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13 大地の御子


 結局、レファーンの手を煩わせてしまった。

 青の絨毯に埋もれていた私を助け出し、彼は部屋まで運んでくれた。それだけじゃない。私と一緒に一輪だけ持ち帰ったヴェーラの花を、ユウの代理だと言ってギルドに届けてくれたのだ。

 おかげで、私が呑気に寝ているうちに、依頼は無事完了という事になっていた。その日のうちに報奨金が届けられ、予想外に多い銀貨と銅貨を目にするたびに、私は途方もなく居た堪れない気分になって、ますますレファーンに頭が上がらなくなるのだった。


 独り立ちする! なんて意気込んで。

 やっぱり私は一人では何も出来ないままだった。


(ああ、落ち込む……はぁ)


 昼間イヤというほど寝たせいで、夜になっても全然眠くない。

 何か飲んだら落ち着くかと思い、厨房でハーブのお茶を淹れて部屋に持って帰った時、誰かが扉を叩いた。


「ユウ?」


 こんな時間に居候の部屋に来るのは、遠慮というものを知らないセシルくらいのものだと思っていたら、意外なことに姿を見せたのはレファーンだった。

 まだベッドに入らず廊下をうろうろしていた私を見かけて、これなら少し話をしても大丈夫だろうと訪ねてきたらしい。

「眠れないのか?」

「うーん。昼間寝すぎちゃったみたいで」

「ヴェーラか」

「あの花とは相性悪かったみたいだね、俺。……いや、良すぎたと言うべきなのかな」

 昼間の茶色の髪の青年と「殿下」の会話が思い出される。大地の愛し子、という言葉。ヴェーラが間違えたという……私自身の持つ、地脈を駆け巡るそれと同じ魔力。


「あのさ……。大地の御子、って聞いたことある?」


 レファーンに聞いてみると、あっさりと、知っている、という答えが返ってきた。

「魔力持つ者たちの最高峰……と言って良いだろう。通常、魔道士は自分の身の内の魔力しか扱えないが、祝福を受けた子ならば、地脈から直接魔力を取り出して使うことが出来る。要は、限界が無い、ということだ」

 相変わらず、わかりやすく、しかも淡々と説明してくれる人だ。

 内容的には、結構すさまじい話だと思うのだけど。限界が無い魔力……って。

「俺が、その大地の子?」

「ヴェーラの異常な大繁殖……そうなのだろうな」

「それってさぁ、他の国に知られると面倒事に巻き込まれるとか……何かある?」

 レファーンは、一瞬、説明するのを躊躇ったようだった。けれど、知らない事の方が私の不利になると判断したらしく、ある、と短く呟いた。

「昔は……いわゆる兵器扱いだったようだ。人同士で争っていた時代には。だが、今は、どちらかと言えば象徴的な意味合いの方が強い。現在、大地の子はお前も含めて三人いる。他の二人は、一人はフォルトリガの大神官、もう一人はレイアムヒルの王太子妃の座に就いている」

 はぁ。私は感心した。

 それは、何というか……大出世だ。


「ただ、二人とも……精神を病んでいるという話だ」


 私は思わず眉を潜めた。

 どういうこと? 大地の祝福を受けし者、と望まれて、もてはやされて、その位に就いたんじゃないの? 心が壊れるって……なぜ?

「俺も詳しくは知らない。だが、自ら望んだわけではないのだろうな」

 大神官も、王太子妃も、傍から見ればすごい身分だ。まさに天の上の人。

 でも、それを望んでない人にとっては、ただ窮屈なばかりの、まるで牢獄のような環境なのかもしれない。

 例えば、私がいきなり修道女になれと戒律の厳しい教会にでも放り込まれたら、穏やかでいられるだろうか。妻になれと、好きでもない人と無理やり結婚させられたら、幸せになれるだろうか。

 その地位に就いて、そこに自分の居場所を見出せたら、逞しく歩いて行けるのかもしれない。

 常に側にいてくれる親友が出来たら。死ぬまで一緒に居たいと思えるような、運命の人に巡り会えたら。

 でも……。


 二人の大地の御子たちには、それが、なかった……?

 

「俺も、そういう場所に連れて行かれるのかな。ヴェーラの中で寝ていた時、レファーンが来る前、別の誰かに見られたみたいなんだよね」

「お前は既にギルドハンターだ。その身はギルドが保証している。この際、市長家の客人であるという立場も、大いに利用するといい。お前自身が望まない限り、誰も、お前の未来を決めることは出来ない」


 レファーンの言葉は力強い。迷いも、弱さも、滞っていた何もかもを、一瞬で吹き飛ばす。

 霧を払う風のように。闇を消し去る光のように。


 二か月前、私は、この人の何を疑っていたのだろう。性別を偽って、記憶喪失なんて嘘を吐いてまで。

 二か月前から、レファーンは何一つ変わらない。ぶっきらぼうな言葉の端々に垣間見える優しさも、誠実さも、彼は、初めから示してくれていた。

「あの……あのね」

 気付けば、私は、口走っていた。頭を下げて、絞り出すような声で、必死に。


「記憶喪失なんて、嘘なんだ。全部、ちゃんと覚えているんだ、本当は。ごめんなさい……。私、違う世界から来たんだよ。地球の日本って国から、何かの偶然で、こっちに来てしまったんだ」






 レファーンは、黙って私の話を聞いてくれていた。

 別に驚いた様子もない。記憶が吹き飛んだ、なんて浅はかな嘘、とっくに見抜いていたのだろう。

 異世界から来た、という言葉には、さすがに眉間に皺を寄せたけど、それも全く未知の事象ではないらしい。とてつもなく古い文献などには、僅かに記録が残っているそうなのだ……稀に、そういう事が起こり得ると。

「来たからには、帰る手段も探せばありそうなものだが……。それとも一方通行なのか? 前例がほとんどない話だからな……」

 ううむ、と、レファーンが腕を組んで考え込む。

 私といえば、彼に打ち明けた途端に気分が軽くなって、まぁ気長に探すよと、まるで他人事のように呑気な台詞を返していた。

「あまり深刻そうじゃないな」

 レファーンが呆れている。貴方に話したら胸のつかえが取れたとは言えず、私はばつの悪そうな顔でそっぽを向いた。


「ちょっとね……思ったんだ。二人の大地の子も、もしかして、私と同じ異世界人じゃないのかなぁって」


 偶然とは思えない。

 異世界からの迷子である私が、大地の祝福を受けた者って、あまりにも出来すぎだ。

 それに、この世界に来て間もなく、私は、意思疎通が出来る能力と高い魔力を、この世界が与えてくれたものだと、本能的に感じた。その力をもって生き延びろと、誰かに、何かに、教えられた気がしたのだ。

 何ら根拠もないことと、すぐに忘れてしまったけど……。


「会いたい……会えないかな。その二人に。大神官と王太子妃なんて、やっぱり無理かな」


 レファーンは、少し考え、無理なことはない、と呟いた。

「父に頼めば……あるいは。ただ、そうなると、ギデオンの正式な使者という事になる。お前が事を大きくしたくないというなら、かえって逆効果かもしれない」

 そんな大袈裟なのは嫌だ。

 第一、私が勝手にそう思っているだけで、大地の子らが異世界人であるという保証はどこにもない。彼らが異世界人でないのなら、ギデオン市長を動かしてまで会いに行った私は、ただの迷惑な変人だ。

「うーん……」

「行ってみるか、フォルトリガに」

 と、レファーンが言い、私は目を丸くした。

「王太子妃は、後宮奥深くにいるだろうから、会う手段も限られるが……。大神官の方は、務めで市街の神殿の方にもたまに出るはずだ。直に話をするのは無理でも、姿を見るのはそう難しくない」


 お前は何処へでも行けるハンターなのだから、と、レファーンは笑った。

 そうだね、と、私も何だか嬉しくなって、口元を綻ばせた。


 私は籠の鳥じゃない。

 まだ翼は未熟で、親鳥の庇護から抜け出せないでいるけれど、目の前には終わりのない広い空が広がっている。

 西へ行くのも、東へ進むのも、全て、私の意思のままに。

 なんて自由で、贅沢で、恵まれているのだろうと……思う。

 

「ああ、そうだ。急に口調を変えるな。気持ち悪い」

 旅空の下を羽ばたいている自分の姿に想いを馳せていると、レファーンに変な釘の刺され方をした。

「へっ?」

「異世界人になった途端、私、なんて畏まって。今まで通りでいい。妙な気分だ」

「いやあの……」


 気付いてない?

 私が女だってこと、まだ気付いてない?


 確かに、実は男ではなく女です、と、面と向かって訂正はしていないけど。言わなくてもわかると思った私が、甘かったのだろうか。……先入観ってすごい。

 なんかもう、いまさら誤りを正す気にもなれなくて、私は、地蔵のように目を細め溜息を吐き出した。

 なんで気付かないんだ、この鈍感! と、文句を言ってやりたい気がしないでもないけれど……。


「……まぁ、いいか」


 レファーンって、変なところで鈍いと思う。



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