つい、王太子殿下の尻を叩いてしまいました。
――――えっ!? いや、無理ですって!
始業前の早朝に、王妃陛下に呼び出された。
それはまぁいつものこと。何か困り事があると、側付きの侍女である私を何かと頼ってくださるので、侍女冥利に尽きるというものだ。がっ! 今回は、違った。
王妃陛下の私室で、夜着姿の王女陛下と二人きり。真剣な顔で他言無用と念押しされ嫌な予感はしていた。
「……王太子殿下のお世話係、ですか」
「あの子もう二十四歳になったのに、あの調子でしょ?」
あの調子――とは、モサッとした伸びっぱなしの髪と、執務を部下に丸投げし一切働かないとか、いつ着替えたかよく分からないとかの噂のことだろう。
まぁ、王妃陛下に付き添っていて、稀に見ることがあったので、噂が噂ではなく、ほぼ事実なのだろうというのは察してはいるが。
「どうにかしたいのだけど、様々な思惑が絡みすぎていて、私たちが手を出すとよくない方向に転がりそうなのよ。……分かるわね?」
「はい、お辛い状況なのだろうと拝察いたしておりました」
嘘です、全く分かりません。いえ、派閥争いやらなんやら、王侯貴族たちの腹の探りあいなんてものもあるとは分かっていますが、分かりたくありません。
嫌です。王妃陛下の側付きという立場を偽装とはいえ、クビとか嫌です。
そもそも、侍女の人事は執事長と侍女長に権限があるはずなのに、そこすっ飛ばしてますよね!? 明らかに、なにかの事件ですよね!?
「貴女の聡明さが、あの子には必要なの。この密命、受けてくれるわね?」
嫌だ嫌だ嫌だ王妃陛下の側付きで毎日充実してたのに、嫌だ。なんで王妃陛下の密命なのぉぉ!?
「かしこまりました。拝命いたします」
「ありがとう。貴女だけが頼りなのよ」
ああああああああああ!
王妃陛下に頼られるのは嬉しいけど、嫌だぁぁぁぁ。
密命を受けた数時間後、陛下たちの主寝室に運んできたモーニングティーを、全力で超絶高級な絨毯にぶち撒けた。
お二人の日課である、朝のティータイムでは、必ず王妃陛下のお気に入りのティーセットが使われている。床に敷かれている絨毯は、シルク製の一点もの。
それらを国王陛下や他の侍女たちの目の前で破損させれば、王妃陛下は私を罰せざるを得ない。
「いつも完璧な貴女が、そんなミスなんて珍しいわね――――」
「申し訳ございませんっ、少し寝不足で……」
「あら? それって、私が朝方呼び出したことに対する嫌味なのかしら?」
「あっ……いえっ! そういうわけでは!」
一瞬にして主寝室内の空気が凍りつく。
演技だと分かっているのに、王妃陛下の冷ややかな視線に泣きそうだ。
「はぁ。お気入りの貴女だから許してあげたかったけど……。そもそも、子爵家でこのティーセットと絨毯を弁償するのは無理ね? あっ、そうだわ!」
ニコッと笑う王妃陛下の顔が見れず俯く……演技だけど。
「オルランドの侍女がまた辞めたのよね。貴女、あの子の侍女になりなさい」
主寝室内がざわついた。
あの、王太子殿下の侍女? それ完全に出世の道が断たれるわよね? といった雰囲気だ。
今すぐ王太子殿下のところへ行くよう言われ、両陛下に退室の挨拶をした。
退室の間際、いつも私と一切目を合わせない侍女長が珍しくジッと見つめてきた。口の端が妙につり上がっている。
以前から、王妃陛下に優遇されていることについてチクチクと嫌味を言われていたし、話しかけても無視されることも多かった。
あれはたぶん、『いい気味だ』といった表情なのだろう。
両陛下の私室と主寝室、第二王子の私室は南側にあるが、王太子殿下の私室は北側。
火事や襲撃などがあったとき、全員が同じ場所にいると――などの理由から、居室は分散しているそうだが、王太子殿下のみが北側にいるというのもなんとなく爪弾き感がある。
そんなことを考えながら王族居住区内を移動。
王太子殿下の私室前を警備している近衛騎士に殿下付きになったと話すと、物凄く可哀想なものを見る目をされた。
「失礼いたしま"っ……」
ノックをしてドアをそっと開けるとそこは、汚部屋だった。
脱ぎ散らかされた服、床やソファに乱雑に置かれた本、テーブルにはいつ洗ったのか分からないカップやお皿。ワインの瓶はベッド周辺の床に何本も立てて置かれていて、何本かは倒れているし、中身が溢れたであろうあとのような染みも。
まさか、王城内の王族が使用している部屋がこんなにも汚いとは思いもしなかった。
「……誰だ」
金色の長い髪をグシャグシャにかき混ぜながら、ベッドから気怠げに起き上がった王太子殿下に挨拶をする。
「本日、王妃陛下のご命令により、王太子殿下付きの侍女になりました、ダレッシオ子爵家のグローリアと申します」
「へぇ」
王太子殿下はそれだけ言うと、無精髭の生えた頬をボリボリと掻きながら、またベッドに寝転がった。
ベッドは一応、なんとなく、ギリギリ、たぶん、清潔には保たれていそうだか、部屋自体が『汚』である。
空気も淀んでいる。息がしづらい。
「取り敢えず、窓を開けますね」
「…………必要ない」
「承知しました」
窓に向かいカーテンと窓を勢いよく開け放った。
朝の清涼な空気が、淀みまくっていた室内に流れ込んでくる。埃が朝日を浴びてキラキラと光っていて、綺麗なのに汚い。
これは本腰入れて掃除しないと。
「……必要ないと言ったが?」
「ご希望は承知はしましたが、必要と感じましたので」
「お前、クビ」
「申し訳ございません。私の雇用は、王妃陛下の権限下にございます」
「…………勝手にしろ」
掛布を頭から被り不貞寝状態の王太子殿下を無視し、取り敢えずいつ使ったか分からない食器やグラス、カトラリー類を室外に出した。
入り口にいる護衛騎士に、ハウスメイドが通りかかったら片付けるよう言い付けて欲しいと頼んだ。
侍女長から目の敵にされている私が頼むより、騎士が言い付けた方が動くだろうから。
室内に戻り、そこら辺に散らばっている服を全て掻き集め、また廊下に出した。
「今度は、ランドリーメイドですか?」
「いえ、こちらもハウスメイドでいいわ。自分でやるも誰かに頼むも好きにしていいと伝えてくださる?」
「承知しました」
王族側付きの侍女は、基本的に上級貴族の娘が務めるもので、メイドたちとは一線を画していることと、着ている制服も違うので、丁寧な扱いを受ける。
そして、わりと命令する権限もある。
子爵家の私としてはとても気まずいのだが、王妃陛下から『堂々と命令なさい。貴女にはその権限があるのよ』と言われてからは、迷いを見せないよう命令を下すようにしている。
騎士にお礼を言い、室内に戻る。
――――さて。
「殿下」
「……」
「オルランド殿下」
「…………なんだ?」
「掃除の邪魔ですので、部屋から出ていてください」
掛布から顔を出しこちらを睨み付ける王太子殿下。不満たらたらといった顔に、ニコッと微笑み返してみた。だって、ここで怯えたり引いたりしたら……王妃陛下に怒られそうだし。
王太子殿下が舌打ちしてベッドから起き上がると、ガシガシと頭を掻きながら部屋から出ていってくれたので、ホッ。
王妃陛下に怒られないで済む!
部屋の掃除と寝具類の交換を終わらせ、絨毯は張り替えの依頼を出した。ひとまず、今日はこれでいい。
王太子殿下に報告しようと思い行方を探すと、城内警備の騎士に裏にある王族専用の庭園にいるはずだと言われた。だいたいそこのガゼボで昼寝しているとのこと。今はまだ朝だけど? と言いかけたが、グッと我慢。
庭園に向かうと、ガゼボから少し離れた場所に王族の護衛専属である近衛騎士がいた。騎士いわく、到着後からベンチでぐっすりと眠っているらしい。
今は春になったばかり。寒くないのだろうかと近付いて様子を伺うと、ベンチで丸まるように寝ている王太子殿下。カタカタと震えてるし、固く閉じられた瞼には、うっすらと涙が光っていた。
――――寒いならこんなとこで寝なきゃいいのに。
城内に戻りランドリールームから少し厚めの毛布を取ってきて、ベンチで眠る王太子殿下にそっと掛けた。
部屋の掃除をしつつ、通りすがりに捕まえたハウスメイドや騎士たちに聞いたが、王太子殿下はそもそも執務をほぼしないらしいので、無理に起こす必要はないのかもしれない。
部屋があまりにも汚かったので追い出したが、ちょっと申し訳なかった気もしている。
もうしばらく寝かせてあげようかな?
一時間ほど経ったころ、王太子殿下がムクリと起き上がった。
自身に掛けられていた毛布を見て首を傾げつつも、ベンチに座り直して、頭から被って顔だけ出して遠くを眺めていた。
なんかだ変な生き物みたいに見える。ちょっと可愛いなと思ってしまったのは気のせいにしておこう。
「殿下、目覚められたようであれば、居室に戻りませんか?」
「うぉっ……いたのか」
さっきまでは、硬い表情でどこか遠くを眺めていた王太子殿下。今は打って変わって、やる気がなさそうで、軽薄そうな表情になっている。
なんとなく、その反応に違和感を覚えた。
それから一週間、毎朝出勤するたびに部屋が盛大に散らかされている。そのたびに王太子殿下を叩き起こし、どこかに行って欲しいと頼むが、彼はソファに移動するだけになってしまった。
ソファでダラダラ過ごしながら私を観察しては、しょうもない質問を繰り出している。
「グローリア、お前二十だってな? 婚約者は?」
「いません」
「まぁ、その無表情じゃ男は寄ってこないか」
「必要なときには笑いますよ」
ソファに寝そべった王太子殿下のお腹の上に本を三冊落とし、私に絡むほど暇なら黙って本を読め、と暗に伝えるが「これもう読んだ」と言われた。
確かに汚部屋に転がっていた本だったのでその可能性もあったが、この人が本を読むとも思えなかった。というか、この数日で本を読んでいる様子がなかった。
昼過ぎまで寝ているし、気が向いたように執務室に向かうと、机に置かれた書類をパラパラと眺めて、「適当に処理しといて」と文官に伝えると、今度はキッチンに立ち寄りワインを強奪してからガゼボに向かい、飲酒しながらのお昼寝。
食事は私室で摂る。好きなものだけ食べて、ほとんどは残す。
夕方になると、「一緒に入るか?」と私を誘いつつ湯殿に向かう。
湯殿から戻ると、ワインをがぶ飲みし、寝る。
彼の一日はそれだけなのだ。
念のため『読んだ』と主張する本の内容を聞くと、本当にちゃんと読んでいるようだった。
そこでちょっとだけ王太子殿下に興味が出たので、調べてみることにした。
勤続の長い使用人たちに聞き込みをすると、昔は聡明で『王太子』らしい王太子だったそう。
第二王子が病気だと分かった辺りから、酷い我が儘やあり得ない嘘を吐くようになった。両陛下が第二王子に付きっ切りになり、自分に愛が注がれないことでああなったんだろうと言われたが、何かが引っかかる。
ガゼボや城内を歩いていて、第二王子殿下の話が聞こえると、王太子殿下は急に大人しくなり聞き耳を立てているような様子があった。
一度、宰相閣下が王太子殿下の執務室を訪れたときは、宰相閣下が去ったあとの荒れようといったら、悲惨なものだった。
足早に私室に戻り、何かを耐えるような表情で、ワインの瓶を何本も空け、無言で室内をグチャグチャに散らかし、ベッドに倒れ込むとそのまま寝ていた。
掛布を掛けようと近付くと、瞼にはまた涙が滲んでいて――なんてこともあったのだ。
何か、大切なものを見落としている気がする。
王太子殿下付きになって二ヵ月が経ったころ、第二王子殿下の体調がすこぶる悪くなっており、王太子に会いたがっていると報告が入る。
今まで二人の接触はなかったし、王妃陛下からもなるべく会わせたくはないと言われていた。第二王子殿下は昔の王太子殿下に憧れているから、と。
「どうなさいますか?」
「……いく」
「では、身なりを整えます」
「は? このままでいい」
「却下いたします」
私の返事に呆然としている王太子殿下から、無理やり服を剥ぎ取った。
「おまっ!? 淑女として恥じらいを持て!」
「淑女の前に、侍女ですので」
――――おぉ!?
服を剥いで、思っていたよりというかかなり引き締まっている身体に思考回路が停止しかけた。
いつも猫背で体型が分かりずらいダボっとした服を着ていた王太子殿下。
私が介入するようになってからも、服は自分で選んでいたし、着替えも自分でしていたので、更衣を手伝うのが今日が初めてだった。
普段から鍛えている様子などなかったのに、身体は明らかに毎日しっかりと鍛えてている騎士と遜色ないように見えた。
いつ鍛えているのだろうか? 朝から入眠までは私がそばにいることが多い。
私が休みの日のことは、護衛の騎士から報告をもらうようにしているが、部屋からほぼ出ていないと言われる。
やはり、何かがおかしい。
「こちらを着てください」
「……チッ」
舌打ちされながらも、無理やり体にフィットした服を着せてみた。髪を梳き、伸び放題だった毛先を整え、後ろでひとつ結びに。
嫌々言う殿下に「動いたら怪我しますよ?」と脅しながら無精ひげを剃ると、目を見張るほどのイケメンに大変身してしまった。
――――あれ? この人ってこんなに格好良かったっけ?
なんて失礼なことを考えいたけれど、両陛下と第二王子の整った容姿を思い出して、血縁なんだからそりゃそうかと納得。
「まぁまぁいい感じですね。参りましょうか」
「……やっぱり行きたくない」
「ヘタレですか!」
まさかのここで急に尻込みしだした王太子殿下にイラッとしてしまい、ついお尻をスペーンと平手打ちしてしまった。
あ、やばい。流石に失礼というか、不敬罪!? と焦ったけれど、王太子殿下は目をパチクリとさせて私をジッと見るだけだった。
そしてフィッと顔を逸らすと、「ちゃんと行くから、そう怒るな」となぜか耳を赤く染めている。
あれ? もしかしてこの人ってマゾなの?
王太子殿下のマゾ疑惑に悶々としながら第二王子殿下の私室を訪れると、真っ青な顔でベッドの背もたれに身体を預けた第二王子殿下に出迎えられた。
「兄上っ! 来てくださったのですね」
「久しいな、エリオ」
「はい。兄上はお元気でしたか!?」
「ん」
暫し兄弟で水入らずの会話が出来るのかと思っていのに、第二王子殿下の主治医だという少し若めの医師が、二人の王子の会話に妙に割り込んでいく。
そして、第二王子殿下の側付きである侍女に何かと命令しては、更に二人の会話の邪魔をしていた。
薄ピンクの縦ロール髪で、気が強そうな顔をしている侍女。たしか、サバティーニ宰相閣下の孫であるミリア嬢だったはず。
医師に命じられてお茶を入れているミリア嬢に、手伝うと言うと、なぜか頑なに拒否された。
チラリチラリと医師の様子をうかがいつつ、いくつもの茶葉缶から茶葉を配合して行くミリア嬢。
「もしかして、薬膳茶ですか」
「っ、ええ。エリオ殿下の体調に合わせて淹れていますので、お手伝いは不要ですわ」
――――なるほど。
「そうだったのですね。後学のために見学させていただいても?」
「えっ……」
「おい、無能が余計なことをするな。壁に控えていろ」
王太子殿下のその言葉に、普段の彼を知っているからこその新たな違和感。口は悪く、軽薄なことを言う人だが、蔑むことは絶対に言わない人だと知っている。
私を遠ざけるのには何か意図があるのだろう。
「大変失礼いたしました」
壁際に控え、室内の様子を見ていて分かったことは、基本的に第二王子殿下の周囲は宰相派閥で固められているということ。
ミリア嬢以外の使用人たちも、宰相であるサバティーニ家の息のかかった家ばかりだった。
なんとなくスッキリしない面会を終わらせ部屋に戻ると、王太子殿下が結んでいた髪を解き、服を脱ぎ始めた。
「格好良いんだから、ずっとそのままでいればいいのに」
あ。つい、本音が漏れ出てしまった。
「……二度とこんな格好はしないからな?」
先ほどからなんとなく感じていた違和感を、王太子殿下はどう思っているのか聞きたいし、至った推測が合っているのかの答え合わせもしたい。
終始、妙に申し訳なさそうにしていた第二王子殿下。
派手な見た目とは裏腹に、心から第二王子殿下を心配するミリア嬢。そもそも、宰相の孫娘が侍女をしていること、付きっ切りで部屋にいる主治医と、その指示に侍女が従い顔色を伺う様子、明らかにあの空間は誰かの支配下にある。
あの部屋は、王妃の付き添いで訪れた、権力争いが裏にある茶会などで感じていた空気とよく似ているのだ。
昔は真面目だった王太子殿下。第二王子殿下の病気が発覚した辺りから性格が変わったという証言。
執務は全て丸投げし、国政に関わろうとしないのに、特に何も言わない両陛下。
「――全て、エリオ殿下を守るためですか?」
「…………」
無言を肯定と取ることにした。
「なるほど。失礼いたします」
王太子の後ろに回り、尻を力いっぱい引っ叩いた。
「いでぇ!」
「受け身でいるのは、もうやめましょう。貴方は王太子殿下です。この国の未来を背負う者なのですよ? 両陛下が留めるのにも限界がございます。私は、私がこちらに派遣されて来た意味を理解しました」
「お前に……何が分かる」
「一切分かりません。私に出来ることは、部屋を清潔に保ち、貴方の身体と心を健康にすることと、お尻を叩くことです」
王太子殿下がビクリと肩を跳ねさせ、ソファにあったクッションをガシッと掴むと、慌てたようにしてお尻をそっと隠した。
何この可愛い反応は。
□□□
幼いころはただ純粋に第一王子として、国民に恥じない人物になろうとしていた。
弟エリオが生まれ数年して、立太子した。普通であれば、エリオがある程度育ってからどちらが王太子に相応しいかを見て決めるのだが、病弱なエリオには王太子の重責に身体がついていかないだろうという理由から。
それから何かの歯車が狂ったように、俺たち家族の周りでは色んなことが起き続けた。
好々爺だと思っていた宰相が、笑顔でエリオの将来を思うなら身を引くのが兄ではないかと言ってくるようになった。
健康で勉強も運動も芸術方面も、苦手なことが少なかった俺は何にでもなれるのだから、弟であるエリオを国王にして支えるのが道理なのだと。
立太子してしまったことと、今までの功績から俺が王太子から降りることは不可能に近かったため、素行不良の王太子を演じるよう言われた。
初めは反発したし、両親に伝えようとした。
城内には宰相の息が掛かった者が多い。味方になってくれた者は、いつの間にか城から居なくなっていた。
そして、翌日に宰相が笑顔で俺の執務室を訪れ、城下町で変死体が見つかったと言うのだ。
安易に誰かを頼れなくなった。
エリオの側にはいつでも宰相が選んだ主治医がいるし、宰相の孫娘までもが侍女として仕えていた。
俺が何かをすれば、エリオの命どころか両親の命も危なくなるだろう。
宰相は、一応はエリオの治療を進めているようだった。たぶん孫娘を王妃にし、裏から国を操りたいのだろう。だが、エリオ治療がうまく行っておらず、立太子させても直ぐに死んでしまっては意味がない。
そうすれば、俺が王太子に戻ってしまうからだ。
この数年、膠着状態だった。
エリオが成人し子どもを作れるようになるまで、まだ四年ある。その四年の間に何としなければと、裏で少しずつ準備をしていたところで、母が黒髪を顎のラインで切りそろえた侍女を派遣してきた。
グローリアは、母の命令しか聞かないと豪語した。例え母の命令だとしても、俺の行動を見ていれば、深窓の令嬢上がりの侍女など、一瞬で消えていくだろうと思っていた。
だが、グローリアは辞めなかった。
それどころか、俺の普段の行動を把握し対応してくる。気分で決めたことでさえ先回りし、快適に過ごせるよう手配を怠らなかった。
エリオから会いたいと連絡が入った。何かがあったのだろうか?
エリオは聡明な子だから、宰相の思惑や監視が付いているのには気付いている。俺を慮って、薬を抜いたりしているようだった。自分が治らなければ、俺が王太子でいられるからと。
直ぐに駆けつけたかったが、宰相にバレたら? そう思うと、面会はやめたほうがいい気がした。
尻込みしていた俺を――俺の尻を、グローリアが叩いた。そして『ヘタレ』だと。
本気で叱ったり、心配してくれる者がまだ側にいてくれたのかと嬉しくなってしまった。
決して、尻を叩かれて喜んだわけではない。
面会から私室に戻ると、グローリアが気になっていたことがあると、つらつらと話し出した。
「――全て、エリオ殿下を守るためですか?」
まさか、言い当てられるとは思ってもいなかった。
そしてまた、尻を叩かれた。
心臓がドキドキする。
これは――いやまさか、恋じゃないよな? でも、グローリアといるのは、心地がいい。
◇◇◇
王太子殿下と第二王子殿下が面会した翌日、王妃陛下から呼び出され、二人の様子はどうだったかと聞かれた。
第二王子殿下に面会の際はシゴデキ王太子を装ったが、本人は相変わらずのやる気のなさ。すべてが投げやりかつ丸投げで一切働かないことを話してみた。
王妃陛下の斜め後ろに控えた侍女長が鼻で笑い、陛下の横に歩み出た。
「王妃陛下、私の進言した通りでしょう? 第二王子殿下を立太子させた方が、国のためですわ」
「……そうね。信頼している貴女の言った通りね」
王妃陛下は笑顔を崩すことなく侍女長に頷いていた。
————なるほど、ね。
戻ってベッドに寝そべっていた王太子殿下に報告すると、大きなため息のあとにこんな予定じゃなかったんだがな、と呟いたのが聞こえた。
「どんなご予定で?」
「一人で全部やる予定だった」
やはり、何かしらの行動はしていたのかと感心していたら、王太子殿下はベッドから起き上がり私の目の前に立つと、腰をぐいっと抱き寄せて来た。
「ここまで掻き回して、人の尻を叩いたんだ、責任を取れよ?」
顎を固定されたかと思ったら、どんどんと近付いてくる、最近明らかにマシになった顔……というか、無精髭のないつるりとした肌と整った顔立ち。
煌めくような金髪ストレートと、吸い込まれそうなほどに透き通ったエメラルドグリーンの瞳は、王子様然としていて、あまりの美丈夫振りに目が潰れそうだった。
慌てて抱擁から抜け出し、王太子殿下の後ろに回り、右手をフルスイング。
「痛ってぇ! だから、尻を叩くなって!」
「叩かれたくなかったら、さっさと宰相たちを処してください」
「……そうしたら、お前は俺のものになるんだな?」
「え? いや、そうしたら私は王妃陛下付きの侍女に戻れ――」
「さて、奴らを一網打尽にするかな」
――――あっれぇ? ねぇ、人の話聞いてるぅぅぅ!?
そう叫びたいけれど、侍女としての矜持が邪魔をする。あくまでも私は冷静沈着なシゴデキ侍女を装いたいのだ。
―― fin ――
ということで、痛快尻叩き異世界恋愛短編(ってなに?)でした☆
おまぁ、性癖だなこれ? 尻好きだな? いいぞもっとやれ!
そんな感じでいいので、勢いでブクマや評価、感想などいただけますと笛路が小躍りして喜びますヽ(=´▽`=)ノ
ちょっとキュンが足りないなぁ……と思ったそこの貴女!
あれ、明日か明後日にはキュン系も出せると思うんで、ちょっと全裸待機しといて☆
風邪ひきそうなら服着ててね←




