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2 まずは男装


 記憶喪失、って設定は、なかなか知能犯ではないかと、私は思った。

「何処から来た?」

「わかりません」

「見たことない服装だが……」

「はぁ。覚えてないです。どこの服でしょうね」

「お前は魔道士なのだろう?」

「うーん。そうなのかなぁ。でも記憶にないんですよね」

「お前……」

 凄腕の戦士様は、ついに質問を諦めた。


 ふっ、勝った。ナイス記憶喪失の私!


 彼を信頼していないわけじゃない。助けてくれた人に、我ながら酷い対応だとも思っている。

 でも、私は不安なんだ。怖いんだ。ここが何処で、なぜ私がここにいるかもわからない。目の前にいる青年がどういう人かも当然知らず、一緒に町中を歩いている今ですら、警戒心と猜疑心で胸の中はいっぱいだった。

 地面にちゃんと足が付いていないような感覚。

 私はともかく知りたかった。私が彷徨いこんだこの世界を。今いるこの国を。目の前のこの人を。

 言葉が通じるのが救いだった。これで言葉が通じなかったらと思うと、ぞっとする。下手くそな男装をしながら、一生懸命、挨拶を覚えるところから始まっていたのだろうか。私が私の知りたい情報を手に入れるなんて、何年先になるかわかったものじゃない。

 言葉が通じるという恩恵を、私はありがたくフルに活用することにした。

「レファーンは、どうしてあの森に?」

「仕事だ。人面樹討伐の依頼を受けた」

 あの木の化物は人面樹というらしい。……何というネーミングセンス。まんまじゃないか。

「たった一人で? あの怪物を?」

「あれは大した魔物じゃない。火の魔法の二、三発ですぐにくたばる」

 はぁ、そうですか。どうせ私はそれに殺されかけましたよ。何か悔しい。

「仕事……ですか。依頼って?」

 レファーンは胡散臭そうに私を見た。それも忘れたのかとでも言いたげに。

 美形が直視すると迫力が違う。混じり気のない高純度の青色の瞳が美しすぎて、うっかり見返したらドギマギしてしまいそうだ。

 私は男。私は男。

 心の中で、呪文のように繰り返す。今の私は男なんだから、いくら綺麗でも男相手にトキメクなんてこと、あってはいけない!

「ギルドからの依頼だ」

「ギルドって何?」

「それも説明が必要なのかよ……」

「いやぁ。まったく記憶に無いもので」

 世話の焼ける、という顔をしつつも、レファーンは、根気よく私の終わりの見えない質問に付き合ってくれた。

 要約すると、ギルドというのは、主に魔物討伐を生業とする者たちの、大きな一つの組織であるらしい。ここに所属している者たちをハンターと呼び、舞い込んで来る様々な依頼を解決するというわけだ。

 まさにファンタジー!

 凄いね。何がって、そんな組織が成り立っていることが凄すぎる。しかも、七つもの国が資金提供までして、この巨大なギルドを支えているというのだから驚きだ。

 穿った見方をすれば、自分たちの国でそれ専用の軍隊を持つより、ギルドに資金提供しつつ、その力を最大限に利用した方が安くあがるということだろう。つまりはそれほど魔物の数が多いということ。


 えらい場所に来てしまったんじゃないか、私。とほほ……。


「お前もギルドに登録するといい。魔道士は貴重だ。多少未熟でも入れるだろう」

 彼が私をどこに連れて行こうとしているのか、何となくわかってきた。

 いや、なんかね、もう勝手に今後の身の振り方、決められているような気がするんだけど。私、嫌だよ。ハンターなんて。あんな恐ろしい魔物と戦うなんて、あり得なさすぎ。

「行くあてもないのだろう? 名前以外、何も覚えていないのではな。当座の生活のためにも、選択肢は無いと思うが」

 悔しいけど、レファーンの言うとおりだ。

 ギルドのハンターになれば、少なくない額の支度金がもらえるらしいのだ。それがあれば、服が買える。住む場所も探せる。もちろん、自分の食い扶持だって稼げるだろう。

 右も左もわからない異世界で、衣食住が一気に満たされるって、凄いことだと思う。生活の不安さえなくなれば、元の世界に帰るための方法だって、どっしりと腰を据えて取り掛かれるんじゃないだろうか。


「とりあえず、ギルド本部に着く前に、服は一枚買ってやるよ。その奇妙な格好では目立ち過ぎる」


 人面樹に吊り上げられたり、自分の出した火で腕を焼きかけたり、あり得ない経験を散々したせいで、ジャージは既にぼろぼろだった。

 私は彼の好意にありがたく縋ることにして、ぺこりと一つ頭を下げた。






 私が今いる町は、クレハという。このクレハを持っているのがシルディア王国で、そのシルディアの中に、ギルド総本山でもあるギデオン市国が存在する。

 現代のバチカンに近いのかな。他国の中にあるけど国としての体裁もちゃんと持っている。まぁ、あくまでも私の印象だ。実際はもっと複雑で面倒で色々あるのかもしれないけど、さすがにそこまでは想像が及ばない。

 クレハとギデオンの間は、二百リュートくらい。リュートというのはこちらの距離の単位だ。レファーンの説明を受けながら、地面に落書きして計算してみると、一リュートはだいたい八百メートルくらいだった。なので、クレハ、ギデオン間は百六十キロということになる。

 車なら遠くはない。でもこっちは徒歩なんだよねぇ。徒歩で百六十キロ……。うう、せめて自転車が欲しい。

 レファーンは私が地面に書いた落書きを興味深げに見つめていた。

 話し言葉は通じるけど、ここの世界、書き言葉までには翻訳機能は付いてこなかったらしい。私が書いた数字は、当然、彼にはミミズののたくった変な線にしか見えていないようだった。

「何だ? これは」

「何だろう。なんか頭の中に浮かんだんだよね。いや気にしないで。本当に」

 慌てて足で踏み消した。

 背中に不審そうな視線が突き刺さってくる。記憶喪失の人相手に、そんな剣呑な目つきを向けないでほしい。

「記憶喪失、ねぇ」

 いつか本当のことを吐かせてやる。そんな無言の圧力をひしひしと感じたが、私はあくまで知らんふりを決めこんだ。






 レファーンに連れられて来た店は、ギルドハンターが装備を整えるようなその筋の専門店ではなく、クレハの町人が普段着を買いに来る、一般的な洋服屋だった。

 ここに来るまでの道中、私は、一生懸命に目をひん剥いて、道行く人々の服装をチェックしていたから、だいたいこんな格好にしようとイメージは既に湧いていた。

 マントよ、マント。あれがいい。体形が隠せるし、いかにも魔法使いっぽいじゃないか!

 前身頃まですっぽりと覆い尽くすような紺色のマントがあり、私は即行手に取った。レファーンは私の相手を店主に任せ、自分は別の用事を足しに行ってくれたから、気兼ねなく店の中を見て回ることが出来た。

 店の中には、服の他にも様々な日用品があり、その中の一つに私の目が吸い寄せられた。

(これって、さらし?)

 いや、正確にはさらしじゃないのかもしれないけど、少なくともその代用にはなりそうだ。

 少し伸縮性があるその白い長い布は、もしかしたら医療品なのかもしれない。極太の包帯とか。でも、今の私には、もうさらしにしか見えなかった。

 レファーンが、必要だと思うもの一揃い買っても良いと言ってくれていたので、私はさらしもどきも遠慮なく更衣室に持ち込んだ。それから、下着も。本当は女性ものが欲しかったけど、何を買ったかレファーンに知られたら相当まずいので、男性もので我慢した。

 現代のものとは形も素材も違うけど、それにしても男物のパンツねぇ。まさか履くことになるとは思わなかったわ……。

 多少苦労しながらさらしを巻いて、買い込んだ服に着替えると、鏡の中の自分の姿に私は思わずにんまりした。

 自分で言うのもなんだけど、似合っている。黒髪黒目の、はしっこそうな少年に見えるじゃないか!

 まぁ、着替えただけで男の子に見えるって、我ながら虚しいものを感じないでもないけど、今はこれでいい。

 この世界は、少なくとも日本より遥かに危険そうな臭いがするから、男の格好をしていて良かったと思えるような事も、あるかもしれない。


「おい、まだか」


 更衣室の向こうでレファーンの声がする。

 用事から戻ってきたらしい。

 

「準備完了!」


 重いカーテンを引いて、私は、今度こそ堂々と胸を張ってイケメン戦士様の前に出た。

 少しはマシになったなと一言呟いて、買い物リストの中身も見ずに、彼はさっさと勘定を済ませた。


 しまった。女性ものの下着も買っておけばよかったと、私が密かに後悔したのは言うまでもない。



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