プロローグ 「非日常の序章。」
5月6日、ゴールデンウィークが終わった日の事だった。
今年のゴールデンウィークは都合よく土曜日、日曜日、祝日が繋がり5日間の連休となった。
それ故に学生達は大いに充実した連休を過ごし、ゴールデンウィークの終わった今日からはまた元気に登校を再開する、
世間からはそんな事が言われそうだが、実際にそんな事がある訳が無い。
まず第一に、たかだか五日間の連休とは言えど我が学校はこれでもかという程の課題を出した。
加えて新しいクラスに変わったばかりで浮かれ放題の高校生達は、体を休める為、
ましてや課題を終える為だけに休日を使うなんて事はせず、基本的に新しい友人と親睦を深める為だとか、
普段出来ないような事を一人でやるだとか、連日遊びに耽るものだ。
故にゴールデンウィークが終わった今日は、遊び疲れに加えノータッチで新品同然の課題を片付ける為の一夜漬けにより、
殆どの学生達のテンションは最低と言っても過言ではない。
加えて連休中は登校する必要な無い為、普段の起床時間より遅めに起きることが出来る。
そのため4月の頭から少しずつ出来初めていた体内時計はこれにより完全にリセットされていた。
以上の諸々から来る体の怠さ、それこそが俗に言う五月病であると俺は認識している。
「はぁ……。」
「私立龍成学校群高等部」の校門まで一直線に続く坂道にいる俺、「佐藤真人」も、
他の生徒達同様、五月病に苛まれていた。俺の場合は別に課題のための一夜漬けや遊び疲れという訳ではない。
このゴールデンウィークに『特別な事』があったせいで、俺はここまで疲れているのだ。
まだ五月上旬だというのに、地球温暖化のせいだろうか、はたまた今俺が歩いている状態だからなのだろうか、
夏と変わらないような暑さを全身で感じる。坂道の途中だがもう家に帰りたい。耐えられない。いや、耐えたくない。
自転車登校をしている学生からとんでもなく苦情が来ているこの長い坂は、
徒歩で登校している学生にとっても、勿論俺にとっても非常に苦痛であった。
広い土地を得る必要があったとしても、もう少しまともな場所に学校を建てる事は出来なかったのだろうか。
ついに拭えるほど首についた汗を服の袖で拭いながら、俺は心の中で一人不満を垂らした。
俺の通っている学校の名前は「私立龍成学校群高等部」という。
政府は下がりつつある学力、学校ごとの人数の偏り、廃校や定員割れといった問題を払拭する為、
新たな教育機関の形態として「学校群」というシステムを提案した。
学校内で初等部、中等部、高等部、大学部の4つに分かれており、一度入ってしまえば後はエスカレータ式に上がっていく。
流石に校舎は別々であるが、限り無く近い距離に造られており、途中から受験で入る事も出来る。
全12学年で約五千人、大学部は全学部合計一万五千人、合計二万人。
義務教育中は基本的に起きないが、成績が悪ければ当然留年もする。
中等部から高等部、高等部から大学部に進学する時にも試験が存在し、
それに合格する事が出来なければ世間一般でいう浪人と同じ扱いになり、もう一年同じ学年をやる事になる。
高度かつ多人数の教員によって管理システムを形成し、同時に大人数を集めることで生徒それぞれに、
「自分たちは学生である」という集団意識を従来の教育機関より深く持てるようにし、
互いに切磋琢磨をしやすい高度な学習形態を確立する、という政府の新しい試みを、
試験的に実行した物がこの「私立龍成学校群」である。俺はその高等部二年に通っている。
事実、その政府の試みが成功したか、この「学校群」は就職実績・全国模試等で他の学校と比べて頭一つ違う結果が出ている。
しかし、優秀な人間が多ければ多いほど、完全に逆な生徒も多いのだ。
目も当てられないような成績の者、陰湿な上下関係、グループ構造、いじめ、不純異性交遊等、喫煙飲酒。
学生にありがちな問題が完全に払拭されているわけではない。
管理システムをいくら張り巡らせた所で、全ての悪に対して適切な処置を行うことが出来る訳ではない。
俺から見れば、そういった優秀と欠陥の差が尋常じゃなく広がってしまっているだけの様な気がする。
何度か不純異性交遊やいじめ、そういった問題がマスコミに取り上げられ、報道もされてはいるが、
すぐにこの学校群に対する話題は掻き消される。政府も自分達の試みに傷が出来る様な事は起きて欲しくないのだろう。
いわいる大人の事情というやつだ。たかだが一学生である俺がそんな事に下手に首を突っ込む物ではない。
「ま、待ってくださいよー!佐藤さんー!」
坂道をダラダラと歩いていると後ろから俺の名を呼ぶ声がした。
振り返るとこのアホみたいにきつい坂をなんと走って登る女子生徒の姿が見えた。
遠目で見ても整った顔をしている彼女は酷く汗をかきながら俺の方まで近づいてきた。
「ハァ……ハァ……どうして先に、ゲホッゲホッ、行っちゃうんですか……。」
「……クラスの奴に見られるといろいろ後が面倒臭いんだよ…。
ただでさえ目立つんだからお前。それに待たなくていいと言ったのはお前の方だろ?」
「そ、そうでした…す、すみませ…ゲホッ…。」
肩で息をしながら噎せる所を見るにどうやら俺の家からここまでノンストップで走って来たようだ。
物凄い体力というか物凄い根性というか。この細い体の何処にそんな力が入っているのだろうか。
俺は直ぐに踵を返し坂道を登り始める。
「ハァ……だ、だって私……、職員室の、場所とか分かんないですよ……!」
そういえばそうだった、と気づく。この女子生徒は、
『転校生でこのゴールデンウィークに、親戚である佐藤真人の家に急遽引っ越してきた』
という連絡を学校にしたのだった。編入の手続き自体はゴールデンウィーク中に行ったが、
やはり転校初日という事で挨拶やら何やらで今日はいきなり教室に行くのではなく、
職員室へ最初に行く事になっているのだった。
「仕方ないな……ほら、鞄貸せ。制服整えろ。職員室一緒に行くぞ。」
「あ、ありがとうご……ざ、ざいます……。」
鞄を持ってやり、女子生徒が身なりを整えるのを待つ。
これこそ、彼女こそが俺が五月病に苛まれる理由だった。
俺のゴールデンウィークはこの女子生徒によってほぼ全て奪われてしまったのだ。
今まで俺が、過去に味わってきたどんな厄介より厄介な、どんな面倒より面倒な、どんな衝撃より衝撃な、
そしてどんな危険より危険な、そんな事に巻き込まれて、
そしてこのゴールデンウィークの終わったこれからも、そんな事に巻き込まれていくのだ。
だらだらと歩いていると高等部校舎に辿り着く。
靴を下駄箱に入れ、坂道の次には階段が待っていた。絶対この学校の登校はダイエット効果があると思う。
ちょっとしたアスレチックよりきついぞこれ。
「ちょ……ま、待っえっ、わぁ!」
階段を昇っている最中、その女子生徒は思いっきり躓いて顔面から転けていた。
さっき整えていた現実離れした『青色の髪の毛』がまた朝起きた時のようにぐちゃぐちゃになっていた。
半泣きになりながらふらふらと立ち上がる姿を見て俺は呆れてこうぼやいた。
「お前…本当に"人間"の時、何にもできないんだな…」
このぼやきの意味を本当に他人に理解してもらうためには、
俺のゴールデンウィークの初日まで遡って事情を話す必要がある。
僕の隣はドラゴンです。
第一部 「非日常の序章。」