11 青い花1
「ガストンさん、俺でも一人で受けられそうな依頼、何かない?」
初めて会った時、私に申請書を渡してくれて、ついでに私の髪を鷲掴みにしてくれた、あの熊のようなおじさんは、ガストンといった。
私が睨んだ通り、元ハンターだった。斧使いのガストン、という、けっこう有名な猛者だったらしい。
でも、今は、ただの人の良いおじさんだ。そんなに遠くなくて、そんなに難しくない依頼を、魔法のように探し出しては、優先的に私に宛がってくれる。
この二ヶ月間に、私は四つの依頼を受けた。その全てが魔物退治で、何ら問題なく完遂させた……レファーンに守られながら。
私が依頼を受けると、必ずレファーンが付いてくる。私の代わりに魔物を退治してしまうのではなく、決して手は出さず、ただ私を見守っていた。いざという時は、すぐにも飛び出せる準備だけは怠らず。
私はそれが不満だった。いや、不満という表現は正しくない。
私はそれが不安だった。……自分が、どんどん甘えてしまいそうで。
ギデオンで知り合う人たちみんなが、優しい。
あれだけ私を気嫌っていた、セシルさえも。
私が女だとわかると、セシルの態度は目に見えて軟化した。
今、屋敷で一番気遣ってくれているのは、たぶん彼だ。私がレファーンに魔法の訓練でふっ飛ばされると、青筋立てて兄に喰ってかかるし、そもそも依頼を受けること自体、良い顔をしない。
心配してくれるのは有難いけど……急に大事にされ過ぎて、変な感じだ。
そろそろ潮時かもしれない。独り立ちするための。
「一人で? レファーンは一緒じゃないのか?」
「いつまでも頼るわけにはいかないよ。自分ひとりの力だけで、やってみたいんだ」
「言うなぁ、小僧。俺はそういう健気な奴が大好きだぜ!」
ぐりぐりぐり、と、おじさんに頭を掻き回された。
もー。またぐちゃぐちゃになっちゃうよ。このおじさんに頭撫でられるの嫌いじゃないから、良いけどさ。
「よし。じゃあ、健気なお前にとっておきの依頼を紹介しよう! 魔道士しか受けられないという、限定依頼だ!」
いや、そんな、条件付きレアものじゃなくて、もっと普通のでいいんだけど……。
「ヴェーラ、っていう青い花があるんだが、そいつを採取に行くっていう依頼だ。ヴェーラはギデオンの北の森に咲いている。……簡単だろ? 近いし」
近いも何も。ギデオンの北の森って、ギデオンに隣接して広がっている、あの森のこと? そこの花を摘んで来いって……。
なに、その裏山の山菜採りみたいな内容は。変な依頼人。自分で採りに行った方が早いだろうに。
「言っただろ。魔道士限定って。ヴェーラは大地から吸い上げた魔力で咲く花なんだ。摘んだ途端に枯れちまう。枯らさずに持ち帰ることが出来るのは、魔力ある者……つまり魔道士だけってわけだ」
「へぇ……大地の魔力で咲く花かぁ」
「そりゃあ目の覚めるような青花だ。暗がりの中では仄かに光る。とにかく普通の花じゃないから、見りゃすぐにわかるはずだ」
うん。いいかも、その依頼。魔物退治とは無縁そうだし、何より近いのが!
北の森って、子供の遊び場にもなっている、ちょっと高い場所に登ったら何処からでも見える、あのご近所の森のこと。花を探し回る時間も込みで……所要時間半日くらい?
簡単すぎる気がしないでもないけど。
単独依頼デビューとしては、これくらいで丁度良いのかも。
「ありがとう、ガストンさん。これなら俺でも出来そう。早速これから行ってくるよ。……次は、もうちょっと骨のありそうなの用意しておいてね」
「おぅ。気ぃつけてなー」
ガストンさんが、依頼の内容を控えた書面に、ばん、と済の判子を押した。
まだ依頼を受けただけなんだけど……。気の早いおじさんだ。
ギルド本部を出たところで、ばったりとセシルと出くわした。
最近、よくセシルと偶然外で会う。風呂屋の前で鉢合わせたことといい、その他にも色々と。
ギルドから出てきたところを見られただろうか。意外に口うるさい奴だってわかったから、依頼受けたこと知られたくないんだけど……。
「また依頼受けたのかよ」
案の定、睨まれた。
いや、私、ハンターだし。依頼受けなきゃおまんまの食い上げでしょうに。
「お前、少しは自覚しろよ。一応、女なんだから。顔に傷でもこさえたらどうするんだよ」
男でも顔に傷を作るのは嫌だと思うけど。そんな口答えしようものなら、倍になって言い返されるに決まっている。私は乾いた笑いを浮かべた。
「大丈夫だって。今度のは……ちょっと腕試し? ヴェーラって花を摘みに行くんだ。そこの裏の森にね」
「裏の森って……随分近いな」
「うん。だから大丈夫」
「俺も行く」
私は思わずよろめいた。
「なに寝ぼけたこと言ってんの。発作起きたらどうすんの! 行けるわけないでしょ!?」
「大丈夫だって。薬も持っているし、すぐそこだし」
「大丈夫じゃない! だいたい、森の中で薬でも間に合わないくらいの大きな発作が起きたらどうするの! 私じゃあんた担いで帰るなんて出来ないんだからね。絶対に駄目っ!」
「……お前、小さいもんなぁ」
セシルが私の頭のてっぺんをワシワシ掻いた。
念のため言っておこう。私の身長は百六十センチ。体重は四十五キロだから痩せ形かもしれないけど、決してチビではない。たった一センチだけど、去年よりわずかに伸びているから、後もう少し大きくなる可能性だってある。
小さいと言われるのは甚だ心外だ。特に、大男の部類に入るであろうレファーンではなく、細っこいあんたに言われるのは納得がいかん! セシル!
「別に馬鹿にしているわけじゃないって。ちょうどいい高さじゃねぇの?」
のんびりと話しながら、セシルは私の隣を歩き続ける。……いつまで付いて来るつもり? 本当に森の中まで同行する気か!
「お前さぁ、ああいう格好とかする気ないの?」
と、セシルが指した先には、洋品店の飾り棚が。たぶん流行りの服なのだろう、青い花柄のワンピースが、妙な存在感を放って鎮座していた。
うん、可愛いね。綺麗だね。通りを歩く女の子の中にも、こういう服装をちらほら見かける。デートや買い物ならぴったりだ。
でも、走るには、飛ぶには、そして戦うには……明らかに適していない。
ハンターには無用。
「さて」
私は立ち止まり、ビシッ! と、セシルに指を突き付けた。
楽しいお喋りの時間はここまでだ。私は、これから、日が暮れる前に仕事をこなしに行くのだから。
「付いて来たら許さないよ、セシル。私は君のお兄さんに恩がある。そりゃあもう、返しきれないくらいにね。だから、私は、君を危険な目に合わせるわけにはいかないの。ここでお別れだよ」
セシルは何か言いかけ、でも、私の気迫に押されたのか、結局黙った。
私は再び歩き始めた。セシルは、今度は付いて来なかった。