10 ユウの秘密3
失敗したな、と思う。
まさか風呂から出てきたところでセシルと鉢合わせるとは……。
嘘つきとか何とか、目いっぱい謗られるかと思ったら、当のセシルはそれどころじゃなかったらしく、青白い顔で蹲っていた。
病気のことはわからないけど、たぶん、喘息じゃないかと思った。幸い、そんなに重くない程度の。
本当に重かったら、絶対に薬を手放せないはずだ。家に置きっぱなしにして、夜中に市街をウロウロするはずがない。薬のない状態で重篤な発作が起きたら、そのまま死んでしまいかねないのだから。
セシルは、しばらくじっとしていたら、そのうち治まると言っていた。いつもの事だと。それでも、十分に苦しそうで、すこぶる健康体の私から見れば、心配なことこの上ない様子だったけど。
セシルが少し落ち着いてから、私たちは屋敷に戻った。発作に見舞われたことを周囲に知られたくないらしく、セシルは私に余計な話はするなと何度も念を押していた。
「俺も、お前のことは誰にも言わない」
「へっ?」
「でも、俺には教えろよ。なんで、お前、男のふりなんてしてるんだ?」
「うーん。……なりゆき?」
「はぁ?」
「えーと。記憶全部吹き飛んで、クレハの近くの森の中にいた時、レファーンに間違われたんだよね。男の子に。……で、まぁ別に訂正しなくても良いかなぁ……と、結局、そのまま」
「何だよ、それ。適当な理由だなぁ」
「深刻になっても仕方ないしね。今のところ、男のふりしても別に不自由もないし」
「ふーん……」
「ちょうど良い機会だから、そろそろここを出て行くよ。だからさ、私が出て行った後も、このこと内緒にしておいて欲しいんだ。ギルドには男で申請出しちゃってるし、今更訂正も面倒だし。そもそも訂正できるかどうかわからないし」
「出て行くって……」
セシルはベッドの上に横たわって、私はその枕元の椅子に腰かけて、二人でこそこそと話し合っていた。私の言葉に驚いたらしいセシルが、がしっと手首を掴んできた。病人のくせに結構な力で、こっちが吃驚してしまった。
「なんで出て行くんだよ。そんな必要ないだろ」
「んー? セシルは私のこと追い出したがっていたくせに、どういう風の吹きまわし?」
「それは、お前が……得体の知れない奴だと思っていたから」
私は思わず笑ってしまった。
性別の誤りが正されただけで、私自身は変わらない。ユウはユウだ。相変わらず得体の知れない魔道士のまま。それについては否定する気も無い。
「怪しい奴には変わりないと思うよ、私」
「……前ほど怪しくない」
「そうかなぁ」
「うるさい。俺がそう感じているんだから、いいんだよ。とにかく、お前、しばらくこのまま家にいろよ。わかったな。出て行くってなら、逆に兄さんにばらしてやる」
「はい?」
がばっ、と、セシルは頭から掛布を被った。
困った弟くんだ。出て行けと言ったり、行くなと言ったり。
まぁ、蛇蝎のごとく嫌われるよりは、はるかに良い。怪しい魔道士からそれなりに親しめる同居人へとレベルアップを果たしたとでも考える事にしよう。
「体調、良くなったみたいだね。私、そろそろ部屋に戻るよ。おやすみ、セシル」