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22 疑念※

※ツカサ視点です。

 突然、降って湧いたように現れた俺と同郷だという女の子は……何というか、台風みたいな子だった。

 クラウス王子に俵のように担がれての登場にも驚いたが、可愛い顔に似合わぬ過激な発言の数々に、俺は、終始口が開きっ放しだった。


(命令しちゃえばいいんだよ。ツカサが一番偉いんだから!)

(戦争なんて起きないよ。だって、今の女王様はとても賢明な人だもの)


 お飾りのままでいる必要はない、と、ユウは言う。せっかく手に入れた力、せっかく与えられた立場、遠慮なく利用してやればいい、と。

 女王がそんな賢い人物だという話も、初耳だった。自分が今いる国のことなのに……どうして、俺は、こんなにも無知のままでいられたのだろう。

 誰も教えてくれなかった、は、言い訳に過ぎない。俺は自ら知ろうとしなかっただけだ……。耳を塞ぎ、口を閉ざし、全てのものに背を向けて。

 ただ、エンテのみを、側に置いて。


(エンテ……?)


 彼女のことを思い、ぞくっ、と、背筋が冷たくなった。

 俺が神官長と不仲になったら、神殿勢力が弱まり、王と聖とのバランスが崩れる……そう教えてくれたのは、神官長ではない。

 それを、俺に、言ったのは……。


(エンテだ)


 ぐらぐらと、眩暈がした。

 しかも、一度や二度じゃない。俺は、それを、何度も何度も聞かされた。

 外回りの務めの傍らに。食事の配ぜんの折りに。

夜、眠れない時に、見計らったように現れる彼女と……何をするわけでもなく、ただ一緒にいる時さえも。


(大神官様。神官長様との間に、溝を作ってはいけません。お二人が共に手を取り合ってこそ、この国は、平和で在り続けることが出来るのです)


 この大神殿の内部には、男である神官と、女である巫女がいる。神官は身分が高く、巫女は大部分が無位無官だ。聖職者、なんて名ばかりで、彼らの間で日常的に売春まがいの行為が行われていることに……気づかないわけにはいかなかった。

 そもそも俺がエンテを側仕えに取り立てることになった切っ掛けも、それだった。

 偶然、神官に言い寄られている彼女を見かけ……明らかに怯えているのがわかったため、つい、口を挟んでしまったのだ。


 俺が前々から目を付けていた巫女に言い寄るとは、いい度胸ですね、と。


 その後、神官長に頼んで、下級巫女だった彼女を上級巫女に格上げしてもらい、そのまま世話役として傍らに置くことにした。

 周りは、当然、大神官のお手付き、と思っているので、エンテに無礼な真似をする輩はいない。実際には、俺は、エンテには指一本触れていないのだけど……。


(エンテ……。お前、本当に……?)


 彼女だけは味方だと思っていた。

 少しずつ、自分が壊れてゆくのを自覚しながら、それでも完全におかしくなる前に踏み止まっていられたのは、彼女が常に側にいてくれたからだ。

 だけど、あの笑顔が、一緒に過ごしたあの時間が、俺を死なせまいとして素手でナイフを握り締めるあの勇気までもが、全部、作られた嘘だとしたら……。


 いいや。まさか。でも、そういえば……。


 考えが纏まらない。何が正しいのか、誰が悪いのか、俺はもう自分で判断することが出来なくなるくらい、疲れ切っていた。

 ユウに会いたい、と思った。

 台風のように現れた少女。明るく、闊達で、裏表などなさそうな……。


(戦争なんて起きないよ。だって、レファーンが、そう言っていたもの)

(レファーン?)

(私を拾ってくれた人。私に、この世界で生きるための全てを、教えてくれた人)


 レファーンが、この世界に落ちたユウを助け、連れ出し、そして育てたと……彼女が言っていた。

 今の彼女の、根源になる人物だと。


(彼に会って話せば……何かがわかるかもしれない)


 俺は、何かに急き立てられるように、立ち上がる。

 外套を手に取り、ドアノブに触れて……慌てて手を引っ込めた。

(見られている……俺は)

 夜の闇でも隠しきれないくらい、常に、たくさんの目が向けられている。

 俺は窓辺に近寄った。満月に近い月が、強く光を注いでくれているおかげで、足下の影は驚くほど濃かった。

 その影に、囁きかける。


『ウノ・ブラーマ・ナシャ・アルース・セイル・マイト』


 影が揺らめき、起き上がった。床から切り離され、二次元から三次元へと移行する。黒一色だったそれが、多彩な色を持ち、厚みを増し、ついには完全な人の姿を形作った。

 影から自分の幻を生み出す術だが、大地から無限に魔力を吸い上げる俺が使うと、影は、幻ではなく肉体を持つ。意図的にドッペルゲンガーを作るみたいで、どうにも気持ち悪く、あまり使ったことは無かったが……。

「ちょっと出かけてくる。お前はここでおとなしくしていてくれ」

「わかった」

「月が沈む前に……お前が消える前には、必ず戻る」

 月の光から生まれた影は、夜明けとともに消える。

 陽の光から生まれた影は、日没とともに。

「もしエンテが来たら、抱くか?」

 影が言った。自分と同じ顔なのに、ぞっとするような、冷たい眼差しで。

「お前、何言って……」

「エンテを疑っているんだろ? 神官長の回し者なら、とっくに奴の手がついている。正体を確かめるなら、抱くのが一番手っ取り早い」

 影は、それを作った時の精神状態が強く反映される。

 俺のエンテへの疑念が、もし本当に裏切っているのなら許さないという怒りが、影に、この残酷な言葉を吐かせているのだろう。

「失敗だな、お前は」

 俺は影を消し、もう一度作った。

 今度の影は、余計なことは言わなかった。




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