幼馴染のお前、俺のお決まりの彼女みたいに勝手に振る舞ってるけど、とっくに負けヒロインだから。
秋が少しずつ遠ざかり、日に日に寒さが増してくる11月中旬の今日。
これから運動するとはいえ、さすがに薄い格好だと芯まで冷えてしまう。
俺はふとグラウンドの周りをぐるっと見た。
ついこの前まで黄色かったイチョウの木は、すっかり葉を落としてみすぼらしくなっている。
その時、フェンスの奥から1人の女の子が寒そうにしながら立っているのが目に入った。
あいつ結構見るんだよな。確か俺のクラスメイトにいた気がするけど……。
もしかしたら、サッカー部の誰かの彼女で練習を見に来てるのかな?
俺は松木大誠。サッカー部。そして今、フォーメーション連携の練習を共にしているのが、ボウズの田岡翔吾と、高身長イケメンの大竹聖斗だ。
「聖斗ー、彼女とは最近どうだ?」
彼女がいない翔吾が、彼女持ちの聖斗にからかいながら聞く。
「毎日楽しいよ」
「かーっ、リアル充実ってやつかよ」
翔吾が派手にリアクションした。本当に、文字通り明るいヤツだ。
聖斗が走っていくのを翔吾が悔しそうな表情で見送る。そして何故か酸っぱい表情をこちらへ向けてきた。
「大誠は彼女いないのか? こんなに良い顔して」
この前知ったばかりなのだが、どうやら俺はクラスの中では少しモテているらしい。あまり意識したことは無いけど。
彼女、居たらそりゃ嬉しいだろうけど。
恋愛とか、あんまり自分から何か働きかけるのは得意じゃなかったから、なんとなく距離を置いていた。
「良いなー2人とも。俺もリアル充実させたいよ……」
「なんで俺が数えられてるんだよ」
するとそこへ、聖斗が何かを伝えたい様子で走ってきた。
「大誠、翔吾、ちょっと来て。なんか、フェンスのとこに誰かが立ってこっちを見てたんだけど、暗くて誰だか分からなかった。怖くね」
あれ聖斗の彼女じゃないのか――、と言おうとしたけど、的外れな気がして口をつぐむ。
すると翔吾が頭をポリポリ掻きながら首をかしげて言った。
「あーその子ね。さっき近くまで行ったよ。俺の事見てるのかと思って近付いて行ったら、違ったっぽくて気まずい目で見られたけど」
「まずお前はそのボウズをどうにかしろよ」
「ボウズがダメなのかよ。似合ってて良いだろ」
聖斗が「怖いから来てよ」と言うから、仕方なくついていく。どうせさっきの子だろ、と思いながら。
後ろから翔吾もゆっくり走って来ていた。
すると、俺と聖斗が近付いてくるのを見て、その子はどこかへ走って行った。
「女子なのは分かった」
「うん、俺も女子なのは分かった」
「今、2人のどちらかを見てどっか行ったっぽくね? お前らが目当てなんじゃないか?」
翔吾が頬を引き上げニヤニヤしながら言ってくる。
「後ろから小汚いボウズが小走りで来てたから怖くなって逃げたんじゃね?」
「いやなんだよそれ! ちくしょう、俺のせいかよ」
相変わらず派手なノリツッコミをする翔吾。
「……多分あれ、俺のクラスにいた気がする」
「おっ? さては大誠目当てか?」
「分からないけど」
「気になってるんじゃないのー?」
「どうだろうな」
「なんだよー、冷めやがって」
部活動を終えて、部室前で帰りの支度をしている時だった。
「大誠〜、一緒に帰ろ」
声をかけて来たのは、幼馴染の立花莉穂だった。
莉穂は、俺と家がたまたま近かっただけの同級生。小学生の頃からずっと同じ学校なので、もう知り合ってから10年になる。今年も同じクラスだし、あっちは女子テニス部だから運動部として少し縁が近い。
けれど、俺はそんな莉穂のことがあまり好きじゃなかった。
彼女はおしゃべりだし、距離感の配慮のなさとかがちょっと苦手だったからだ。
それに、クラス内でもたまに自己中心的な発言をするしで、周りからの印象もあまり良くなかった。
「悪いけど、今日は翔吾と聖斗と帰ると思う」
「いーじゃん。こんなか弱い乙女を1人で帰らすつもり……?」
「いや……まあ」
でも、翔吾達に一緒に帰ると言ってしまっている以上、このまま莉穂と勝手に帰る訳にもいかなかった。
そのためとりあえず「2人のところに行かせてくれ」と莉穂に頼んだ。
そしてそのまま3人で帰ってやろうとも思ったのだが、何故か莉穂は俺についてきて、余計なことを喋るのであった。
「なんだよ大誠。女子と帰るなら先言えよ」
「ちげーよ。コイツのわがままに付き合うだけ」
「ははっ、大変そうだな大誠」
翔吾がいつものノリでいじってくるのに対し、聖斗は哀れな目で俺を見つめた。
「ねえ帰ろーよ大誠」
「分かったよ。翔吾も聖斗もごめんな」
「はいはい。また明日な」
2人と別れて莉穂と一緒に駅までの道を歩く。
「大誠さー、少しは私のこと大事にしてよね」
「……何でだよ」
「何でって、幼馴染だよ?」
「……はぁ」
日はとっくに落ちて、帰り道にさらに寒さが増していく。俺が「寒っ」と両手で腕を温めようとしていた時だった。
突然、莉穂が俺の腕を両手で掴み、体を寄せてきたのだ。
「やめろ」
驚きと恐怖で、本能的に彼女の手を強く払う。
こういう躊躇のない距離感に毎日悩まされているのだ。
「なんでよ?」
「そっちこそ何でだよ。不用意にくっついてくるなって」
「寒いって言ったじゃん……」
「いや、そういうのは付き合ってからやれよ」
「ふーん、冷たいなぁ」
全然理解していなさそうな、微妙な反応を返す莉穂にひどく呆れ、自然と歩く足を早めた。
「怒ってるの? 大誠」
「なんであんなことしたんだよ」
「それは……幼馴染だから?」
「はぁ……」
ため息が出る。
もう、吐いた息が白くなるほど冷える季節になったみたいだ。
この憂鬱な気持ちは、冷たい空気が身体の芯まで染み込むように、俺の身体にずっとまとわりついているように感じられた。
翌日の木曜日の昼休み。
俺は隣のクラスの翔吾と聖斗と一緒に昼ごはんを食べるために、教室を出ようとしたところだった。
教室内で変な噂が聞こえてきたのだ。
俺、松木大誠に彼女がいると。
いやいや。彼女なんて今もいないし、いたこともない。
多分、昨日莉穂と一緒に帰り道を歩いていたのを誰かが見て、噂を流したのだろう。
あんな距離感で歩いていたら、そう捉えられても無理はない。
けれど、それだと無理やり距離を詰められていた俺が不憫すぎるから、余計に腹が立っていた。
出口に1番近い席に座っていた2人組の男子がちょうどその話をしていたので、「おいおい俺は彼女いないぞ」とツッコんでおいた。
そいつらは一瞬驚くような顔をしたが、すぐに「そうだよな」と笑って答える。
一体誰がそんな根も葉もない噂を流したんだ。
そんなことを考えていたら、いつの間にか翔吾たちにもその話をしていた。
「ふーん。まあでも、大誠なら彼女がいてもおかしくないけど」
「そういう話じゃないよ聖斗」
「大誠それ、幼馴染なんじゃないの」
「だから俺は莉穂と付き合ってねえって」
「違う。その噂、お前の幼馴染が言いふらしてるんじゃないの?」
どういうことだ?
彼氏彼女の疑惑がかけられているのは俺と莉穂なのだが。
莉穂本人が俺に彼女がいるらしいと噂しているということか?
「いや、だったらどういう目的で莉穂がそんな嘘を流すことになるんだ?」
「確かに意味分からんけど、その彼女実はウチだし、みたいな自慢がしたかったとか?」
「翔吾それエグいな。俺だったらドン引き過ぎる」
――誰だろうとドン引きするよ、そんなの。
心の中でぼそっと呟く。
俺はそこまで巧妙なことはしないだろうと思っていた。
でも、昨日の莉穂の態度からすれば、翔吾が言ったように本当に自分で噂を流したという可能性も否定できなかった。
「怖いなー、そんな幼馴染。お前、利用されてるかもしれないんだぞ」
「やめろよ。そんなことないって」
「まあでも、こんなにイケメンなのに彼女がいないのはもったいないよ、大誠」
「彼女持ちの聖斗がイケメンとか言ってますけど、どうですか大誠さん」
「……へぇ」
「なんだその反応ッ」
翔吾が鋭いツッコミを入れる。
このノリの良さがクセになる。
「じゃ、俺はガチ彼女に会いに行くとしますか〜」
聖斗が状況を察して敢えて言ったのか、皮肉めいた笑顔で弁当を片付け、教室を出ようとする。
翔吾は「くぅ〜」と悔し涙を飲むのだが、その瞬間に何か閃いたのか「あっ!?」と大声を発した。
「ちょっと待って聖斗。全てが繋がった。昨日グラウンドに来てた大誠のクラスメイトって、まさか幼馴染――」
「ちげえよ。全然違う。あんなのが来てたら声で分かるわ」
「なんだよー。でも大誠あれから結構気にしてたけど、気になってる人とかなのか?」
「……普通のクラスメイトだよ。昨日は委員会があったし、帰りにちょろっと寄ったとかじゃないの」
「つまんねー」
昨日の例の女子が莉穂じゃなかったのを、なんでお前が悔しそうにしているんだ。
聖斗も、翔吾のくだらない仮説に呆れながら教室を出て行った。
「興味ある女子とかいないの」
「いない」
「だったらその顔を俺に譲ってくれよ〜」
「髪なら待ってたら生えてくるぞ」
「そういうことじゃねえっ」
ちょうどチャイムが鳴り、自分の教室に戻る。
すると、教室に入った途端に聞き覚えのある、目立つ声が耳に入った。
「私、大誠の幼馴染じゃん? だから、いけると思うのよ」
自分の名前が呼ばれたけれど、その声に顔を上げる気持ちは全く起きなかった。
莉穂も俺がちょうど教室に入ってきたのに気付いたからか、急に照れ始め背を向ける。
正直、莉穂に対して恋愛感情が湧くことなんて全くと言っていいほど無かったからどうでもいいのだが。
なんであいつはあんなに平然としていられるのか不思議だった。自分が噂されているかもしれないのに。
……いや、本当に翔吾の言った通り、莉穂が噂の発端なのだろうか?
――お前、利用されてるかもしれないんだぞ――
翔吾の言葉が頭の中で何度も再生されて、仄かに恐怖心を覚える。
本当に、莉穂が全て企んでいるのだろうか?
――7限が終わってすぐ、俺は部活に行くために廊下を歩いていた。
「大誠、今日部活ー?」
「うん」
突然後ろから莉穂が肩を掴んできた。
普段は部活前に話すことなんてそこまで無かったのに。
最近になって急に距離を詰めてくるようになった莉穂に、なんとも言えない違和感が強くなる。
「じゃ、一緒に行こ?」
「俺は翔吾と聖斗が待ってると思うから、教室行くよ」
「えー良いじゃん。幼馴染が言ってるんだよ?」
「……お前さ」
「なにか悪いこと言った? 私」
「それやめろよ。変な噂だって流れてるんだから」
「なんのこと?」
「……」
今もこうやって一緒に歩いているから、そういう噂が出回ってしまうのだろう。
そんなこと普通に分かっていたのに、それを避ける行動が起こせない。
「昨日美化委員でさー、敷地内に落ちてるゴミが多すぎるって言われちゃってさ」
「なんで普通に続けられるんだ」
「何よ。さっきの? 噂のこと? 別に私らもう長い付き合いなんだし、カップルって思われても仕方ないでしょ」
……言いやがった。
告ったこともない、恋愛感情が湧いたこともない、こんなやつの彼氏にされるなんて最悪だ。
「テニスボールとかグラウンドに飛んで行っちゃったらごめんね」
「そんなこと起こらねえよ」
無表情で答える。
さっさと部室に着いて欲しくて、自然と早歩きになっていた。
◆◆
部活動をしている間はさっきの憂いも自然と忘れていた。
昨日みたいにグラウンドを見回したら、相変わらず例の女の子がフェンスの奥に立っているのが見えた。
だが昨日と違って、今日はカメラを構えていた。
もしかしてと思ってよく見たら、やはりその子はクラスメイトの岡本小春だった。
小春は新聞委員で写真部だと言っていたから、昨日と今日の出来事に納得がいく。
「なんか大誠、撮られてない? あれ、大丈夫なのか?」
「……俺あの子知ってるわ。クラスの新聞委員の子。写真は記事に使うとかじゃないかな?」
「なるほどそういう事だったのか。昨日の件も理解できるな。――じゃあ、俺も写りたいから今日は大誠とマンツーマンね」
「近寄るなボウズ」
「ひどい!」
昨日は全校で委員会の集会があったと聞いたが、翌日の今日はさすがに新聞委員の集まりも無いはずだ。
なのに、こんな時間まで撮影に時間を費やしているというのは驚きだった。
ましてや日が落ち、暗くて寒い茂みに1人で立っているなんて。
俺の中で、少しだけ彼女に興味が湧いたのかもしれない。
翔吾達の目を盗んでフェンスの所まで近付いて行った。
「よっ。委員会の仕事?」
「あっ。う、うん。ごめんね勝手に」
「良いよ、全然」
小春は緊張しているのか、しどろもどろな話し方をしていた。
カメラを持つ手も不安定で「大丈夫か?」と声をかけたくなる。
「フェンス越しじゃなくて、グラウンド入って撮っていいよ?」
「そんな。迷惑じゃない?」
「大丈夫だよ。新聞委員、大変でしょ?」
俺はそう言って近くのフェンスのドアを開けて、小春をフェンスの内側へ入れた。
「ありがとう……。こうやって皆がサッカーしてるのを見るのは好きだから、全然大変じゃないよ。元々、家族の影響でサッカー観戦とか好きだったし」
「サッカー観戦! 良いじゃん」
彼女は少し震えながらも、安心したような笑顔を見せた。
そんなに寒い中、こんな時間まで委員会の仕事を頑張っていたら、それくらい震えるよな。
けれど、身を縮めるほど寒そうにしているのに、小春の笑顔は小さなマッチの灯りのようで、なんだか温度がある気がした。
「寒くない?」
「みんなに比べたら着込んでるから大丈夫だよ。運動部はみんな半袖で凄い」
「そっか」
すると、背後からいつもの声が聞こえてくる。
「ちょいちょいちょい大誠くん。抜けがけとはどういうことだい」
「翔吾。そんな事言うなよ。俺らのサッカー部を新聞にしてくれるらしいんだからさ」
「マジ? 俺の写真は全部、育毛編集をお願いします」
立礼をしながら灰色の頭を突き出した翔吾に対して、小春は苦笑いをしながらカメラを構えた。
そして、俺が翔吾の頭頂部をペチペチしながら笑い合っている姿を、楽しそうに撮っていた。
皆がいる方から集合の声が聞こえて、翔吾と一緒に駆け足で向かう。
俺は思い出したように振り向くと、少し寂しそうな顔をしながら小さく手を振る小春の姿があったから、俺も小さく振り返しておいた。
顧問が今度の大会の話を少しだけして、すぐに練習に戻った。
俺が小春の元へ戻ろうとした時、フェンスの方で何か言い合いをしているような姿が見えた。
嫌な予感がして、走ってそこへ方へ向かう。
「あっ大誠いい所に。聞いてよ。この子があそこにゴミを落としてたから注意したのよ」
「ち、違います……私じゃないです」
フェンスの外にいたのはやはり、小春と莉穂の2人だった。
小春は俺の方を見て、助けを求めるような不安な目で訴えた。
莉穂は水色のお菓子みたいな包みを持って、小春に問い詰めようとしていた。
莉穂によると、フェンスの外にお菓子のゴミが落ちていたらしく、それが小春が捨てたものだということだ。
さっきまで小春はカメラを構えていたし、お菓子を食べていた様子もなかったから、小春じゃないということは自明だった。
「いや、違うと思うぜ? 小春はさっきまでフェンスの内側にいたんだし」
「私さっき、この子がフェンスの外側にいたの見たわよ。この子しかないでしょ」
「その時ちょうど俺もそこにいたよ。俺が呼んで、小春をグラウンドの中に入れたんだから」
俺がそう言うと、莉穂は何故か、ゴーヤの欠片を奥歯で噛んだような苦々しい表情を見せた。
「莉穂が今日ゴミの話をしたばっかりだったから、俺も地面を注意して見てたけどそんなゴミは落ちてなかったよ。それから小春はずっとグラウンド内にいたんだし、小春じゃないと思うけど」
「じ、じゃあこのゴミはどこから来たのよ」
「いや、どうであれ、小春を疑うのはおかしいだろ? ちゃんと謝った方が良いよ」
「それは……」
莉穂は明らかに焦っている。
だからこそ、確証を持てた。
全部、意図的な悪意で作り込まれたイタズラなのだろう。
「それとさ、小春がグラウンド内に入ってからあそこは誰も通ってないんだし、そこにゴミがある訳が無いんだよな。だから、莉穂。そのゴミお前なんじゃないか?」
「そ、そんな訳ないでしょ。幼馴染の言うことが信じられないの? 私は美化委員よ。自ら学校を汚すなんて――」
「もういいよ。部活に戻りな。この話は終わりだ」
俺が呆れて言い放つと、莉穂は一瞬顔をしかめ、納得がいかない様子でブツブツと文句を言いながらテニスコートの方へ戻って行った。
結局小春に謝らないのかよ。
俺が莉穂に対して確かな嫌悪感を示していると、小春が泣きそうに震えながら俺のことを見てきた。
小春の前では、こんな攻撃的な自分を見せたくはないと思い、すぐに表情を緩めた。
「ありがとう。怖かった」
「なんか、ごめん。あいつ、自分が正しいと思ったことにはまっすぐだから」
「ううん、謝らないで。助けてくれて本当にありがとう」
小春はそう言うと、身体中の緊張が一気にほぐれたかのようにふわっと力が抜けて、ぽろぽろと涙を流し始めた。
そのまま崩れてしまいそうになっていたから手を差し出すとしゃがみ込んでしまった。
なんだか、俺が泣かせたみたいになって気まずい。
「なんだなんだ? 大誠何があった?」
突然後ろから翔吾が声をかけてきて身体がビクッとなる。
「あっいや、気にしないで。何でもないよ翔吾。もうすぐダウン始まる?」
「おう。新聞委員のその子も遠慮しないで真ん中まで来て良いからなっ!」
小春が泣いている姿だけは翔吾に見せまいと、身体で彼女を隠した。
翔吾が振り返り中央に向かったのを見て、俺は小春に「すぐ戻るからちょっと待ってて」と言い、翔吾の後ろをついて走った。
ダウンと最後のミーティングが終わると、今日はすぐに解散となった。
部室でさっさと片付けと出る準備を済まし、小春のもとに行こうとした時だった。
「なあなあお前ら、羨ましがるなよ。さっき同じクラスの女テニの子から旅行のお土産ってお菓子もらった」
翔吾が満足そうに右手に持っていたお菓子を俺と聖斗に見せつける。
その時俺は翔吾の手の中を見てハッとした。
そのお菓子は、見覚えのあるパッケージをしていたからだ。
そう。
莉穂が持っていた水色のお菓子の包みだ。
なるほど、女テニで配られたお菓子のゴミを使って小春を陥れようとしたんだな。
俺は翔吾と聖斗に「教室に忘れ物をした」と誤魔化して2人の元を離れ、小春のいるフェンスへ向かった。
「小春!」
「ど、どうしたの」
「莉穂には謝られた?」
「いや、あれから会ってもないよ」
「本当にごめん! あのゴミ、さっき女テニから出たゴミだってことが分かったんだ。多分、莉穂がわざと置いたんだと思う。嫌な気持ちにさせちゃって本当にごめんね?」
「……そうだったんだね。大誠君が謝ることじゃないよ。実際守ってくれたんだから。助けてくれてありがとう」
「……そっか。なら良かった!」
「じゃあ、帰るね。写真も撮らせてくれてありがとね」
小春は相変わらずはにかみ、小さく手を振ってから踵を返そうとした。
その時、俺の心の底には何か空白があったような気がする。
彼女はきっと我慢している。
クラスメイトにあれだけキツく詰められたんだから、ひどく辛い思いをしたに違いない。
心の中に、不安があったに違いない。
「……待って」
俺の確信は、俺を思いのままに喋らせた。
「もし良かったら、駅まで一緒に行かない?」
「えっ。良いの?」
「暗いし、1人だと危ないかなって」
「ありがとう……! ホントに優しいね」
優しいって、翔吾とか聖斗とかから言われることはよくあったけど、女子に言われるのは初めてだったから、なんだか照れくさかった。
相手が違うだけでこんなにもドキッとするんだ。
周りの視線を気にしながらも2人で校門を抜けて歩く。
ちょうどいい暗さのおかげで、いい具合にバレなかった。
「……違ったらごめんなんだけどさ。新聞委員の仕事の前から、よくフェンスの所に来てくれてたよね?」
「え……! 気付いてたの?」
「いるなぁって思ってたよ」
「なんか、恥ずかしい。待って私、集中を切らすようなことしちゃってたってこと? ごめんね」
「違うよ。その時から見てくれてたんだなって今思い出して、ちょっと嬉しいんだ」
自分でも何を言っているのか分からなかった。
けれど、言葉はスルスルと自然に紡がれていった。
これがいわゆる、本心というやつだ。
「……それって」
「またいつでも来て良いからな。あと、翔吾とかも小春とすぐ打ち解けそうだったしさ。もし良かったらだけど、サッカー部のマネージャーとかも歓迎してるよ」
なんで勝手に誘っているんだ、と言い終わってから恥ずかしくなる。
女子に対して、俺から何か働きかけることはないと思っていたのに。
それに、小春だって写真部に入っているんだし、急にマネージャーなんて――――
「本当? 嬉しい。写真部に入りながらだけど、ぜひやりたい!」
「マジ……? 良かった。サッカー部は良い奴ばっかだからさ、すぐに仲良くなれるよ。皆も新しいマネージャーってなったら喜ぶと思う。ありがとう!」
突発的な誘いだったのに、迷いなく喜んでくれたことが素直に嬉しかった。
俺が礼を言うと、小春は満足そうな表情で俺に微笑みかけてきた。
そうやって純粋な笑顔を見せてくれるから、俺の心もポッと温まる。
「……こちらこそありがとう。……でも私、やっぱり大誠君とはもっと仲良くなりたい」
「え……?」
「……勇気を出して言うね。実は私、1年生の頃からずっと大誠君のことが好きでした。サッカー部で活躍してる姿を見てて好きになって、だから――――」
「待って!」
俺もどうして小春が言うのを遮ったのか分からない。
自分が何を言おうとしたのかも分からない。
分からないから、これも心が思うままに従おうと思った。
俺の「本心」に身体を任せようと思った。
「続きは俺に言わせて欲しい」
「えっ……?」
小春はずっと、俺が気付いていない時も応援してくれていた。
サッカー部を、俺を見てくれていた。
だから、その気持ちに答えたくなった。
「俺も、ずっと前からサッカー部を見てくれてた小春の、健気で優しいところが好きだ。だから、俺から言わせて欲しい。俺と付き合ってくれない?」
「……本当に言ってるの? 嬉しい! ありがとう!」
「ありがとう。好きだよ、小春」
「私もずっと大好きだった……!」
口に手を当てて泣きそうになっている小春を、ギュッと優しく抱きしめる。
これからマネージャーになると言うのにこんな事をしていいのか心配になったけれど、目の前の小春が幸せそうにしているなら今は何でも良かった。
さっきよりも一段と声を出して涙を流す小春の姿に、思わず心が揺れる。
肩でヒクヒクとしゃくり上げる小春の小さな身体を、俺は気が済むまでぎゅっと抱きしめていた。
翌日の金曜日。
「大誠聞いてよ。テニスコートの外の茂みにボールが何個も見つかったからって、今日の部活が停止になっちゃったんだって」
「へー、それは残念だな」
昨日のことを何ひとつも覚えていないのか、当たり前のように俺の前の席に座って話しかけてくる莉穂に呆れることしかできない。
「な、なんでそんな冷たい返しをするのよ? 相手は幼馴染だよ?」
「……お前まだ小春に謝ってないんだろ。それと、あのゴミも女テニのお土産から出たゴミだって聞いてるしな。そんな非常識なやつは俺の幼馴染にいた覚えがないよ」
「えっ……? どういうこと? 待って大誠――」
もう何も言いたくなかったから、今すぐにでもここを離れたかった。
けれど、これ以上莉穂に砂をかけられるのは嫌だったから、キッパリ突き放すべきだと思った。
「あのさ。もう言うけど、俺小春と付き合ったから」
「……は?」
「お前が小春を陥れるためにゴミを仕掛けたのはもう全部知ってる。そういう薄汚いことしかできないやつとは関わりたくない」
「何言ってるの……?」
「何回でも言ってやるよ。幼馴染とか関係ないからな。俺はもうお前と関わりたくない。俺にも小春にも関わってくんな」
俺はそう言い放って教室を出た。
後ろから悲しみと絶望が混ざったような声が聞こえたが、振り返る気にもならなかった。
莉穂は俺に言い捨てられて大声で泣き、クラスをザワつかせたのだけれど、自業自得としか思えなかった。
俺本人が言い放ったのを見ていたクラスメイトは、「やはりか」と言わんばかりの冷たい目を、俺を通して送っていたような気がする。
深く息を吐いて、ゆっくり目を閉じる。
昨日の夜からずっと言いたかったことを、やっと伝え切ることができてスッキリした。
もうこれで、莉穂について悩むことはなくなっただろう。
俺が付き合ったことを莉穂に話したのは悪手だったかもしれない。
けれど、元々噂が広まってるんだから、今はどうでも良かった。
何しろ、その噂を始めたのがもし本当に莉穂だったならば、これ以上ないほどの恥と屈辱を与えることができる。
そうともなれば、俺と小春が付き合ってることなんて、簡単には口にできないだろう。
もうこれからずっと、莉穂と話すつもりはない。
これに懲りて、この前みたいな密着もして来なくなるだろうと願った。
莉穂のことは今忘れて、ここからは楽しく行こうと思いながら、俺は屋上へ上がる階段を昇った。
新鮮な気持ちで階段の最上段に座り、小春と笑顔を交わす。
昨日の件に併せて、俺が小春と付き合ったことは一応、翔吾と聖斗には伝えておいた。
そして、こう添えた。
俺は今日から、彼女と昼ごはんを食べる――――と。
彼女持ちの聖斗に置いてかれた翔吾が1人で寂しそうだったら、ここに呼んであげようかな。
小春もきっと、翔吾のことなら許してくれるはずだ。
屋上へ出る扉の窓から差し込む陽光が、気持ちがいいくらいに優しく、俺と小春を照らしていた。
光を浴びた小春の綺麗な顔を見て、落ち着く。
フェンスの奥から自信なさげに覗いていた時とは違って、温かみのある眼差しをしていた。
しんと落ち着いた空気が漂う中、こんな温もりで溢れた昼休みがこれからずっと続きますようにと、心の中で小さく呟いた。
最後までお読みいただきありがとうございました!
10000字を超える大型短編の現実恋愛は初めて書きました……!
青春ラブコメにちょっとスカッと要素が混ざるだけで、書いていても気持ちが良かったです()
今後のモチベになりますので、☆やブクマ、感想など、ぜひぜひお願いします!!




