3 城塞都市ギデオン
ギルド、って言うくらいだから、私は、ゲームなんかによく出てくる冒険者ギルドみたいなものを想像していた。
酒場と兼用になっていて、美人のお姉さんとかゴツイおじさんとかがマスターをやっていて、一見ならず者の集まりと間違えてしまいそうな、そういう良くない雰囲気を想像していたのだけど……。
それが。
私の想像力は貧しかったようだ。
ギルドは、何というか、巨大な要塞都市だった。
中央に石造りの城にも似た建造物。それから放射線状に伸びて行く民家と店舗。外周は五メートルくらいありそうな高い壁にぐるりと囲まれ、門は東西南北にそれぞれ一つずつしかない。
その門を通り抜けると、六頭引きの馬車が何台も並んですれ違えるような、広すぎる通りが目の前に広がる。
とにかく人が多い。しかも人種が様々だ。金髪碧眼の男の人もいれば、浅黒い肌の女性もいる。みんな日本人より体格が良くて、彫りの深い顔立ちをしていた。ヨーロッパと西アジアを程よく混ぜたような感じだろうか……。
ここがギデオン市国。ギルド本部。
大陸中の魔物たちとの戦闘をほぼ一手に引き受けるという、豪傑たちの唯一無二の砦だ。
おのぼりさんを隠そうともせずキョロキョロする私の首根っこを引っ掴んで、レファーンは有無を言わさず馬車の中に押し込んだ。
この馬車は、どうやら現代で言うところの市バスのようなものらしい。門とギルド本部を頻繁に往復していて、当然のことながら自家用車なんてものは無い都民の重要な足になっている。
馬車は乱暴なほど速く走り、十五分ほどで目的地に到着した。ものすごい混みようだったので、さらしを巻いた上に少し厚着をしていた私は、体格の良いこちらの人々に潰されそうになりながら外に出た時には、額にうっすらと汗を滲ませていた。
「先に申請を済ませるぞ。さっさと歩け」
すたすたすた。そんな足音が聞こえてきそうな勢いで、レファーンは建物の中に入って行った。
何もかもが初めての私に対して、考慮とか配慮とか遠慮とか、そういうものは無いのだろうか、この人。にこやかに案内してくれなんて言わないけど、荘厳な全体像を眺めて驚嘆するくらいの時間は与えてくれても良いだろうに。
「もたもたするな。早く来い」
もしかして、何か急ぎたい理由でもあるのだろうかとふと考え、私は一つ返事をして、慌てて彼の背中を追いかけた。
レファーンが早く早くと急かした理由は、すぐにわかった。
何ですか、コレ。
凄まじい混みようだ。十二名もいるカウンターの受付の、その全てに長蛇の列が出来ている。どこかの貴族っぽい豪奢な服装の人もいれば、農地を耕している途中に急に思いついてやって来たような、泥だらけの人もいた。何とかしてくれと大声で怒鳴る何処かの親父さんに、もうお終いですと泣き崩れる綺麗な娘さんもいた。
よろずごと相談所ですか、ここ。
凄いぞギルドって。オイ。
比較的すいている列に並んでいると、人は多いけど回転率は速いらしく、十五分ほどで私たちの順番がきた。
「おう、レファーンじゃねぇか。人面樹の報奨金かい? 現金で受け取るか? それともお前さんの口座に送っとこうか?」
受付係の初老のおじさんが、人懐っこくレファーンに話しかける。顔は愛想が良いのだけれど、筋肉隆々の、その熊みたいに厳つい体格が見事に柔和な雰囲気を打ち消してくれていた。
過去、絶対にギルドハンターだったに違いない。どういう鍛え方をしたら、そんな丸太みたいな腕になるのだろう。
冒険者を引退した後、そのままギルドに居付いて受付業をやっているのだろうか。第二の就職先としては悪くないかもしれないけど……って、よく見たら、全てのカウンター、こんなマッチョなおじさんばかりだった。微妙。
「口座の方に送っておいてくれ」
おじさんとレファーンの話を聞きながら、私は密かに感心する。
口座。銀行があるんだ。この世界。家にタンス預金しなくても資金を貯められるわけだ。意外に経済観念は発達しているのかもしれない。
「……で、何だ? その坊主は」
おじさんの視線が、レファーンから私に移る。
私はどうもとお辞儀をした。このお辞儀という文化はこちらの世界には無いらしく、おじさんは不思議そうに首をひねった。
「見慣れない小僧だな。それに、顔立ちも少し……違うような?」
おじさんは手を伸ばし、いきなり、むんずと私の髪を掴んだ。
「いたっ! な、何するんですか!」
「おぉ。本物か。いやなぁ、えらく艶々した黒色だから、鬘かと思ってな」
……何てこと言うんだ、このおっさん。
「からかい過ぎると焼かれるぞ。こう見えても一丁前に魔道士だからな。ここには登録しに来たんだ」
レファーンが笑いながら、ぐしゃぐしゃと私の髪をかき回す。
あんたも気易く触るんじゃないっ!
「ほぅ。魔道士か! そいつはいいのを見つけてきたなぁ。ほら、登録書だ。さっさと書いちまいな」
おじさんがペンと用紙を差し出した。
ペンは、インクをちょんちょんと付け足しながら書いてゆく、普通の羽ペンだ。でも、紙は羊皮紙じゃなかった。正真正銘、植物の繊維の紙だ。現代の上質紙には劣るけど、そこそこ丈夫で厚みもあって、インクを付けた細いペン先もすらすらと走る。
こちらの世界の文字が書けない私に代わり、レファーンが申請書の中身を書いてくれた。
名前、年齢、出身地、学歴、職歴……ほとんどが不明だった。我ながら怪しい。怪しすぎる。これが現代の就職試験の履歴書だったりしたら、百二十パーセント落とされている自信がある。
「ほら、最後にサインだ。これはお前が書け」
レファーンからペンを渡された。
実は、名前だけは何とか自力で書けるようになっていた。練習したのだ。何度も何度も地面に書いて。
これだけは、書けるようになりたかったから。
(ユウ・コウサカ)
この世界の、私の文字。私の綴り。
私がここにいたという、確かな証し。
証しを残したところで、どうにもならない事では、あるのだけれど……。
「下手くそな字だなぁ」
私の感傷を吹き飛ばすように、おじさんが言った。
うるさいよ。一言よけいだよ。