない』、

 という事が相手に伝わる。相手から見れば僕はいいカモだ。

 恐らく、相手は僕に攻撃を仕掛けて来るはず。

 そして僕が囮を勤め、佐藤、君が叩くという作戦だ。」


確かに相手を誘い出し攻撃するのには有効な作戦だ。

だがこれでは赤石が危険ではないだろうか。


「だがこのままでは僕の身や佐藤の身が危ない。そのためにここで次の手を打つ。

 具体的には、体力テストの結果を教師から奪う。」

「体力テストの結果?」


この学校はゴールデンウィークが終わったぐらいに毎年、体力テストを行う。

今年も例年通り、体力テストをゴールデンウィークが終わった後行っていた。

だがそれを何に使うのだろうか?


「先に調べなかったのは、先ほどの宣戦布告の時の演技に支障が出ないようにするためだ。

 中等部の体力テストの結果を見て、『去年と比べ異常に伸びている生徒』を調べ出す。

 『契約』には『身体能力の上昇』の効果があるんだろう?体力テストを受けているのなら一目瞭然のはずだ。」

「成程……お前、頭いいな。」


俺と龍野がした『契約』には先に行った『能力』の他にもう一つ効果がある。

『身体能力の上昇』である。龍野曰く、魔物との戦闘で人間が対等に戦えるレベルまで上昇するそうだ。

体力テストは上体起こし、長座体前屈、反復横跳び、握力、立ち幅跳び、20mシャトルラン、

50m走、立ち幅跳びの8種目の結果で1点から10点の評価をし、

8種目の得点の合計をA、B、C、D、Eの5段階で評価をするというものだ。

俺の去年の成績はA判定が出ており、その中でも高い方ではあったが、

今回の体力テストはそれどころではなく、全ての種目に置いて10点を出すという結果になった。

ちなみにもう一人の契約を行った生徒である、五十嵐という男もオール10であった。


「それでは佐藤。五十嵐に頼んできてはくれないか。」

「ん。分かった。」


赤石は確実に焦っている。恐らく外に出ないように極力抑えているのだろうが、

長年の付き合いのある俺にはなんとなく分かる。

自分の妹が事件に巻き込まれる危険性があるのだ、焦るのも分かる。

焦っているからこそ、俺自身がしっかりと動いてやる必要がある。

ともかく俺が今一番優先すべきは五十嵐の元へ行く事だ。




「……非常に面倒臭いな。」


先程俺が言った同じクラスに所属しており、契約を行っている男子である、

五十嵐に赤石の頼みを言った所、彼は今回の依頼を酷く面倒くさがっていた。

昼休みということもあり、廊下には生徒の楽しそうな声が響いている。

教員達も休み時間という事もありどことなく柔らかな雰囲気が分かる。

正直俺だって弁当を食べながらの談笑としゃれこみたかったが、

しかし俺達は赤石の頼みである、体力テストの結果の奪取をしなければならなかった。


「とりあえずお前の『加速』でどうにかできないか?」

「アホか、職員室中の紙が巻き上がるぞ。」

「あー、風が少し起こるもんなお前。それで察知できたし。」

「いや、察知はまだ分かるが対応できるってお前何者だよ……」


柔らかな雰囲気の職員室の目の前にいるが、そんな中でも教員は忙しくなく動いている。

こうして見ると、普段嫌な事を言う教員も働いているのだなと実感する。

ただこうした姿を見た所で好きになることは無く、嫌いなのは変わりない、

というかむしろ学生と教員はその関係が正しいのかもしれない。

確かに時々、ものすごく好かれる教員はいるが教員というものは大体が生徒に嫌われるものだ。

生徒にも同じ事が言える。殆どの生徒が教員に嫌われているだろう。

互いに憎みあうからこそ、お互いが鼻を明かしてやろうと必死をこいて、成績というものは上がるのではないだろうか。

だからこそ俺は、自分が憎まれているということを理解しない、していない、しようとしない教員、生徒は大嫌いである。

教員は忙しなく動く。盗むタイミングは訪れない。このままでは埒が開かない。

たかが体力テストとは言えど仮にも個人情報だ。学校側としては勝手に持ち去られようものなら、大問題であろう。

できれば変な所で目立ちたくはない。どうにかして奪い出す手段はないだろうか。


「五十嵐、何か案をくれ。」

「……黒松を呼んで全員『電撃』で意識不明にすればどうだろう。」

「何でその提案が通ると思ったんだ…」

「じゃあ中等部三年生を全員『電撃』で処分。」

「馬鹿なのか!?お前は馬鹿なのか!?」

「……『減速空間』は面倒なんだよ。」

「そこを何とか頼む。龍野への恩返しってことで。」

「仕方ねえなぁ……」


五十嵐がそっと手をかざすと目の前に『薄紫の空間』が広がる。

五十嵐の能力は、怠惰の感情を代償にして速度を操ることができるというものだ。

直接触れた物、自分自身の『速度操作』だけでなく、

中に存在するものの速度を遅くする、薄紫色の『減速空間』を作ることができる。

この五十嵐とは、例の『魔王選定式』でゴールデンウィーク中に一度戦闘を行った。

最初は敵対していたが、今は手の傷を治した恩のお陰か和解した。

五十嵐との戦闘の後日、どういったことがあったかを村田に話した時に、

村田が能力のことを『怠惰レイジイ』と命名したので俺もそう呼んでいる。

七大罪から取るあたりが何となくあいつらしいし、魔物の雰囲気にも合う。

『減速空間』は職員室を完全に包み込んだ。外から見てみると中の物が、

わざとスローモーションで行動をしているかのようだった。


「あー…だりぃ…まじだりぃ…もうやだわ……」

「いや、お前がこの『空間』を維持して、尚且つ奪ってこないといけないんだからな…」

「わーったよわーったよ。」


そういって五十嵐はスローモーションの職員室へと入っていった。

手前味噌になるが俺が察知できないレベルなのだから、大抵の人間は気付かないだろう。

基本面倒臭がりやのあいつだからこそ、怠惰が代償というのは相性がいいのかもしれない。

五十嵐が出てくるまで、俺は廊下でまた待つ事にした。正直俺が来る必要性はあったのだろうか。

そうしてぼーっとしていた時、目の前を見知った姿が通過した。

高等部一年生の後輩、村田薫だ。


「おい、村田、ストップ。」

「おや、佐藤先輩じゃないですか。私、今職員室に用事があって来たんですが。」

「今は入らない方がいいと思うぞ。」

「?何故です、ってあれ、もしかしてこれが『速度操作』ですか?

 へぇ、話しか聞いてなかったから実際見るとなんか感動しますね。」


村田は興味津々で中を覗いている。相変わらず状況把握が早い。


「で、何で五十嵐先輩は『能力』使ってるんですか?」

「あー、ちょっと中等部の体力テストの結果を奪おうと思って協力してもらってる。

 『拳を治した』という借りが一つあるからな。」

「もしかして赤石先輩の頼みですか?」

「そうだけども。」

「ちょうど私も赤石先輩に頼まれたんですよ。高等部の体力テストの結果を奪えって。」

「他の奴を調べるためか?」

「いえ、佐藤先輩を守るためですよ。」

「…?どういう意味だ?」

 

そう言うと、村田はこちらに抱き付いて着た。両手で受け止める。

いや違う、これは倒れ込んできた、だ。それもそれなりの勢いである。村田の後方に目を向ける。

すると『灰色のドロドロとした手のようなもの』が、村田の制服を掴んでいた。


「……なんだこいつッ!」


俺自身の能力である『創造』で『円柱』を作り出し、『灰色の手』に当てる。

手応えと言えるようなものは無く、完全に『円柱』が『灰色の手』の、

人間で言う所の手首の部分を貫いた。すると突然『灰色の手』は村田の制服から離れ、

『円柱』の先端部分を掴む。よく見ると貫通した手首の部分が、細かく震えている。

次の瞬間、『灰色の手』が大きく膨れあがり、一瞬球体になり、元の『灰色の手』に戻っていた。

『円柱』が存在している様子はない。完全に消滅してしたように見える。

背中がじんじんと痛む。村田が倒れ込んできた勢いで俺も倒れてしまった。


「……おいおい、やばいだろこれ…!」

「佐藤先輩!後ろからもう一個着てます!」


頭の方に目を向けるとそこにも『灰色の手』はあった。

非常に危険な状況である。もし仮に俺と村田を『防壁』で包んだとして、

先程の『円柱』の様子を見ると安全とは言い難い。

こうなったら村田だけでも助けるべきではないか。しかし俺が死ぬと龍野に迷惑が掛かる。


「……けっ、遅い。」


どうするか考えてるいると俺と村田は五十嵐に抱えられ移動していた。

俺の元居た場所に目を向けるとそこには『減速空間』が広がっており、

その中でゆっくりと『灰色の手』が俺と村田が元いた場所に覆い被さろうとしていた。


「い、五十嵐……助かった。」


周りに目を向ける。すると周りの風景がおかしいことに気付く。

先程まで普通の廊下だったはずだが、廊下の柱や床が、まるで沸騰した水のように泡立っているのだ。


「完全に契約者か魔物のどっちかがいるようだな……」

「落ちついてる場合じゃないですよ、五十嵐先輩!」

「安心しろ。なんか『手みたいなの』は遅くしてあ」


五十嵐がそういった時、突如泡立った床から何かが飛び出た。

『棘』である。『棘』が泡立つ床の地面から突如飛び出してきたのである。

『棘』は五十嵐の心臓を貫く既の所で俺の作った『防壁』に遮られた。

何とか反応することはできたが、もし俺が『防壁』を作らなかったら五十嵐は即死だっただろう。

泡立つ地面から次々と、『棘』の頭が顔を出している。


「……こりゃまずいな。逃げよう。」


五十嵐の『加速』により、俺達は職員室前の廊下を一気に掛け抜けた。

俺達の後を追うように大量の『棘』が飛び出ている。確実な殺意が感じ取られる。

五十嵐が走り終る。もう『棘』は伸びてこない。

しばらく観察していると、『棘』も床と同じように泡立ち始め溶けていった。

そしてそこにはまた、いつもの職員室前の風景が戻っていた。

周囲の音が突然耳に入り始める。どうやら、今の『棘』を見ていた生徒はいないようだ。

攻撃をしてくる感じももうない。逃げ切ることができたようだ。

いつの間にか俺の教室の近くまで逃げていたのでとりあえず教室に入る。

俺も五十嵐も村田も息が上がっている。一体どこから攻撃してきたのだろう。

相手の姿を見ることが出来無かった。それに俺の能力が効かなかった。


「な、何だよあれ……」

「わからん。面倒臭いことは分かるが。」

「先輩方、背中の汚れとってくれません?」

「村田、お前もう少し緊張感…ん?」


村田の背中についていたのは、灰色の水のようなもので、まるで泥のようなものだった。

これは一体何なのだろうか。


「それは『コンクリート』だな。」

「赤石先輩。」

「見た目的に固まる前の生のコンクリートだろうな。前に見たことがある。

 ちなみに生の状態の物に糖分を少しでも混入すると、コンクリートは固まり難くなるらしい。」


赤石が教室で龍野と共に待機していた。


「その様子だと襲撃を受けたみたいだな。」

「あー、おかげ様でな、クソッ。」


五十嵐が吐き捨てるように言う。大変ご立腹のようだ。


「ああそうだ、僕はクソだ。今回の事は本当に申し訳無い。」


珍しく赤石が謝った。こいつは有言実行の際、

他人の都合などを顧みないはずだったのに。どうしたのだろうか。

五十嵐もまさか謝られるとは思っていなかったのか、少したじろいでいた。


「と、とりあえずだ、頼まれてた体力テストの結果だ。一応全学年、盗んできた。」

「む、五十嵐。その命令を聞いていたのか?」

「いや、俺自身調べたいことがあってな。」


そういって五十嵐は高等部の体力テストの結果をぺラペラとめくっていった。

一体何を調べているのだろう。もしかすると高等部に、当てがあるのだろうか?

村田も中等部の体力テストの結果をめくっていった。


「しかし、何故俺達は攻撃をされたんだ?赤石の考えがバレたのか?」

「その可能性もあるが……ふむ、考え辛いな。」

「どうしてだ?結果を見たのかもしれないぞ?」

「結果がこうして処分されていないからな。

 わざわざ自分の身元を明らかにするものを残していかないと思うぞ。」

「うわっちゃー…。」


体力テストの結果を見ていた村田が突然声を上げた。


「どうした?」

「異常な結果が出てればいいんですよね?それだったら中等部に二人いますよ。」

「二人!?」


1人は確かに予想していたが、もう1人出てくるとは思わなかった。


「中等部三年の木村求きむらもとむ、男でパソコン部所属。赤石先輩の妹さんと同じクラスですね。

 去年の総合判定がD、今年がAになっていますね。佐藤先輩と同じくオール10。

 もう一人が中等部二年の御宮守香割おみやもりかわり。女で無所属。

 去年の総合判定がB、今年がAですがこちらもオール10。」

「最初の一人は一目瞭然じゃないかよ……」

「一応、体力テストで僕も全力を出しておいたがやはり勝てそうにないな。

 しかし、僕の妹と同じクラスか。怪しいな。」


俺達三人の中では一応一番俺が運動はできる。

勉強は村田が一番である。有言実行した場合は恐らく両方とも赤石が抜くだろう。


「ふむ。とりあえずこの二人を監視していくことにしようか。」


赤石がそういうと昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

学校が終了したら、もう一度全員で集まって帰ろうということで話を付けた。

結局俺は弁当を食べることができなかったが、五十嵐は『怠惰』を使って音速で飯を食べていた。

周りに物凄い勢いで米粒が飛ぶ。馬鹿だなぁと思った。




授業終了後、俺、赤石兄妹、龍野、村田で待ち合わせをして一緒に帰ることにした。

教員も帰宅指導を行っている。いくら誘拐などということが起きようとも、

やはり騒ぐ奴は騒ぐ。授業という拘束から解き放たれるのだから、帰り道は賑やかなものである。


「さて、京子よ。お前のクラスに木村求という生徒はいるか?」

「…」

「是非、その人物について教えてほしいのだが。」

「…」

「接触したことはあるのか?それとも誰かと喋っているのを見たことがあるか。」

「…」

「何故喋らないのだ。」

「…兄さんがあんな恥ずかしいことをするからですよ!」

「恥ずかしいとは何事か。これは僕が有言実行したことなのだぞ。」

「何ですか。『恥をかく』とでも有言実行したんですか。」

「馬鹿にするなよ。」

「ばーかばーか。」


赤石兄妹がやたら喋っている。やはりこの兄妹は仲がいいなと思う。


「で、木村君でしたっけ?正直接触は愚か存在しているかどうかも怪しいですよ。」

「……どういうことだ?」

「所謂陰キャラという物でして。クラスメイトと喋っている姿を見たことがないですし、

 いつも少しにやつきながらライトノベルを読んでますね。

 喋りかけてもぼそぼそとしか喋れないし突然笑いますし、

 お弁当とかも一人で食べていたはずです。」


典型的なアレではないか。


「そんな悪い印象は受けないんですけど、やっぱり気持ち悪いというか。」

「京子ちゃん、毒舌過ぎると敵を作りますよ。」

「後、そういえば気になる噂を耳にしました。」

「噂?」

「実はというと、木村君なんですが…いじめをうけていたことがあるそうなんです。

 運動も勉強もできない上にどんくさかったので。」

「……やっぱこの学校酷いな。そういうの対策とかしないんだな。」

「今回行方不明になっている子っていうのが、ちょうどそのいじめていた人らしいんですよ。」

「えっ?」


いじめを受けていた生徒の体力テストの結果。

いじめをしていた生徒だけが行方不明。

ここまで来ると怪しさを感じずにはいられない。


「赤石、多分……」

「ああ、そうだな。恐らくこいつは"黒"だ。注意する必要がある。」


木村求が契約を行っていると見てもおかしくないだろう。

今のところ相手の『能力』は分かっていない。

それどころか自分の『能力』や五十嵐の『能力』がばれてしまっている可能性がある。

そうなってしまうとどういった対策をとればいいのか、というのが分かってしまう。

そもそも俺の『創造』が通用しない可能性がある、というのが問題だ。

あの『灰色の手』に包まれた『円柱』は消滅したように見えた。

恐らくあれだけの量の『棘』が使えるのなら、恐らく俺の『防壁』のような芸当が可能だろう。

そうなってしまうと正面からの戦闘はうまくやれないだろう。


「で、兄さん、今度は何を有言実行したんですか?」

「うむ。お前を守ろうかと思ってな。」

「へ、へー…そ、そうですか。あ、ありがとうございま…す…」


そういうと京子は俯いて照れ出した。

酷くいちゃついている。今すぐあの『棘』に貫かれればいいのに。


「もう一人の方、御宮守香割の情報は何か持ってないか?」

「すみません、流石に知らないですね…」


もう一人の方は判断が出来ない。

それこそ命を掛けた戦いなのだ。もうすでに一人と戦闘中なのでここで変に慌てるより、

向こうの出方を待とう。慎重にいく必要がある。


「……?佐藤さん、あれ、なんですかね?」


会話にあまり参加していなかった龍野が指差した先に、

何か生き物が横たわっているのが見えた。


「あれ、犬じゃないか?」


よく見るとあまり人目に付かないところに子犬が横たわっていた。

駆け寄ってよく様子を見てみると酷いものだった。腹部に穴が開いている。

鋭い何かが突き刺さったような、そんな形跡がある。

しかも出血はかなり新しい物だ。まだ血が固まっていない。さらにその周りには、

村田の制服に付いていたもの同じような『生コンクリート』が飛び散っていた。

間違いない。俺達を襲った奴と同じだろう。


「うわっ、これはひどいな……」


すると突然傷穴がふさがった。龍野が『治癒』したのだろう。

腹が膨らんでいるので呼吸はしているが、未だに目覚める様子はない。


「…こういうのが一番嫌いです。意味も無く命を奪って何が楽しいのか…」


龍野は怒っていた。五十嵐と『丑』の地位の魔物である黒松と戦っていた時と、

同じ目をしていた。何故こういうことをするが京子の話を聞いて少し分かった気もする。

彼は復讐しているのだ。今までなすすべなくいじめられていた相手に対して、

自分を助けなかった世界に対して、『能力』という他人にはないものを使って復讐しているのだ。

そうでなくても、そうであったとしても、これを止めなければならない。

ありきたりなセリフだが「復讐は何も生まれない」のだ。


「ふむ。せっかくだし連れて帰ろう。完全に傷が直るまで施しをしたって、

 罰が当たるようなことはない。」


赤石がすっと子犬を抱きかかえた。

そういえば赤石は昔犬を飼っていた覚えがある。ゴールデンレトリーバーという、

大きな犬だった。特に事故も無く、普通に寿命を全うしていたはずだ。

赤石より大きく、小さい頃振り回されているのを見て笑っていた覚えがある。

ちなみに俺は動物にそこそこ好かれる。特に何もしていないのに、鳩が肩にのったりする。

しばらく歩いていると村田と別れるポイントについた。


「あー、じゃあ私はそろそろここで。私がいなくなっても、泣かないでくださいね先輩。」

「泣くか馬鹿、気をつけろよ。やばくなったらすぐ電話しろ。すぐに行くから。」

「空腹がやばいので電話していいですかね。」

「おごらないぞ。」

「何ですって…!?」

「はよ帰れ。」


そういって村田は帰っていった。正直家に帰るまで送ってやろうかと思ったが、

流石にそこまでする必要はないかなと思いやめた。

ここから村田の家までは近い上、人もいっぱい通っている。流石にそういう事はないだろう。


「兄さん。この子飼いましょう。」

「いや、親に許可もなしに怒られるだろう。」

「飼いましょう。お願いします。」

「……仕方がないな。『有言実行、この犬をジャンヌとして飼い続ける。』」

「ジャンヌ?」

「犬の名前らしいですよ。」


本当にこいつは妹に甘い。




赤石の家についた。

赤石は家の倉庫らしき所から犬子屋や首輪といった犬用グッズを次々と出していく。


「ドックフードは無いのはどうするか……ビーフジャーキーならあるが、

 いきなりそんなものをあげたくはない……ふむ。」


赤石がテキパキといろいろな作業を済ませていく。

俺と龍野は座って、お茶を飲みながらその姿をぼーっと眺めていた。

妹の方は意識のない犬を濡らしたタオルで拭いていた。大分薄汚れていたし、

コンクリートが付着してしまった毛もある。違和感が生じない程度に少し毛を切ってやった。


「あ、この子、雌ですね。」


体をふきおえて、そっと地面に敷いたタオルの上に置く。

するとついに犬が起き上がったのだ。周りを見回してしっぽを振りだす。


「おお!立ち上がったぞ!」

「ふむ。可愛らしいが、犬種は何だろうな。」


白い毛に黒い毛で模様が作られている。

見た所、ボルゾイという犬種に似てると言えば似てるが、

こんな幾何学模様を描く黒毛を見たことが無い。像形文字のようにも見える。

幾何学模様というか、古代文明の壁画を彷彿とさせる。


「うむ、ネームプレートも作ったし首輪をはめる。」


いつの間にそんなものを作ったのだろう。

相変わらず、こいつの有言実行は底がない。

赤石が屈んで首輪を付けようとした時、犬の体に異変が起きた。


「…!?」

「な、なんだ!?犬が光始めたぞ!」


突如として、犬が光始めた。

俺はこの光景を見たことがある。これは『魔物が人間になる時の光』だ。

光が凄まじくなり、一瞬何も見え無くなる。

光が収まる。するとそこには犬はいなかった。代わりに人が立っていた。

龍野と村田の中間くらいの髪の長さでふわっとしている。

髪の色はとても奇麗な赤色で、犬耳のようなくせがついていた。

身長は恐らく俺より高い、というより百八十ありそうだ。

とても奇麗な顔立ちをしており、モデルと言われて疑わないレベルである。

胸はそこまで大きくなくすらりとした足が一つの美術品のようにとても美しかった。

そんな奇麗な女の人が一糸纏わぬ姿で現れたのだ。

つまり全裸である。全裸。


「……怪我の治療。大変うれしかった。

 あつかましいが、どうか私の話を聞いてくれないだろうか。」


全裸で俺より身長の高い女性が、物凄く良い顔で話しかけて来る。

ここまでくると扇情的というよりちょっとしたホラーである。


「きょ、京子さん!?服!とにかく隠すものを何か!」

「へ?何をいってい…る…ーッッ!!

 ち、違う!違うんだこれは!け、決してそういう、ろろろろ、露出癖とか、

 ち、痴女とかじゃな、くて…そ、そのいろいろあってこうなってしまっただけで!

 と、とりあえず申し訳無いがっ…か、かくすものをっ!ああああっ!」


どうやら向こうもある程度話の通じる人だった。良かった、本格的な変態でなくて。

先程まで犬だった女性に首輪を掛けようとして屈んでいた赤石は、

立ち上がってしっかりとその赤髪の女性の方を見た。


「え、えっと、とりあえず向こうを向いてくれないか……

 さ、流石に裸を見られるのは恥ずかしいのだ…!」


女性は体を手で隠しつつ、赤石に対応した。

赤石はゆっくりとその女性に犬用の首輪を掛けた。

スレンダー美人に犬の首輪。アダルトビデオもびっくりのエロさである。

そして、ゆっくりと赤石は喋りだす。


「これから、お前は僕の家族だ。よろしくジャンヌ。」

「ちょ…!?…えっ…!?えっ…!?」


そして思いだす。赤石は首輪をつける時に、有言実行をしていたこと事を。

やはりこいつは自らの信条を守るためには他人の都合なんか考えない事を。




-fin-

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