7 魔法剣士の正体
「魔力は高そうなのですが……正直、一人で依頼を受けてこなす実力には達していませんね」
という、試験官のお兄さんのもっともな指摘のもと、私の今後の身の処し方が決まった。
「レファーンの預かりで、仮登録という事にしましょう。しばらくはレファーンに付いて、実力を磨いて下さい」
支度金はもらえたけど、半額だった。まぁ、半額でも結構な額だから、それはそれで良い。無一文から比べれば、相当なステップアップだ。
問題は……。
「ちょうど良いので、レファーン、この子を貴方の家で預かって下さい。」
さらっと、それはそれは爽やかな笑顔で、試験官のお兄さんはとんでもない事を言った。
自分の顔の口元が引き攣るのを、私は感じた。いかん。落ち着け私。これは試験官のお兄さんの好意なのだ。決して嫌がらせではない。
懐具合が寂しい私を、慮ってくれたのだろう。彼のうっかりミスで、グリフォンなんぞと大喧嘩する羽目になった私への、せめてもの罪滅ぼしもあったかもしれない。……ぶっちゃけ大いに有難迷惑でしかないが。
「これまで散々迷惑をかけてきたのに、更にレファーンに甘えるわけにはいきません。自分で何とかします。お気持ちだけ頂いておきます」
私もまた爽やかな笑顔で、試験官にそう返した。
大人な対応を心掛けるんだ、私!
「大丈夫ですよ。レファーンの家は広いので。あなた一人くらい紛れ込んだところで、大して変わりませんよ」
と、試験官は引きやしない。当の家の主がそう言うならわかるけど、何故にアンタが、大丈夫などと根拠もない太鼓判を押してくれるのだ。胡散臭い奴め……。
胡乱げな目で見つめると、ね、と、試験官がレファーンの肩を叩いた。
なに。あんたたち、もしかして友達?
「レファーンもそれで良いでしょう?」
「俺は構わんが」
「魔法の指導の方もお願いします。早く戦力になってもらいたいので」
「ああ。それについては初めから扱くつもりだったから安心しろ」
いやいやいや。なに二人で勝手に話を進めてんの。
「決まりですね。では私は仕事の方に戻ります」
如何にして私がこの窮地を乗り切ろうか考えているうちに、試験官のお兄さんは、足取りも軽くその場を去った。
何だかスキップでも踏んでそうな弾む背中を、私はただ呆然として見つめるしかなかった……。って、ちょい待ち。話は全然終わってないんだけど。
開いた口を塞ぐことも出来ない私に、まるで追い打ちをかけるように、レファーンが言う。
「俺たちも帰るぞ」
「帰るってどこに」
「家に決まってるだろ」
「誰の家」
「俺の」
「ちょ、住むなんて一言も言ってないし!」
「だが断るとも言ってないぞ、お前」
いや、遠まわしに遠慮したよね、私? 自分で何とかします、お気持ちだけ頂きます、って言ったよね?
それってお断りしますって意味だよね!? 人の話はちゃんと聞こうよ!
「わかったわかった。後でお前の言い分は聞いてやるから。ほらとっとと帰るぞ」
レファーンが歩き始めた。私の話なんか、欠片ほども聞く気なさそうだ……こんチクショー。
十六歳のうら若き乙女の身で、二十四歳の若い男と、同居……。
微妙すぎる展開に、うじうじと悩み続けているうちに、レファーンの家の前に着いた。
「……家?」
嘘だ。それは家じゃなかった。それは豪華な屋敷だった。
聳え立つ門。広く手入れされた庭。何処からか甘い香りが漂ってくる。視界の端に、風に揺れる深紅の薔薇の一群が見えた。悠々と水を湛えた噴水に、緑の眩しい芝生もある。
召使いらしい女性や、庭の手入れを担当しているらしい下働きの男の人たちが、レファーンを見かけるたびに、ピンと背筋を伸ばして「お帰りさないませ!」などと挨拶する。当然、その後ろにくっ付いているおまけの私にも、いらっしゃいませ、と、にこやかに歓迎の声をかけてくれる。
なに?
どういうこと?
どこのお金持ちの家ですか、ここ。ハンターって、レファーンくらいの実力になると、そんなに儲かるのだろうか。
広い庭を抜けると、いよいよ主役の豪勢な宮殿のお出ましだ。
今や観光スポットになっている中世ヨーロッパのお貴族様のお館、とでも表現したらわかりやすいのだろうか……。
あの扉を潜り抜けたら、赤い絨毯と、彫刻の見事な階段と、分譲マンションよりも値段の高い絵画の群れが、出迎えてくれるんだ。きっと。ひいぃ……ありえない。
「お帰りなさいませ」
お屋敷の扉を潜り抜けると、本当に、私の貧困な発想力で想像した通りの光景が広がっていた。
一つだけ違ったのは、目の前に、一目でそうとわかる執事さんが立っていたこと。まだ若い男の人だ。レファーンより少し上……だろうか。そして。
「兄さん!」
もう一人、私と同い年くらいの……少年の姿が。
兄さんって……え? レファーンがお兄さん? じゃあ、レファーンの弟?
私はまじまじと少年を見た。レファーンと同じ、綺麗な金色の髪。綺麗な青い瞳。でも、レファーンよりもずっと線が細い。レファーンは背が高くて筋肉質だけど、少年はただひたすらに華奢な感じがする。それでも私よりは大きいけど……。
じろじろと見すぎてしまったのだろうか。少年に睨み返された。明らかな敵意を隠そうともせず、彼は言った。
「……こいつが、トリの連絡にあった……魔道士?」
トリ、というのは、こちらの世界の郵便だ。そこそこ大きな町には必ず郵便屋があるのだけど、こちらの郵便は、人間が走って届けるわけではなく、手紙がそのまま魔法で鳥の形になって配達されるのだ。だから、トリ、と呼ばれている。
「そうだ。まだ発展途上なんでな。しばらく俺が面倒を見ることになった」
「はぁ!? 兄さん、本気!? なんでこんな奴……」
ううむ。初対面のはずなのに、なぜか酷い嫌われようだ。
普通なら傷つくところなのだろうけど、私は、むしろ面白いなぁと頬のあたりを弛めてしまった。
何ていうか、ピンと来た。この弟くん、ブラコンだ。兄さん大好きっ子なんだ。
まぁ、気持ちはわからないでもない。これだけ強くてイケメンで、多少口は悪いけど面倒見の良い兄貴を持ったら、そりゃあ自慢したくもなるだろう。
その自慢の兄さんが、得体の知れない魔道士なんて連れてきてしまったものだから、さぁ大変。しかも魔道士は自分とほぼ同い年……単に気に入らないというレベルではなく、対抗心をメラメラと燃やしているのが手に取るようにわかる。
うんうん、可愛いねぇ。兄弟仲が良いのはいいことだ。あはは。
「何にやついてるんだ、気色悪い」
少年にさらに睨まれた。いけないいけない。少し顔を引き締めておかないと。
「セシル、悪いがユウを客間に案内してやってくれ。俺はグレンと話がある」
弟君はセシル、執事さんはグレンという名前らしい。私は二人の顔と名前を素早く頭に叩き込んだ。成り行きとはいえこれから世話になるのだから、間違えるなどという非礼があってはいけない。特にブラコンの弟くんは、プライドも高そうだ。
「なんで俺が!」
ぷんすか怒る弟には目もくれず、頼んだぞと言い捨てて、レファーンは執事を連れてさっさと消えた。
いかに嫌われていようとも、喧嘩をする気なんて更々ない私は、あくまでもにこやかに、弟くんに笑いかけた。
「ユウ・コウサカといいます。よろしくお願いします、セシルさん?」
セシルは怒りっぽいけど、別に性格は捻くれていないらしく、ちゃんと私を客間に案内してくれた。
歩きがてら、私は、遠慮なくセシルに疑問に思っていたことを尋ね続けた。
この世界に来てから得た教訓だ。気になったら、とことん聞くべし! ……たとえ相手が迷惑そうな顔をしても。
私はとにかく一般常識を身に着けるのが急務なのだ。はっきり言って、魔法の腕を磨くよりも、こちらの方が先決だと思っている。
「凄いお屋敷だけど……レファーンって、何やってる人? ただのハンターでこんな家に住めるもんなの?」
「何言ってんだ。お前、馬鹿か?」
次にセシルの口から出た事実に、私は腰を抜かしそうになった。
「ギルバート・ウィズダムは、現ギデオン市長だ。俺と兄さんは、その息子! 兄さんはハンターやりながら、父さんから貿易事業の一部も引き継いで、経営にも乗り出している。うちが金持ちに見えるのなら、そのためだ」
ギデオン市長の息子……レファーンが。貿易事業を引き継いで……って。
ただ者じゃないと思っていたけど、本当にただ者じゃなかったんだ、あの人。
セシルの話によると、ギデオン市長ってのは、ただの肩書ではなくて、ギルドの総元締めでもあるらしい。ギルバート本人も若い頃はハンターとして勇名を轟かせ、四十歳を契機に引退、親の事業を引き継ぎ拡大させ、さらには市長に選ばれたとのことだった。
どこかの国の王族と違い、ギデオン市長は世襲制でも何でもない。ハンターによる選挙とギデオン市議会からの推薦の両方が必要で、本当に実力がないと、決して選ばれることはないという厳しいものだった。
ギデオン市長になると、七つの国の王たちとも互角に渡り合う。迂闊には扱えないのだ……陛下と呼ばれる人々さえも。最高の礼と賛辞を持って、どの国にでも迎えられる。
何とまぁ、私を拾ってくれたイケメン魔法剣士様は、王族に勝るとも劣らない、正しき血統のサラブレットだったわけだ。
(ある程度、魔法の腕が上がって、生活も落ち着いてきたら……ここを出よう。こんな場所にずっといたら、人間ダメになりそう)
私は、平凡こそが最高の幸せであると信じて疑わない、ばりばりの庶民である。
こちらの世界でも、だからやっぱり、平凡に暮らそうと思うのだ。