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16 それぞれの思い※

※ユウ、レファーン、セシル、三人の視点です。


「エイデルハルトだって……!?」

 屋敷に戻って、今日あったことをレファーンに話すと、彼はひどく驚いた顔をした。

「そんなに有名なの?」

 はて。ギデオンと関わりの深い七つの国に、エイデルハルトという名は入っていなかったはずだけど。

 この二カ月で一生懸命に叩きこんだ知識を総動員させてみたが、聞いたことが有るような無いような……どうにも記憶は曖昧だった。


「エイデルハルトは、この大陸で唯一ギデオンの影響が及ばない国だ」


 七つの国がギデオンに資金援助して、代わりに魔物の脅威から守ってもらっているのは周知の通り。

 でも、実はそれ以外にも、各国がギデオンと繋がっていたい大きな理由が、ちゃんとあった。

 ギデオンには、古代人が残したとされる巨大な移動魔法陣がある。この移動魔法陣の複製が、七つの国にもそれぞれある。

 遠い国の貿易は、これらを利用して行われるのだ。隊商を組んだら何カ月、下手をしたら一年もかかる道のりが、古の叡知を用いることにより、一瞬に縮まる。

 移動魔法陣の本体はギデオンの中枢にあるから、当然、その管理はギデオンにより行われる。複製の魔法陣は、ギデオンの許可が無ければそもそも発動すらしないという代物で、その移動も常にギデオンを経由する必要があった。

 いわば、大陸中の人と物資の流れを掴んでいるのだ、この都市は。だから富が集中する。

「そのギデオンの力が及ばないのが……エイデルハルト?」

「ギデオンほど規模は大きくないが、エイデルハルトにも移動魔法陣の本体があるんだ。それに、あそこは元々ほとんど魔物が住まない聖域地帯で、ギデオンに頼る必要もない。豊かな資源と実りに支えられて、ギデオンとは一切の関わりを断って発展してきた。……それがエイデルハルトだ」

 ううむ。あの銀髪王子、そんな羨ましい国の人だったのか。

 魔物のいない聖域地帯……って。いいな、それ。

「その代わり、と言うと語弊があるが……何故かあの国は内乱が多い。現国王は先王の弟で、兄を弑逆して玉座を奪ったし、今の三人の王子も不仲という噂だ。お前が会ったクラウス王子は、能力的には一番秀でているらしいが、母親の身分が低い。……再度一悶着ありそうな雲行きだ」


 魔物がいなければいないで、人は勝手に敵を作る。

 根っから争い好きなのかもしれないなぁ……人間って。


「なんかさ。俺に国に来いって、しつこかったんだよね。報酬を出すとか、贅沢させてやるとか……」

「使えると思ったのだろう。象徴としても……万一の場合の戦争要員としても」

「魔物を退治するのは慣れたけど。……人は、嫌だな……」

「それでいいさ。そんなものに慣れる必要はない」

 くしゃ、と、レファーンに頭を撫でられる。

 この掌の感触が……好きかも。

「それより、セシルがお前に字を教えるって意気込んでいたぞ。行かなくていいのか?」

「なんか、そういう気分じゃないんだよね。もう少し匿って」

 私は、今、レファーンの部屋にいる。

 一度セシルが探しに来たけれど、ワードローブに隠してもらってやり過ごした。

 レファーンは、調べ物をしたり、何かの仕事の書類を眺めたり、時々椅子に座ったまま伸びをしたり、黙々と自分の作業をこなしていて、私に干渉してこない。

 むしろ私の方が話しかけて、相手をしてもらっていた。

 こちこちこち、という時計の音すら聞こえてくる沈黙が、心地良い。開け放しの窓から吹き込んで来る風も。

 ああ、なんか、眠く……。

「寝ていいぞ」

「今寝すぎると、夜眠れなく……」

「一時間で起こしてやるよ」

「うう……。じゃあ遠慮なく」

「こら、そこで寝るな。首を痛める」

「……ぐう」

 長椅子の上に寝そべっていると、ふわりと抱きあげられた。ゆらゆらと、波間を漂っているような感覚。

 雲の上に降ろされた……と思ったけど、違った。

 ベッドを使わせてくれるんだ。長椅子でも体を丸めれば収まるけど、やっぱりベッドの方が気持ちいい。

 足を、腕を、思いのままに伸ばすと、私はすとんと眠りに落ちた。






※レファーン視点



「なんでユウがここにいるんだよ」

 ユウが眠ってから十分も経たないうちに、セシルが部屋に踏み込んできた。

 ここにはいないと追い返したのが、一時間前。やはりここに違いないと見当をつけて再び探しに来たらしい。自分の弟の妙な勘の良さに感心しつつ、俺は、反射的に、しっ、と人差し指を顔の前に立てていた。

 今眠ったばかりなのに、人の怒鳴り声で起こされるのは本意ではないだろう。

「話なら廊下でしてくれ」

 セシルを部屋の外に連れ出した。なるべく音を立てないように扉を閉めると、弟は何故かますます不機嫌そうな顔をする。

「随分、気を使うじゃねぇの」

「そっとしておいてやれ。お前はユウを構いすぎだ」

 セシルには、同じ年頃の友人がいない。子供のころ、今より遥かに喘息の症状が重かったセシルは、ギデオンの他の子供たちのように学校に通うことが出来なかった。

 あれから病気の方は改善されて体力も付いてきたが、十代半ばに差し掛かってから、一度も行ったことのない学校に今さら通う気はないらしく、勉強はもっぱら家庭教師に教わっていた。

 ユウを家に迎えるという話が持ち上がった時、二つ返事で了承したのは、年も近いし弟の良い友人になれるかも知れないと思ったからだ。

 実際、反目し合っていたのは初めの頃だけで、すぐに仲良くなったようだった。……が、ほっとしたのも束の間、最近は、どうもユウを追い回しすぎるのが目につくようになってしまった。

「ユウが頼ってきたら、それに応えてやればいい。お前のはただの押しつけだ」

「あいつ、あんまり頼んないんだよ。俺の方から言わないと」

「なら放っておけばいい」

「それじゃあ、あいつが困っていたとしても、助けてやれないだろ! 字も読めないくせに……」

「本当に困っていたら、見ればわかる。その時は手を貸してやれ」

「兄さんは……ユウが」

 セシルが何かを言いかけ、やめた。

 良くも悪くも直情的な弟が、俺に対してこんな風に歯切れの悪い言い方をするのは珍しい。

「ユウが?」

「何でもない……」

 一時間後にまた来ると言い残し、セシルは一旦その場を引いた。

「一時間後って……」

 俺の言ったことを、あいつは聞いていなかったのか?

 少しそっとしておいてやれと……。

 俺は一つ溜息を吐いて、部屋に戻った。一時間の少し前にユウを起こして、今度はグレンの元にでも避難させようかと、弟には悪いが……そんな事を考えた。






※セシル視点



 兄さんは、ユウが女だってこと、知ってんの?

 そう聞こうとして、やめた。

 知っているはずがない。ユウは相変わらず自分のことを「俺」と呼んでいるし、何時でも何処でも、濡れ烏のように真っ黒な出で立ちで、女らしさの欠片もない。

 そもそも、知っていたら、身持ちの固い兄がユウを自分のベッドに寝かせるような真似はしないだろう。歓楽街で時々羽を伸ばす以外、兄は自分に言い寄る女たちを一切相手にしていなかった。

 ギデオン市長の息子、貿易事業の責任者、ハンターの中でも五指に入る実力を誇る魔法剣士、様々な肩書を一切失って、それでも付いて来てくれる女性がいたら、その時は永遠の誓いを立てても良いと……何かの折に話していたことを、思い出す。

 

(ユウは……肩書きなんか気にしない)


 二人の間に、特別な絆が築かれつつあるのは、感じていた。

 ただ一緒に居るだけで満たされる……沈黙すら心地よい、そんな関係。

 信頼、とでも呼べば、ちょうど良いのだろうか。

 敵に囲まれた戦場の只中で、互いに安心して背中を預けられるような相手に巡り合えたことを、二人とも、心の何処かで無意識に喜んでいる。

 そんな間柄に、俺が入り込む余地なんて……。


(初めに、ユウを拾ったのが、兄さんじゃなくて……俺だったら)


 今更言っても栓無いことを、考える。

 どんな出会い方をしても、私の一番はレファーンだと、頭の中に思い描いたユウの幻が、はっきりとそう言った。



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